FAME IS DEAD


 
「ご無事でなによりでした」

海辺の洞窟からずぶ濡れで救出されたルーファウスをクリフリゾートのロッジへ連れ帰ったのが数時間前。
半年ぶりで柔らかなベッドに清潔な衣服で横たわったルーファウスは、顔色こそ良くはなかったがすっかりくつろいで見えた。

「あまり無事とも言えんがな…」
繃帯の巻かれた右手にちらりと目をやって、ルーファウスは応える。
眉を寄せて目を伏せたツォンに、
「まあ、その件については後ほどゆっくり検討しよう」
と笑って続けた。
「本当に申し訳」
「ああ、謝罪はいい」
手を振ってツォンの言葉を遮る。
「おまえに謝って貰っても、なんの役にもたたん」
「………」
「譲歩を引き出す必要のある相手でなければ、そんなものは意味がない。そうだろう?」
「…はい」
ルーファウスの功利的な性格は徹底している。分かってはいたが、こんな状況下でも何一つ変わっていないことにむしろ安心する。
神羅社長としての彼のその揺るぎなさはツォンたちタークスにとってなにものにも代えがたく、なにより主人の帰還を知らしめるものだった。
だが―――
「キルミスターの処遇はあれでよろしいのでしょうか」
不満がありありと分かる口調だった。
ルーファウスは笑って答える。
「ああ。しばらくは自由にやらせてみよう。星痕に関しては、今のところあいつが一番真相に近い所にいるようだ。データは秘かにチェックして他の研究者にも流せるよう手配しておけ」
「はい」
実のところ、タークスとしては社長の身柄さえ確保できたなら、キルミスターはただちに処分するつもりだったのだ。社長を監禁などしただけでも死に値する。それは神羅カンパニーが実体を失った今でも少しも変わらない。
キルミスターだけではない。
ミュッテン・カイルゲイトはすでに死亡が判明していたから今更ではあったが、ツォンにはどうしても確認せずにはいられないことがあった。

「あの男―――カイルゲイトにどのような扱いを受けましたか」
「殴られた。あれは軍人の殴り方だったな。軍の下級将校だったようだが、まったくおやじはろくでもないヤツを飼っていたものだ」
ためらいなくルーファウスは答えた。
「それだけですか? 他には…」
「他に? それだけでも十分だろう。私を殴った男など、おやじとヴェルドぐらいなものだ」
「人聞きの悪い。ヴェルドしゅ…さんは、貴方を訓練しただけでしょう。では他には何もなかったのですね?」
「…おまえいったいなにを期待している」
呆れたようなルーファウスの声に、ツォンは無表情に返す。
「期待などと…せめて心配とおっしゃってください」
「嘘をつけ。強姦されたとでも言って欲しかったか? あいにくあいつには男を犯して楽しむ趣味はなかったらしい」
「それはなによりでした。なにしろあの部屋でしたから」
「まあ、そうだったがな…」
ルーファウスは監禁されていた部屋の異様さを思い出していた。足を繋がれていた鎖の音が甦る。
ツォンの心配(?)も無理ないかと思われたが、どっちにしろ何もかも過去の話だ。聞き出す必要のあることなのかという疑問に変わりはない。
「だがなぜそんな事を訊く」
「無礼を承知で言わせていただけば、私の個人的な事情です」
「なんだそれは」
「貴方は美しい。男に劣情を催させるのに十分なほど」
「それはおまえがそう感じると言うことか」
「そう思って頂いても結構です」
「つまり、おまえならあの時私を強姦しただろうと?」
「否定はいたしません」
「呆れたヤツだな。おまえが男に興味があったとは今の今まで知らなかったぞ」
「男に、ではありません。貴方にです」
「…それはなんだ。―――告白というやつか?」
「それも否定はいたしません」
ルーファウスは眼を細めてツォンを見る。そこに浮かぶ表情は、ツォンには計り難い。
「いつからだ。いつからそんなことを思うようになった? まさかあの部屋を見てというわけでもあるまい」
「ご不快に思われるかもしれませんが…今更取り繕っても仕方ありませんね。貴方が副社長でいらした頃からです」
「それはまた…」
ゆっくりと言葉を切ったルーファウスは、唇の端を上げて笑った。

「とんでもない変態だな」

ツォンは眼をしばたたく。
「ですから、貴方がご不快なら一切そのような感情はお見せしません。タークスとしての任務を全うすることだけで、私は満足です。そのくらいの覚悟はできております」
「だからおまえは変態だと言っているのだ。馬鹿者」
落胆も絶望も押し隠してひたすら平常心を装うツォンに、ルーファウスの言葉が追い打ちを掛ける。
「…お側に置くことも不快だと?」
「私はそんなに心の狭い男に見えるか?」
片眉を上げて問うルーファウスは、むしろそのことの方が不愉快であるようだ。ツォンは沈黙する。
「同性愛に偏見など無い。何年もそんな感情を持ちながらおくびにも出さなかったあたりが、おまえは変態だと言っているんだ」
ルーファウスは大袈裟に嘆息して肩を竦めた。
「では…」
ツォンは僅かな光明に縋る。
「このままでも」
「そうだな…」
顎に指を当てて僅かに考え込むふうを見せたルーファウスの顔が、悪戯な笑みを作る。
「このままでもかまわんが、おまえが望むならそれ以上のことをしてもいいぞ」
「は…?」
その言葉をどう捉えて良いのか分からず固まったツォンに、ルーファウスはますます笑みを深くする。
「だから、おまえの気持ちを受け入れるのもやぶさかではないと言っているんだ」
「それは…では貴方は」
「言って置くが、実は私もおまえのことがずっと好きだった―――などという都合のいい話ではないぞ。おまえを恋愛対象として見たことなどないから、急に告白されてもその点についてはまだなんとも言えん。ただ―――」
「ただ―――なんですか」
ルーファウスの言わんとするところが、ツォンには想像もつかない。

「とりあえず身体の関係だけなら、持ってもいい」

ためらいもなく言い放ったルーファウスとは正反対に、ツォンは声も出せず立ち竦むばかりだ。

「どうした。嬉しくはないのか」
ツォンの沈黙に業を煮やし、ルーファウスは不機嫌そうに言う。
「い、いえ、あまりに突然のことで…」
「そうか? 同性愛に偏見はないと言ったろう。恋愛関係はともかく、セックスくらいならばいつでも応じるぞ」
「は…はあ…。ではあの…今までもそういったことはあったと…?」
「女性とは結構あったが、言い寄ってきた男はおまえが初めてだ」
それもまた驚きだ。
整った顔立ちは今も変わらないが、もう少し幼かった頃の彼は誰が見ても魅力的な少年だった。
だが、見た目はともかくルーファウスの性格と地位を思えば、そういうものだったかもしれない、とツォンは思う。現にツォン自身も、今日に至るまで告白することはなかったのだから。
「それにな」
ルーファウスは楽しげに笑う。
「実際半年以上も誰ともしていない。その上こんな身体では」
右手を挙げてツォンの前に晒す。
「女性と付き合うのもいささか気がひけるというものだ」
それは確かにそうだろう。感染らないとは言われていたが、それは軽度の接触の場合だ。絶対に、という保証はない。
「だからおまえがしたいというなら、私はかまわないぞ。ああ、おまえ相手に勃てろと言われてもすぐには無理かも」
「ルーファウス様!」
いくら好きな相手でも、いや、ずっと秘かに思ってきた相手だからこそ、露骨に性的な言葉を並べられるのは閉口する。
ツォンは楽しげに語るルーファウスを遮り、重ねて問うた。
「本当によろしいのですか?」
「くどい」
「では、いつ」
「今すぐにでも」


細い身体をそっと抱きしめて柔らかな口唇にキスを落とす。
金色の睫毛が彩る目蓋にも、白磁の頬にも、滑らかな曲線を描く首筋にも。
片手で服を脱がせつつ、手を挿し入れて薄い胸に付いた小さな飾りを捜し当て、その弾力を指先で味わう。
舌を絡め、吸い上げ、零れる吐息も全て貪り尽すような激しいキスを繰り返して―――
―――そんな夢想を、長い間心に秘めてきた。
許されることのない恋だと思っていた。
叶うことなどあり得ない望みだと。
だが、それが現実になってみれば―――

「服くらい自分で脱ぐ」
そう言ってルーファウスはツォンの目前でさっさと全裸になった。
それはこれから湯を使う、というのとまるきり同じ行為で、官能のかけらもない。しかもツォンは脱ぎ散らかされた服を拾い集めなければならず、ますます想像の初体験からは離れていく一方だ。
その上ルーファウスは手持ちぶさたなのか
「早くしろ」
と、ベッドの上から命令する。
さすがにツォンが拾った服を持ったまま
「ルーファウス様」
と詰め寄ると、
「うーむ」
と唸った。何事かと思えば、
「そんなふうに正面からメンチ切られてもな…」
メンチ切るなどという言葉をどこで覚えてきたのか。脱力しそうになるツォンだが、続く言葉は更に酷かった。

「言っておくがキスはパスだぞ」

脱力も極まれり、思わずそのままベッドに伏しそうになったツォンであるが、その時気づいた。
ルーファウスの聞き慣れない言葉使いだ。
さっきまでのいかにも社長然とした偉そうな物言いとは少しばかり語調が違う。
つまりそれは―――
この状況に彼も途惑っているということに他ならないのではないか。
そう思うと、一気に気が楽になった。
そして、長年の想い人であった彼が、今まで通り―――いや、今まで以上に可愛らしく見えてきた。

社長を可愛らしいなんて思うのがそもそも相当ずれてるぞ、とレノあたりなら言いそうであるが、そこは惚れた欲目だ。
まだ幼さが残る副社長当時の彼ですら、可愛らしいなんてタマじゃなかったと他のタークスたちは全員一致するだろうが、ツォンだけは別である。

「ルーファウス様…男とキスするのは、やはり気持ち悪いと思われますか」
わざとそんなふうに言ってみる。
「いや…」
ルーファウスは更に当惑したような表情で言い淀んだ。
「男…というより、おまえとキスするのは、なんというか…気まずい?」
僅かに上がった語尾が、彼自身にも把握できない自らの気持ちをよく表している。彼は必要のない場面では嘘などつかない。正直と言うより、徹底的に無駄を嫌うのだ。だから、これは本音なのだと思えた。
「分かりました。ならばそれはよしておきましょう」
あとの楽しみにとって置いて…
とはツォンの心の中でだけ付け加えられたセリフである。
 
見せつけるように、ルーファウスの目の前で服を脱いだ。
黒い制服に包まれているときはさほどとも思えないが、ツォンはこれでも実力ナンバーワンのタークスである。
厚い胸、たくましく筋肉の隆起した腕、引き締まった腹筋にルーファウスの目が釘付けになる。
対するルーファウスは、もともとバランスの取れたしなやかな体つきだが、半年の監禁生活と怪我のせいで筋肉が落ち骨ばかり目立つ。
嫌でも自分と引き比べてしまうのだろう。微妙にルーファウスの顔が曇った。男というのはそういうものだ。
だがツォンの腕が背を抱き、首筋に口付けられてそんな余裕はなくなる。
「わ!」
と小さな声が上がったのはご愛敬だ。
首筋から舌を這わせ、胸の上まで来ると擽ったいのかルーファウスは身体を捩って息を吐いた。
薄桜色の小さな乳首は、ツォンの想像の通りだ。
だが、その横には忌まわしい黒い痣が浮いている。この病が激烈な痛みを伴うものだということは、誰でも知っている。触れることで痛むのかどうかは分からなかったが、危険は犯したくなかった。
慎重に痣を避け、乳首を舌で舐め上げた。
「…あっ」
小さく震え、甘い声を洩らすのも、ツォンの想像と寸分たがわない。
最早、これが夢想なのか現実なのかツォンには判別しがたいくらいだ。
そっと伸ばした手で、まだ力のないルーファウス自身を包み込む。
びくりと竦んだ身体を抱えた片手で押さえ込み、ゆっくりと手にしたものを扱いた。
「っ、は…」
ツォンの手の中で勃ち上がってくるそれに呼応して、口唇からこぼれるのは荒い息だ。
微かに寄せられた眉、伏した瞳を彩る金色の睫毛。美しい造形だと思うのは、ツォンだけではないだろう。そこに漂う官能の気配は、ツォンを歓喜させる。
かつてルーファウスと閨を共にしたご婦人方――おそらくは同じ年頃の少女ではなく、遥か年上の上流の夫人達がお相手のほとんどだったのだろう――も、うっとりと眺めたであろうその表情。
ルーファウスが年上の女性にリードされることに慣れているらしいのは、ツォンにとって幸運だった。ツォンの愛撫に身を任せることにまったく抵抗感がないのは、そのせいだろうと思う。
身体をずらし、堅く勃ち上がったものを口に含むと、小さく声が上がった。
「…ツォンっ」
ルーファウスの腕がツォンの頭を抱え込む。
長く人と接していなかったとの言葉通り、いくらも舌を使わぬうちにルーファウスはツォンの口中で弾けた。

「う、あ、もう…」
放たれたものを一滴も残さず呑み込んでなおも執拗に舐め続けると、ルーファウスは過敏になったものを責められるのが辛いのか、ツォンの髪をつかんで引き剥がそうとする。
それを許さず、ルーファウスの腰を抱いた手をその双丘の狭間に滑らせた。隠された蕾を探り当てると、びくんと身体が跳ねた。
「っツォン!」
かまわず指先を浅く潜り込ませた。
「よ、せ…」
逃れようともがく身体をきつく抱きしめ、更に奥をえぐると高い声が上がった。
「や、やめろ、ツォンっ」

そこで初めてツォンはルーファウスの身体を放し、横たわった彼の上から見下ろすように真っ直ぐ顔を合わせた。
「やめろとおっしゃるのですか? 私との行為を了承してくださったのではなかったのですか?」
「……」
詰め寄られてルーファウスの目が泳ぐ。
そんな表情は初めて見た。
洞察力と判断力、そして自己を律することにも長けた彼は、常に超然とした態度を崩さない。どんな局面にも対処する能力と自信があるからだ。
その殻を打ち破ったことに、言いしれぬ歓びが走った。
かつて想像の中で、思うさま彼を蹂躪して喘がせ啼かせてみたいと考えていた、その快感よりも遥かに大きく。

私はこの人を手に入れた―――
その思いが実感を伴って胸に満ちる。

ルーファウスはふいと横を向き、
「…私が女役か…」
と呟いた。
「逆がよろしいですか」
たたみかけるツォンに、溜息が返る。
「そうは言っていない…だが…」
「ではどうなさりたいと?」
「…手で…というわけにはいかないだろうな……」
傲岸不遜の権化である神羅社長とも思えぬ気弱な声だった。
ルーファウスが本気でそれを望めば、ツォンは否とは言わぬだろう。それはルーファウスにも判っていた。
だが、身体だけの関係とはいえ、性交渉を持つと決めたのはルーファウスだ。そう言った以上、二人の関係はベッドの上では対等だ。ならば自分だけ都合良くというわけにはいかない。そういう面では、律儀な性格なのだった。

「続けてかまわない」
今度は真っ直ぐにツォンを見て、ルーファウスはきっぱりと言った。
瞬きもしない蒼い瞳に、ツォンは射すくめられる。

美しい―――
その瞳の煌めきこそが、彼そのものだ。

用意した潤滑剤を手に取り、両脚の間にそっと挿し入れる。探り当てた孔は固く閉じて侵入を拒むが、ツォンは急がない。ゆっくりと周囲を撫で回し、濡らしてからもう一度指を挿し入れた。ぬめりの力を借りて指は簡単に入りこむ。ルーファウスが体を固くしたのが分かった。
ここで不快な思いをさせたら、彼は二度とこの行為を許さないだろう。一度限りの賭けだ。
潤滑剤に塗れた手で、ルーファウス自身に触れる。そっと握り込んで刺戟すると、それはまたゆっくりと力を佩びてきた。後に挿し入れた指は緩やかに出し入れを繰り返しながら、時折内部の敏感な部分を刺戟してやる。男の身体のどこが弱いのかは、よくわかっている。
「あっ、は…」
ルーファウスはその刺戟に素直に反応した。欲情に濡れた声がこぼれる。確かに快感を得ているのだという確信が、ツォンを大胆にした。

「ルーファウス様…」
片脚を抱え上げ露わになったその部分に、痛いほど堅く勃ち上がった自分自身を押し当てた。
ルーファウスは目を開いて一瞬それを見つめ、微かに息を呑む気配を見せたが、もう何も言うことはなかった。
ツォンが押し入ったときも、ただ息を吐き、シーツを掴み締めた手に力が入っただけだ。
ツォンは慎重に、ゆっくりと自身を進める。衝撃のためか力を無くしそうになったルーファウスのものを丁寧に扱く事は忘れない。
少しずつ、進んでは退きを繰り返してようやく根本まで収めたときには、もうツォンも限界だった。
何度か激しく抽送を繰り返すと、初めてルーファウスの口から悲鳴のような声が上がった。
その声を聞いた途端、頭の中が真っ白になった。

身体を駆け抜けていった絶頂の余波が過ぎ、慌て てルーファウスを見下ろすと、片脚を抱え上げられて深々とツォンに貫かれたままの彼はぐったりと力を無くしてシーツに沈んでいる。
だが、その腹とツォンの手は彼の放ったもので濡れていて、確かに彼も快感を得たのだと分かった。

「もう、抜け…」
荒い息をつきながらようやくルーファウスが呟く。
「はい…」
ゆっくりとツォンが抜け出すと、まだ閉じきらないそこから内部の鮮やかな色がのぞいた。ツォンは、いまだ力を失っていなかった自身が更に勢いづくのを感じる。
だが、ルーファウスの方は疲労困憊といった態で、もう腕一本動かすことも億劫だと言わんばかりだ。すでに半分眠り掛けている。

「ルーファウスさま…」
そっと呼びかけると、
「ん…」
と微かな返事が返った。
『愛しています』という言葉は呑み込んで、「ありがとうございます」と続けると、
「ふっ…」
と微笑ったまますとんと寝入ってしまった。
その笑いの意味は分からなかったが、拒否されなかったことは確かだ。
次の機会には、キスも許してくれるかもしれない。


金色の睫毛に彩られた目蓋にキスを落としながら、今度こそツォンは眠る彼の耳元に囁いた。

―――愛しています。ルーファウス様

END

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