「なんですかそれは…」
ルーファウスを見つめたまま―――正確にはルーファウスの腕に抱かれたものを見つめたまま、ツォンはとっさにそんな言葉を発していた。
言ってしまってから『社長になんて物言いを!』と後悔したが、出てしまった言葉は取り消せない。
だがルーファウスはというとそんなことはかけらも気にしない態度で
「道に落ちていた」
とそれを皆の前に突き出した。
「何か動物の子供だと思うが」
『いや、いや、それ違うから!?』
心の中で思いっきり手を振り叫びながら、固まったのはレノだ。
『前言撤回』をこれまた心の中で唱えたのはツォンである。
「可愛いですね!」
一人デスクから立ち上がり社長に近づいたイリーナは、手を伸ばしてふるふると小さく震えているその黒いものに触れた。
「なんの子供でしょう?」
「さあな。あいにく私は動物には詳しくない」
のんびりした会話を交わしている二人に、レノとツォンがほぼ同時に声をかけた。
「社長、それ、」
「モンスターです」
「よ、と、」




過去からのMESSENGER


「そうなのか?」
相変わらずそれを抱いたままルーファウスは僅かに首をかしげて手元を見やった。しげしげとそれを見回しているルーファウスに、ツォンとレノははらはらだ。
「社長、そっと下ろしてください。刺激しないように…我々が始末いたします」
「始末?」
ルーファウスの目がツォンに向けられる。そこに浮かんでいるのは明らかに『不愉快』で、ツォンは一瞬でこの後の展開を想像してしまい途方に暮れた。
「こんなに小さいのに」
不満げに言ったのは、イリーナだ。
「いや、ちっさくてもモンスターはモンスターなんだぞ、と」
「だって、子供じゃないですか」
「いやいや、モンスターの子供って無いんだぞ、と」
「え、そうなんですか!?」
「そのようだな。モンスターがどのようにして生まれてくるのかは謎だが、幼体と言えるようなものは見つかっていないらしい」
重々しく頷きながら解説を垂れてくれたのは社長だ。

わかってんなら早くそいつを下ろしてくれよ、社長!、とはレノの心の声である。

「社長、それをご存じでしたら危険もおわかりでしょう。なるべくそっと床に置いて離れてください」
ツォンは懇願するように言ったが、ルーファウスは相変わらず少しも動こうとしない。
 
「今のところ、危険はなさそうだが」
のほほんと言う社長に、レノとツォンは内心汗だらだらだ。

それはぜってえないから! モンスターってのはジャンピングみたいに見た目可愛くても中身は凶悪だから! グランガランみたいにすっとぼけたヤツでも、バカみたいに攻撃力あったりするし! 見た目ただのネギにどれだけ苦労させられたか!
レノの頭の中にはモンスター図鑑が展開する。

お願いですから、おとなしく言うことをきいてください、ルーファウス様。貴方はモンスターと戦ったことなど無いでしょう、それがどれだけ凶暴なものかもご存じない。いや、そんなはずはない。貴方だって本当はご存じのはずだ。ちゃんとモンスターに関する資料もご覧になっているのだから。貴方なら実際に戦闘の経験など無くても、その戦闘力がどれほどのものか、性質がどういったものか、ちゃんと理解しているはずだ。なのに貴方はちっとも―――ツォンの心配はルーファウスへの小言となって渦巻く。

「ふっ」
そんな二人の様子を見て、ルーファウスは笑った。
「そういきり立つな、ツォン」
「とにかくそれを」
「だから私の話を聞けと言っている」
不毛な言い合いになりそうな会話を、
「きゅう…」
という声が遮った。
「わっっ」
大声を上げて跳び退り、ロッドを構えたのはレノだ。一瞬の早業はさすがタークス一のスピードを誇る男だったが、情けない声と構えたはいいがその後どうしたものかと戸惑い揺れるロッドの先は、いまいち冴えない。
ツォンは銃を出すことこそようやく踏みとどまったが、今にもルーファウスに掴みかかりそうだ。

「ええーっ!?」
ワンテンポ遅れてイリーナの間抜けな声が響く。こちらは両の拳を胸に当てておろおろと社長と二人のタークスを見比べているばかりだ。

一触即発、緊迫した空気が張り詰める。

「落ち着け」
しかしそれには全く頓着せず、冷静きわまりない声でルーファウスは言った。
「心配することはない。これがモンスターならダークと同じようなものだ」
「ダークネイションは護衛用に改良されたものでした。野生のモンスターとは全く違います」
すかさずツォンが反論する
「だから同じようなものだ、と言っているんだ」
重ねて放たれた言葉に、ようやく社長は単に駄々をこねているわけではないらしいと気づき、ツォンとレノはまともにルーファウスの顔を見た。
「まったく」
その様子を見やってルーファウスはため息をつく。
「おまえたちはいつもそうだ。なぜ私の言うことを聞こうとしない」

それは貴方が無茶ばかりなさるからです!
ツォンの心の声はとりあえず心の内に留められ、
「何を根拠にそう言われるのですか」
その代わり無難な疑問が口にされた。
「それはこれだ」
ルーファウスは腕に抱えたものをツォンの目の前に突き出す。
「よく見てみろ、ミミバンが入っている」
「みみばん?」
レノとイリーナの声が揃った。
「耳番だ。カンパニーのラボで付けていた通しナンバーだな。モンスターと言うからよく見てみたら、付いていた」
「…ではこれは、カンパニーで作られたモンスターだと?」
「だろうな。ナンバーはダークのものと近い。おそらくは同期に作られたものだろう」
「いや、しかし… それがなぜこんな所に」
「さて。ラボではよく不要になった実験体を無造作に捨てていたようだからな。こいつも捨てられたのか、それとも本社ビルが倒壊したときに逃げ出したものか…そんなところだろう」
「よく今まで生き残ってましたね」
イリーナが目を丸くして言う。
「なりは小さくともそれなりの力はあるということかな。ダークと同じ目的で作られたなら、並のモンスターよりも能力は高いだろう」
「そうなんですか、こんなにちっちゃいのに」
イリーナは感心したように頷きながら、
「よしよし」
とそれの頭を撫でた。

だからウカツに触るなって!
レノは内心気が気でない。
確かにそのモンスターはダークネイションの小型版に見えなくもない。もっと言えば、仔犬に見えなくもない。けどやっぱりモンスターだろ?いつ牙を剥いて襲ってこないとも限らないんだぞ、と。
そのみみばんとかは初めて聞いたし、初めて見た。
社長が昔連れてたダークネイションにもそんなものが付いてたってことも、初めて知った。
よくよくみれば、確かに耳の内側に微かに発光する染料でナンバーが入れられている。
でもだからって、そいつが安全だって保証はないんだぞ、と。

「それにしても…」
ツォンもまたまだ警戒を解かず、うさんくさげにそのモンスターを見やって言う。片手はすぐにでも銃を取り出せる体勢だ。
「それが道に落ちていた、というのはどういうことですか」
「そのままの意味だが? ロッジの前を歩いていたら、道の真ん中にうずくまっていた」
「お一人でふらふらと外を歩き回るのはおやめくださいとあれほど」
「論点がずれているだろう」
「……」
さすがにルーファウスの言う方が正論で、ツォンは口を閉じた。
ツォンにしてみれば、ルーファウスの行動は危なっかしくてはらはらさせられ通しだ。
一人で思念体とやり合ったり、クラウド達と本社屋上で戦闘したり、もっと遡れば一人でアバランチの幹部と会ったり、建設中の魔晄炉を爆破しようとしたり、危険を危険と認識していないとしか思えない。
カンパニーの社長室でさえ、安全ではなかったというのに。
言いたいことは山ほどあったが、しかしどれも今この場では的外れだ。

「もしかしたら…」
ぽつり、とイリーナが呟いた。
「なんだ?」
「その子、社長を追ってきたんじゃないでしょうか」
「はあっ?」
「え?」
レノは素っ頓狂な声を上げだが、ツォンは自分の考えに沈んでいて反応が遅れた。イリーナの言葉など、耳に入っていなかったのだ。
「ダークネイションには、私はほんのちょっとしか会ってないんですけど、ほんとに社長のことを大切にしてたのはわかりました。だからもしこの子が同じ目的で作られたなら、社長を探しに来たのかも…って」

護衛モンスターに感情があるような言い方は間違ってる。あれはそう条件付けられていたから社長を護っていただけで、考えてそうしていたわけじゃ無い―――とツォンは思ったが、口に出すのはこれまたいささか的外れなように思えてとどまった。

「そうなのか?」
一方ルーファウスはその仔犬―――のように見えるものを目の高さに抱え上げ、顔をのぞき込んだ。
「きゅう」
それは小さく啼き、背中に生えた細い触手をゆるゆると振る。
 
「では確かめてみるとしようか」
ルーファウスはそれを抱えたまま自室へ向かう。
「どこへ行かれます!?」
後を追うというよりほとんど立ちふさがるようにしてツォンが問いただした。
「さすがに洗ってやらねば部屋の中には置いておけないだろう」
「ご自分で!?」
「私も濡れたし、ついでだ」
そう言われて初めて気づく。外は小雨が降り始めて、ルーファウスの髪も服もしっとりと濡れている。
「も、申し訳ありません、気づきませんで」
真っ先に気づいてしかるべきだった。
モンスターにばかり気を取られ、濡れた服の彼を放置していたとはなんたる失態か。
ルーファウスはもともと身体が弱いというわけではなかったが、ウェポンの攻撃で負った怪我もあり、また長期にわたって星痕症候群を患っていたため、病そのものは消え去っても体調はまだ万全とは言い難い。疲労や風邪で熱を出すことも珍しくなかったし、それに気づかずにいて重篤な状態に陥ったこともあった。
また本人が少しも自分の体調に注意を払おうとしないと来ているので、始末が悪い。
およそ痛い苦しい気分が悪いなどという言葉を彼から聞いたことがない。
そういうことを言うのは上に立つ者としてふさわしくないと教育されたのだろうが、主治医が毎日彼の体調をチェックしていた子供時代とは違うのだ。今は少しの不調でも訴えて貰った方がずっとありがたいのだが。
ともあれそんな事情でツォンたちが彼に対していろいろと過保護になってしまうのはどうにも致し方ないのだった。

「すぐ湯をお使いください。そのモンスターは我々が面倒を見ます」
「ついでだからかまわんが」
「まさかご一緒に湯に入られるなどというつもりではありませんでしょうね!?」
ツォンの声が悲鳴に近くなる。
「それはさすがにない」
ルーファウスは苦笑する。
自分はよほど常識がないと思われているらしい。
 
「どうせ服も濡れたから、このまま洗ってやってもいいと思っただけだ」
「だめです。貴方はすぐに湯に浸かって暖まってください。今日はかなり冷え込んでいますし、顔色もお悪い」
「べつに寒くは」「いけません!」
「わかった。そうしよう。ではこれは任せる」
不毛な言い合いは、ルーファウスが折れて終わる。彼は我も強く矜恃も高いが、下らぬことで意地を張る頑迷さは持ち合わせていない。速やかに事態を収拾するためならば、自らが折れることも全く厭わなかった。
そう教育されても来たのだろうが、本来彼が持つ資質でもあるのだろう。ツォンを初めとする部下たちが敬服してやまない美徳のひとつである。

「ではお預かりします」
ツォンに手渡されると、そのモンスターはルーファウスを振り返ってまた
「きゅう」と小さく啼いた。
「大丈夫だ。綺麗にして貰え」
ルーファウスの言葉でモンスターはおとなしくなり、ツォンはこれが社長を追ってきたという考えもまんざら出鱈目ではなさそうだと思う。
その仕草は確かにダークネイションを思い起こさせ、あの忠実な護衛を必要ない戦闘で失ったのをルーファウスが悔いていることもまた、思い出させた。

あまりにも多くのことが起き、激動の一ヶ月の始まりとなったあの夜―――
父親の横死を知るとすぐ、ルーファウスは社長の座を手にするために動き始めた。社長子息でありただ一人の副社長であるとはいえ、今までなんの実権もなかった若い御曹司に容易く社長の地位を与えるほどカンパニーは安易な組織ではなかった。
その複雑な権力機構をかいくぐり、それまで培ってきた外部人脈の助力を得てルーファウスはその夜のうちに社長就任を決めたのだ。
そんな秒刻みの慌ただしさの中で、なぜ無謀にもあの頃アバランチを名乗っていたクラウド達に戦闘を仕掛けるなどということをしたのか―――
当時はただ驚き呆れただけだったが、後に思えばルーファウスはどうしてもアバランチを名乗るクラウドと直接対面したかったのだろう。
その時点でプレジデントを殺害したのはセフィロスであると言われており、そこへセフィロスと浅からぬ因縁のあるクラウドが他でもないアバランチを名乗って姿を現す―――ツォンたちタークスにとっても激しく混乱する事態だった。
なにしろタークスがその総力を挙げて世界の破滅を目論むアバランチと戦ったのは、たった2ヶ月前のことだったのだ。
ましてかつてセフィロスと深い関係にあったルーファウスが、そのセフィロスを殺害した実行犯といわれるクラウドに対してどんな気持ちを持ったのか、想像するにあまりある。
結果的に戦闘になったのはルーファウスの望む所ではなかったのかもしれないが、その戦闘でダークネイションを失ったことは彼にとって悔いの残る出来事であったのだ。

「イリーナ、これの世話を頼めるか」
「はいっ!もちろんです」
嬉々としてツォンからモンスターを受け取ると、イリーナはスキップでもしそうな勢いでタークス用のシャワールームへ向かった。タークスの任務は象徴的な意味合いだけでなく汚れ仕事が多い。なので戻ってすぐ汚れを落とせるようこのロッジにもシャワールームが設けられていた。

まあイリーナならばたとえあのモンスターに攻撃されるようなことがあっても大丈夫だろうと、ツォンは幾分ほっとする。
社長と違ってきっちり訓練されたタークスである。モンスター一匹くらいに対処できぬようではその方が問題だ。
とりあえずルーファウスからモンスターを引き離したことで一息つく。
だがこの後どうしたものか。
社長はあれを手放そうとはしないだろう。
はたして本当に安全なのだろうか。
しばらくは張り付いて様子を見るしかないか。
それがツォンの結論だった。

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