そんなことがあった後も、日々は変わらず過ぎていった。
社長に復讐する、という当初の目的は忘れてこそいなかったものの、当面棚上げにされていた。
タークスの警備は子供が考えていたよりもずっと堅固なものだった。あからさまに警戒を解かないシュニンもそうだが、レノなど、たらたらしているように見えて少しの異変も見逃さない。皆マイペースで暮らしているようでいながら、社長の安全については厳しく目配りしていた。
そんな中で自分のようななんの技量もない者があの男の命を狙うなど、無理という以前の問題だと思い知らされたせいだ。
それに、底辺の辛酸をなめ尽くしてきたからこそ、与えられる快適な生活を手放すことは難しくなっていた。
子供はそんな自分を軽蔑したが、一方でこれも処世術、と許容してもいた。
子供らしい真っ直ぐな正義感だの、汚いオトナに憤慨するような純真さは、とうの昔にすり切れていた。そんなものを持ち合わせていたら、生き抜いてこられなかったのだ。
降って湧いた幸運は最大限利用する。
それのどこが悪い。
たとえそれが神羅の社長が気まぐれで施したものだろうが、暖かい部屋や十分な食事の価値は変わらない。
別にアイツに感謝する必要もない。
そう心に言い訳して、子供は日々を過ごした。
 
ロッジには時折客が訪れる。
飛空挺で来るのはシドというおっさんで、子供を見て「おう、坊主、アルバイトか?」なんて言った。
リーブというおっさんも時々来た。来ると必ず、社長と長々としゃべっていく。終いにはいつも社長に「もう帰れ」と言われてる。
あの人はよっぽど暇なのか?とレノに訊いたら、「部長は社長しか愚痴る相手がいないんだぞ、と」と言われた。わざわざこんな所まで愚痴を言いに来るなんて、やっぱり暇に違いない。そんなのに付き合わされる社長も大変だ、なんてちらっと思ってしまって、慌てて無かったことにした。
ジェノバ戦役の英雄、として有名なクラウドが顔を見せたときはびっくりした。無愛想にぼそぼそと社長としゃべって、荷物を持ってでかいバイクで帰っていった。クラウドはずっとしかめっ面だったけど、社長はなんだか嬉しそうだった。
あとはヒゲで顔に傷のあるおっさんとか、若い男や女が何人か。こいつらが来るとレノやイリーナが楽しそうに応対した。後からタークスの昔の仲間だとわかった。

社長はいつも忙しそうだ。
朝子供がロッジに行く頃には必ずデスクについている。子供が帰るときもまだ、モニタの前を離れることがない。
時折ヘリでどこかに出かける以外は、ロッジを出ることも少ない。
天気がいいと、たまにシュニンが「散歩に行きましょう」と半ば強制的に連れ出している。そのくせ社長が一人で外に出ると、お一人で出歩くのはどうのこうのと必ず小言を言った。
なんだってそんなに過保護なんだ?と疑問に思ったけれど、それには二つの理由があったのだと、やがて子供は知ることになった。


その日は買い出しに付き合わされてエッジに出かけた。昔の仲間に出逢いはしないかと、子供はなんとなく気が重かったが、たとえ会ったところで向こうが気づいたかどうかは怪しい。
こざっぱりした服装の子供は、エッジの周辺をうろついていたときとは別人だった。健康状態が良くなり、顔色も良く体つきもしっかりして、たった数ヶ月で5センチも背が伸びたのだ。
エッジのあちこちで細々した買い物をしたり、いろんな事務所を回って荷物を渡したり受け取ったり。
用があらたか片付いたときにはとっぷり日が暮れていた。
「ご飯食べていきましょう!」
というイリーナの提案で、エッジの店で食事をしてヒーリンに帰り着いたのは夜半近かった。
 
「もう遅いから、荷物運ぶのは明日にするんだぞ、と」
「そうですね。社長もお寝みかもしれないですし」
とレノは車をロッジのガレージに入れると、さっさと引き上げていった。
イリーナも「じゃあ、お休み〜」と去っていき、子供はぽつんと取り残された。
夜道は暗かったが、自分にあてがわれたロッジは目と鼻の先で、戻るのに支障はない。
だが、朝社長のロッジを出る前にそこに置き忘れたものがあることを思い出した。
見上げるとロッジの窓にはいくつか灯りが点いていて、きっとまだ社長は仕事をしているんだろうと思われた。
子供は足音を忍ばせて階段を上った。もし、鍵がかかっていたならそのまま帰ろうと思ったからだ。
鍵はかかっていなかった。
そっとドアを開け、室内に入り込む。
忘れ物はダイニングのテーブルの上にあるはずだった。真っ直ぐそちらへ向かおうとして、ふと気づく。
押し殺した呻き声のようなものが聞こえる。
ぴくりと反応し、子供は耳をそばだてた。
ロッジは入り口をはいるとすぐ、神羅社章が飾られた広間になっていて、その右手のドアから奥に廊下が延びている。
右側にはキッチンやダイニング、タークスたちの控え室があり、左側には仕事部屋があった。右側は社長のデスクで、左手にはタークスたちのデスクと応接セットがある。
廊下の一番奥のドアの中には入ったことがなかったが、そこは社長の私室だときいていた。どんな作りになっているのか、部屋はいくつあるのか、それはわからない。
声は仕事部屋から聞こえていた。

そっと廊下の端まで近寄ると、なぜかドアは細く開いていた。
廊下の灯りは消えていて薄暗く、反対に部屋の中は煌々と明るかった。
最初は何事か不穏な事態を想像した子供だったが、近づいてみると聞こえてくるのは荒い息づかいと切れ切れの言葉にならない声で、それが何かくらいは子供にもすぐわかった。
子供が暮らしていたような底辺の世界では、売春は商売としてはまともな部類のものだった。だからその辺の路地や窓ガラスも無いような放棄された部屋で娼婦が商売するのを見かけることも珍しく無かったのだ。それをのぞき見て自慰することも年上の仲間から教わった。

社長が女とやってるのか?
しかもなぜかオフィスで?
 
そう思いながらドアの隙間から中を覗く。
細い隙間から見えたものはデスクの上に抱え上げられた白い脚とその間にある男の腰だけだ。いつも山積みにされている書類の類はなかったが、あちこちに置かれたモニタやキャビネットが邪魔して、見えるのは身体の一部だけだった。
腰が打ちつけられるたびに声が上がる。
それが社長の声だと気づいて愕然とした。
一瞬の混乱の後、これは男同士のファックシーンなのだと理解する。
男が男に身体を売るのも、珍しいことじゃない。
特に少年を好む男はよく路地裏にやってきた。ちょっと顔が可愛ければ、いい商売にもなった。金の他にものを貰ったり、食事をおごって貰ったという仲間もいた。
自分はそういう機会がなかっただけだ。

それにしても、身体を売る必要なんかかけらもない社長が、なんで男に抱かれているのかが謎だった。
確かに社長は綺麗な顔をしているし、身体も細くて女みたいに見えなくもない。子供の基準からしたらだいぶ年がいっている気がしたけれど、あれだけ綺麗な顔をしていれば抱きたい男もいるだろう。

子供にとってセックスは金を稼ぐことと同義だった。まして男が男に抱かれるのに、他の理由は思いつかない。

いったい相手は誰なんだ?
身体をずらして中を覗く。

デスクの端を掴んだ社長の手と、相手の男のたくましい肩と背中が見えた。その背にかかるのは長い黒髪だ。
じゃあ、あれはシュニンか。
子供は目をしばたたく。

そうか。あの二人は、そういう関係だったのか。

男同士でも、そういう仲になることはあると、これも知ってはいた。ただ実感としてぴんと来なかっただけだ。
生きていくのが精一杯という生活に馴染みすぎて、セックスと恋愛が結びつかなかったのだ。まして男同士と来ては―――
 
二人の息づかいと、路地裏の娼婦も顔負けの社長の喘ぎ声が、部屋に響く。
社長の脚は滑らかで男の脚とも思えない。揺れる足先の爪まで綺麗だ。
社長は子供が今まで全く見たことのなかった種類の人間だ。ただ綺麗なだけじゃなく、すごく特別な感じがある。誰より優雅で高級で―――魅力的だ。セックスの対象として見るなら、確かに。
あんな男を女役にしてファックするっていうのは、どんな感じがするんだろう。いつも偉そうに命令してるあの社長が、男に突っ込まれて喘ぐのを見るのは。
いい年をしたオトナの男のファックシーンを覗くのは初めてだったが、ひどく興奮している自分に気づく。

社長の顔が見たい―――

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