Way of Difference「ヴェルドが失踪したそうだな。ルーファウスから連絡があったぞ」 プレジデントの言葉に、ツォンは黙した。 「ヴェルドを追え。あの男は神羅の機密を知りすぎている」 「…はっ」 そう言う以外に、ツォンにどんな選択肢があったろうか。 ヴェルド主任が神羅を、タークスを裏切ることなどあり得ない。 たとえどこにいても、必ず我々のことを考えてくれるはずだ。 いくらそう思っていても、脱走という事実は変わらない。 組織としてそれが許せない行為であるということも。 プレジデントに寛大な処置を願うことはとうてい無理な話だった。 「ルーファウス様」 ツォンは厚い壁の向こうの人に声をかける。 ドアからはその人が閉じ込められている部屋が見渡せた。 二重になったドアの外側はタークス本部の壁と同じ材質、内側は格子になっている。 普段そこは内側だけ閉められていた。 24時間監視を付けろと言うのが、その父親の指示だったからだ。 「なぜ主任のことをプレジデントにお話しになったのですか」 「副社長と呼べ。おまえと馴れ合っていると思われるのは心外だ」 ドアに背を向けてモニタに向かっている人は、振り返りもせずに言い放つ。 顔を合わせなくなってずいぶん経つ。 久しぶりの再会があんな場所であんな状況だったのは、意外を通り越してひどく辛かった。 「では副社長、私の質問にお答えいただけますか」 ルーファウスはようやく椅子を廻してツォンに向き合う。 だがその距離は壁を越えて遙かに遠い。 「私がタークスと結託しているとおやじに思われては困るからに決まっているだろう。どのみちすぐ知れることだ。ヴェルドはおやじの直属と言っていい部下だった。それが失踪して気付かぬほどおやじは愚かではない」 言われてみればもっともな話だった。 だが、ルーファウスの冷たい目、冷めた口調がツォンの心を騒がせる。 「部下が一人、重体です。ロケット打ち上げの際、貴方の警護にあたった者です」 「最高の治療を受けられるよう、手配はした」 「それだけですか」 「ほかにどうとしろと言うんだ。あの時だって、おまえたちが待てと言うからぎりぎりまで待ったのだ。安全を考えるならもっと早く退去するべきだった」 「仲間を見殺しにしろとおっしゃるのか」 「それは最初から覚悟の上ではないのか? おまえたちの任務はそういうものだと思っていたが」 「…」 返す言葉がない。 ルーファウスの言うことはいちいちもっともだったが、こんな物言いをする方だったろうか。 仲間の命を使い捨てるようなことを平然と言われて、そうですかと納得は出来ない。 「なぜ、アバランチに情報を流すような真似をなされたのです。コレルの魔晄炉を爆破させるなど」 「私の考えをおまえに話して聞かせる必要など無い。あれは必要だと思ったからやったまでだ」 「ルーファウス様!」 叫ぶような、縋るようなツォンの声にルーファウスは笑いを浮かべると、立ち上がる。 「ツォン、」 ドアに近寄り、格子の間から腕を伸ばしてツォンの胸ぐらを掴む。 「これだけは教えてやろう」 ツォンを引き寄せ、その耳に唇を寄せる。 「私の敵は、神羅カンパニーだ」 それだけ囁くと突き飛ばすようにツォンの胸を押し、一歩下がってまっすぐにツォンを見る。 「おまえはタークスの主任になったのだろう。ならばおまえの責務を果たせ」 呆然とするツォンを残してモニタの前に戻りながら、ルーファウスはちらりとツォンを見返る。 「だがな、ツォン」 笑った顔は、かつてツォンがよく知っていたルーファウスのものだ。 「ヴェルドは捕まらんぞ。おまえたちにはな」 はっとして見つめたときには、ルーファウスはもう背を向けていた。 だがその言葉の意味はツォンの心に届く。 彼はヴェルドを護ると言っているのだ。 「ありがとうございます。ルーファウス様」 振り返ることのない背に囁く。 戦いはまだ始まったばかりだった。 end |