風は南から 「ん…」 桜色の小さな口唇が、精一杯開いてそれを含もうとしている。時折覗く薄い舌は猫の子を思わせて、そう思ってみれば金色の髪の柔らかい手触りも、まるで子猫だ。 そんないたいけな子猫を蹂躪しているという認識に、男の欲望はいっそう高まる。 「はっ…ぁ」 唇の端から零れた唾液が銀の糸を引く。 そんな様も厭らしくいとけない。 この子供は確かまだ15くらいだったか。それにしても年より幼く見える。 薄い肩。細い手脚。 白い肌は陽に当たることもないのか、透き通るようだ。 金色の産毛も美しい。 たどたどしい舌使いも、いっそう愛らしさをかきたてる。 厚い絨毯が敷き詰められた床。 腰板貼りの壁にはやや古ぼけてはいるが高価そうな壁紙が貼られている。 目の前には、厚い一枚板のドア。 絨毯に座り込み、壁に背を預けた黒服の男の手には煙草がある。 だが、当然禁煙のこの場所で、男にそれを注意をしようという者はなかった。 その性技はつたなかったが、そんなことは少しも問題ではない。 この少年は、遊びのために呼び寄せる男娼などとはまったく違う。 そう――― 見た目の美しさもさる事ながら、彼の身分―――その地位こそが、男の欲望をより煽るのだ。 子供の口から己を引き抜き、男はその細い身体を組み敷いた。 背丈こそはその年頃の少年として普通だろうと思えたが、頼り無い胸や腹の薄さが、嗜虐感をそそる。 少年の脚をわり開き、抱え上げてさらされたその中心に己を打ち込む。 「あ…ぅうっ」 悲鳴を放って仰けぞる身体を押さえつけ、強引に全てを埋め込んだ。 「はっ、ぁぁ、うっ…」 浅い息を継ぎ、開いた目を潤ませて少年はシーツを握りしめた。 ふうっと煙を噴き上げて、それが宙に消えてゆくのを眺めた後、赤毛の男は手にした煙草を乱暴に腰板に擦りつけた。火が消えるとそのまま絨毯の上に投げ出す。 そんな風にして散らかされた吸い殻が、もう幾つも転がっていた。 鋭い目つきでドアを睨みつける。 彼の聴覚を以てしても、そのドアの奥で行われていることの物音は聞こえてこない。 古いホテルだが、その分造りは重厚で部屋も広かった。この角部屋は当然スィートであるから、男の待ち人がいるのはリビング奥のベッドルームだ。 「…ちっ」 忌々しげな舌打ちも、その人には決して届かない。 「君のような子が、なぜこんなことを?」 抱え上げた軽い身体に埋め込んだモノをゆっくりと揺すりながら、男は少年の耳元に囁いた。 「黙っていても神羅社長の地位が約束されているのだろうに」 「…ふっ」 少年は掠れた笑いを洩らす。 「なにもせずに手に入るほど、カンパニー社長の座は安いものではない」 見た目の愛らしさにはそぐわない、権高い物言いだった。 だが、それが少年のいつもの口調であることを知っている男は奇妙には思わなかった。 「だからこれは、将来への布石…っく」 途中で途切れた言葉の後には、高い喘ぎ声が続いた。 「なんでも持っているくせに、欲張りな子だ」 「っ…は、わ、たしが今、持っているのは、私自身、だけだ」 唇を噛み、荒くなる息を押さえながら少年は続けた。 「他にはなにも…何一つ、わたしのもの、は、無い…だから」 もう声変わりはすんだろうに少年の声はまだ幾分高く、とぎれとぎれに紡がれる言葉はその怜悧な科白と欲情に濡れた声のアンバランスが極上の酔いをもたらす。 「なるほど。確かに君は頭のいい子だ」 男の動きが激しくなり、少年の声はもう言葉にならない。 荒い息と切れ切れの喘ぎ、熱く濡れた肉の立てる音だけが部屋に満ちる。 そしてひときわ高い声が響いた。 ほんの微かに聞こえたその声に、黒服の男は顔を上げ再び舌打ちした。 「まったく…いい加減にして欲しいんだぞ、と」 がりがりと頭を掻いて項垂れる。 今現在――この時だけ彼の主人である少年は、他の多くの者たちにとってと同様、彼にとっても謎の存在だった。 ルーファウスがシャワールームから出てくると、男はもうほとんど身支度を終えていたが、バスローブ一枚の彼を呼び寄せてもう一度抱きしめた。 「濡れるぞ」 「かまわない」 「ふふ」 小さく笑う少年は、偉そうな口をきいていても愛らしい。 「最初に言ったとおり、これは一度限りのことだが」 「惜しいな…」 「私の要求は呑んで貰う」 「怖い子だ」 「不当なことを要求しようと言うつもりはない。ただ私がカンパニーのトップを狙うときは、賛成票にまわってくれればいい」 「それだけ?」 「それだけだな。言っておくが、このことが父に洩れれば困るのは私ではなくあなただ」 「大切な息子を傷物にしたと?」 「まさか」 今度こそルーファウスは声を立てて笑った。 「あいつの持ち物である私を、あいつに断わりもなく楽しんだからだ」 男は一瞬絶句した。 この親子の仲の悪さは噂に聞き及ぶところだったが、乾いた声で父親をあいつと呼ぶ子供の孤独に愕然とする。 この子の母が出産と同時に他界したことは、ミッドガルで知らぬ者はなかったから、たった一人の親族である父親と不仲であればこの子には肉親はいないも同然だろう。 もしかしたらこの子供は、父親から性的虐待を受けていたのだろうか。 そんな想像が頭をよぎる。 だとすればこの世界で稀有な地位にある少年が、男娼のまねごとに慣れていたのも納得できる。 その父親とも懇意にする男は、親子の情交シーンを脳裏に描いて嫌悪とも欲情ともつかない気分に襲われた。 だが目の前の子供の醒めた瞳は、男を現実に引き戻す。 「私がカンパニーのトップに真実相応しいかどうかは、これからあなた自身で確かめるといい。時々良い話を廻そう」 気負いも衒いもない言葉は、15の少年とは到底思えぬ程の冷ややかな自信に満ちていた。 その親子関係がどうであれ、まぎれもなくこの子供はあの父親の子であり、神羅の後継者なのだと思い知らされる。 「ありがたくお受けしよう。次期神羅社長」 耳元に囁いて、男はもう一度細い身体を抱きしめた。 ドアが開いて、黒い革靴が絨毯を踏んで現れた。 レノはちらりと男の顔を見上げる。極悪な目つきになったことは承知の上だ。 「タークスも手なずけるか…」 男は目線だけを下ろしてレノを見る。 「オレはただの護衛だぞ、と」 「それは重畳。せいぜい君たちの標的にならずにすむようありたいものだ」 男は笑って廊下を歩き去った。 レノは 密やかなきしみの音と共に今一度ドアが開く。 見慣れた白いスーツの脚が、視界に入った。 レノは顔を上げ、立ち上がる。 ルーファウスの小さな顔には、なんの表情も浮かんでいなかった。 レノを見ようともせず、歩き出す。 その後ろ頭を見下ろしながら、後に続く。 先に立ってエレベータに乗り込むと、レノは最上階のボタンを押した。 身体にかかる微かな加重。 ルーファウスは真っ直ぐ前を向いたままだ。 目の前にその姿があるのに、なぜか気配が希薄だった。 軽くベルの音がして上昇が止まる。 開いたドアの外はもう屋外だった。 レノは辺りに気を配りながらヘリに向かう。 ここはグラスランドエリアの東の外れに位置する古い街だ。 かつてはこの地を治めていた王族の城があり、ウータイとの交易で栄えたといわれるが、現在は観光くらいしか産業のない土地だった。 のんびりした田舎町で治安も良く、それでもかつての城下町という格式が残っているためか粗野な雰囲気はない。 ミッドガルからも、ルーファウスが現在居住するミディールエリアからも便が良かった。 ルーファウスがこういった密会にここをよく利用するのはそのためだった。 このホテルは街の中心部の高台にあり、遠くに草原と海が見渡せる。 ここで危険を感じたことは一度もなかったが、レノは警戒を解くことなくヘリに近づいた。 ドアを開け、振り向いてルーファウスの手を取る。 初めて二人だけでここへ来たときのことを思い出した。 用件はなにも告げず、ただレノにヘリを出せと命じて、このことは一切口外無用だと釘を刺した。もちろんレノはヴェルド主任だけには連絡を取ったが、副社長の命に従えという返事が返ってきた。 副社長のために建てられた、辺境の地には不釣り合いな支社ビルの屋上へリポートで、レノの乗ってきたスキッフを前にしてルーファウスは開いた乗降口でただ突っ立っていた。 どうしたのかと問えば、昇れないという。 そんなはずはない。 確かに多少入り口は高いが、ちゃんと手も足も揃っているのだから、サイドバーを掴んで身体を引き上げればいいだけの話だ。そのくらいの力がないとは考えられない。 首をかしげるレノの前で、ルーファウスは手を出せ、と言った。 その手を支えにして、バーに頼らず機体に乗り込む。思っていたよりずっと身軽な動きだった。 しかしなんで?―――と思わず放された自分の手を見つめてしまうレノだ。 小さな手の柔らかな感触が残っていた。 目的地であるこのホテルに着いて機体から降りるときも同じだった。 ルーファウスはレノが先に降り、ドアを開けて手を差し出すまで座席から動こうとしなかったのだ。 ここに至ってようやくレノは、これが『ルーファウス・神羅』なのだと認識した。 常ならば、彼が移動するときは操縦士、副操縦士、護衛二人、の4名以上が必ず同行する。 ルーファウスが勝手な行動を取れば、周りが迷惑するのだ。 ヘリ一つでも、一人で乗り降りすることはしない。それが彼の日常だ。 そんな生活はずいぶんと窮屈だろうに、と可哀相な気もしたが、同時によけいな御世話だろうとも思った。 とてもじゃないが、この子供は哀れみや同情の対象になるようなタマじゃない。そのことには誰もが頷いてくれるだろうと、それはレノの確信だった。 レノの手を取って機体に乗り込もうとする腕を引き、その身体を抱き込んだ。 「な、にを…!?」 予想外のレノの動きにバランスを崩して倒れかかったルーファウスは、レノの、瘠せた外見からは想像できないほど力強い腕に抱き取られて息を詰めた。 ルーファウスが抵抗しないのに気をよくして、レノはまだわずかに湿っている柔らかい髪に鼻をうずめた。 シャンプーの香りに混じって、微かな甘いルーファウスの体臭が鼻腔を擽る。 抱きしめれば分かる、細い身体。薄い肩。 この身体で、たった15で、いったい何を背負おうというのか。 「…アンタ、なんでこんなことするんだぞ、と」 言うつもりもなかった一言が、口から零れていた。 「タークスに説明する必要はない」 ルーファウスの返答は、レノの望んでいたものとはかけ離れている。 「べつにアンタの事業計画を聞きたいわけじゃないぞ、と」 端から見ればちょっといいムードであろうこの状況で、色気も素っ気もないセリフを口にするルーファウスに、分かってはいてもがっかりする。 「こんなことしなくたって、やり方は幾らでもあるだろうって、言ってるんだぞ、と」 「しなくても良いなら、しても良いだろう」 腕の中のルーファウスが、低く笑う。 「おまえも、やりたいのか?」 レノは一瞬躊躇し、すぐルーファウスを抱く腕にいっそう力を込めた。 「遠慮するぞ、と。オレは ルーファウスの肩が震えている。 驚いて少し身体を退くと、彼は声を殺して笑っていた。 「くく…セフィロスは、そんなことは気にしない―――いや、関心がないと言った方が正確だな」 「そんなことはないだろ、と」 「本当のことだ。いっそそんなふうに思ってもらえたら嬉しいがな」 確信に満ちた声に、自虐的な響きはない。単に事実を述べただけ―――という風情だ。 そんなことがあるのだろうか。 レノには容易に信じられない。 ルーファウスとセフィロスが『恋人同士』と呼んでもいい関係にあることは、関係者の間では公然の秘密だ。 神羅の御曹司と神羅の英雄。 男同士ではあったが、並べばこれ以上はないほどの画になる二人だったから誰もがなんとなく納得していた。 ルーファウスが属するような上流階級ではこういった性の遊びに寛容で、庶民が思うほど男同士ということに抵抗がなかったせいもある。たとえセフィロスと身体の関係があろうと、将来ルーファウスが妻を娶ることにはなんの支障もない。下手に女性と関係して、神羅夫人には相応しくない者に押しかけられるより余程まし、という程度の認識だ。 ただ、レノの目には二人の関係が『遊びだ』とは見えなかった。 『そんな風に思ってもらえたら嬉しい』という副社長の言葉は嘘ではないだろう。たぶん、冗談でもない。そもそもそんな冗談が言えるほど、副社長は気のきいた性格ではない。 ひどく分かりにくくフクザツで狡知に長けた人物ではあるけれど、根本的なところでは生真面目な子供なのだと、レノはそんな風に思っていた。 それは分析というよりはレノなりの勘といったもので、レノは自分のそれに絶対の自信を持っていた。 そして、あの何事にもひどく淡泊な英雄がしばしば副社長のもとを訪ねるというだけでも、レノに言わせれば驚くべき特別扱いだ。 なぜそれが分からないのだろうか。 それはたぶん、彼らがお互いにお互いの重要性を分かっていないからだ。 どこかで線を引き、それ以上深入りすることを 気持ちはとっくに、そんな境界など飛び越えているのに。 だがそれもこれも結局は他人の問題だ。 レノにどうこうできるものではないし、やる気もない。 他人の恋路は、やきもきさせられるくらいが楽しいものだと、そんな風にレノは納得した。 枕営業よろしく取引先のオヤジどもと寝るのはどうにも頂けないが、英雄との恋の成り行きを見守るのは悪くない。 年齢や能力はともかく、あれでセフィロスは意外と初心なところがある、とレノは思っていた。人との付き合い方があまり上手い方ではないのだろう。孤独癖があるように見えるが、実際は副社長より余程素直で寂しがりやだ。 あと何年か経って副社長がもう少し大人になれば、力関係は完全に逆転するに違いない。 そうしたら、すべては随分とすっきり収まるんじゃないだろうか。 いくら英雄と持ち上げられようと、セフィロスも神羅社員だ。 副社長が上司として名実ともに相応しくなれば、セフィロスはカンパニーの中で安定した場所を得られるだろう。 その時は、タークスの仕事もちょっとは楽になるといいな。 とりあえず、副社長の護衛はセフィロスにお任せだ。 などとお気楽な展望を描き、レノは腕の中のルーファウスを見つめる。 もちろんそんなレノの心の内など想像も付かないルーファウスは、首を傾げてレノを見上げた。 「副社長、早くミッドガルへ戻れるといいな、と」 「ふっ、なかなかそうはいかないだろうな。これから忙しくなるぞ、レノ」 「ええー? なんでだよっと」 笑ってレノの腕を振り払い、一人でスキッフに乗り込むルーファウスを見送って、レノは目を丸くする。 どういう風の吹き回しだか。 ルーファウスの宣言は、間もなくして現実となる。 反神羅組織アバランチの過激活動が活発化し、タークスたちを悩ませることとなったのは、その直後のことである。 END |