金髪の



「副社長…」
 かけられた声にルーファウスはモニタから顔を上げた。
 その瞳が、驚きの形に見開かれる。
「主任から言いつかって参りました。副社長の御用だったのですか」
 ドアを背に、そのままデスクへと歩み寄ってくる姿に、いささかたじろいだようにルーファウスは身を引いた。
「君は…」
「ディアナと申します。副社長。まだ新人ですが、しっかり勤めさせていただきます」
「ええと」
 珍しくもルーファウスは狼狽えていた。
「君はヴェルドになんと言われてきたんだ?」
 しかし舞い上がっているらしい新人のタークスには、そんなことは全く分からない。
 その程度には、落ち着きを装うことができているということだ。
「はい。この部屋行けと。そして、命令にはなんでも従うように。それから、ここでのことは一切他言無用、とのことです」
「そ、そうか」
 ルーファウスは自分を納得させるように頷く。
 瞳を輝かせて立っている目の前の女性を、どう扱ったらいいのか判断に迷う。

 ヴェルドのヤツ、これは嫌がらせか。
 もちろんそうだろうな。
 心の中の舌打ちは、とりあえず彼女には聞こえない。
 初めて会う副社長に、緊張と期待の入り交じった表情を向けている。
 かなり若そうだ。
 自分と年もいくらも違わないだろう。少しは年上だろうが。
 生真面目そうな顔立ち。
 真っ直ぐなブロンドと青い瞳は、鏡を見るようだ。

「なんでもお申し付け下さい」
 はきはきとした口調。直立不動の姿勢。
 実直な性格であろう事は、一目見ればわかる。
 ルーファウスは頭を抱えたくなった。
 こんな女性とどうにかなることなどできるわけがない。
 もっと遊んでいそうな女とか、いなかったのか。
 いや、どっちにしろ嫌がらせなのだから同じか。

 とりあえず時間稼ぎだ。

「君は、データベースは扱えるか?」
「はい」
「ならば…ちょっとここに来てくれ」
 モニタの前に座らせ、ファイルを開いて先ほどまでやっていた作業の一つを示し、手順を説明した。
「よろしいのですか。わたくしがこのようなファイルにアクセスしても」
「君はタークスだろう。それに、ここでのことは」
「一切他言無用でしたね。分かりました。やらせていただきます」
 どうやら不審には思われなかったらしい。
 ルーファウスは内心胸をなで下ろす。
「じゃあ、よろしく」
「どちらへ?」
「ああ、ちょっと買い物だ。大丈夫。社内からは出ないから」
 ヒラヒラと手を振って部屋を出る。
 
「はあ」
 思わずため息が出た。
 彼女も緊張していたが、ルーファウスの方もひどく緊張した。
 同世代の女性と二人きりになった経験など無い。
 しかももともとの目的が目的だ。
 彼女は何も聞かされていないようで平然としていたが、ルーファウスの方は意識せざるをえない。
 もちろんここで彼女とそんな行為に及ぶつもりなど当然無い。
 そんな風に気軽に手を出せるような女性でないことは、見れば分かる。
 しかしそんな行為は論外としても、二人きりで相手をどう扱ったらいいのかも、分からない。
 ただ立たせておくとか座らせておくとかいうのも、自分の方が気づまりだ。
 レノの時とは勝手が違いすぎる。



 
 両手になにやら抱えて戻ってきたルーファウスを見て、今度はディアナの方が目を丸くした。
「副社長、そんな事はおっしゃっていただければわたくしが」
「いや、いいんだ。これは、ちょっとした息抜きだよ」
 言いながらルーファウスはデスクの上に大きな紙箱と紙袋を置いた。それは社内のカフェのもので、中身が何かは開けなくても容易に察せられた。
「飲み物はコーヒーで良かったかな。といっても、他のものはないんだけど」
 がさがさと袋から紙コップを取り出す。
「それから、こっちは」
 開けられた紙箱を見てディアナはまた目を丸くした。
「いや、全部食べろという訳じゃあないから」
 言い訳するようにルーファウスは続ける。
「よく分からなかったから、おすすめを詰めてくれと言ったらこんなに持たされた」

 副社長の噂は幾らか聞いていた。
 まだ見習い中とかで、あちこちの部署を回っているという話だった。
 それでも仕事には厳しい方で、特に効率の悪いことはひどく嫌われるという。
 都市開発部ではいきなり3人が配置換えされたとか、保安部で叱責された社員が自殺未遂をしたとかいう話もある。
 事実ではあるらしいが、事の詳しい経緯が分からない限り表面上だけ見て判断することは避けるべきだと、ディアナは思う。 
 タークスたるもの、ものごとには必ず裏表があることを忘れてはいけない。
 それは主任の教えでもあった。
 一方で副社長は意外に気安い方だという噂もあったのだ。
 少なくとも今のこの状況を見る限り、それは嘘ではなさそうだった。
 平の一社員のために自ら茶菓子を買ってきてくれるなど、部長クラスでもあり得そうにない。
 畏れ多いことだ。
 でもすごく嬉しい。
 天にも昇るって、きっとこういう気持ちだわ。
 そう、ディアナは思う。
 今現在、神羅の社長は事実上この世界の帝王に等しい。
 その令息であるこの方は、将来その地位につくことを約束されたただ一人の人間なのだ。
 それが――
 それだけじゃない、本当は――

「どれでも好きなものを――」
 そこまで言って、ルーファウスは絶句した。
 自分を見つめている彼女の青い瞳からいきなり涙がこぼれ落ちたからだ。
「――ど、どうかしたのか?」
 半分パニックになりかけながら、ルーファウスは問いかける。
 二人きりでいることすら緊張するのに、いきなり泣き出されてはお手上げだ。
 問いかけたまま二の句も継げず、どうしたものかと視線を宙にさまよわせていると、ディアナはようやく口を開いた。
「も、申し訳ありません…」
「大丈夫か? どこか痛むとか?」
 ルーファウスの方もなんとか気を取り直してもう一度問う。
「いいえ。どうぞご心配なく…わたし…」
 手の甲で涙をぬぐいながら、彼女は微笑む。
「わたし、嬉しくて」
 
 ――はあ?――
 とりあえず、口に出すことは避けられた。
 彼女から見たルーファウスは、相変わらず少しだけ心配そうな表情で固まっていただろう。

「副社長にこんなに良くしていただいて」

 たかがケーキが泣くほど嬉しいのか?
 いったいタークスの給料は幾らくらいなんだ。新人だとはいえ…。
 後でファイルを覗いてみなくては。
 と、これもまた心の中で呟く。
 もちろんそれが激しく的はずれであることは、この後すぐ分かることになる。

「わたし、副社長のファンなんです」

 今度こそルーファウスは目が点だ。
 ファン?
 ファンと言ったのか。
  
「学生の頃から、ファンだったんです。雑誌の切り抜きも全部取ってあります。ビデオも。いつもプレジデントの後方にいらして、よくお顔が見えなくてすごく残念でした」

 ルーファウスはすでにストップがかかった状態だ。
 何をどうしたらいいか、皆目分からない。
 だいたい自分は芸能人でもアーティストでもないのに。

「だから絶対神羅に入ろうって決めてました。タークスはVIPの警護もするということでしたので、もしかしたらルーファウス様のお顔が見られるかもって…」

 頷くこともできない。
 しかもいつの間にか副社長からルーファウス様に呼び名が変わっている。

「それが、こんな、お会いできただけでもすごいことなのに、ルーファウス様自らわたくしにケーキを買ってきてくださるなんて…」
 また涙ぐみそうになるディアナに慌てて、ルーファウスはようやく口を開いた。
「光栄だよ。でも、もう泣かないでくれるかな」
「はい!」
 まだ涙声だが、返事は元気が良い。
「お気づきになりましたか? わたくしの髪型。ルーファウス様と同じにしてるんです」

 そうか。それで最初に見たとき鏡を見るようだったのか。

「今人気があるのだと、美容院でも言われました」

 そんな事は初めて聞いた。
 だが、ディアナは最初の固い印象はどこへやら、放っておけばいつまでもしゃべり続けそうだ。
 さすがにルーファウスは逃げ出したくなった。

「悪いが、もう時間がない。今日はご苦労だった。この菓子は持って帰って分けてくれないか」
 言いながらノートを回収し、小脇に抱えてそそくさと部屋を出る。

「あ」
 ドアの手前で振り返り、
「もちろんここでのことは」
「一切他言無用、ですね」
 きらきらと瞳を輝かせて、ディアナは応えた。
「そういうことだ。では、よろしくな」

 他言無用は良い思いつきだったとルーファウスは思う。
 同じ髪型にしてるなんて事を言いふらされたらばつが悪い。
 雑誌の切り抜きなんて、どんなものだろうか。
 自分でも見たことがないのに。
 ヴェルドは、これを全部を知っていて彼女をここへ寄越したのだろうか。
 
 きっとそうだな。

 あの男が、知らないでそんなことをするはずがない。
 今頃してやったりと笑っているに違いない。
 何もかもお見通しだと言わんばかりの、あの偉そうな態度も気にくわない。
 ちくしょう。
 ただですむと思うなよ。
 
 ルーファウスは歳相応に腹を立て、その歳には似合わない仕返しを考えたのだった。

end                          …つづく?



 

ディアナはオリキャラではありません。
BCに登場する金髪の短銃(女)です。
ただ名前はないので、適当に付けさせてもらいました。
あの子って、なんでルー様と同じ髪型なのー!? もしかしてルーコス?
というのが、創作動機です(笑)
2005年12月17日(土曜日)