「まだ他に何か、おありですか。わたくしを拒む理由が?」 はっきりとそう言われて、ルーファウスは途惑う。 問われて答えられる理由があれば、最初から口にしている。 頬に触れるツォンの手を押さえる。大きく、温かな手。 この手が―― この手があの女を殴った―― 「…んなを…」 掠れた小さな声に、ツォンは耳を傾ける。 「なんでしょうか?」 そんな事にはまったく思い至らぬ調子で返され、ルーファウスは思わずもう一度ツォンの手を振り払った。 「女を殴った手で私に触れるな!」 ツォンの眉が僅かに顰められ、苦いものを噛んだような口調で応えが返った。 「ご覧になっておいででしたか」 「あたりまえだ」 「そう…ですね。無様なところをお見せしてしまった。あまりにもエアリスが頑なで」 ぴくり、とルーファウスの頬が引き攣る。 「言い訳はいらん」 エアリス―― そんな名だったか。あの古代種の女は。 ツォンの口から発せられた、その親しげな響きすら持つ名はますますルーファウスを苛だたせた。かといって、それをどこにぶつけるわけにもいかない。 「もういい」 投げ出すように言って、踵を返した。 そのまま出て行こうとするルーファウスの腕をツォンが捉える。 「何をそのようにお怒りですか」 ツォンの冷静な声が、ルーファウスの激情を誘った。 「うるさい!」 腹が立つ―― この男にも、自分にも。 「ルーファウス様」 腕を引かれると、容易く身体は男に抱き込まれた。 ほとんど力を入れていないように見えて逆らうことができないのは、特殊な技能の成せる技だ。 「…くっ」 ルーファウスはもがき、逃れようとするが、ツォンにはそれを許す気はさらさら無いらしい。しばし無駄な努力をした挙句、ルーファウスは身体の力を抜いた。 「放せ」 「もう、お逃げになりませんか」 見上げたツォンの顔は、微かに笑っている。 「逃げたつもりなど無い」 「あの時も、こうしようと思えばできました」 「なんの話だ?」 ルーファウスは胡乱な目をツォンに向ける。 「エアリスを、こうして拘束することが」 はっ、と思わず息を呑んでしまい、ルーファウスはすぐ失敗したと思う。ツォンはますます笑みを深くした。 「けれど、貴方以外の者をこの腕に抱きしめることは、できなかった。だから、思わず手が出てしまったのです」 「ばかな…ことを…」 視線を外らし、ルーファウスは呟く。 「あれではまるで…タークスがならず者の集団のようではないか…」 「申し訳ありませんでした。貴方のお気持ちも考えず」 「なんだそれは」 「少しは妬いて下さったと、己惚れてもよろしいのでしょうか」 「この…っ」 ルーファウスの手が空を切る。 「避けるなっ!馬鹿者っ」 「殴られて差し上げてもかまいませんが、それよりも」 ルーファウスが言い返す間もなく、ツォンの口唇が下りてきた。 息を継ぐ間もない深い口付け。そして身体をまさぐられ、性急な手が衣服をゆるめる。 「やめ…ろ」 「止められません」 怒りも羞恥も、ツォンの愛撫に押し流されて行く。 「ルーファウスさま…」 繰り返し名を呼ぶ声を耳元に聞きながら、ルーファウスは快楽の頂点へ駆け上がる。 その眦に浮かぶ涙が、歓喜ゆえのものかそれ以外の理由なのか、もうルーファウスにも分からなかった。 END |