Missing you epilog 



「私は本社へ戻る」

 あまりにもきっぱりした物言いに、ヴェルドは驚く。
「そうおっしゃいましても…」
 歯切れの悪い返事になったことは承知の上だ。
 事実上、副社長の異動に関しては社長の一存に任されている。
 社長がうんと言わない限り、この方が本社へ戻ることは難しい。
 そして、副社長の権限と策略を以ってしても動かすことが最も難しいのが社長だ。
 この二人の親子関係については、さすがのタークス主任にも理解しがたいものがある。

「もう、あれこれ選り好みはしていられない。本社で、おまえたちの傍にいられればそれで良い」
 タークス主任を見据えて、ルーファウスは続ける。
「こんなところで…おやじの目が届かないなどといってのんびりしていた私が馬鹿だった。それはそっくり逆もあり得ることなのだと、そんな事にも気付かなかったとは…我ながら馬鹿さ加減に呆れる」
 吐き捨てるような口調は彼の苦渋をなによりも雄弁に語っていて、ヴェルドは沈黙せざるを得なかった。
 ルーファウスの顔色はひどく悪く、以前から小柄だった身体は服の上からでも明らかになお痩せているのが分かる。
 まだ成長期にある少年が、こんな状態で良いわけがない。
 それがただ一人のカンパニー後継者ときては尚更だ。

 セフィロスとこの少年が性的な関係にあったことは承知していた。
 ただ、彼は目的のためならその魅力と身体を利用することをためらわなかったから、セフィロスとの関係もそれに近いものなのだろうとたかをくくっていた。
 セフィロスは神羅軍の事実上のトップだった。
 プレジデントべったりのハイデッカーを懐柔するより、セフィロスの協力を手に入れた方が間違いなく有利だ。
 いずれルーファウスがカンパニーを手にしたとき、もしくは父に対して反旗を翻したとき、軍を掌握するセフィロスは最も大きな後ろ盾となるだろう。
 そしてヴェルドは、ルーファウスが本気であることに疑いを抱いていなかった。
 カンパニー総帥の座を渇望する少年の意図にも、うすうす気付いていたからだ。

 だが、ルーファウスとセフィロスの関係はヴェルドが思っていたようなビジネスライクなものではなかった。
 おそらく、それは二人が演出した隠れ蓑だったのだ。
 本来の互いの気持ちを周囲に悟られないための。
 ルーファウスは後追いしかねないほどセフィロスの死に打撃を受けていた――と、報告にはあった。
 セフィロスの死を伝えるために遣わした部下は、5日間副社長を見張り続けたという。
 とても一人にはしておけなかったと、彼は語った。
 ルーファウスが、まだたった16であることを、ヴェルドはようやく思い返す。
 二言目には『貴方はまだ子供なのだから』と言いつつ、少しも子供として扱ってやらなかった周囲のオトナたちの筆頭が、他ならぬ自分だった。
 まだしもツォンの方が、彼の真実に近いところにいたのだと思う。
 ツォンはセフィロスを、彼のただ一人の友人だと言っていた。
 むしろセフィロスとルーファウスの間に性的接触があった故に、自分は本質を見誤っていたのだろう。

 オトナの都合を振りかざして彼の言を封じ行動を制限しつつ、本来子供が与えられるはずの庇護も慈しみも与えてやらなかったのは、プレジデントだけではない。

 このくらいは出来て当然。理解して当然。我慢して当然――なぜなら貴方は神羅カンパニーの跡継ぎなのだから。

 その期待に、ルーファウスは充分すぎるほど応えてきた。
 いつしか、オトナたちの手に余るまでに。
 彼のその努力に対する――これが見返りか。

 だが何もかも今さらだ。
 失われた命は還らない。
 それは自分も嫌というほど思い知らされてきたではないか。
 
「私に協力しろ。ヴェルド」
 反論は許さないという、強い意志の込められた言葉。
「どのようになさるおつもりですか」
「アバランチを利用する。いささか過激な方法を採るかもしれないが、私のやることに口を挟むな。時期を見て指示を出す。その時は上手くおやじを説得してくれ」
「プレジデントを…?」
「そうだ。私がアバランチと通じていることを理由に、そうだな、タークス本部にでも幽閉すると進言しろ」
「なにを…。そんな馬鹿げた事が出来ますか」
「馬鹿げている? こんな僻地にいるよりは遥かにましだ。おまえ達と日常的に接していても、余計な疑念をおやじに抱かせる危険もない。最上の策だと思うが?」
「それでも…。幽閉などという事になれば貴方の行動は厳しく制限される事になります」
「これまでとどう違う? 表向きは相変わらず長期出張中という事にでもしておけばいい。 どうせ、いてもいなくてもいい副社長だ。誰も気にしない」
「しかし」
「ヴェルド。今私に必要なのはおまえ達の協力だ。タークスの持つ情報を、誰よりも早く知りたい。セフィロスを失って、私は現在孤立無援だ。分かるだろう?」
 自らセフィロスの名を出してくるとは。
 ヴェルドはこみ上げてくる苦いものを押し殺す。
 このプレッシャーのかけ方はあまりにも絶妙だ。
 カンパニーの中にいてその地位を確立することを、ルーファウスは当面放棄したのだろう。
 これは完全に水面下に潜って行動するという選択だ。

 冷静に見れば、実際それは悪くない策かもしれない。
 少なくとも彼を常時監視下における。
 『セフィロスの死は副社長にとって後追いしかねないほど痛手だった』という部下の言を信ずるならば、彼を一人にしておくのは考え物だ。
 幸いタークスの若手は皆、彼とそう歳も違わない。
 いまさら部下と上司という関係を崩すことは難しくても、ずっと近くにいれば心を許すこともあるだろう。
 誰も、『英雄』の代わりにはならないかもしれないが、少しの慰めにはなるはずだ。
 いやむしろ――本人も気付いてはいないのかもしれないが、ルーファウス自身彼らの傍にいたいというのが本音なのかもしれない。

 そして、ツォン。

 ルーファウスは敢えてツォンとの間に距離を置いているようだが、それはプレジデントに対するデモンストレーションに近い。
 ルーファウスが誰よりもツォンを信頼していること。ツォンもまたルーファウスに対して特別な感情を抱いていることは、疑いがない。
 ツォンは、自分にとっても大切な部下だ。
 次期タークス主任として期待をかけている。
 カンパニーの中で孤立無援だと言ったルーファウスにとって、将来タークス主任はなによりも役立つコマとなるだろう。
 そう考えれば、確かにルーファウスの提案はさほど突飛ではなかった。
 もともと外出の自由など無いに等しかったのだ。
 逆にタークスの監視下に置くという建て前によって、秘密裏の行動もとりやすくなるだろう。

「承知しました、副社長。しかし、無謀な行動はくれぐれも慎んでくださるようお願いします」
「ああ。おまえもな」
 答えた顔は、久しぶりに晴れ晴れとした微笑みを浮かべていたが、その言葉はヴェルドにも謎だった。

 それが何を指していたのかは、数ヶ月の後に判明することになる。
 


end