妄想小説
翼無き者達の行方
終焉と始動
「やあ、お客さん。今日はどうする? いい子がいるよ。入ったばかりでね、お客さん好みの金髪だ。え? またあの子がいいって?」
(ちっ、しつこい客だ)
「ワリィなあ。あの子は今、仕事中でね。え? 待つ? そうかい。しかたねえな。あんたも好きだね。言っとくけど、この前みたいな乱暴は無しだぜ。あの後三日も使い物になんなかったんだからよ」
(引き上げてくんねぇかな。いくら金払いが良くったって)
「や、こりゃどうも。へえ、チップね。どうもどうも。いや、そりゃお客さんのためなら、ちっとばかり急かすくらい、やって来ますよ」
(嫌な野郎だぜ。金さえ出しゃあいいと思いやがって…まあ、そうなんだけどな)
「お客さん、お待たせだ。空きましたぜ」
五番街スラムの最奥、傾きかけた売春宿の薄暗い部屋にその人はいた。
「ルーファウス様…」
ベッドとも言えないような代物の上、汚れたシーツに身体を預けて眼を閉じていたその人は、呼びかけるとわずかに瞳を開いた。
「ルーファウス様」
こんな場所で見るその人は、たとえようもなく美しかった。
いつもきっちりと整えられていたその豪奢なプラチナブロンドは伸び放題に乱れて額にかかり、ほっそりとしていてもぴんと伸ばした背筋が力強さを感じさせた身体はずいぶんと瘠せて、痛々しい。
その身体に散った、痣や傷、血の跡。
「遅いぞ」
気怠げにそれだけ口にして、握っていた携帯を投げて寄こした。
「二分、遅刻だ」
部屋を覗くと、先客はそろそろクライマックスというところみたいだった。
荒い息を吐き、声を上げている客に比べて、その相手をしている方は、ただ黙って突き上げられているだけだ。
いつもこうだ。
ちょっと、というかだいぶ足りないんだと思う。
誰だったかが、七番街プレートの崩れた瓦礫跡から拾ってきたんだ。
その日、上の方でなにやら爆発があったことは、このスラムの奥にも伝わってきてた。たぶんそこから墜ちてきたんだろう。
その高さを生身で墜ちて無事なはずはないから、マテリアでも身につけていたんだろうな。それもきっとかなり上等のヤツだ。
だけど少なくとも、ここに連れてこられたときそれは金目のものと一緒に無くなっていた。
当然だ。
この有り様では、身ぐるみ剥がれなかっただけましというところだ。
確かに見た目はいい。
綺麗な金髪だし、青い目は深い海の色だ。俺は海を見たことはないんだけどな。
それに男とは思えないほど、綺麗な顔をしてる。
肌は真っ白で、よく手入れされた指先は、力仕事にも水仕事にも縁のない上流階級の人間だって一目でわかる。
年令はせいぜい十八、九ってとこか。
商売ものとしては、上の部類にはいるだろう。
男だとしても、それはそれで客が付く。
だからボスは結構いい値でコイツを引き取ったんだ。
だけど一言も口をきかない上に、身の回りのこともろくにできない。
しかもあちこちにケガや火傷がある。脚も折れていて、立たせるのも大変だ。
何をされても反応がなくて、まるで人形だ。
おおかた墜ちてきたときに頭でも打ったんだろう。
こんなに綺麗なのに馬鹿だなんて、勿体ない話だ。
「こういうのが良いってヤツもいるからな」
ボスはそういって笑った。
それはてめぇじゃねぇのか、という言葉は、胸の中にしまっておいたが。
結局世話をするのは俺の役目になってしまった。
メシを食わせたり、風呂に入れたり。
そんなことをしていれば、少しは情も湧く。
ボスの言ったとおり、客は引きも切らなかったが中には乱暴なヤツもいて、何も言わないのを良いことに目を離していると何をするかわからない。
無抵抗のヤツを痛めつけるなんてのは、ぞっとしない趣味だと思ったが、なかでもこの男は最低だった。
十日ほど前、ふらりと現れた客だ。
コトの後、文句を言う俺にここらの相場の軽く十倍は超える五千ギルをぽんと出したところを見ると、それなりの金持ちなんだろう。
そんなヤツがどうしてこんなスラムの売春宿に通うようになったのか謎だが、どうせろくな理由じゃないことは確かだ。
その後ボスに、あいつを買い取りたいって話してたが、それはボスに蹴られてた。
あいつは今稼ぎ頭だし、こんなのに売り渡したら絶対殺される。
それはさすがにボスも寝覚めが悪いんだろう。
ボスは強欲だけど悪いヤツじゃないんだ。
少なくともこの男よりはずっとましだ。
本当はこんな客の相手はさせたくない。
何も言えなくたって、傷つけられれば痛いだろう。
大丈夫。酷いことをされそうになったら今日はきちっと止めてやるからな。
この間みたいなことはもうさせない。
細く開けたドアから中を覗く。
脂ぎった顔に、血走った目をぎらつかせて客はベッドに横たわったあいつを見ている。
「ルーファウス様、貴方は本当に美しい」
ルーファウス? それがあいつの名前なのか?
この男は、あいつの素性を知っているのか。
そう。どちらもプレート上層の人間ならば、知り合いということだってあり得るんだった。
ルーファウス。あいつにふさわしい綺麗な名前だ。
でもどっかで聞いたような名前だな。
「こんな貴方を見られるとは思ってもみなかった。もちろん、こんな事ができるともね。ここで貴方を見つけたときは、本当に驚いた。今も皆が血眼で捜している貴方が、こんな場所にいたとはね」
言いながら客はあいつの身体を撫で回した。
「貴方には実に似合いの場所だ…今の今までここに男を咥え込んでいたのか。おやおや、そのままらしい」
おまえが急がせるから、始末するヒマがなかったんじゃねえか。
心の中で毒づく。
客はあいつの身体に指を押し込んで抉る。
前の客の残したものが、どろりと流れ出す。
あいつはかすかに、顔を歪める。
「気持ちいいのか? 本当に淫乱な方だ。知っているんだぞ。ずっと前から、それこそ子供の頃からタークスの連中やセフィロスともできてたんだろう?」
セフィロス?
これも聞いたような名前だ。
「おおかた、プレジデントも咥え込んでいたのじゃないか?ここに…」
腕ごと押し込もうとするような勢いで抉られて、あいつの身体が仰けぞる。
それ以上やったら、出ていって止めてやる、というところで客は身体を離した。
「今日はそんな厭らしい貴方にふさわしいお仕置きをしなければね」
それは、客があいつに背を向けて鞄の中をごそごそとかき回し始めたときだった。
驚くほど素早い動きで、あいつが起きあがった。
客の首の後で交差させた腕を引く。
本当に一瞬の出来事だった。
それなのにその動きは流れるように優雅で、呆然と見惚れるほどだった。
「あいにくだったな。私は父と寝たことはない。おまえの薄汚い妄想に応えられなくて幸いだ」
客の首に細い紐が食い込んで顔がどす黒く変色し、やがて前のめりに倒れた。
俺は動くこともできず、阿呆みたいにそれを見てた。
あいつは脚を引きずりながら客の鞄へ向かい、ケータイを取り出した。
細い指が動いて、番号を打ち込む。
「レノか。私だ。十分で迎えに来い」
それだけ言うと、今度は真っ直ぐにこっちを見た。
透き通った青い瞳。
ケータイを握った掌からは、血が流れ出している。
客の首を絞めた紐で切ったんだろう。
力のある強い視線。さっきまでとは別人だ。
ふっ、と唇をゆるめて、
「静かにしていれば、命は助けてやる」
いつの間にか反対の手には銃が握られていて、それはぴたりとこのドアのすき間に向けられていた。
それもたぶん客の鞄の中にあったんだろう。
「おまえには世話になった…と思う。よくは覚えていないが。ともかく礼を言っておく」
「あんた…いつ記憶が戻ったんだ」
「そうだな。コイツに名前を呼ばれたときから少しずつ、だな」
十日も前からか。
全然気づかなかった。
馬鹿のふりをして、ずっとチャンスを窺っていたのか。
「その客は」
「ウチの重役の一人だ。品性下劣な男で申し訳ない」
って、謝られる理由がわからないが、そんなふうにちゃんと喋っているのを見るのは嬉しかった。
「やっぱり知り合いだったんだな」
「ああ。愚劣な男だが、役には立った。こいつの携帯なら必ずGPSが付いている。それも神羅特製のものだ」
その時突然外が騒がしくなった。
「隠れていろ。その辺をうろうろしていると、私が説明する前に射たれる」
物騒な話だ。
でも大袈裟じゃなさそうだった。
騒がしい音は、ヘリだろう。この地下にへリかよ。いったいどんな野郎が操縦してるんだか。
銃声もする。
慌ててとなりの部屋に隠れようとすると、銃を下ろしてベッドに倒れ込んだあいつが、
「ドアを開けていけ」
と囁いた。
「隣の部屋にいる男には、危害を加えるな」
汚れたシーツにこの方をくるむのは嫌だったが、素裸では運び出せない。
外には弥次馬も集まっている。
仕方なしに酷い臭いのするシーツでくるみ、部屋を出ようとしたときの言葉だ。
「いいな」
「はい」
詳細はわからないが、何か理由があるのだろう。
抱えた身体は軽かった。
シーツの間から腕が伸び、私の首を抱く。
「生きてたのか、ツォン」
「それは私のセリフです」
そう言い返すのが、精一杯だった。
温かい唇が触れてきて、思わず立ち止まってしまった。
「よかった」
何故貴方が私のセリフを盗るんですか。
これではなにも言えなくなってしまう。
だから黙って駆け出す。
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