pure soul



「ルーファウス」
 呼びかける声に、ルーファウスは目を丸くして立ち上がる。
 名前で彼を呼ぶ者、まして敬称を付けずに呼ぶ者は、この広い世界にたった二人しかいない。
 その一人はルーファウスが最も厭わしく思う人物で、もう一人は最も惹かれている人物だ。

「セフィロス」
 両手を拡げ、翳りのない笑みを見せて歩み寄る姿は、セフィロスさえも魅了する。
 少年と言うほど幼くはない。だがまだ青年と言うには華奢に過ぎる。
 明るい金色の髪、澄んだ蒼い瞳。端正な顔に浮かぶ笑みは冷たい印象をやわらげている。

 この聡明で優美なプレジデントの後継者は、今現在カンパニーに飼い殺しにされていると言っていい。
 副社長という並ぶ者無き地位を与えられていながら、その手にはなんの実権もない。
 本社を追われ、この辺境の、支社というよりは獄舎といった方が相応しい場所に封じられている。
 重役会議にすら通信での参加しか認められず、最も重要な事項の決定は決して彼に知らされることはない。
 与えられる仕事は、さして重要でないが山ほどある決裁の処理だ。
 それは副社長がカンパニーに在籍していることを示すためだけの業務だった。
 甘んじてその処遇を受け入れながら、ルーファウスがその裏で何を画策しているのか、セフィロスはその一部しか知ることはない。
 だが、彼が最も信頼し、その計画の一端を任せようとする者の一人がセフィロスであることは間違いなかった。
 現に先日も、彼がその活動に加担している反神羅テロ組織の行動を上手く妨害してくれと頼まれたばかりだ。
 ここのところルーファウスはそのテロ組織を使って色々と画策することに力を入れているようだった。
 ジュノンでの攻防も、本社内にモンスターが放たれて騒ぎになったことも、もとはといえば彼の仕掛けだ。
 父親に怪我を負わせることも平然とやってのけ、
『神羅の経理は能なしだ。15の子供にもばれるような裏帳簿しか作れない上に、巨額の横領にも全く気づかない』
 といって笑ってみせる。
 彼はかすめ取ったその資金を、テロ組織に流す以外にも多くのことに使っているようだったが、それはセフィロスの関心の外だ。
 つまらぬパワーゲームに興味はない。
 ただ、ルーファウスがそれに興じている様を眺めているのが好きなだけだ。
 愛らしい恋人の酷薄な笑みは、セフィロスを楽しませる。
 出会った頃は愚直なほどに純粋だった少年は、無慈悲でしたたかな支配者へと変貌を遂げつつあった。
 その変化を、セフィロスは愛した。
 生れながらにして絶大な権力をその手にすることを約束された子供は、他者をはるかに陵ぐ異能を持って生まれた自分と重なるものがあった。
 他の誰とも分かち合えぬ孤独の一端を、二人だけが分かり得たのだ。

 ルーファウスは腕を伸ばしてセフィロスの背を抱く。
 軽く背伸びをして頬に唇を寄せた。
 挨拶の小さなキス。
 この部屋が監視されていることは承知の上だ。
 セフィロスと自分の親しい関係は、見せつけておく価値がある。
 そのまま二人でカメラの死角へ移動する。
 その位置ならば音声もほとんど入らない。
 
「どうした? 君がここへ来るなんて」
「迎えに来た」
「迎え? どこへ。そんな予定は聞いていないが」
「明日はジュノンで観閲式がある」
「ああ…。だが私は列席せよとは言われていない」
「副社長が出席しなくてどうする。社長にはそう要請した。そもそも軍は社長よりはおまえ寄りだ」
「嬉しいことを言ってくれる」
「あたりまえだろう。あのハイデッカーの下で納得できるヤツがいたら、お目にかかりたい」
「あはは」
 ルーファウスは声を立てて笑う。
「タークスもそう言っていた」
「奴らもジュノンではさんざんだったようだからな。私が詰らぬ策略にのってやったのも、おまえのためだと思えばこそだ」
「感謝しているよ。セフィロス。さっさとあいつ等を始末して、神羅を手に入れよう。…君と二人で」
 伸び上がって英雄の肩に腕を回し、口付けをせがむ。
 全体重を預けてもびくともしない強い腕に抱かれて、ルーファウスは甘い夢を見る。

 そうだ。
 二人で世界を支配しよう。
 二人でなら、きっとなんでも出来る。

「ジュノンへ行くのは明日早朝でいいんだろう?」
 吐息と共に問う。
「ああ」
「じゃあ、私の部屋へ行こう」
「仕事はいいのか」
「そんなもの。どうせ手に着かない」
 セフィロスに向けられる笑顔は、蕩けそうにほころぶ。



pure soul



 初めて関係を持ったのは、まだ本社にいた当時だ。
 セフィロスが戻っていると聞いて、67階へ走った。
 2年ぶりに見るセフィロスは、戦場の気配を色濃く纏っていてルーファウスを驚かせた。
 知らぬ間に置いて行かれた気がして、ルーファウスは焦燥に駆られた。
 どうやってその溝を埋めたらいいのか。
 考える間もなくルーファウスは身につけた精一杯の媚態を以ってセフィロスに笑いかける。
 挨拶の軽いキスが熱いキスに変わるのに、さして時間はかからなかった。
 
 慣らすこともせずに、セフィロスはルーファウスの身体に自身を押し当てた。
 ルーファウスは愕然とする。
 そんな乱暴な行為は、今まで経験がない。まして――
「セフィロス…」
 ルーファウスの上げたか細い懇願の声を無視して、その狭い入り口が侵入を拒むのに焦れたようにセフィロスはルーファウスに命じる。
「もっと脚を開け、ルーファウス」
「セフィ…」
 言葉にならない叫びが、仰けぞらしたルーファウスの喉から発せられる。
 押し入ってくるものの大きさと堅さに、到底受け入れることなど出来そうもないと、混乱した頭でルーファウスは思う。
 ルーファウスの僅かな経験などこの行為の前ではなんの役にも立たなかった。
 身体を引き裂かれる痛みに、悲鳴がこぼれ落ちるのをこらえることが出来ない。
 それでも、止めたくはない。
 傷つけられようともかまわない。
 今、この時間をセフィロスと共有できるならば、どうなってもいいと思う。
 身体の奥が突き破られそうなこの痛みさえ、その証だ。
 そんなふうに思うこと自体に、ルーファウスは欲情した。

 苦痛と悦びの狭間で、ルーファウスはただ喘ぎ、声を上げ続ける。
 幸いにもこの場所では、悲鳴や叫びが聞かれるのは珍しいことではなかった。
 だからたとえ誰かがその声を聞きつけたとしても、不審に思うことはなかったろう。
 研究材料として拘束された人間を閉じ込めておくための独房内で、英雄と呼ばれるソルジャーとカンパニーの御曹司がそんな行為に及んでいるなど、誰一人考えつくはずもない。

 先ほど目にしたセフィロスのそれの大きさを思うと、今自分がそれを受け入れていることにルーファウスは自虐的な満足感を覚える。
 流れ出した血が脚を伝う感触がある。
 それによって抽送が幾分スムーズになり、返って痛みはやわらいだ。
 戦場で、血を見ることに慣れきっているセフィロスにとって、このくらいの出血など問題ではないのだろう。
 そんな場所へセフィロスを送り込んだのは、カンパニーだ。
 そして神羅カンパニーとは、自分に他ならない。
 だから、自分はセフィロスとその痛みを共有する必要があるのだ。
 そうして初めて、彼を理解し彼の傍らに立つ資格を得ることが出来るとルーファウスは思う。
 護られるだけの子供ではなく、いつか英雄と呼ばれるソルジャーに相応しい指揮官となるべく。
 
 叩きつけるようにしてセフィロスがその絶頂をルーファウスの裡に放つ。
 ルーファウスは唇を噛み、ベッドのパイプを握りしめて耐える。
 口の中に血の味が濫れた。
  
 ようやくセフィロスが自身を引き抜くと、ルーファウスは固いベッドにくずおれた。
 傷ついたその部分も、激しく蹂躪された体内も、強張った腕や脚も、体中が悲鳴を上げている。
 その行為に、ルーファウスはほとんど快感を得ることはなかった。
 だが、確かな喜びと満足感が心を満たしている。

 力の入らない身体に苛だちつつ、なんとか仰向けになるとセフィロスと視線が合った。
「辛かったか?」
 今更のように優しい声が降ってくる。
「いや…」
 自分のものとも思えない、擦れた声が出た。
 腕を伸ばそうとしたが、その前にセフィロスの口付けが頬に落ちて、ルーファウスはただ息を吐く。
 華奢な身体が、逞しい腕に抱き取られた。
 銀色のつややかな髪がルーファウスの身体に落ちかかる。
 その冷たい感触。
「ルーファウス…」
 名を呼ぶ声は、優しい。
 その声が全てを語っている気がして、ルーファウスはセフィロスの背に回した腕に力を込めた。

 



 翌日。
 ジュノンで行われた神羅軍の観閲式で、セフィロスはルーファウスの前に跪き、右手に口付けるというパフォーマンスを演じて見せた。
 神羅軍がその頂点に戴く『英雄』セフィロス。
 そのセフィロスの忠誠を勝ち得ているのは若き神羅の後継者に他ならぬのだと、全ての軍属に知らしめるための行為。
 息を呑む父親の横で、ルーファウスは誇らしさと歓喜に震えていた。
 この時が永遠に続けばいい。

 だが非情で悪辣なる『神羅』は、その時すでに想像もつかぬ過酷な運命を二人に用意していたのだ。
 
 その後、再び二人が顔を合わせることはなかった。
 セフィロスはニブルヘイムで消息を絶ち、それがタークスによってルーファウスに知らされるのは、1月後のことになる。

end