ON THE ROAD





 そもそも、こんなところへ呼び出されたこと自体に疑問を持つべきだったのだ。
 別荘の管理人らしき老人に部屋まで案内される。目の前の木製のドアをノックすると、すぐに中からいらえの声があった。

 ドアを開けた途端、まず目眩に襲われた。
 広い部屋は地味な柄ではあるが派手な装飾のインテリアで統一され、その中心にはダブルサイズよりもさらに一回り大きいベッドがでん、と置かれていた。
「なんだ、この部屋は……」
 センスがあるのかないのかまったく判断のできないその部屋のベッドの上に、依頼者がしどけない姿で横たわってこちらへと手招きする。

「やあ、クラウド。元気そうだな」
「おかげさまで。あんたもイヤになるほど元気らしいな」
「ところで、お互いあの忌まわしい星痕から解放されたことを祝して、一発やらないか?」

 なんですと? いきなりなにを言い出すんだ、このボケ社長。

「なにを、やるって?」
「やると言えば決まってるだろう」
 そう言って、いそいそとクラウドの服を脱がし始めるルーファウス。クラウドは慌ててそれを制するように華奢な手を押さえた。
「おい、ちょ、ルーファウス! おまえ、なに考えてるんだ!?」
「なにって、ナニのことに決まってる。貴様、わかりきってることばかり聞くな」
 何度も同じ台詞を言わせるな、という言葉を蔑みの目と共にクラウドへぶつける。
 ルーファウス自身はガウンしか身につけておらず、彼を見下ろすかたちで立っているクラウドの目からは、緩くしか留められていないガウンの合わせ目から白い素肌の胸が見えてしまう。しかも乳首は絶妙な位置で見えない。

 わざとか。わざとなのか、この角度!

 クラウドの視線がルーファウスの胸に吸い寄せられ、しばらく凝視してからその誘惑を振り払うように首を振る。
 その一連の仕草を上目遣いに見て、ルーファウスはにやりと笑って唇を舐めた。
「男は経験ないのか?」
「……そ、そんなことはないが……」
「じゃあ彼女に操立てでもしてるのか? だったら安心しろ。私は男だから、浮気扱いにはならん」
 なんだ、その身勝手な理屈は!
「あんたはどうなんだ?」
「彼女か? そんなものはいないな」
 さらりと言って、わざとらしくガウンを緩めて薄い肩と胸を露わにする。たったそれだけのストリップが、妙にクラウドを煽る。
「まあそれはともかく。普段私は有名なシェフの作ったフルコースしか食べないのだが、たまには粗野なサバイバル料理を食べたい気分になるときもある。そういう料理はシェフには作れない。となれば、自分で調達するしかないだろう?」

 元ソルジャー・クラウド。

 自分の名前を紡ぐ赤く色づいた形の良い唇に目を奪われ、まるで催眠術に操られているかのように自分のそれを重ねる。
 ほんのわずかに香るコロンは甘く、目を閉じてしまえばそこにいるのが男なのか女なのか定かではなくなる。
 これも計略のうちなのか、と心の中で舌打ちをして、クラウドはルーファウスを押し倒した。





 下着を身につけていなかったルーファウスは、ガウンをはぎ取られてしまえばその細い肢体を隠すものは何一つなく、無防備な身体がクラウドの目の前に晒される。
 だが、その頼りないはずの全身が目に見えないオーラに包まれているのを、クラウドは確かに感じた。
 ともすれば、そのオーラに気圧されてしまいそうだ。落ち込んでいるときの自分だったら、間違いなく尻込みしてしまうほどのパワー。
 幸い、今のクラウドの精神状態は悪くない。ルーファウスの挑戦を受け止めてやれるぐらいにはイケイケである。
 クラウドは自分も全裸になると、ルーファウスの細い両手を頭の横に押しつけて身体全体に体重をかけて押さえ込み、白い胸板に噛みつくように吸い付く。そのまま荒々しく舌で舐めながら乳首のそばをきつく吸い上げてやった。

「ああっ」

 その途端、ルーファウスが背中を仰け反らせて声をあげる。その反応の大きさに、さすがに行為が性急すぎたかと少々反省する。態度は偉そうでも、つい最近まで車椅子に頼る生活をしていたヤツだ。体力的にはまだ充分ではないのかもしれない。
 ところが。

「そこじゃない!」
「は?」

 早くも涙目になりながら、ルーファウスはきつい目つきでクラウドを睨んだ。
「性感帯といえば乳首だろうが! そんなどうでもいいところに痕なんか残してるヒマがあったら、さっさと乳首舐めたりペニスを扱いたりしろ!」
 そう言いながら、腕を押さえ込まれた不自由な姿勢にも関わらず、すでに勃ちあがっている自身に刺激を与えるため、腰を揺らして一生懸命クラウドの股に下肢をこすりつけている。

 社長さん、なんというあからさまな……。おにいさん、頭いたいよ……。

「ルーファウス、下品だぞ」
「なにを言う。この行為は下品だからいいんじゃないか。性的快感の前には人間は弱いものさ」
 そもそも男同士、なにを気を遣うことがあろうか。
「おまえな……」
 額を抑えるクラウドに、ルーファウスは
「おまえがなかなかその気にならないなら、私からしてやる」
 と宣言すると、油断していたクラウドの肩を押して自分と位置を入れ替えた。
「ちょっと待て! 俺は女役はイヤだぞ!」
「それは大丈夫だ」
 焦るクラウドにさらりと言い返し、ルーファウスは男の下肢に顔を寄せると、頼りなく萎れていたものを躊躇することなく口に招き入れた。
 いきなり熱いものの中に自身を含まれ、さらにアメフラシのような軟体動物が己に絡んでくる感触に、クラウドは鳥肌を立てた。いまだかつて、これほど技巧的なフェラチオの恩恵に与ったことはない。

「お、おい、ルーファウス!」
「なんだ、気持ちよくないか?」
「いや、気持ちいいです」
「それは良かった」

 ルーファウスの口の中でねっとりとした舌に翻弄され、クラウドの目眩は止まらない。ぐにゃぐにゃになる理性に反比例するように、股間だけが硬く大きく屹立する。
 こいつ、うまい。まずい。達かされる。このままじゃ負ける。
「ルーファウス、ケツよこせ」
 クラウドを口いっぱいに含んだ顔は、まるでエサをほおばったリスのようだ。その状態のままきょとんと顔を上げたルーファウスは、言葉の意図を理解すると嬉しそうに破顔して、いそいそと身体を入れ替えてクラウドの顔をまたいだ。
「やっとやる気になったか」
「火がつくまでに時間がかかるんだ。ついてしまえば持続力とパワーはあるぞ」
「それは楽しみだ」
 うっそりと笑ったその顔は、男とは思えないほどいやらしく、そして美しい。
 その身体に溺れていくことを避けきれない予感に、クラウドは自分の常識が壊れていく音が聞こえたような気がした。





「タークスって、たいへんな仕事だな」
 一戦終えてシーツに沈み込んだルーファウスに、クラウドは寄り添って彼の額に張り付いた髪を梳いてやりながら思わず本音を漏らした。
「なんだ、いきなり。どうしてそこにタークスが出てくる」
「いや、こんな社長のそばに四六時中べったりくっついていられるなんて、気力も体力も常人離れしているぞ。俺には絶対につとまらない」
 心から同情する。
 最後の方は独り言のように呟かれたその内容の失礼さに気づくこともなく、ルーファウスはきっぱりと
「安心しろ。たとえおまえの方からタークスに入りたいと言われても、元テロリストなんか身上調査の段階で不採用だ」
 と笑った。

end

迷想天国のおぐら様より頂きました。