欲望という名の明日



「…!」

 声にならない叫びが喉から洩れ、蒼い目がいっぱいに見開かれる。
 腕は後ろ手に括られ、口にはタイが噛まされて自由を封じられている。
 その衣服を乱暴に剥ぎながら、ツォンは囁きかける。
「今さら逃げようなんて、虫が良すぎますよ。この取り引きはもともと貴方が持ちかけたものでしょう」
 もがく身体を押さえつけ、首筋に舌を這わせる。
 ルーファウスは痙攣するように身体を震わせたが、じき目を閉じて動くことを止めた。
「そう、温和しくしている方が貴方のためですよ」
 丹念に首筋から鎖骨を辿り、薄い色の乳首を含む。
 ぴくりと身体を竦ませながら、それでもただ耐えるように瞳は開かない。
 金色の睫毛が震えている。
 ツォンの舌が臍に辿り着くと、いきなりルーファウスの膝がツォンの顔を狙って跳ね上がった。
 だが、その動きは簡単に避けられ、あまつさえ足首を捉えられてより無防備な姿を曝すことになってしまった。
 悔しげに開かれた瞳が、ツォンを睨みつける。
「おやおや。どうしてももっと乱暴にして欲しいらしい」
 独り言のように言って、
「そういう貴方も、悪くありませんがね」
 と囁きかけた。




「取り引きだ。ツォン。おやじの手にかかる前にヴェルドと娘を始末し、フヒトの計画を阻止しろ。そうしたら、」
 ルーファウスは極上の笑みを浮かべる。金色の髪を揺らし、白い喉を僅かに仰けぞらせて、薄い唇の端を吊り上げる。
 こんな状況の下ですら、ツォンが見惚れるほどのその艶やかさ。
 この閉ざされた空間で過ごした4年の歳月は、頼りなさを残した少年だった彼を身の裡に鈍い悪意を飼う青年へと変貌させていた。
 だがその魅力は、彼の鬱屈を糧に花開いたかのごとく抗い難いまでにいや増している。
 差し伸べられる腕。
 白い上衣の袖から覗く細い手首。
 しなやかな長い指が、誘うように揺らめく。


「おまえに、神羅をやろう」





 ツォンはロッドを取り上げる。
 それはレノが好んで使うものと同じ武器で、引き延ばすと1メートル近くになる。
 手元に神羅のマークが入ったそれは、タークスならレノでなくとも馴染みの武器だった。
 それを最大まで伸ばしたツォンを見て、ルーファウスはベッドの上で身体をずり上げる。
 さすがに差し迫った身の危険を感じたのだろう、わずかに瞳が揺れる。
「大丈夫ですよ。こんなもので殴ったりはしません。貴方に死なれては元も子もありませんから。貴方が、回復魔法の効かない厄介な体質だということは承知しています。そうでなかったら…とは思いますがね」
 言いながら手早くルーファウスの身体を俯せにし、両の足首をロッドの両端に括る。
「ぅ…!く…」
 身体を捩って逃れようとするルーファウスの動きは、最早ただ誘っているようにしか見えない。
 拡げられた脚を固定されて、もう仰向けになることすら難しい。
「温和しくなさい。傷つけるつもりはないが、貴方が逆らう気ならこんな事も出来るのですよ」
 かちりという小さな音と共に衝撃がルーファウスの身体を貫いた。
 縛められた身体がそのまま跳ね上がり、シーツに落ちる。
 放たれたはずの悲鳴は、タイに阻まれて擦れた呻きにしかならなかった。
 小刻みに身体を震わせ、身体に残る痛みと痺れをやり過ごそうとするルーファウスの肌が薄赤く染まっている。
「これでも出力は最小です。もっと痛い目に遭いたくなかったら、従順になることだ」
 荒い息をつきながら、ぎり、と口内のタイを咬み、精一杯の憎しみを込めてツォンを睨みつける。
 
 おまえの思うとおりになどなるものか。
 この私が。
 身体など、どのようにでもすればいい。
 おまえが私の命を、神羅カンパニーを必要としている限り、恐れることなど何もない。

「貴方がおっしゃったのだ」

 蒼く燃え立つ瞳にキスを落としながら、ツォンは甘い声で囁く。

「ルーファウス・神羅を私に下さると」





「神羅を――とは、どういう意味でしょうか」
 ルーファウスを見据えて、ツォンは低い声で迫る。
 冗談に付き合っている時間はない。
「その通りの意味だが?」
 揶揄うように楽しげに、ルーファウスは瞳を細める。
「私が神羅を手に入れる? 何をどうしたらそんなことが可能とお思いか。いや、それ以前に私がそんなことを望むと思われるのか」
「望んでいないと?」
 ルーファウスは嘲笑う。
「嘘をつくな、ツォン。おまえは誰より神羅を欲しがっている。私にとってよりもずっと、おまえにとっての神羅カンパニーは意味が重い」
 ツォンは瞠目する。
 浅薄な行動しか取れない子供と侮っていた青年に、これほどの洞察力があったとは。
 言われて初めて、ツォンは自らの執着を正面から見つめた。

 神羅カンパニーのタークスであること。
 それ以外に己の場所があるだろうか。
 そこ以外に、望むものがあるのだろうか。

 ルーファウスの言葉は、あまりにも正鵠を射ていた。





「私は貴方の要求に従った。だから貴方には報酬を支払う義務がある。それが正当な取り引きというものだ…そうでしょう?ルーファウス・神羅。貴方も企業トップならば、誰よりもよく契約についてはご存じのはずだ」
 俯せにシーツへ押しつけられ、辛うじて動かせるのは頭のみだ。
 こんな扱いを受ける理由が分からない、とルーファウスは思う。

 確かに彼の言う契約を持ちかけたのは自分だ。
 彼はそれを受け、前タークス主任とその娘を殺害し、タークスの犠牲によってアバランチの引き起こした危機は回避された。
 そして自分はあの牢獄から解放された。
 そのことには満足している。
 だから、彼との契約を違えるつもりなどない。
 今でも、彼が自分の唯一の手駒であることは何も変わらないのだから。

「ルーファウス様…」
 背筋を辿る指の感触。
 ルーファウスは精一杯首を捻って今自分にのし掛かる男を見ようとするが、僅かに髪が見えるばかりだ。
「貴方は、私のものだ」
 その顔が上げられ、間近に寄せられて二人の目が合う。
 漆黒の瞳に映る、自分の顔。
 こんなにも嬉しそうに笑うツォンを、ルーファウスは初めて見た、と思う。
 あまりにもこの場にそぐわないその笑みに、一瞬見惚れる。

「この身体ごと、すべて」

 だが次の瞬間、ルーファウスは身体に打ち込まれた灼熱の痛み以外の何も認識できなくなった。
 激痛が身体を押し開き、穿つ。
 先ほどの電撃のショックとは異なり、その痛みは少しも弱まることなく身体の奥へと侵入してくる。
 喘ぎと悲鳴が、開くことの出来ない口から唾液と共にこぼれ落ちる。
 腕も脚も、何一つ動かすことも出来ず、ルーファウスはただ身体を引き攣らせて痛みに耐えるしかない。
 固く瞑った瞼の裏に苦痛が光の点となって明滅する。
 犯されているのだ、ということだけは分かった。

 なんのために?
 ――私の矜持を叩き折るためか。
 ――おまえに従わせるためか。
 
 ツォン。
 
 それとも、私を、神羅を憎んでいるからか――



「だから、ツォン」
 ルーファウスは瞳を伏せる。
 途端に彼の感情も伏せられてしまう。
「おまえに、ルーファウス・神羅をやろうと言っている」
「貴方を…?」
「そうだ。今現在、それだけが私の持っているすべてだ。だがそれはカンパニーを手に入れることの出来るただ一枚の札だ。おまえにとってはなにものにも変えがたい価値がある。そうだろう? ツォン」
 上げられた瞳が、真っ直ぐにツォンを貫く。
 そこにある意志。
 この世界のなにもかもがその足元にひれ伏すことを要求する、傲慢で不遜で力強い視線。
 ツォンは眩しいものを見るように目を細める。
 その申し出は、あまりにも魅力的だった。
 自分の真実を認めてしまえば。

「欲しいと言え。神羅を――私を――」








欲望という名の明日


「こんなことをしなくとも、逃げたりは」
「黙りなさい」
 ルーファウスの腕を、外した彼のタイで縛り上げながらツォンはぴしゃりと言い放つ。
「貴方は何もしなくていい。動くことも、喋ることも。五月蠅くするとまた口を塞ぎますよ」
 ルーファウスは視線をそらして黙り込む。
 猿轡を咬まされるならまだしも、口に手袋を詰め込まれたときは息苦しさで失神しそうになった。
 あの二の舞はごめんだ。
 ルーファウスを抱くときツォンは必ず彼の身体を縛めた。
 それはこの行為が、快楽のために行われるのでも、ましてや愛のためでもなく、ただ隷属と君臨の確認に過ぎないのだと明示するためだ。
 ルーファウスは瞳を伏せ、なされるがまま従う。
 抵抗はするだけ無駄。
 それはよりツォンを煽り、自分を不利な状況に陥れるだけのものだと、繰り返される行為のうちに思い知らされていた。
 圧倒的な力と技量の差。
 タークスとして極めて有能なこの男に、素手の自分が敵うはずもない。
 いや、たとえ武器があったところで、それはもっと拙い事態を招くだけだ。
 必要ならばこの男は、自分を不具にすることも厭わないだろうとルーファウスは思う。

「貴方が何処へもいかないように、この脚を切り落としましょうか。それとも、この瞳を?」
 衣服に忍ばせていたナイフを見つけられたとき、それを手にして自分に迫った彼はほとんど本気だった。
 その時ルーファウスはようやく――
 ――ようやく自分が何に失敗したのかを悟ったのだ。
 
 この男が、カンパニーに執着するのと同じだけの熱情を以って、その執着を自分にも向けて来ること。
 それを予想し得なかった自分が浅はかだった。
 この男の、狂気にも似たその情念を掘り起こしたのは他ならぬ自分だ。
 ならばこれは自業自得。
 ルーファウスは目を瞑り歯を食いしばって、ただ身体を蹂躪されるその苦痛と屈辱に耐える。
 それでも強制的に拓かれ続けた身体が受け入れることに慣れてきたのだろう。
 直截的な刺戟に反応しているだけだった身体は、それを快楽として認識することが出来るようになりつつあった。
 息を吐き、そのことだけに意識を集中し、痛みと快感をすり替えていく。
 感じるままに声を上げれば、それがこの男を喜ばせることも分かってきた。
 
 狂おしいまでの執念をもてあますように自分へぶつけてくる男に、ルーファウスは哀れを覚える。
 脚を開かされ、身体の奥に男を打ち込まれて喘いでいる自分に憫れまれているなどと知ったら、この男はどうするだろうか。
 
 踏みにじられることなど、慣れている。
 副社長という肩書きを与えられながら、カンパニーの中枢に関わることは全く許されず、ただ雑務をこなすことだけを要求され続けた。
 まだ子供といっていい自分をカンパニーへ迎え入れた父の思惑はむしろ、思い通りに動かせる傀儡を作ることにこそあったのだと、思い知らされた日々。
 そこから抜け出すべく画策した計画はすべてタークスによって阻まれ、その本部に幽閉されるという屈辱的な終わりを迎えた。
 そして4年半。
 その間父はただの一度も、会いに来ることすらなかったのだ。
 実の父にも必要とされない自分。
 世界一裕福な神羅親子の、それが実状だ。
 カンパニーは、お飾りの副社長などおらずとも変わりなく動いてゆく。

 この世界のどこにも居場所が無いのは、自分だ。



「おやじを殺せ、ツォン。そうしなければ、カンパニーは手に入らない」
 貪られるだけの行為の後、身繕いを整えるとルーファウスは、副社長の顔に戻って髪をかき上げながらツォンに命じる。

 私の身体。
 私のプライド。
 私の意志。
 私の望み。
 私の存在そのものすべてと引き換えに、おまえは私にカンパニー社長の地位を約束したのだから。
 
「おまえはおやじのタークスではない。神羅カンパニーのタークス…… 私が、おまえの神羅カンパニーだ」
 ルーファウスは傲然と顔を上げ、射るようなまなざしをツォンに据える。
 その蒼く凍る焔に見とれながら、ツォンは膝を折る。
 ただ一人の主に。

「ご命令のままに。――社長」



end


























……
鬼畜なツォンさん、という課題でした…
書き上がってみれば、激しく毀れた二人の話に…orz
この後ツォンはテロリストの本社侵入とジェノバ逃走に紛れてプレジデントを暗殺するのよ。
ルー様の高笑いもこれなら頷ける…か?
すみません、ウチの二人にはこれが精一杯でしたvvv