原作を強力に補完する試み
無謀な挑戦(笑)
翼無き者達の行方−終わりの始まり
1
「なんだ、これは」
モニタに浮かんだ数字の羅列を素早くスクロールしながら、ルーファウスは眉間に皺を刻む。
苦労の末、アクセスしたファイルだ。
副社長という肩書きはもらっても、実質ルーファウスにはほとんどなんの権限もない。
『まずは会社の概要を知ればよい』
それがプレジデントの指示で、ルーファウスは社内をたらい回しにされながら、
『なんだってこんなガキが職場をうろついてるんだよ、迷惑だったらありゃしない。ああ、さっさとどっかへ行ってくれないかな。でも、ご機嫌を損ねたら大変だ。部長の首が飛ぶかも。ついでに俺も』
という社員達の心の声を聞かされる毎日だ。
それはまあいい。
実際に業務の実態をこの目で見ることは、役に立つ。
社員達に煙たがられるのも仕方ない。
どう頑張ったって自分はまだ14才のガキだし、それがいきなり『副社長』ですなどと言われても納得できないのは当然だろう。
だから極力邪魔をしないよう、迷惑にならないよう、おとなしくしているつもりだ。
業務の内容を知りたいわけじゃない。
そんなものは資料を見ればわかる。
けれど、最終的にそこで働いているのは人間だ。
人間が動く場所には、数字だけでは割り切れないエネルギーが働く。
それが見たかった。
だから、そのこと自体は父の配慮に感謝してもいいくらいだと思う。
しかし――
知りたい業務内容の方に、がっちりガードがかかっているのはどういうわけだ。
そちらも、名前だけの副社長には見せられない、ということか。
ルーファウスのIDならば、一応会社のトップから末端に至るまで、全てのファイルにアクセスできる。
だから最初は気づかなかった。
働く社員達を見ながら、フロアの隅に与えられたデスクで業務内容の確認をするうち、何かがおかしいと気づいたのだ。
どこかに微妙な齟齬がある。
難しい顔でモニタを眺めている副社長――どう見ても『ちゅうがくせえ』だ――に、社員たちは彼が自分たちの勤務評定でもするために送り込まれてきたのじゃないかと、疑心暗鬼を募らせていたのだが、ルーファウスの気がかりはそんなところにはなかった。
どう考えても、数字が合わない。
どうして誰も気にしないのだろうか。
もちろん、合わないのは帳簿だ。
神羅カンパニーは、エネルギー部門を中心に厖大な部署を抱える巨大コンツェルンだったから、経理と一口に言ってもこれも膨大な数だ。
いくつめのフロアだったか。
ルーファウスの直感は確信に変わった。
どうしても、見なければならない。
その、どこかにあるはずの裏帳簿を。
最初に考えたのは、父のIDでアクセスすることだ。
だが、もちろんそのガードは半端ではなかった。
そもそも社長室にすら滅多に入れてもらえないのだ。
IDは、生体認証を含むいくつかのキーで作られていて、簡単にコピーすることはできない。
ルーファウスは早々にその案を却下した。
次の案はハッキングだ。
しかし、そう易々とハッキングを許すようでは、神羅のセキュリティも地に落ちたものだ。
残念ながらルーファウス程度の技術では、そこまで入り込むことは到底できなかった。
では。
と彼は考える。
一番セキュリティの頑丈な場所から入り込もうというのに、無理があるんじゃないだろうか。
セキュリティは、上に行くほど厚くなる。
だとしたら、入り込むなら下からだ。
ルーファウスは方針を変えた。
帳簿はどこの経理にもある。
だとしたら、裏帳簿だって各々が作っているはずだ。
同じ数だけ存在するのだから。
今ルーファウスがいるのは、資材部のフロアだった。
ここの部長はゲイだという話だ。
それは利用できるかもしれない、とルーファウスは思う。
女性の部長の方が良いような気もしたが、女性相手だと後々話がややこしくなる可能性もある。
セクハラ、とか言われるのは心外だ。そういった風評が流れることも避けたい。
男の方が簡単か。
別に寝るわけじゃなし、ちょっと色仕掛けというヤツを試してみるだけだ。
男相手ならば、自分は子供で絶対的にこっちが有利だ。
方針が立てば、後は実行あるのみ。
副社長は、さほど扱いにくい人物ではないと、その頃には評判は定着していた。
たいていはフロアの隅でおとなしくしているし、聞きに来たことに答えていればご機嫌だ。
たまに食堂やカフェに――なにしろまだ14才だから、呑みに、というわけにはいかない――誘ってやれば喜ぶ。
要するにお子様だ。
そんなおとなしいお子様だったはずの副社長が、どうもこのフロアに来てから様子が違う。
うろうろと室内を歩き回り、部長のデスクに近寄っては、覗き込む。
何やかやと細かく質問し、部長の答えにいちいち嬉しそうに頷いている。
いったいこれは何事か。
フロアの社員達には、不可解だ。
しかし副社長だということを除けば、この子供はたいそう可愛らしい。
鮮やかな金の髪、深い蒼の瞳、まだ幾分高い声。軽い足取り、しなやかな細い指で髪をかき上げる仕草も優雅だ。
そんな存在が勤務時間中に職場をうろうろすれば、どうなるかは目に見えている。
女性社員の目のみならず、多くの目が引かれる。
浮わついた雰囲気がフロア全体に流れ、気持ちがルーズになる。
ルーファウスは機を読んでしっかりそこに付け入った。
自分のPCを部長のものとリンクしておいて、部長のIDで特に機密ではないファイルにアクセスするのを見せてもらう。
わざと顔を寄せたり肩にしなだれかかったりして、怪しむ隙を与えないようにしながら、上手く接続を繋いだまま自分のノートをデスクに持ち帰ることに成功した。
当の部長は、よもや副社長が産業スパイもどきのことを仕掛けてくるとは考えもしない。
ルーファウスが疑われる可能性は、限りなくゼロに近かった。
これも前もって嗅ぎだしておいたいくつかのパスワードを使って、その夜ついに裏帳簿にアクセスした。
実のところ、神羅カンパニーは税金を支払っていない。
かつては払っていたのだが、払うべき国家が弱体化してしまったために、現在はほとんど払っていない状態なのだ。
だから、この二重帳簿は税金対策のためではない。
だとしたら、なんのために?
おそらくほぼ全部の部署でこうした行為が行われているものと、ルーファウスは見ていた。
ならば、個人的な使い込みなどは考えにくい。
やはり全社を挙げて行っていることなのだ。
じっくりと数字を検討する。
一つ一つの数字は、些細な差しか無い。
全体を合わせても、そう大きな額にはならないだろう。
だからこそ、おそらく社員達はこれに気づいても
『このくらいどうってことない』
と見過ごしているのだ。
『ちょっとした帳尻合わせだ』
と。
だが、これは資材部のごく一部の帳簿なのだ。
これが全社にわたって行われているとしたら、その額は目眩いがするほど巨額になるだろう。
ルーファウスはひたいを抑える。
自分の推測が正しいなら、事態は相当に深刻だ。
そう。
二重帳簿は、粉飾決算によって巨額の赤字を隠すためのものだったのだ。
その夜、さすがにルーファウスは眠れなかった。
盤石の基盤の上に築かれていると思っていた会社は、中に入ってみればシロアリの巣だった。
父が誇らしげに自分にくれると言ったものは、世界を支配するシステムではなくて頂きも見えぬ借金の山だったのだ。
ため息をついたらいいのか、泣きたくなるのか、バカバカしくて笑えるのか、なんだかよくわからない。
ここは副社長なんてつまらない肩書きはさっさと放り出して、いちぬけたーと転職を考えるのが正しいんじゃないだろうか。
そうできたら、どんなに良いだろう。
できはしないのだ、ということは自分が一番よく知っている。
ここを逃げ出して、行く所なんか無い。
自分は『神羅』という檻に閉じ込められているのだ。
生まれたときから――。
――おそらくは死ぬときまで。
それなら、なんとかこの事態を好転させるよう努力するしかないじゃないか。
神羅を潰すわけにはいかない。
今そんなことになったら、世界は大混乱だ。
困るのは、社員だけじゃない。
それならば――
自分にできることがあるなら、何でもやろう。
そう。
それしかない――
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