やっぱりいた。 クリスタリウムの隅っこで本を積み上げて何か書き物をしているエースを見つけて、マキナは足音を忍ばせた。 先にチョコボ牧場に行ってみたらいなかったので、大方ここだろうと思った。 今日は朝から別々のミッションに出ていたので、まだ顔を見ていない。 0組は優秀と言われる故に、小数チームでのミッションが多い。 エースの配属されたチームは、昼前に魔導院へ戻ってきたと、同じチームになったシンクから聞いたのだ。 そういやシンクはエースと一緒になることが多いよな。 オレはほとんど一緒になることがない。 大きな作戦なら一緒に出ることもあるけど、3人くらいのミッションではまず同じチームには振り分けられない。 相性の問題があるのだと、前に聞いたことがある。 チームを組むと戦力の上がる組み合わせと、そうでない組み合わせがあるって言うんだ。 だったら、オレとエースは相性が良くないってことか? オレはレムと一緒になることが多い。 そりゃレムは幼なじみだし、気心も知れてるし、思いやりがあって良い子だと分かってるけど、でもそのせいでカップルみたいに思われてるのは、オレにとってもレムにとっても迷惑だ。 そんな事を思いながら、エースの背後に近づく。 真剣に書き物をしているらしいエースは、気づく気配もない。 大体エースは、戦闘の時はあれほど素早くて勘も鋭いのに、普段はボーーッとしていて隙だらけだ。 あんまり隙だらけだから、いろんなヤツにちょっかい掛けられてるのにそれもてんで気にしてないふうだ。 それにしたって、ハゲタヌキ(軍令部長)の部屋にのこのこ付いていったり、警戒心がなさ過ぎる。 その時はクラサメ教官が慌てて乗り込んで事なきを得たって言うんだから、嫌になる。 オレはそんな事があったことさえ、後から聞いたんだ。しかも本人から直接だ。 それも、 『軍令部長が酒なんか出してきて飲めって言うから困ってたら、クラサメ教官が来てくれて助かった』って話だ。 それ絶対酔わせて一発って企みだったから!と思ったけど、ホントにただ困ったって顔をして話すエースを見てたら言えなかった。 奥手なんだかのんびりなんだか天然なんだかよくわからない。 でも、そんなエースが好きなんだ。 みんなそうなんだろうけど… いやいやいや、みんなとオレは違う。 オレは本気でコイツが好きなんだ。 エースだって、まんざらじゃないと思う。 …思う …けど まだ告白はしてない。 後方からそうっと覗き込むと、相変わらずなんにも気づかずせっせと何か書いているエースの手元にあったのは、知らない文字が書かれた紙の束だった。 何語!? オレはエースほど学業成績優秀なわけじゃないけど、ナインやシンクほどアホでもない。 オリエンス4カ国の使ってる文字くらいちゃんと分かる。全部読み書き出来るワケじゃ無いけど、どこの国の文字かくらいは理解できる――はずだ。 不思議なことに、4カ国の言語は同じなのに文字は違う。 むかーーーしは言葉も違ってたその名残りだという話だけど、とにかく文字は4種類だ。 そのはずだ。 もしかして、遥か大昔の文字、というものも存在してるかもしれないけど、エースの読んでる紙束は、すごく新しかった。大昔のものの資料とか、その写しとは思えない。 びっしりと見たことない文字が並んだ紙をめくり、目を通し、時々なにやら書き込む。 エースはそんな作業を繰り返してる。 その紙の質感も、あまり見掛けないものだ。つやつやしてとても白い。それに書かれた文字はどう見ても手で書いたものじゃなかった。 新しい本みたいな印刷に見える。 いったい何をしているのか? オレはしばらく眺めていたけど、そのうち飽きた。 エースは全然気づかないし、読めないものを眺めてたってつまらない。 だから、背後から肩に手を置いて呼びかけた。 「エース!」 「わああっ」 予想以上に慌てた声が上がる。 文字通り椅子から30センチは飛び上がって、エースは紙束を腕で隠すようにしながら振り返った。 「マ、マ、マキナ…」 よっぽどびっくりしたんだろう。声は震えてるし、顔色は蒼白だ。 オレはなんだか悪いことをしたような気がしてきた。 「ごめん、脅かしたか?」 「い、いや、びっくりした…けど、はは」 無理に笑顔を作って、エースはさりげなく紙束を本の下にすべり込ませる。 けどそれは上手くいかなくて、何枚かの紙がひらひらと机から落ちた。 「ああっ」 慌てて延ばしたエースの手を掻い潜って、紙は床に落ちる。 オレはそれを拾い上げた。 「ほら」 エースに渡すと、あいつは探るような目でオレを見ながら、また作り笑いを浮かべた。 「どうも」 「うん」 間の悪い沈黙が落ちる。 エースの迷いが、手に取るようにわかる。 オレはその紙切れについて訊ねないんだろうか?、と考えてる顔だ。 聞かれなければ、このまま知らん顔してしまおう、と思っているのも見え見えだ。 だからオレは敢えてエースの望むようにしてやることにした。 「なあ、新しくできたショップに行ってみよう」 エースは一瞬きょとんとして、それからやっとオレの言葉の意味が分かったのか、 「あ、ああ、いいよ。ちょっと待って。この本返してくる」 と言いながらそそくさと本を纏め始めた。 「早くなー」 言いながらオレは図書館の出口に向かう。 きっとエースは例の紙束をしまうところを見られたくないだろうと思ったからだ。 零式連動小説 if… 新しく開店したショップには、生徒が溢れていた。同じ0組のキングやトレイもいて、せっせと店員の女の子に話しかけている。 確かに評判通り可愛い子だ。 でも。オレは隣にいるエースのこと以外目に入らない。 エースは一通り並んだアイテムを眺めて、それからモーグリのストラップなんかを手に取っている。 それ、使う気じゃないよな? どう考えてもエースがそれをカバンやなんかに付けてるところが思い浮かばない。 似合わないことはないけど、いや、似合っちゃうと思うけど、エースはそういう性格じゃない。 別に自分の可愛い外見を嫌がってるとかいうわけでも無さそうだけど、普通の男並みに可愛いものなんかには興味が無いっぽい。 見た目だけなら女の子にも見えるけど、中味はごく普通の男だ。 エイトみたいにコンプレックス丸出しな感が無い分、ごく自然に可愛い外見とふつーの男な内面がマッチしてる。 成績優秀でリーダーシップもあって切れ者かと思うと、天然でぼーっとしてる。 そしてどこか――こんなこと思うのはオレだけなのかもしれないけど――秘密を隠してるような気がする。 さっきの紙束のことも―― そんなとこが全部、魅力的だ。 はっ!! うっかり想いに沈んでたら、いつの間にかエースのヤツモーグリストラップを買ってるじゃないか。 しかも店員の女の子と楽しそうにお話しなんかしちゃってる!? 女の子の方は頬染めちゃって、良い感じ!?じゃないか! オレは0.3秒でエースの横に立った。 「何買ったんだ?」 「え、ああ、ストラップを…」 エースがオレを見上げて目をまたたく。 さらさらの金髪が揺れた。 くーーーーっ やっぱかわいい! 「ありがとうございました」 店員の子が紙袋を差し出して、エースは軽く頷くとそれを受け取った。 見ればちょっと綺麗なシールなんか付いちゃって、いかにもプレゼント仕様だ。 もしかしてそれ、誰かにやる気なのか? エース。 誰だ誰だ誰だ!? そのラッキーな野郎は! いやいやいや、落ち着けオレ。 野郎と決まったワケじゃ無い。もしかしたら相手は女子かも…って、よけい悪いじゃないか! 「おっ、何それ、プレゼントか?」 オレは探りを入れてみる。 「え、いや、プレゼント…っていうか、土産かな」 エースは戸惑いながらも素直に答えてくれた。 『土産』 そう言われて、オレは初めて思い至った。 エースの実家のことは全然聞いたことがなかったんだと。 オレは同じクラスのレムと幼なじみということや、兄貴が教官やってることなんかあって、オレの実家の話は誰もが知ってる。 0組の他の生徒のことをみんな知ってるかと言われたらそんな事はないが、惚れた相手のことを知らないままだったってのはさすがにどうかと思う。 ほんとに、目の前にいるエースのこと、しか眼中になかったんだ。 で、ぷらぷらと寮に向かって歩きながらオレは訊いてみた。 「なあ、エースのウチって、どこなんだ?」 「え、あー、ミッドガル…」 どこそれ!? 聞いたことのない地名だった。 朱雀領――なことは確かだよな? エースは蒼龍人にも玄武人にも見えないし、白虎だったら魔法が使えないはずだ。 てことは、オレが知らないだけってわけか。 まあ、オレの村の名前だって、誰も知らなかったけど。 「ふーん、どんなとこだ?」 「…いつも曇ってる…かな」 口が重い。 あまり言いたく無さそうなのが、見え見えだ。 「家族は?」 「母は顔も覚えてない。おやじはほとんど家には帰ってこない。帰ってくるとうるさいから、来ない方が良いけどな」 そう言ってエースは笑った。 屈託なさげに見えて、どこか痛みを堪えているみたいな顔だった。 「姉弟は?」 きっと触れられたくない話題なんだろう、と思いながら、オレは訊くのを止められなかった。 「兄弟は…いない、ことになってる」 一つずつ、言葉を切りながらじっと前を見つめて言う。 なってる? それは、いないわけじゃないってことか? 兄弟については、オレの兄のこともあってどうしても訊いてみたかったんだ。 オレと兄のイザナとエースの間には、ちょっとした因縁があった。 エースはオレと会う前にイザナと出会っていて、その時なんだか知らないけど兄弟についてあれこれ御託を並べられたらしい。 その話は、オレはエースと兄の両方から聞かされていた。 でも、その答えってつまり、正式には兄弟と名乗れない兄弟がいるってことなのか? 「いわゆる隠し子ってヤツだな。何人かいることは知ってるけど、会ったことあるのは一人だけだ」 オレの疑問が顔に出てたのか、エースは苦笑しながら説明してくれた。 やっぱりそうなのか。 だとしたらオレも兄貴も、随分と酷いことをしちゃったわけだ。 母親は早くに死んだみたいだから、たぶん腹違いってやつだろう。それも一人二人じゃないらしい。 一人だけは会ったことがあるというけど、この調子じゃおそらく名宣り合ってもいないんだろう。 そんなフクザツなご家庭の事情なんて、考えも及ばなかった。 オレたちは単純な世界で生きてきたお子様だったってわけだ。兄はもうお子様と言える年じゃなかったけど。 「おまえんちって、もしかしてすげー金持ちなのか?」 オレはこの場を取りつくろおうと思って、おもわずいちばん的外れなことを訊いていた。 「あ、ああ…まあ…」 エースは眼をぱちくりして、オレの顔を見つめながら言う。 「そうかあ。確かにおまえって、育ちが違う感じだもんなあ」 「そんなことないさ」 エースはいつもの調子で笑った。立ち直りが早い。 ていうか、立て直しが上手いんだろうな。そういうところが、エースの抜群に優秀な点だ。 こいつに任せておけば安心。いつもそう思わせる。結構ピンチな時でも。 オレたちが寄せる信頼には、必ずきちんと応えてくれる。 家族のことも出身地のことも、あんまり触れたくない話題だと匂わせながら、それでも多分嘘も誤魔化しも言わなかった。 ほんの少しだけど、ちゃんと話してくれた。 それは、ちょっとはオレのことを信用して、気を許してくれてるからだと思っていいよな。 オレの足取りは、鼻歌も出そうなくらい軽くなった。 「なんだ、マキナ。どうかしたのか?」 なんてエースに言われるくらい。 魔導院の寮は基本的に二人部屋だ。 エースは以前一人で使ってたらしいけど、オレが0組になって急遽同室になった。 クラスと部屋は合わせるのが慣習だからだ。 0組は実力者の特別クラス、と言われてたから、編入できたときは嬉しかった。 けど、同室になったエースを見たとき、そんな嬉しさなんか吹っ飛んだ。 なんか、ファンファーレが鳴り響いて、頭の上にたらいが落ちてきて、しかもそこから花が溢れ出たみたいな感じだった。 一目惚れってこういうことかと、オレは初めて理解した。 オレはずっとレムが好きだった。 好きなんだと思ってた。 レムの方も、オレのことを好きなんだろうとも思ってた。 でも、エースに出会って、そんなのは恋じゃなかったんだと気づいたんだ。 そして、レムがオレに寄せてくれているのがただの好意だってこともやっと分かった。 オレは馬鹿だ。 レムはよく、迷惑がらずオレに優しくしてくれたものだと思う。 そうやってちゃんと観れば、レムには他に好きなヤツがいるんだとわかった。 とりあえずオレは、レムのお邪魔虫になることだけは避けられたらしい。 それだけでも上出来だけど、オレの恋の方はなかなか進展しない。 エースは良いヤツで、オレにも公平に親切に接してくれたけど、それだけだった。 そりゃあ、そんな簡単に相思相愛なんてなれるはずもない。 しかも、オレは男でエースも男だ。 同室に入れといても何事も起きないと思われてる組み合わせなわけだ。 男女の寮は、棟も分かれている。 つまりはそういうことだ。 それでも同室っていうのはいろいろと有利で、オレは他の奴等の知らないエースを見ることが出来た。 持っている私服が、なんだか変わったデザインのものばかりだとか、机はきれいに整頓されてるけど箪笥の中はぐちゃぐちゃだとか。 きっと服を整理したことがないんだろう。 金持ちなら、そういうのはメイドがいてやってくれたりしたのかな。羨ましい。 ミッションの後、シャワールームで一緒になったときは、どきどきした。 ついでに他の奴等がちらちらとエースを見てることにも気づいてしまった。 当のエースはてんで無防備で、いい加減に腰にタオルを巻いただけでふらふらしてる。 同じ0組のエイトなんかは、自分がそういう目で見られることに敏感だ。 シャワールームに長居することもない。 それに比べても、エースは呑気過ぎる。 ミッションに出た先でオッサンにナンパされた話をシンクから聞いたときは、思わず頭に血が上ってエースを問い詰めてた。 なのに本人は首を傾げて「ナンパ?」と言うばかりだ。 「シンクの考えすぎだろ。からかわれただけだよ。大体あいつら、なんて言うんだっけ…すぐ男同士をくっつけたがる…ふじょ? そんなんだよ」 それ、腐女子だろ。 それにシンクは違うし。 腐女子代表なのはクィーンとかムツキとかエミナ先生とか…って、なんでオレそんな事に詳しいか!? 先生が混じってるってのも大概どうかと思うが… 考えたら女子の情報は大体レムからだった。今思えばそれだけでもレムがオレに気がなかったことがわかるというものだ。好きな男相手に腐女子情報なんかぺらぺら喋るわけがない。 けど女子の情報網ってのは侮れなくて、特に恋愛関係においては諜報部も顔負けだ。 オレは兄のイザナがエミナ先生を追っかけてることもレムから聞いたし、今どのくらい仲が進展してるのかも逐一知らされてる。 エミナ先生は人気があるから、他にも狙ってる男はいっぱいいるらしいが、今のところ兄貴が一歩リードしてるようだ。 兄貴は兄貴で上手くやって欲しいとは思うが、もっと大事なのは自分の恋だ。 エミナ先生ほど露骨じゃないけど、実はエースも競争率が高い。 しかも、競争相手は男もいるけど女もいる。 ぶっちゃけ、エースが女にしか興味がなかったら、オレはソッコー失恋だ。 まだ誰もそれを確かめたヤツはいないんだが… 今までに女子は何人かアタックして玉砕してるらしい。だからって、エースが女嫌いだなんて希望的観測はあり得ない。 その子達は0組じゃないし、みんな知らない子だった。エースだって、知らない子からいきなり付き合ってくれといわれてOKするほどがっついてないってだけだろう。 つまりエースはそれだけ人気があるってことだ。 さらさらの金髪、透き通った綺麗な青い目。柔らかそうな白い肌。ほっぺたは男とは思えないほどふっくらしてて、つついたらぷにぷにしてそうだ。 桜色の薄い唇。言葉遣いは丁寧で都会的で、物腰も上品。オレたちみたいな田舎育ちとは、全然違う。知らない地名だったけど、きっとミッドガルってのは大きな街なんだろう。コルシやイスカより大きいのかな。 戦闘の時の、厳しい目とカードを操る流れるような動作も魅力的だ。 成績優秀、アタマが切れてリーダーシップもあって、将来有望。 しかも金持ちの息子!? うわあ… どんな高嶺の花だよ。 いやいや、そこで落ち込んでどうする。 ここは兄貴を見習って、どんな困難にもチャレンジするのがクナギリ家の男というものだ。 NEXT |