嫉妬 「おまえは意地が悪い」 まだ整わない息で喘ぐように言われて、腹立ちと愛しさと欲情のない交ぜになった自分でもよくわからない感情が湧く。 「あいつと重ねられるのはまっぴらだ」 「ふん…」 なるべく冷たく聞こえるようにと言い放ったのに、鼻で笑われた。 どう頑張ったところで、この男をへこますことなど出来はしないのは分かっている。 「後ろから…、クラウド」 甘く切なく幾度もねだる声を、すべて無視した。 力ずくで彼の動きを封印することなど簡単だった。 ただでさえ男にしては呆れるほど華奢な身体は、怪我の後遺症とかで大した抵抗など出来ない。 細い脚を抱え上げ、その身体に己の欲望を打ち込んであがる声を楽しむ。 服を着込んでいるときはあれほどに高飛車で狡知な男が、閨の中では娼婦も顔負けの淫乱さだ。 男の欲望をその身に咥え込んで悲鳴に近い声を放ちながら、貪欲に腰を擦りつけてくる。 その彼のモノも堅く勃ち上がっているのを見れば悦楽に溺れているのは確実で。 優雅な外見とは裏腹に乱暴に扱われるのを悦ぶ男はクラウドの嗜虐性を見事に刺戟する。 ―――神羅カンパニー クラウドがそれに対して持つ複雑な心情のすべてが、この男を前にするとむき出しにされる気がした。 もうとっくに忘れたと思っていた恨み、憎しみ、そして憧れ。 英雄と呼ばれるソルジャーに憧れ、ソルジャー1.stになることを夢見ていた。 この男は神羅カンパニーそのものだ。 その身体を蹂躪し泣き叫ばせることに、復讐にも似た気持ちが動いたと―――それを否定することは出来ない。 それは決してクラウドの本意とすることではなかったし、クラウド自身は今ルーファウスに対してそんな想いは抱いていない。 けれどそれが快感でなかったかといったら、それはやはり嘘になる。 この男が神羅カンパニーの社長であったことは間違いなく、いまだに相応の権力を持っていることも確かなのだ。 そんな男を欲望の対象とするのはそもそもひどく倒錯的なことだった。 彼がどう思って自分を誘ったのか。 それも一度きりではなく、再び声を掛けてきたのか。 クラウドが推察するにはルーファウスの人物は複雑すぎ、理解の限界を超えていた。 ただ一つだけ。 この男がかつてセフィロスと関係があったこと。 そして今もまだそれを忘れていはないのだということだけは、確かだった。 セフィロスと自分のことも十分わかっていて、「自称もとソルジャー」である自分を求めてくるのは、自分をセフィロスに 分りやすすぎる解釈かもしれなかったが、まったく的外れではないとクラウドは思う。 それは人としてはあたりまえの心の動きだと思えたし、この身勝手な男なら十分考えそうなことだった。相手の気持ちを思いやるというような奥床しい心根とは無縁な性格だ。 だが、そうそう思うとおりになってたまるものか。 だからこいつがどんなに甘い声で誘っても言うことは聞いてやらない。 淫らに目の前へ差し出される白い尻も無視してシーツへ押しつける。 潤んだ瞳からこぼれ落ちる雫が、ガラス玉のようだとクラウドは思った。 そして事が終わるとルーファウスは疲れ切った表情でベッドに沈んでしまった。 もう腕を上げることさえ億劫だと言わんばかりに、汚れた身体もそのままに寝入ってしまいそうだ。 傍らでそれを見下ろすクラウドは、どうしたものか迷う。 このまま放って帰ってしまおうか。 それでもなんの不都合もないに違いない。 自分がいなくなればきっとあのタークスがコイツの世話を焼いてくれるだろう。 何しろ自分では水さえ取りに行かないお姫様だ。 だがわけもなく去りがたい気がしていると、眠ってしまったとばかり思っていたルーファウスから声がかかった。 「おまえは意地が悪い」 そんなことを言われる謂れはないと思う。 かってに昔の恋人と重ねて置いて、思うとおりにならないから『意地が悪い』とは呆れた言いぐさだ。 そんなクラウドの口に出せなかった思いはしっかりルーファウスの耳には届いていたらしい。だが、掛けられた言葉はクラウドの想像の範疇外だった。 「おまえは私の恋人になりたいのか?」 「は? …何を言い出すんだ」 目が点になるとはこのことだ、とクラウドは思う。 こんな男の恋人などまっぴらだ。今の今までセックスしていてそれもどうか、と心の中で突っ込みは入るが、冗談じゃないという気持ちの方が遙かに強い。 あのタークスと張り合うのもごめんだし、恋人にするなら優しい女の方がいいに決まっている。そもそも自分はストレートなのだ。 「恋人になりたいのか、と訊いている」 再度の詰問。 「なりたいわけがないだろうっ、そんなものっ!」 叫んだクラウドに、ルーファウスは重々しく頷いた。 「ならば私がおまえをセフィロスと重ねていたからなんだというのだ」 「う…」 反論すべき言葉が見つからない。 「おまえとて、別に私が好きで抱いたわけではないだろう。お互い納得ずくで楽しみのためにセックスしたのだ。違うか?」 違いません… がっくりと項垂れる。 「おまえのこの身体…セフィロスを倒した、このソルジャー1.stに等しい力を持つ身体が、私は欲しかっただけだ。セフィロスに抱かれたときのように後ろから貫かれてイキたいと思っただけ…それに何か不服があるのか?」 クラウドの胸を滑ってゆくルーファウスの細い指。その指を掴み締めて、クラウドは真上からルーファウスを見下ろす。 「不服があるならば言ってみろ。おまえの欲しかったものが私の身体以外のものだというのなら」 見上げてくる毅い光を宿す瞳に、胸が騒ぐ。 やはり違う。 そうじゃない ただ身体の快楽のためにこの行為を重ねたというのは、何かが違うとクラウドは思う。 恋人になりたいわけじゃない。 けれど――― 「では何が欲しい」 何かが欲しいというわけじゃない。 ただ――― クラウドはようやく思い当たる。 自分はこの男に認めて欲しかったのだ。 セフィロスの代わりではなく自分自身を。 神羅カンパニーの社長であったこの男に。 かつて憧れた『英雄セフィロス』と並び立っていた副社長に――― 覗き見た自分の心の内は、呆れるような幼い願望だった。 ため息と共に脱力したクラウドの身体が落ちかかる。ルーファウスの髪に顔を埋めて、もう一ため息を吐く。 「なんだ、変なヤツだな」 そう言いながらも、ルーファウスは腕を回してクラウドを抱く。 その腕が温かく優しい、などとうっかり思ってしまい、クラウドはまた深くため息を吐くのだった。 end |