「ルーファウス様。社員にやたら手を出すのはおやめください」 「ウチの会社は、社内恋愛は禁止か?」 「ルーファウス様」 「それにどちらかというと、手を出されているのは私の方だ」 そう言い放って笑い、小首をかしげる。 その姿は誰が見ても文句なく愛らしかったろう。 だが男はそんなルーファウスを見下ろして大袈裟にため息をついてみせる。 「なんといっても私はまだ15の子供だからな。それに相手を妊娠させたり、神羅夫人になりたいと押しかけてこられたりするようなことはしていない。文句はないだろう」 「それはそうでしょうが。男相手の浮き名が流れるのも、芳しいこととは言えません」 「それは差別発言だなあ。ゲイの社長は嫌か?」 「ルーファウス様。私相手にそんな戯れ言が通じるとでも?」 ルーファウスは目線を反らし、不機嫌な顔で黙り込んだ。 「社内の風紀が乱れます。それでなくとも貴方は目立つのですから、自重してくださらねば」 「おまえはそればっかりだ」 「他に言う者がおりませんから」 言葉は丁寧だが、威圧感の漂う男の声は、充分に脅しに聞こえたろう。 だが、男に対峙するとほんの子供――それも無垢で無邪気な少年――のようにしか見えないルーファウスは全くひるまなかった。 「私にだってたまには息抜きがあってもいいだろう」 再び食い下がる。 「そんなくだらぬ事に費やす時間がおありか」 「だから手っ取り早く社内ですませているんだろうが」 「副社長」 一段と低い声で役職名を呼ばれ、いっそルーファウスは開き直った。 「いいじゃないか、ちょっとくらい。ヤりたいさかりなんだ」 形の良い桜色の唇から言い放たれた言葉は、さすがのタークス主任の目も丸くさせるに充分だった。 「そんなことを言って廻っているのではないでしょうね」 呆れたように、だが釘を刺すことは忘れない、とヴェルドは目の前の少年を睨みつける。 「あたりまえだ」 これまた呆れたように、ルーファウスは答えを返す。 「そんなこと言わなくとも、ちょっと笑いかけただけでみんな喜んでついてくるぞ。おまえだけだ。私にここまで言わせたのは」 タークス主任をして、天を仰ぎたい思いにさせる辺りはさすが神羅の跡取りということなのだろうか、とヴェルドは見当違いな感想を抱く。 「とにかく」 半分くらい言い負かされた気分で、それでもこの不毛な議論を打ち切るべくヴェルドは固い声音で言う。反論は許さないという確固たる意志が読み取れないほど、目の前の少年は愚かではない。 「一般の社員と、誤解を招くような関係を持つことはおやめなさい」 真向からヴェルドの視線を受け止めて、ルーファウスはゆっくりと口を開く。その唇の右端が僅かに吊り上がっているのに気づき、男は自分がなにか失敗したことを悟った。 「じゃあ、タークスならいいのか。ならばおまえが人選して寄こせ。ああ、もちろん女性でもいいんだぞ。絶対神羅夫人になりたいと言わない女ならな」 一瞬、言葉が返せなかった。 策略に嵌まったのは自分の方だったのだ。 「…結局、それが目的ですか」 この子供はまさに神羅の跡取りとして申し分のない資質の持ち主なのだと、再認識する。 しかし憤慨よりもむしろ感銘の方が大きいのは、自分もこの少年を将来の 「わかりがいいじゃないか」 ふん、とルーファウスは鼻で笑う。 だが思惑通りタークス主任を陥れてみせたわりには、少年はさほど嬉しそうではない。 それで男は気づいてしまう。 それすらも、彼にとっては表面的な目標に過ぎないこと。 彼が隠す本来の目的は別の所にあること。 そしてヴェルドがそれに気づくであろう事もまた、彼の計画の内であることを。 「承知しました。ルーファウス様」 はっとしたようにルーファウスは顔を上げて男を見つめる。 その瞳が先ほどまでとはうってかわって期待と不安に揺れているのを、ヴェルドは見逃さない。 「ご希望に添えるようにいたしましょう」 「うん…」 先刻まで自信満々に受け答えていた言葉も、今は歯切れが悪い。 「大丈夫ですよ。ルーファウス様。タークスは己の仕事はきちんと心得ていますから」 「そうか」 ほっとしたように表情が和らぐ。 まるで花が咲くような笑顔だ、とヴェルドですら感心する。 確かにこの笑顔を向けられたら、誰でも虜になるのだろう。 だがルーファウスが続けた言葉は、やっぱりこの子供は一筋縄ではいかないと再確認させるに充分なものだった。 「もちろんおまえもリストに入れておけよ」 言いながら少年は男のタイを掴み、背伸びしてその唇にキスしたのだった。 end 2005年12月5日(月曜日) |