WORLD'S END 






 本当のことを言うと、私は今なぜか安らかな気持ちなのです。
 
 貴方のいない日々は、静かに過ぎていく。
 世界から色が失われ、音が失われた。いや、音は聞こえているはずです。人の言葉も理解できるし、任務に支障を来すこともない。
 けれど私にとって一番大切だった音、常に気を配り聞き耳を立てていたその音は、もうここにはない。
 貴方の声。貴方の呼吸。貴方の心臓の音。私の世界を支配していた音。

 この4年の間。
 貴方を失うかと思うと、いても立ってもいられなかった。
 それは今日なのか、明日なのか。毎日が耐えがたいほどの不安と焦躁で塗りつぶされていた。
 貴方の苦しむ姿を見るのは辛かった。それでも貴方が私の腕の中で苦痛に耐えている間はまだ、まだ貴方が生きているのだと、ここにいるのだと実感できた。縋る腕の力が愛おしく、貴方のすべてを支えているのだと思えることが嬉しかった。だから、その時間が長く続けばいいとさえ思った。そしてそんな自分の身勝手さに吐き気がした。

 冷たくなった貴方の身体を本社ビルの跡地に運び、貴方のもとに残った我ら4人のタークスで荼毘に付した。
 何一つ残さぬように。
 貴方の指示通り灰のひとひらすら舞うこともなく。
 4人だけでその簡潔な葬儀を終えてから、ヴェルド主任やリーブ部長達に連絡を取った。
 彼等の驚きと哀惜を目にして、私は秘やかな優越感を感じていました。
 誰も、もう貴方を見ることはかなわないのだ。
 目を閉じて白いシーツの上に横たわっていた貴方は、少し窶れてはいたけれど変わらずに美しかった。
 あどけなくさえ見えるその顔に、私たちは貴方が本当に若かったのだと思い知らされる。
 冷徹に己を律していたその精神が、いつも貴方を実年齢以上に見せていたのだ。
 微かに微笑んだ表情は今にも瞳を開いて笑い出しそうだった。
 それは私たちの心の中だけにある。

 そう。
 貴方を失うことを、私はもう恐怖しなくて良くなったのです。
 貴方はいつもここにいる。
 貴方は馬鹿らしいと言われるかも知れないが、私は今も貴方の存在を感じている。
 私の心の中の、記憶の中の貴方は色褪せることなく私に語りかける。
 私が迷ったとき。私が疲れたとき。
 貴方の声が、私を叱咤し、導いてくれる。
 私だけのものになった貴方が。

 小さかった貴方の手を覚えている。
 真っ直ぐに見つめてきた大きな瞳を。
 神羅を継ぐためだけに生れ、生きてきた貴方は、信じられないほど鮮やかにカンパニーの幕引きをして見せた。
 貴方が最後の社長であったからこそ、我々は神羅カンパニーのタークスだったことを今でも誇りに思える。
 この星に災厄をもたらした神羅カンパニー。その裏を支えてきたタークス。
 それでも、どんな時でも貴方は毅然と前を向き、怯むことも臆することもなく我々を導いてくれた。
 人は認めようとしないかもしれないが、カンパニーの描いた夢は美しく、その夢の残滓は今も世界に残って人の暮らしを彩っている。
 それを護ろうとした貴方の努力を、誰よりもよく知っているのは我々だ。
 貴方は神羅であることを決して放棄しようとはしなかった。
 ただ一度。
 ただ一度だけ、私と逃げようと、そうおっしゃってくれたあの時を除けば。
 崩壊の足音を間近に聞きながら、繁栄の絶頂にあったカンパニー。
 誰よりもよくそれを認識していた貴方に、私は『社長になれ』と突きつけた。
 貴方はその約束を違えなかった。
 あの動乱と混沌の中にあって、貴方の存在は我々にとって光だった。
 貴方と共に駆け抜けた日々は、なにものにも代えがたい記憶だ。
 貴方を愛し、貴方だけを見つめていた。

 私の約束の地はここにある。
 貴方を閉じ込めたこの記憶の中に。

 ルーファウス

 いつも貴方のいるその場所こそが――
 私にとっての約束の地だったのです。



end


100万回のKISS




この話を書いたあとで、雑誌でHISASHIのインタビューを読みました。
それによると、この歌は
『華やかな日々の記憶みたいなものを軽快なメロディに乗せて、そこだけは絶対に色褪せないっていう意味も込めて…』
作ったというようなことが書かれてました。
なんとぴったりな…我ながらちょっとびっくり。