誘 惑


 モニタに映し出されているのは室内らしいが、ノイズだらけの上カラー情報がほとんど失われてモノクロに近い。
 音声も雑音が多く聞き取りにくい。
 よほど条件の悪い場所に送信機が置かれているのだろう。
 それを観ている目は四つ。
 一人はただ眺めているだけだが、もう一人は関心なさげな様子とはうらはらに、感情のたかぶりが瞳にちらつく。

「レノ…」
 ドアの開く音とともに、画面中央に居た人物が移動した。
 姿がフレームアウトし、声だけが辛うじて聞こえる。
「遅かったな」
「副社長と違ってオレ達は外勤が多いんだぞ、と。いつでもすぐ来られるわけじゃないんだぞ、と」
「まあいい。それより…」
 ざあざあいう雑音の合間に、笑い声が混じる。
 相変わらず、画面には置き去りにされたノートPC以外のものは映っていない。

「もう少しなんとかならんのか、この画面は」
「交信状態が悪いもので。距離もありますし。なにより副社長が用心深くおなりで、これを仕掛けるのが精一杯でした」
「ふん、そのためにタークスがせがれに近づくのを許しているというのに。役にたたん奴らだ」
「ご心配なら遠方になどやらずお手元に置くことです」
「あいつが本社内で好き勝手するのを放っておくわけにはいかん。一般社員に手を出すなど…しかも男にだと」
「女性問題は煩わしいと言っておられました」
「ばかばかしい。あれは単なるワシへの当てつけだ」
「あの件では、社長もお戯れが過ぎたのでは?」
「差し出がましいぞ、ヴェルド。おまえは命令を遂行していればよい。もう下がれ」
「はっ」
 
 タークス主任が去った後も、プレジデントはモニタを見つめている。
 息子の姿は映らないが、時折聞こえる嬌声で、何をしているかは明白だった。
 長期出張という名目で本社を追い出してから、息子はほとんど連絡をしてくることもない。
 こちらから連絡を取れば、仏頂面か嘲笑を見せるだけだ。
 その笑顔はもう久しく自分に向けられることはなかったが、それでも本社内にいたときは社員達に見せる姿をしばしば見かけた。
 それもまた、不安材料ではあったのだが。
 息子が本社内で必要以上に力を得ることを、プレジデントは惧れていた。

 まだ早い。
 まだ、自分の計画は完成されていない。
 息子に譲り渡すべき神羅カンパニーは、微塵の傷もない完璧なものでなくてはならないのだ。
 裏帳簿を覗かれたのは失敗だった。
 それは息子に無用の不安を抱かせ、会社と自分への不信を募らせた。
 だが、そんな負債などじき無かったことにできる。
 それだけの権力を、カンパニーは手に入れるのだ。
 ただおとなしく待っていれば、世界の覇権をその手に握らせてやろう。

 ――愛しいルーファウス。誰がなんと言おうと、
       おまえだけが私のただ一人の後継者だ――


「今頃おやじはやきもきしているだろうな」
 レノの耳元に唇を寄せて、ルーファウスは囁く。
「副社長も趣味が悪いんだぞ、と」
「フン、せいぜいむかついていればいいんだ。私をこんな僻地に追いやって安心したつもりだろうが、そうは問屋が卸すか」
「そんな色気のないセリフばかりじゃ、つまらないんだぞ、と」
「じゃあせいぜい君から愛の言葉でも囁いてくれればいい。そうしたら私もお愛想くらいサービスしてやるぞ」
「はいはい。そうさせてもらいますよ、と」
 レノはルーファウスの背に廻した腕を滑らせ、小さな尻を手のひらに収める。
「あんたの声が好きだぞ、と。副社長。いい声を聞かせてくれよ、と」
 首筋にキスを落としながら言うと、ルーファウスは身体をよじって笑い声を上げた。




end