ツォンは丁寧な手つきでルーファウスの服を脱がせていく。まずは上衣を。それからややこしい留め具の付いたベストを。そして白いシャツ、黒のシャツのボタンを全て外すと、包帯に覆われた身体が現れた。 つい先刻まで、この下にはおぞましい黒い痣が浮き出ていた。 けれど、ツォンの指が包帯を全て解いても、もうそこには白い肌しかない。 否―――滑らかな胸に刻まれたいくつもの傷痕 明らかな火傷の痕や、皮膚の裂けた痕が無惨に残されている。 いくつかはウェポンの攻撃で負った傷だ。だが残りの多くは、あの神羅軍下級将校に拉致されていたときのものだった。 ツォンはゆっくりとシャツを肩から落としながら、傷痕に口付ける。 はあ、と小さくルーファウスの息がもれた。 傷に沿って舐め上げ、薄桜色の乳首を含んで舌で転がせば、聞き慣れた、だが久方ぶりの嬌声がツォンの耳を擽った。 「…っ、ツォン…」 名を呼ぶ声に、歓喜する。 どれほどにこの時を待ち焦がれていただろう。 「ルーファウス…様、ルーファウス…!」 瘠せた身体をかき抱き、夢中で口付けた。 暖かい口内で、舌が絡み合う。巧みな口付けも、濡れた吐息も、甘い体臭も、全てがルーファウスを形作るものだ。その全てが愛おしい。 キスを交わしながら服を脱ぎ捨て、ルーファウスの欲望に手を伸ばす。 「…っあ」 びくりと反応した身体は、随分と過敏だ。彼もまたこの時を待ち望んでいたのだと思うと、たまらなく嬉しかった。 その欲望を口に含もうと身体をずらしたツォンは、だが目にしたものに愕然とした。 柔らかな内股の皮膚に残された、痛々しい傷。それは胸に残されたものより格段に酷く、ルーファウスの受けた仕打ちを明確に物語っていた。 NO ESCAPE 自失していた時間はどれほどだったのか。気づくと、半身を起こした主人が醒めた目でツォンを見据えていた。 星痕を患っていた間、ルーファウスは頑なにツォンを避けてきた。触れ合うことはもちろん、肌を晒すことすら拒んでいたのだ。それでもたまにレノやルードが包帯を交換する場には居合わせており、上半身の傷を目にする機会はあった。 しかし、下半身の素肌を見るのはこれが初めてだった。 傷のほとんどは、キルミスターに囚われていた半年の間にほぼ治癒していたのだろう。もしくはキルミスターが治療したのかもしれない。だが、傷痕を消すための積極的な形成治療は為されておらず、ここへ来てからもそれは無かった。おそらく星痕を負った身体に負荷を掛けないためだったのだろう。 だが――― 「気になるか」 冷えた声で問いかけられ、ツォンは脂汗を浮かべながらようやく返答を口にする。 「速やかにお助けできなかったことは、本当に申し訳」 「それはいい。部下の失態は即ち、上司である私の無能、ということでもあるからな。責任を負うのはおまえではなく私だ」 ツォンの言葉を遮って、ルーファウスは気怠そうに言う。 「ツォン、おまえ」 「…はい」 「ビデオは観たのか」 俯いて唇を噛んでいたツォンが、弾かれたように顔を上げた。その目に走った狼狽をルーファウスは見逃さない。 その『ビデオ』が何を指しているのか、二人の間でだけ了解できることだった。 ルーファウスを拉致監禁したもと下級将校ミュッテンが撮影したものだ。かなりの時間数に及ぶその内容は、ルーファウスに対する拷問と凌辱の記録だった。 「あれは…全て私が処分いたしました。この件には他のタークスも関わっておりません」 「それは結構」 ルーファウスはうっすらと口元に笑みを刷いた。 ツォンはぞくりと背筋が泡立つのを感じる。この表情は、危険信号だ。 「興奮したか?」 とんでもない質問に一瞬返答できない。 「…そんな…!」 からからになった喉から絞り出した声は、力がなかった。 「しないわけがないだろう? 私が主演のハードSMAVだ。しかもやらせ無しの無修正生ホンバ」「ルーファウス様!!」 この主人の、露悪的なところにはいつも困惑する。端正な顔、怜悧な表情、とびきり優雅な仕草で、紡ぐ言葉がこれだ。 だがルーファウスが茶化してみせたビデオの内容は、そんな生易しいものではなかった。もちろん、ツォンはそれを全て見ていた。 吐き気がするほど酷いものだった。 ミュッテンが生きていたなら、自分の手で八つ裂きにしてやりたいと真剣に思った。 それでも――― それでも主人の言ったように、劣情を催さなかったと言えばウソになる、のだ。 《ミュッテンXルーファウスの凌辱ビデオの内容》 喘ぎと悲鳴。 苦痛と快楽に顔を歪め、身体を痙攣させる。 涙すら浮かべて懇願し、悶えるその様子の、どこまでが演技でどこまでが本音なのか、ツォンにすら分からない。 そしてもっと悪いのは―――全て演技だとしてもその罠に落ちてしまいたいと、そう思わせることだ。それがルーファウス神羅という男の本質なのだ。 あの思念体を手玉にとって見せたときも、そうだった。手元にジェノバを隠し持ったまま、彼らと対峙するなど無謀にも程がある。だがそれを易々とやり遂げてしまうのがルーファウスだ。思念体は、ジェノバの存在に気づかなかったのではない。気づくことができなかったのだ。それはまったく違うことだった。 ミュッテンがルーファウスに溺れていく様が、ツォンにはよくわかった。 やはり本人は気づかなかったろう。 だが、その凌辱の場を支配しているのはすでに、犯されているはずのルーファウスの方だった。 ルーファウスがミュッテンへの指示に忍ばせたメッセージは、確かにタークスに伝わった。 ただ、間に合わなかったのだ――― 「もう少し時間があったら、あの男を思い通りにさせられたろうにと思うと、いささか残念ではあるがな」 浮かべる笑みは、酷薄で悪辣で、どこまでも美しい。 「まあその前に仲間割れで殺されていたのではな。操る価値もない―――というところだ」 僅かの時間差で、ミュッテンは仲間であったはずの男に殺され、ルーファウスはキルミスターの手に落ちた。 そしてようやく救出されたのは、半年後のことだった。 「ツォン、おまえもあの男のようにしてみたいだろう?」 そう言ってルーファウスは唇を舐めた。ピンク色の薄い舌が淫らに誘う。 「この私に―――ああいうことを…」 自分の心臓の音が、部屋中に響いているのではないかとツォンは思う。動悸の激しさに、目眩いがしそうだ。 「もちろん、そんな事はさせてやらない」 ルーファウスは笑う。かろやかに。世の全てを睥睨するようなその視線をツォンに向けて。 ツォンはただ、それに見とれる。 返答を求められていないことは、分かっていた。 「だがおまえに激しくされるのは嫌いではない」 ルーファウスの笑みが柔らかく崩れる。 差し伸べられた手が、ツォンを招いた。 「来い、ツォン。早くおまえのそれで私の中をいっぱいにしてくれ」 いつの間にか痛いほどに勃ち上がっていたモノを指し示されて、ツォンは羞恥を覚える。だが、そんな感情は些細なものだ。 全てを凌駕してツォンを支配するのはルーファウスへの思いだ。 「ルーファウスさま」 その手を取り、恭しく口付けて、それからツォンはルーファウスの身体をベッドへと押し倒した。 「早く、ツォン、すぐにおまえを感じたい」 「ルーファウスさま…」 開かれた脚の片方を抱え上げ、手早く手に取ったジェルを己のモノに塗りつけてツォンはそのままルーファウスを貫いた。 「はっ、あ、ぁあああっ」 きつく閉じたそこは、容易く受け入れない。もう2年近く開かれることもなかったのだから仕方ないのかもしれないが、押し広げられる痛みがミュッテンの行為を思い出させて、身体が竦む。 頭はこの行為の快楽を覚えているのに、身体の方は恐怖を感じているらしい。 その乖離に、ルーファウスは苛だった。 ツォンは、ルーファウスの身体が必要以上に強張っていることに気づいた。 僅かに迷う。 しかしここで引けば、主人の機嫌を損ねることは確かだ。気遣う言葉さえ、拒否されるだろうことは分かっている。そのくらいには長い付き合いになった。 思い切って、抱きしめた腕に力を入れ身体を引き寄せる。 「ああああっ」 一気に最奥まで押し込まれた衝撃に、ルーファウスは仰けぞった。高い悲鳴がためらいなく放たれる。 そのままツォンが動き出すと、いやいやするように首を振り、ツォンの胸に手を着いた。押し退けようとするように突っ張るが、そんな弱い力ではなんの抵抗にもならない。 「やっ…ああ、」 まるで息ができないとでもいうように喘ぎ、見開いた眼はツォンを見てはいない。それでもなお強引に奥をえぐるように動くと、ルーファウスは身体を精一杯捩って叫んだ。 「あ、ああ、いや、…いやだっ!!」 眦を伝って涙がこぼれ落ちる。 普段の彼からは想像もできない姿だった。 「大丈夫です、ルーファウス様。大丈夫。貴方はここにいる。私の腕の中に」 抱きしめる力のまま唇を重ねた。 『嫌だ』と――― 初めて聞いた言葉だった。 どんなにか、そう言いたかったろう。 あの録画の中でも、彼は一度もその言葉は口にしなかった。 悲鳴を上げ、喘ぎ、許しを請うことをしても、その言葉を口にすることはなかったのだ。 それは、拒否と敗北を意味する言葉だったからだ。 微妙なかけひきの中で、ルーファウスは常にミュッテンを許容し優位に立つことを続けてきた。そのために払われた努力と犠牲はどれほどのものだったろう。 自らの身体も、命さえも、ルーファウスはかけひきの材料として使ったのだ。 だから――― 重ねた唇からようやく力が抜け、ツォンを受け入れる。舌を絡め、吸い上げ、優しく背を撫でる。長いキスの後、 「もう、大丈夫です」 じっと顔を見つめて囁くと、薄く瞳が開いた。 はあ、と吐息がもれる。そしてやっと口にした言葉は、 「いや、ではない…」 どこかきまり悪げな口調に、ツォンは微笑んだ。 「わかっています」 根本まで収めたままのモノをゆっくり揺すると、ルーファウスの頬に赤味が差した。 美しい――― あの男も、この方の顔を傷つけることはしようとしなかった。いや、ウェポンの攻撃時でさえ、顔に傷を負うことはなかったのだ。 星の怒りは、この方の命を奪うことも顔を傷つけることもしなかった。 本当は―――貴方はこの星に愛されているのだ。だから星は貴方の要請にこたえて奇跡の水を、エアリスの意思を遣わした。 ―――貴方は決して信じはしないだろうが――― 神羅の裔に生れたことは、貴方の咎ではない。 美しく聡明な指導者は、我々の誇りだ。 そして――― ほんとうは生真面目で不器用で愛らしい貴方は、私の誰よりも大切な人だ。 「愛しています、ルーファウスさま。ずっと、ずっと貴方が欲しかった」 抽送を繰り返しながら、ルーファウスのモノを優しく愛撫する。 「わたしも、だ。…ツォン」 荒くなってくる息にかき消されそうな呟き。 「おまえと…こう、したかった…ずっと、ほんとうは…あぁ…悦い…そこっ」 「達ってください。貴方のイく顔が見たい」 「あっ、ツォン、ああああっ」 奥を強く突き上げながら扱く手に力を込めると、ルーファウスは喬い声を上げ、あっけなく果てた。 ルーファウスは病み上がりで、ツォンはまだ満身創痍という状態だ。それでも求め合うことをやめられない。 それは、二人がここに今生きてあることを確かめ合う行為だった。 やがてルーファウスはぐったりとベッドに沈んだまま寝入ってしまった。 傷の痛みを堪えながらも、その寝顔を見てツォンはこの上ない歓びを感じる。 やっと貴方がこの腕に戻ってきた。 凌辱者の手からも、おぞましい黒い染みからも解放されて。 どんなにこの日を待ち焦がれたか。 今夜は貴方の横で眠ろう。そして目覚める朝は、きっと今までで一番美しい朝だ。 その夜、ふと目覚めたルーファウスは、傍らに眠るツォンの傷だらけの顔を見て小さく微笑んだ。 もしツォンがそれを見たなら、一生分の幸運と引き換えても良いと思ったかもしれない。 そんな暖かく幸せに満ちた笑みだった。 END |