PRESIDENT


 ノックをして部屋に入ると、正面にある大きな窓のブラインドが全開になっていて、水平線の向こうに沈み行く太陽の毒々しいまでの真っ赤な光が空全体と同時に部屋中をその光の色に染め上げていた。
 急激な眩しさに思わず手を翳して目を細めたツォンは、窓辺に佇む影に向かって声をかけた。
「ルーファウス様?」
 呼ばれてゆっくりと振り向いた男の表情は、逆光になっていてよく見えない。しかし、纏う空気は決して穏やかなものではなく、それどころかぴりぴりとしたものを漂わせている。
 張り詰めた糸が今にも音をたてて切れそうな緊張感に、ツォンは我知らず背筋を正した。
 ツォンを見据える男が、静かに口を開いた。
「社長、だ」
 言われた言葉の意味を掴みかねているのが伝わったのか、ルーファウスは凭れかかっていた窓枠から立ち上がり、大きなマホガニーのデスクをぐるりと回ってツォンの方へゆっくりと歩み寄ってきた。彼が近寄るにつれ、シルエットでしかなかった姿が次第にその輪郭をはっきりとさせる。


********************


 やや細身の体つきをした青年の白いスーツ姿はすでに見慣れたものだ。ほんの少し前までは彼は巨大企業・神羅カンパニーの副社長だった。もっともその肩書きはただのお飾りに過ぎず、神羅の跡継ぎであるということを周囲に知らしめるためだけのものでしかなく、実権はすべて父親であるプレジデントが握っていた。しかも数ヶ月前まではその父親の指示によりタークスによって4年もの間、軟禁状態にあったのだ。
 将来の支配権を約束されながらも、外界から隔絶された環境で少年から青年への過渡期を過ごしたルーファウスを、ツォンはずっと見てきた。それは自分がタークスのリーダーであるということもあるが、ツォンの個人的理由によるところも大きかった。
 ここ数ヶ月の間に、神羅カンパニーにとって大きな事件が続いた。フヒトをめぐるアバランチ事件がようやく解決したと思ったら、息つく暇もなく次にはその残党と思われる一団によるミッドガルの壱番魔晄炉を爆破、そして実験施設にいたジェノバの脱走、死んだはずのセフィロスによるプレジデントの殺害。次から次へと起こる事件の処理に、タークスであるツォンはもちろん、ルーファウスも多忙を極めていた。
 ルーファウスは混乱に乗じて社長に就任した。華美な式典を好まないルーファウスは「そんなことに時間を費やしている暇は無い」と就任式こそ行わなかったが、その地位を手に入れたこと自体にはひどく執着していた。
 様々な作業に忙殺されながら今日までを過ごした。セフィロスを追って船を出すべく訪れたここジュノンは軍事拠点となっている街で、ルーファウスに取り入りたいハイデッカーは派手な歓迎式典を予定していた。ルーファウスにしてみればジェノバ・セフィロス・クラウド一行と、追わなければならない獲物をなかなか見つけることができないことに焦りを感じてはいたものの、新社長としてのアピールはしておきたいところだったので、渋い顔をしつつもパーティの開催と出席を認めたのだった。


************************


 暗さに目が慣れてきて、近づくルーファウスの顔が次第にはっきりと見えてくる。
 端正な造作をしたその顔には、望んでいたものを手に入れた喜びも、先が見えないことによる不安も見えない。少年期に残していた幼さの欠片すら、今はもう残っていない。
 大きな野望―――一般人がそれを望んだとしたならあまりにも身のほど知らずと笑われるであろう大きすぎるほどの野望をかなえるだけの力を持った、それに向かうだけの力を備えた、ひとりの青年の顔だった。
「ルーファウス様じゃない。社長と呼べ。ツォン」
 挑みかかるようにツォンを見上げるその瞳は、普段見慣れた色素の薄い青ではなく夕陽の赤を映している。それはまるで、彼のうちに潜む焔の色を映し出すかのようで。ツォンどころか、世界のすべてをその焔の中に呑み込んでしまいそうなほどに熱く盛っている。
 獰猛な肉食の獣にも似た圧倒的な力が、この場の主導権をルーファウスのものにしていた。年齢でも、経験値でもない、タークスとして数々の修羅場を乗り越えてきたツォンにすら持ちうることのできない絶対的ななにかを、ルーファウスは己の武器として心得ていた。
 青い双眸に射竦められて、ツォンは全身を緊張させた。背中に冷たい汗が流れる。幼い頃から見知ったはずのルーファウスの顔が、自分のまったく知らない男のように見える。
 否。
 自分は、この顔を知っているはずだ。つい先頃セフィロスの刃に斃れた前社長・プレジデントが、たびたびこのような表情を見せてはいなかったか。そして、いずれはその手にすべてを手に入れられることを約束されながら、時が至らないことを理由になにも与えられることのなかった幼いルーファウスがそれを見せつけられて悔しさに唇を噛みしめる姿を何度見たことか。
 あのときのプレジデントの顔。そして、それをようやく我がものとすることのできた今のルーファウスの顔。
「社長……」
 ツォンの口から出たその言葉は、プレジデントを指していたのか、それともルーファウスに急かされて出たのかはわからなかった。だが、ルーファウスは満足そうに口の端だけで笑い、すいと身体を返して机のそばに寄った。
「出航の準備は順調に進んでいる」
 机の上に置かれた報告書の一通を手にとり、パラパラとめくりながら、まるで世間話でもするかのように言葉を紡ぐ。
「セフィロスの行方は?」
「全力で捜索中です」
「たまには他の答を聞きたいものだな」
「申し訳ありません」
 言葉が表面を上滑りしていく。
「アバランチの残党を名乗るヤツらには」
 ぱさりと書類を放り出し、ルーファウスは再び窓の外へ視線を向けた。
 水平線の彼方にその姿の半分以上を隠した太陽は、その色を刻々と変えながら、同時に空の色をも小刻みに塗り替える。夕闇に染まり始めた窓は、僅かな明かりの灯るこの部屋の風景をおぼろげながら映し始めていた。そして、ガラスのすぐそばに立つルーファウスの表情も。
「これ以上、何も渡さない」
 強く、きっぱりと。それは囁きとも思えるほど小さかったにも関わらず、凛とした低い声は確かに部屋中にその意志を響かせた。
「すべて私のものだ」
「ルーファウス様……」
「社長、だ! 親父が死んだ今、この神羅カンパニーの社長は私だ。この会社は私のもので、神羅が支配している世界はイコール私のものだ!」
 ツォンの言葉を遮り、湧き上がる怒りの感情を隠すことなくルーファウスはまくし立てた。勢いは言葉だけに留まらず、振り上げた平手をバン!と窓ガラスに叩きつけた。防弾加工を施されたガラスは派手な音を立てただけで、生身の人間の手に叩かれたぐらいではびくともしない。
「社長だ、ツォン。社長と呼べ」
 激昂を顕わに、立ちつくすツォンの元へ大股に近寄り、タイごと胸倉を掴み寄せて強引に自分の方へと顔を近づけさせた。後ろに撫で付けられた金髪が勢いで乱れ、興奮で上気した頬が僅かに赤い。今はもうその瞳に夕景を映してはいないはずなのに、ツォンには燃え盛るような焔が確かに見えたような気がした。
「神羅も、世界も、すべて私のものだ。親父のものじゃない。神羅の社員も、兵士も、ソルジャーも、タークスも、すべて、だ。私の前に跪き、私に忠誠を誓え。世辞もおべっかもいらない。欲しいのは、すべてだ」
 ぎらぎらとした青い目が、ツォンの黒い瞳を射る。挑むように紡がれる言葉の一つ一つが凶暴な刃となってツォンの胸を抉る。
「いずれはおまえのものだと言われながら、なにひとつ私の思い通りになどならなかった。何も与えられず、かといって何かを欲することも許されなかった。親父が死ぬまで、私には何も無かったんだ! 何も、何も持っていなかったんだ!!」
 知っている。そんなルーファウスを、ツォンはずっと見てきたのだから。
「それが、ようやく手に入ったんだ。このときをどんなに待ったことか。だのに、あのアバランチのヤツら……クラウドとかいったか、あの元ソルジャーは……ヤツらはまた私から神羅を奪おうとしているんだ」
 ツォンの襟元を握り締める手が、小刻みに震えている。
「セフィロスには感謝しているさ。親父を殺してくれた。だが、その代償はなんだ? 私はそれを望んだが、セフィロスに頼んだわけじゃない。なぜ支払いなどしなければならないんだ!」
 力を緩めない爪が青白い。
「私はこの手に! すべてを握ったはずだ! もう誰にも邪魔されない。神羅カンパニーは、神羅が支配する世界は、すべて私のもののはずだ!!」
 怒りとも悲痛とも取れる叫びが、部屋に響く。
「ツォン、おまえも」
 興奮で肩を荒く上下させていた青年が、それでも平常心を取り戻したフリをして、胸倉を掴んだ手をぐいと己の方に引き寄せ、あらためてツォンの目を覗き込んだ。
「私のものだろう?」
 そうして。
 噛み付くように施される接吻けに、2人の歯がぶつかり合って硬質な音を立てる。ルーファウスはツォンの唇を荒々しく貪り、ツォンはそれをされるに任せた。唇と舌を動かすのに忙しく、処理を後回しにされた唾液がルーファウスの口の端から流れ落ち、首筋を伝う。
 ツォンは目の前の青年の身体に腕を回そうとして、それをやめた。彼が望んでいるのは優しい抱擁ではない。
 だが、その一瞬の躊躇いが伝わったのか、つと唇を離したルーファウスが満足そうに微笑んだ。
「そうだ。それでいい」
 そう言うと、服を掴んでいた指を離し、両腕をツォンの肩に回して上体を自分の方へと寄せさせる。
「おまえを寄越せ」
「お望みのままに」
 再びの激しい接吻けに、ツォンは今度はルーファウスの腰に腕を回してきつく抱きしめる。それは優しさでもましてや愛でもなく、ただひたすらに本能を助長するだけの。
 若い支配者はそれに抵抗することなく、むしろ歓喜に震える身体を隠すこともせず、ますます強く男を貪リ続けた。


**************************


 何もなかったかのように身体を離すと、ルーファウスは軽く着衣を整え、胸を張った。
「さあ、行こうか。神羅の新社長の歓迎式典の時間だ」
 今はすっかり陽の落ちた薄闇の部屋の中で、ルーファウスの金髪と服の白がぼんやりと浮かぶ。
 しかしツォンは、ルーファウスの蒼い瞳が、その裡に燃える焔を映し出す唯一の出口であることを知っている。冷酷なアイスブルーでありながら、近寄るものすべてを燃やし尽くすかと思わせるほど熱い赤。

「セフィロスも、テロリストも、古代種も、約束の地も、すべて我々が探し出して捕まえてみせます。ルーファウス……」
 社長、と続けようとしたツォンの唇が、再びルーファウスに塞がれる。今度は軽く、触れるだけの接吻け。
「期待しているよ、タークスのツォン」
 そう言って笑うルーファウスは妖艶で、けれどはっきりと支配者の顔をしていた。





ルー様は女王様襲い受けです。でもこの場合はちゅー止まりでえっちまではしてません