ここに至る道の上より

     ■セフィルー前提ですが、セフィクラ要素はないということでよろしくです<(_ _)>



「なぜおまえたちはあの頃アバランチを名乗っていたのかな」
 独り言のように呟かれたルーファウスの言葉に、何と返答すべきかクラウドは迷う。
 正直、あの頃の自分のことはよく思い出せない。
 魔晄漬けの実験材料にされた挙句自分を見失って、ソルジャー1stのザックスと自分を混同し作り上げた偽の記憶に頼って行動していた。
 アバランチを名乗っていたのはバレットたちで、自分はあの時ただの雇われ用心棒だった。
 しかもミッドガルを出てからは目的も変わってしまい、アバランチを名乗り続けた記憶もない。
 だが、ルーファウスと正面から向き合ったのは神羅ビル屋上での一度きりだった。
 確かにあの時、自分たちは反神羅組織「アバランチ」を名乗っていたのだ。

「アバランチが…元々のアバランチがどんなものだったか、知っているか?」
 気怠げにシーツに伏したまま、ルーファウスはクラウドにお構いなく続けた。もとより返答など期待していなかったのだろう。
「私はよく知っている。アバランチのリーダーだった者たちにも、会ったことがある。あの頃私はアバランチと通じてカンパニーに揺さぶりをかけていたのだから」
 それは初耳だった。
 というより、ルーファウスの過去のことなどほとんど知らない。
 この年若い社長は、単に神羅の家に生まれ育ち父親の死と共にその地位についたものだと、簡単に考えていた。
 思い返せば自分もカンパニーに所属していた時代があり、その頃副社長だったこの男は遥か雲の上の人間だった。

 そう。
 覚えている。
 あれはジュノンであった最後の――自分にとって最後の――観閲式の時だった。
 セフィロスがこの男の手を取り、跪いて口付けた様子は今でも鮮やかに思い出せる。
 自分もあの時、兵達の中に確かにいたのだ。
 当時一兵卒だった自分と、英雄セフィロスの忠誠を勝ち得ていた副社長。
 セフィロスが、自ら望んでのことでなければそんな行為は決してしない男であることは、兵達は皆よくわかっていた。
 あの時のセフィロスはまだ、英雄と呼ばれるに相応しい軍人だった。
 世界に冠たる神羅軍の頂点にいるセフィロスと、カンパニーのbQである副社長。
 遠目ではただその白い服と金色に輝く髪しか判別できなかったが、モニタで見る副社長はずいぶんと綺麗な顔をしていて、セフィロスと並べばこれ以上ないほどの画になった。
 実際、翌日の新聞の一面を飾ったのはその写真で、考えてみればそれはこの男の父親であった社長にとっては面白くないことだったろう。

 それにしても副社長ともあろう者が反神羅テロ組織と通じていたとは、驚きだ。
「あんたも複雑だな」
 皮肉な口調になったのは、それをどう捉えて良いかわからなかったからだ。
「ふふ」
 だがルーファウスは嬉しそうに笑っただけだ。
「アバランチの実質的リーダーだったフヒトという星命学者は、強大な召喚獣を使ってすべての命をライフストリームに還すことを企んだ本物の狂信者だった」
「…」
 あっけにとられた。
 そんな話は初めて聞く。
「知らなかったろう? おまえたちが一番魔晄炉を爆破するたった二ヶ月前に、フヒトが召還したジルコニアエイドによって世界は一度破滅の危機に立っていたんだ」
 くすぐったげに笑って言うのは、クラウドがその肩を掴んで強引に仰向かせたせいだ。
「あんたは…そんなことに手を貸していたのか?」
「そんなわけがないだろう。私は一度だって、私の世界の破滅など望んだことはない」
 クラウドは脱力する。
 そうだ。
 コイツはそういうヤツだった。
 『私の世界』だと? 
 いけしゃあしゃあとそんなセリフを言ってのけて、しかも少しの不自然さもない。
 いったいどんな育ち方をしたらこんな人格が出来上るのか、聞いてみたい気もしたがどうせろくな話じゃないとそのまま止めた。
 その代わりにクラウドは肩に置いていた手をルーファウスの脇腹に滑らせ、その背の下に挿し入れた。
 ルーファウスはますますくすぐったげに身を捩らせ、喉を鳴らした。
 性格も見てくれもおよそかわいげとはほど遠いくせにそんな様子は妙に愛らしく、男の欲をそそった。
 見た目が悪いわけじゃない。
 単に整いすぎた容姿が冷たい印象を与えるだけだ。
 だが性格は一言で言って、『最悪』。
 その性格の悪さが顔に出るのか、はたまたこの男自身が自分をそう見せたがっているのか、人を小馬鹿にしたような表情と冷笑が見た目の印象を悪くしている。
 だが今はまるで邪気のない柔らかな表情かおをしていて、それが快楽に忠実に歪む様は思わず見とれるほど色っぽい。
 それすらも演技なのだろうとは思っても、つい騙されそうになってしまう自分は馬鹿か、とクラウドは自嘲する。

 なんだってこんな男とこんな事になってしまったのか。
 
 確か仕事で呼ばれたはずだったのに。

 ジェノバと星痕症候群を巡る事件で再会して以降、この、いまだ神羅カンパニー社長であるのかないのかよくわからない男は幾度もクラウドに仕事を依頼してきた。
 多くは書類や機器の類を輸送する業務で、急ぎだったり行き先が危険な場所だったりする代わりに支払いは破格に良く、純粋に取引先としてみるならば悪い相手ではなかった。
 そうやって走り回っているうちに、彼のやっていることは今現在この世界を支えるために必要な仕事だということも察しが付いてきた。
 実際、カンパニーが機能していた時代でも、その業務の大半は人々の生活を支える基盤であったのだ。
 今となっては、神羅カンパニーがすべての悪の根源であるというような単純な図式はさすがのバレットでさえ描いてはいなかったから、彼の発注する業務を受けることに異存はなかった。

 だが、これは仕事と言うにはあまりにも無理がありすぎだ。
 いや、これが仕事だとしたら金を払うのはむしろ自分の側ではないのか。
 スラムで行きずりの娼婦を買うのとどう違う。
 もっともこの部屋は「ミツバチの館」と比べても豪華に過ぎ、未だこの男がどれだけの財を持っているのか、そういうことには疎いクラウドにすら溜め息をつかせるようなものだったが。
 そんなものを所有している娼婦など、お笑いのネタだ。
 そもそもいつものヒーリンロッジでなくこんな別荘に呼ばれた時点で、何かしら魂胆があると疑ってかかるべきだったのだ。
 
 背筋の窪みを辿り、さっきまで自分を受け入れていたその部分にもう一度指先を忍ばせる。
「ん…っふ…」
 ぴくりと身体を震わせて目を閉じ、ルーファウスは背を浮かせた。
 それが行為の続きを促す仕草だと気付いて、クラウドは遠慮無く指を根本まで押し込んだ。
「ぁっ」
 小さくもらされた悲鳴と、寄せられた眉根。継がれた息の甘さにクラウドの欲望は、今指が感じている熱をもう一度自らで感じたいと強烈に訴えかけてくる。
 まったく、どういう経験を積んできたらこんな男が出来上がるのか。
 そんなふうに思うのは今日すでに二度目だ。

「これが良いのか?」
 中を指で探りながら問いかける。
「あぁ…、いい、クラウド、もっと…」
 喘ぐように胸を上下させ、擦れた声が答える。
 もっと、という言葉の通り、浮かせた腰がより深い繋がりを求めて擦りつけられた。
「たいした淫乱だな、あんた…。誰にでもこうなのか?」
「誰にでも…? …おまえが、欲しいんだ、…クラウド」
 切れ切れに囁かれるのは、絶妙の殺し文句だ。
 すべてれ言とわかっていても、心が動く。
 見上げてくる瞳は蒼く澄んで、額に浮いた汗に濡れる髪からは甘い香りが匂い立つ。
 単純に『育ちがよい』などという言葉では表わしきれない『高貴さ』とでもいうようなものを目の当たりにした気がして、クラウドは軽い目眩いをおぼえる。
 この男は明らかに、自分たちとは違う種類の生き物だ。

「これじゃ大変だ、あの連中も」
 クラウドは指を引き抜くとルーファウスの脚を抱え上げ、容赦なくその中心を貫いた。

「ああっ、く、うっ…」
 絶え間なくこぼれ落ちる喘ぎと、切なげに寄せられた眉、薄く見開かれた瞳の深い蒼、シーツに散る金色の髪。
 その下に続いているのが同じ男の身体だと分かっていても、むしろそのことがよけいに肉欲を煽る。
 誇り高く、なにものにも決して屈しないその男を組み敷いていることが。
 締め付けてくるその部分のきつさと、熱くうねる内部。
 そこからもたらされる快感は、間違いなく今までの経験をすべて凌駕している。

 あの男が――クラウドは黒髪のタークスを思い出す。
 あの、いつもべったり側に張り付いている男が、あんたに溺れるのも分かる。
 そしてセフィロスも――

 セフィロスも、この身体に溺れたことがあったのだ。
 苦く鈍い感傷が胸を噛む。
 自分とセフィロスが特別の絆で結ばれているように、この男ともまた特別な関係があったのだと、そう認識することはなぜか心の奥を騒がせた。
 これは一種の嫉妬なのだろうか。
 では、どちらに対しての?
 どちらともわからない。
 むしろ、この二人の間にある関係性への嫉妬なのかもしれなかった。
 それは、自分とセフィロスの間にあるものとは、あまりにも違う。

 ルーファウスの中に残るセフィロスの残像は、クラウドの攻撃性を刺戟する。
 途端に激しくなった動きと、きつく握られたものから走り抜けた痛みに、ルーファウスは悲鳴を放ち身体を仰けぞらせた。
 ソルジャー1stに等しい身体能力は、「人」をあらゆる面で上回っている。
 しかもクラウドは、あのセフィロスと互角に渡り合った唯一の男だ。
 クラウドがルーファウスの中にセフィロスを見るように、ルーファウスもまたクラウドの中にセフィロスを追う。
 自分たちは、セフィロスという無二の存在を軸として対の位置に立っているのだ、とルーファウスは思う。
 どんなに時が経とうとも、彼を過去のものとしてしまうことはきっと出来ない。
 彼の残した傷痕は大きすぎ、クラウドを見るたびそれに気づかされていたにも関らず、こうなってしまうのを止めることも出来なかった。
 自分は他人が思うほど自制の利く人間ではないのだ。

 与えられる痛みが、ルーファウスを追い上げる。
 これを、望んでいた。
 激しく、強引に身体を抉る痛みと熱。
 それを受け入れることを、どんなに待ち焦れたことか。
 
「もっと…だ、クラウド、もっと、は、げしく…奥、までっ」
 懇願する声が、啜り泣きに近くなる。
 そのことに、ルーファウスは満足する。
 身体は苦痛を訴えてくるのに、心はそれを快楽だと認識する。
 揺さぶられ、掻き回される身体の中が熱い。
 吐き気がするほどの勢いで突き上げてくるものが身体の中の一点を刺戟すると、喉からは勝手に悲鳴が上がり、手脚はこの場から遁れようとするように足掻く。
 クラウドの硬い掌――ツォンとは違う場所に胼胝のある――がルーファウスを握り込み、翻弄する。
 ルーファウスは過ぎる快感を逃そうとするように首を振り、シーツを握りしめて頂点へ駆け上がる。

 白い光が瞼の裏に明滅する。
 身体を駆け抜けていく絶頂の快感と開放感。
 その時自分が誰の名を呼んだのか、ルーファウスにはわからなかった。
 
「あんたは俺とセフィロスを重ねてるのか?」
 ぼんやりと身体に残る快感の名残りと痛みを反芻していると、クラウドの声が降ってきた。
 クラウドは勝手にシャワーを使ったのか、髪を拭きながらベッドに近づいて来るところだった。
 それも気づかないほど自失していたのか。
 それとも寝入っていたのか、もしかしたら失神したのだろうか。
 どれともわからなかったが、それはどうでもいいことだった。
 一度は向かい合って戦ったこともあるこの男の前に、無防備に全てを曝すこと自体がルーファウスにとって快感だ。

「セフィロスと?」
 ルーファウスの顔に、いつもの冷笑が戻ってきた。
 クラウドは小さく舌打ちして目を背ける。
 訊かなければ良かった。
 黙って帰ってしまえば、この顔を見て嫌な気分になることもなかったのに。

「セフィロスは後からするのが好きだったな。知っていたか?」
「知るわけないだろうっ!」
 むかつく。
 咄嗟に怒鳴り返したが、それもまた失敗だった。
 相手にしたら負けだとわかっているのに。
 
「悪いが、クラウド」
 少しも悪いなどとと思っていなさそうな声が、笑いを含んで要求する。
「私はまだ一人ではあまり長く立っていられないんだ。手を貸してくれないか」
 伸ばされた腕の白さが、窓からの陽に映えて眩しい。
 
「ったく、世話の焼けるヤツだ」
「まあそう言うな。おまえと違って私はただのひ弱な人間だ」
 どこがひ弱だ、どこが!
 心の中の突っ込みは、声には出さない。
 だが肩に担ぎ上げた身体は思ったより軽くて頼りない。
 なんとなくそれが心を波立たせて、そのことにクラウドは苛だった。
 きっといつもあのタークスが壊れ物のように大切に扱っているんだろう、そう思うと苛立ちが募り、わざと乱暴にその身体を引き摺ってバスルームへ運び込んだ。
 だが、荷物同然にバスタブへ押し込みシャワーを浴びせても、ルーファウスは文句を言わなかった。
 急に、一人空回りしている自分が馬鹿らしくなる。
 そんなクラウドの気分の変化を察したのか、ルーファウスはちらりとクラウドを見上げて口を開いた。

「ようやく星痕も消えたばかりだしな。半年もあれと付き合って、さすがに参った」

 半年は長い――
 クラウドは軽い驚きを感じた。
 早い者は発症して一月持たずに死ぬ。長くても三ヶ月かそこら。そういうものだった。
 それにあの時会ったルーファウスは、いかにも元気そうに見えた。

「私は特別だ。出来うる限り最高の医療を受けていたからな」
「…それほど命が惜しかったか」
 咄嗟に出た言葉は、くだらない妬みだったと思う。
 だが、路地裏で死んでゆく子供達を何人も見た。
 その誰一人救う術を持たなかった自分を、どれだけ歯痒く思っていたか。
 神羅ビルはもう無くとも、この男は相変わらずずっとあの高みに住んでいたのだと思うと、単純に腹立たしかった。

「死ぬのはかまわないが、仕事が滞るのは困る。医者にはそう言っただけだ」
 ルーファウスはクラウドを見上げて薄く笑う。
 この男は面白い、とルーファウスは思う。
 クールでシニカルな表側と、弱く脆い内側、なおその奥に実は真っ直ぐで力強いものをしまい込んでいる。
 そして自分ではそのことに気づいていない。
 いや、気づきたくないのか。

「トップにはそれなりの責任があるものだ。それに私が治療を受けずに死んでも、それで他の人間が助かるわけではない」
 いかにもな正論が、クラウドにはいちいち腹立たしい。
 神羅ビルの屋上で会ったときはもっととっぱずれたヤツだったような気がしたが。
 むっと黙ったままのクラウドを見上げて、ルーファウスは楽しげだ。
 腹立ち紛れにバスタブの中の身体を勢いよく引き上げて、クラウドは手近にあったバスローブを投げつけた。
 
 部屋へ戻ると、ルーファウスはそのままソファにぐったりと沈み込んだ。
 体調が良くないというのは、嘘ではないのだろう。
 髪を拭く元気もないのか、瀝る水滴がソファを濡らすままに任せている。
 
「水を」
 目を閉じたルーファウスが発した言葉に素直に従いかけて、クラウドは再び舌打ちする。
 命令することに慣れた男の声には、人を従わせる力があった。
 単純な要求だと分かっても、従うのは腹立たしい。
 だが、今の状態でルーファウスが自ら水を取りに行くのは難しそうだった。
 しかたなしにカウンターの下の冷蔵庫から探し当てたミネラルウォータのボトルを差し出してやると、
「グラスはないのか」
 と来た。
「頭から被りたいか?」
 地を這うようなクラウドの声に、ルーファウスは何に腹を立てているのかさっぱり分からないという顔で、ボトルに手を伸ばした。
「無いならいい」
 本気で頭から水をぶちかけてやろうかと思いつつ、そんな事をしてもこいつは喜ぶだけかもしれないと思い直す。
 人を怒らせて楽しむというのが、彼の悪辣なやり方だとやっと分かってきたからだ。

 代わりにクラウドは、ボトルを手渡しつつ厭味を言ってみる。
「あんたはこうやって誰にでもやらせるのか」
「さっきも言ったろう」
 同じ質問を二度するのか、といささか小馬鹿にしたような口調だ。
「相手をするのは私が選んだ男と、これが役に立つと判断した時とだけだ」
 なんだその役に立つ時っていうのは。そういうのを誰にでもって言うんだろうが!
 心の突っ込みはやはり口には出さずに呑み込んだ。

「いつも女役なのか」
 もう一度の厭味。
 だがそんなものは軽く躱される。
 
「私の性的嗜好は至ってノーマルなのでね」
 どこが、ノーマルなんだ、どこが!
 三度目の突っ込みは、ほとんど叫びになった。

「女を抱きたいとは思っても、男を抱きたいと思ったことはない」
 
 がっくりと、床に懐きたい気分になる。
 どうがんばっても、口でこいつに勝てるわけがない。
 降参だ。
 心の中で両手を挙げ、クラウドはルーファウスに背を向けてさっさと着替える。

「今日の仕事はこれだけか」
「仕事? まだ仕事は依頼していないが」
 しどけなくソファに横たわったまま、ルーファウスはクラウドを見上げた。
 はだけられたバスローブから覗く胸元も、投げ出された素足も、ひどく扇情的でクラウドは思わず目をそらす。
「そのデスクの上にある書類を、コレルまで届けて欲しい。報酬はいつも通りだ」
「割り増しを要求したいね」
 思いついて言ってみた。本日何度目かの厭味のつもりだ。
 ルーファウスの目が、見開かれる。
 それが楽しげに細められて、クラウドはまたこの男を喜ばせただけだったかと、がっかりする。
「いいだろう」
 けだるげに立ち上がると、ルーファウスはデスクに歩み寄り、引き出しから小切手を取り出した。
 さらさらと流れるようにサインする手元に見とれる。
 そんな何気ない仕草こそが、実に優雅だった。
「持って行け」
 差し出された小切手に書かれた額に、仰天した。
「おい」
 仕事の報酬と2桁違う。
「なんだこれは」
「割増分だが」
「受け取れるか、こんなもの!」
「変な奴だな。割り増しを要求したのはおまえだろう」
 叩き返すか破り捨てるかしようと思ったが、それもばからしくなってクラウドはむしり取るように小切手を受け取り、懐にしまった。
 ついでに梱包された書類をひったくってそのままきびすを返し、部屋を出る。
 足音も荒く階段を駆け下りると、使用人らしき老人がドアを開けて待っていた。
「またおいで下さいませ」
 二度と来るもんか、と思いつつ、つい深々と礼をするその老人に頭を下げてしまい、つくづく自分は小市民だと思い知る。
 また来いというのは、ルーファウスが言わせたのかそれとも客には誰でもそう言うことになっているのか、どちらとも分からなかったがなんとなくルーファウスの本音のような気がした。
 それが嬉しいかというと、また別問題ではあったが。


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