巡り会う奇跡を道標にして・Leno
ツォンさんが難しい顔をして病室から出てきた。 きっとまた、社長の具合が良くないんだろう。 この調子じゃあ、社長より先にツォンさんの方がまいっちまいそうだ。 ウェポンの攻撃で重傷を負った社長の容態は、あんまり良くない。というより悪い、と言った方が正確だと思う。 一度目を覚ましたときは、しっかりした声で指示を出した…つーか、怒鳴り散らしたらしいけど、オレはその場にいなかったからその様子は見てない。 オレの見た社長は、身体中に包帯を巻かれて、いっぱいチューブやコードを繋がれて、ベッドに横たわって目を閉じてた。 隣でイリーナが泣き出した。 オレはそんな社長を見ていられなくて、病室を飛び出した。 それきり、社長の病室には入ってない。 オレも、ルードもイリーナも。 ツォンさんだけが、ほとんど張り付くようにして社長の側にいる。 本当は、社長が言ったというように、オレ達にはやるべきことが死ぬほどある。 今、ここで動いておくことが、少しでもこの先世界の復興を早めるためには必要なんだとわかってる。 だけど、もしも――もしも社長がいなくなったら、そんなことはみんなどうでもよくなっちまうんじゃないかと、オレはそんな気がしてるんだ。 社長が名実ともにカンパニーの社長だったのはたった2ヶ月かそこらの間だったけど、それでもオレ達にとって社長は、神羅カンパニーそのものだった。 オレは――オレ達はみんな、神羅カンパニーのタークスだってことに誇りを持ってた。 そりゃあ、きれいごとだけの仕事じゃなかったし、むしろ汚い仕事の方が多かったと思う。 だけど、誰もが手を汚さずに生きていけるならそこは天国だ。 そしてこの世界が天国なんかじゃないことは、オレ達が一番よく知っている。 そう。 それで思い出したことがある。 社長のことだ。 あの頃はまだ、副社長と呼ばれてた。 呼ばれてはいても、実質的な権限はほとんどないんだと、これも社内では公然の秘密のように言われてた。 それもまあ、仕方ない。 その頃社長は15かそこらで、見た目もほんとにガキだった。 しかも女の子みたいに可愛らしかったから、そんな子供に命令されてたまるかって、上層部の連中が思ったのもわかる。 それはたぶん、社長自身が一番よくわかってただろう。 社長は、そんな待遇に文句を言ったことは一度もなかった。 地方支社に飛ばされたときも、タークス本部に幽閉されたときもだ。 オレはちょっと不思議だった。 アバランチと手を組んで親父の暗殺なんか企むくらいなら、もっとちゃんと口に出して言いたいことを言えば良かったんだ。 社長がその気になれば、あの頃だってくだらねえ幹部連中なんかぐうの音も出ないほどやりこめることが出来たはずだ。 なのになぜ、何も言わないで言いなりになっているのか。 オレはじれったかった。 でも今にして思えば、そんなことより他に社長にはやることがたくさんあったからなんだとわかる。 社長が、まるでこの事態を予測していたみたいに世界のあちこちにいろんな施設を造っていたことを、オレ達はこうなって初めて知った。 今はまだ通信がズタズタだから、細かい情報はヴェルド主任から入るものしかない。 それでも、各地でその施設がどれだけ役に立っているかは、よくわかる。 この病院だって、社長が造ったものなんだって話だ。 言われてみれば、これだけの施設が、神羅カンパニー以外の資本で造られてるはずはなかった。 あの頃社長が横領していた莫大な資金は、このために使われていたんだ。 コレルの魔晄炉をアバランチに爆破させたのだって、これ以上魔晄炉を稼動させないようにするつもりだったんだろう。 確かに、正面きってカンパニーの方針に反対するよりか、ずっと頭の良いやり方だったと思う。もの凄く社長らしいし。 神羅社長は、目立ちたがり屋で高慢ちきだと思われてるけれど、オレ達の知ってるほんとの社長は、むしろ裏へ回って立ち回ることが好きなタイプだ。 でも、オレが思いだしたのは、そんな事じゃない。 あれは、副社長だった社長が、まだ幽閉される前の話だ。 アバランチは反神羅組織として最大のものだったけど、その他にもカンパニーに対立する組織やグループはたくさんあった。 そしてその連中によってカンパニー幹部が狙われることも、しょっちゅうあることだったんだ。 まだどう見たって子供だった副社長も、例外じゃなかった。 副社長は、 「私のような子供を狙ってもなんの得もないのにな」 と言ってよく笑っていた。 「私が死んだって、子供を殺された哀れな父親としてプレジデントの株を上げるだけだ。バカバカしい」と。 それでも、プレジデントよりは警備が薄く狙いやすかったのか、副社長をターゲットとした暗殺未遂や誘拐未遂は後を絶たなかった。 だから副社長は、SPとは別に必ずオレ達タークスを側に置いた。 オレ達の関係は今ほど密接なものじゃなかったけれど、副社長がタークスの実力を買っていたことだけは確かだった。 その日、副社長を狙ってきたのは、ちっぽけなグループだった。 普段ならそんなケチな組織が副社長に近づくことなんかあり得なかったはずなんだけど、その日はプレジデントお得意の講演会があり、しかも別の組織からの魔晄炉爆破予告があったりで、その他の警備が手薄になってた。 そんなこんなで、副社長を狙ってきた奴らをオレ達はとりあえず撃退した。 副社長は黙ってオレ達の後ろに立っていて、どうすれば一番オレ達が護りやすいかを、きっちり実践していたんだ。 だけどその時、思わぬ場所からの銃撃が、副社長を狙った。 SPの一人が副社長を庇護って倒れ、オレは咄嗟に銃弾の来た方向に向けて魔法攻撃を放ってた。 銃撃はそれきりだった。 銃弾の来た方へ行ってみると、女が倒れていた。 オレのサンダガをまともに喰らったらしい。息のないことは、一目でわかった。 女を殺るのは気分のいいもんじゃなかったけど、テロリストに情けはかけていられない。 そんなことをしていたら、副社長の命もオレ達の命も、幾つあっても足りない。 だけど、倒れた女の身体の下から子供が這いだしてきたのを見たとき、オレはさすがに即攻撃することは出来なかった。 「お母さん!お母さん!」 ためらい、立ち止まったオレの前で、子供は女の死体に縋り付き、叫んでた。 この女の子供だったんだろう。 10才か、もう少し上くらいか。 襤褸と呼んだ方が良いような服。瘠せた手脚。汚れた顔。スラムのガキだってことは一目見てわかった。 泣き叫ぶ子供は、動かない母親を揺することを諦めると、燃えるような目でオレを睨みつけた。 いや、オレではなく、オレの背後を。 「何をしている、レノ」 その背後からキレイな高い声で、これ以上ないほど冷たい言葉がかかったのは、ほとんど同時だった。 「殺せ」 オレは思わず振り返ってた。 神羅カンパニーのただ一人の跡継ぎであるお坊ちゃん。 護られることも命令することもあたりまえ。 決して自分の手は汚さず、人の命を奪うことさえ、一言で片付ける。 キレイな顔。キレイな髪。 真っ白い高級な服には、染みひとつない。 泥の中を歩くことも、餓えることも、雨の冷たさも、何も知らない。 「まだ子供だ!」 思わず言い返してた。 「私が幾つだか知っているか? レノ」 副社長の声は相変わらず冷たく平板で、なんの感情もこもっていなかった。 「子供とて、もう十分判断のつく年だ。だからその女もこの場に連れてきたのだろう」 「違う!」 叫んだのは子供だった。 「おれが勝手に付いてきたんだ! だから…お母さんは、おれを庇護って! おれのせいで」 「おまえのせいではないな」 泣き叫ぶ子供に向かって言った副社長の声は、とてもほとんど同じ年頃の子供のものとは思えなかった。 「その女はテロリストだった。私の命を狙ったのだから、どんな状況であれ、必ず死んでいた。おまえがいようといまいと無関係だ」 その時は気づかなかった。 殺せと言ったのに、その相手に何故こんなに話しかけたりするのか。 それは社長らしくないことだったと思う。 そして、それが何故だったのかわかったのは、もっと後になってからだった。 「始末しろ、レノ。将来への禍根は取り除いておかねばならん」 黙って従うのには抵抗があった。 まだ子供の副社長の口から居丈高に命令されて、子供を殺すなんて胸くそ悪い。 そんなふうに思ったのかも知れない。 正直、その時の気持ちをはっきりとは覚えてない。 命令に従わないオレを、副社長はちらっとも見なかった。 その代わりに、もう数歩子供に歩み寄った。 SPが子供と副社長の間に入ろうとしたけれど、それは軽く手で制して、真っ直ぐ子供の顔を見つめた。 「おまえ。恨むなら私を恨め。私が神羅、私がカンパニーの意志だ」 そう言い放った副社長の横顔はすごくキレイで、オレは場違いな気分でそれに見とれてた。 「おまえたちの怨みは、いずれ私がこの命で精算しよう。その日を楽しみにしていろ」 オレはびっくりして口が開いた。 何も考えてないボンボンのセリフじゃなかった。 いや、オレはこんな言葉を他の誰からも聞いたことはなかった。 副社長がそのまま子供に背を向けて歩き出したのと、子供が母親の身体の下から銃を取り出したのと、オレがロッドでそれを振り払ったのと、ほとんど同時だったと思う。 電磁レベル最強のロッドで殴られた子供の身体は吹っ飛び、たぶん即死だった。 副社長は脚を止めようともしないで、ただ、ふっとオレを振り返って、にっこりと、それはもう、すごくキレイに、にっこりと笑ったんだ。 大丈夫だから。 そう言うみたいに。 その時オレはやっと気づいた。 副社長はあの子供に向かって喋ってたんじゃない。 オレ達に――オレのために話してたんだ。 タークスは、カンパニーの裏仕事を引き受ける部署だ。 手を汚すことを嫌がってたら、やってられない。 そんなことはわかってるつもりだった。 けど、わかっていたって嫌なものは嫌だ。 だから―― だからそんなやりきれない思いは抱えるなと、社長は言ったんだ。 それを負うのは自分だと。 それが命令する者、上に立つ者の責任なのだからと。 命令することの意味を、たぶん誰よりもよくわかっていたのは副社長だったんだ。 まだ15かそこらの、子供のくせに―― 社長のそのセリフが思いつきでも口先だけでもなかったことは、その後の社長の行動を見ていればよくわかった。 社長は、アバランチの本拠に一人で乗り込んだり、タークスのためにプレジデントを向こうに回して芝居を打ったり、必要と思えば自分の命が危ういようなことだって平気でやってのけた。 自分だけ安全な場所にいて手を汚さずにいるつもりなんか、欠片もない人だった。 そんなことを思い出して、オレはぞっとした。 あの時社長は何を思ったんだろう。 ウェポンの光弾が本社ビルの社長室に着弾したとき。 もしかしたら社長は、試したのかも知れない。 ウェポンが自分を狙うのかどうか。 自分は星の敵なのか。 自分のしてきたことに、意味があったのか。 そんなふうに思ったりはしなかったろうか。 あの頃社長は、たった一人だった。 ツォンさんは古代種の神殿で連絡を断ったきりまだ戻っていなかったし、オレ達は忙しすぎて社長の側へ行く時間もなかった。 プレジデントの残した一癖も二癖もある重役連中に囲まれて、かつて恋人だったセフィロスを敵にまわして。 一人で戦い続けることに、疲れていたんじゃないだろうか。 そんなはずはない、と思う。 あのめちゃくちゃにぶっ壊れた部屋の中で、ひどい怪我を負って、それでも自力で逃げだそうとした跡があった。 社長は魔法が使えない。 けれどたぶんあの時、咄嗟にマテリア援護を発動したんだろう。 MP0でも魔法を発動できる、タークスだけのシステム。 だからあの部屋の中で、生き延びることが出来た。 そして迫る炎から逃れようと、必死で床を這った。 あの社長が。 いつも超然としていて、何事にも動じない顔をして、困ったとか疲れたとかそんな弱みは見せたことがなかった社長が、懸命に床を這って、それでも生きようとしたんだ。 だから、社長は決して死んだりしない。 あの子供が――社長を連れて行こうとしているなんて、考えちゃいけない。 社長。 あんたはまだやっと二十歳を過ぎたばかりじゃないか。 やっと――カンパニーの社長になったばかりじゃないか。 オレ達の社長に。 「主任。少し休まれた方が良いです」 外回りから戻ってきたイリーナが、ツォンさんを見て声をかけた。 廊下の端で缶コーヒーを飲んでたツォンさんは、真剣な顔のイリーナを見て、少しだけ笑った。いかにも無理してると丸わかりの作り笑顔で。 「いや。イリーナこそ休んでおけ。明日はまたジュノンへ飛んでもらわねばならんからな」 「でも」 食い下がってんな、イリーナ。 ツォンさんのことが心配なんだろう。 イリーナがツォンさんを好きだってことはみんな知ってる。 それが徹底的な片想いだってことも。 「オレ、オレが行きますよ、と。ジュノン」 オレは廊下の椅子から立ち上がり、声をかけた。 二人はびっくりしたようにオレを見た。 気配を消してたつもりはなかったけど、よっぽど存在感がなかったらしい。 「レノ」 「先輩」 「ジュノンへ行って、それから周辺の様子もちっと見てきますよ、と」 「…そうか」 ツォンさんが頷いた。 「社長が頑張ってるんだから、オレ達も頑張らないと」 「…そうだな」 今度こそツォンさんはほんの少し微笑んだ。 そしてイリーナも、泣き笑いみたいな顔をオレに向けて、 「先輩にしちゃ、いいこと言いますね」 なんて言いやがったんだ。 そして翌日。 任務をこなしてジュノンをヘリで飛びたったオレに、イリーナからの無線が入った。 雑音だらけの聞き取りにくい声だったけど、たしかに、 『社長が目を覚ましました』 って。 オレは不覚にも、ちょっとだけ視界が歪むのを押さえることが出来なかった。 社長。 オレもすぐ戻るから。 そしたら、オレにも声を聞かせてくれよ。 いつもみたいに、偉そうな命令口調で。 そしたらオレは、『まかしとけ』って、答えるから。 また、あんたと一緒に働こう。 社長。 あんたがいる限り、オレ達は『神羅カンパニーのタークス』なんだから。 end――レノSide |