澄んだ日射しが紗のカーテン越しにベッドの上に落ちかかっている。
 真っ白なシーツの上の、やはり真っ白なケットのこんもりした山。
 その端から少しだけ覗いた金色の髪が枕に散らばっている。
 極端に色数の少ない部屋の中で、その金色だけが目に鮮やかだ。
 しかしツォンは、その小山の横に半身を起こしたきり、もうたっぷり5分は固まっていた。

 ――どうしたものか。

 時刻は疾うに起き出すべき時を過ぎている。
 だが、横に眠る人は目覚める気配がない。
 
 昨夜のことを思い返すと頭が痛い。
 クラウド・ストライフとの行為だけで十分以上に疲れ果てていただろう主人と、あろう事か夜半過ぎまでことに及んでしまったのだ。
 当然気を失うように寝入ってしまった人の身体をきれいに拭いて、使っていた客間からこちらの自室へ運んだ。
 そのまま下がろうとすれば、その時だけ目を開けた主人が腕を伸ばして髪を掴むので、仕方なく横で眠った。
 というか、ツォンはほとんど眠ってはいない。
 すり寄ってくる主人の髪を撫でながら、まんじりともせずに夜を明かした。
 同じベッドで眠ったことなど、今までほとんどなかったのだから仕方ない。
 幽閉されていた時代は、この方の部屋がタークス本部と直結していたために。
 カンパニー社長であった短い期間はあまりの忙しさのために。
 そしてその後は怪我、病気と続いた不調のために。
 朝まで寝所を共にすることは、ルーファウスが望んだこともなくもちろんツォンが求めたこともなかったのだ。
 
 主人の寝息を聞きながら、この幸せなのか辛いのかよくわからない状況に困惑する。
 そういえば幸という字と辛という字はよく似ているな、などということはこの際どうでも良くて!
 主人はともかく、自分はとっくに支度をして仕事に出なければならぬ時刻だ。
 しかし、ごそごそ起き出したらこの方の眠りを妨げてしまうのではないか――と思うと、動けない。
 柔らかく上質なケットにくるまるようにしていて、顔は見えない。
 だが、疲れているだろうことは確かだ。
 この2年間、怪我と病気のためにずっと苦しんできたのだ。
 もちろん一言も弱音を吐いたことなど無いし常に泰然と平静を装っていたけれど、身体の衰弱は何如ともし難かった。
 だから極力無理をさせないようにと――黙っていれば無理だろうが無茶だろうがやり放題な方であったから――どんなにうるさがられても干渉し続けて来たのだ。
 それが、あろう事か昨夜は自分がその無理の元凶になってしまった。
 
 ツォンの心の中の情けない反省は、とりあえず主人には聞こえない。
 
 だがこのままずっと反省し続けているわけにもいかない。
 仕方なしにツォンは、なるべく静かにベッドを抜け出すべく身体を起こした。

 途端に腕を掴まれた。
 
「行くな」

 ケットの下から僅かに覗いた瞳が、淡い空色に滲む。
 ツォンはぎょっとした。
 それは、身体の不調を抱えたときの主人の瞳の色だ。

「ルーファウス様…!」

 ケットを引きはがして主人の様子を確かめる。
 触れた額は熱く、汗ばんでいる。

「大丈夫だ。少し休めば治る」
 主人は息をついて瞳を閉じた。
「とんでもありません! 熱がおありですよ」
「相変わらず心配性だな、おまえは」
「貴方が無茶ばかりなさるからです」
「昨夜のことは私の責任か?」

 ――これが言いたかったのか。

 うっすらと細められた眼が、楽しげだ。
 まったく、口の減らないお方だ。
 
「申し訳ありません。わたくしの責任です」

 素直に頭を下げると、少しばかりがっかりしたような目線。
 そうそう貴方の思い通りになってたまりますか。

 それでも、主人の顔はすぐにいつも通りの笑いを湛えて、
「ならば責任を取って今日は一日一緒にいろ」

「言われなくとも、お側を離れるわけにはいきません」
 笑い返せば、また一瞬拍子抜けしたような表情を覗かせたが、今度は腕が伸びて髪に指が絡められた。
 引かれるままに唇を重ねる。
 常よりも熱く乾いた唇。
 まるで甘えるように幾度も繰り返される小さな口付け。

 あのクラウドですらこの人を拒めなかったのは、この類い稀な美貌の故でも否といわせぬ手管の故でもない。
 傲岸不遜の殻の奥に閉じ込められた、このしなやかな魂の声が人を魅了するのだ。
 貴方は、いつでも何に対してでも必ず正面から真っ直ぐに向き合って、臆することを知らない。

「今日だけと言わず、ずっとお側に」
 言ってみると、
「つけあがるな」
 一刀両断だ。
 けれどそんな嬉しそうな表情では、ちっともがっかりしませんよ。ルーファウスさま。
 ふふ、と小さく笑って瞳を閉じ、ツォンの胸に頭を預ける。
 常にはないそんな仕草も、ただ愛しくて。

 この人の上にようやく訪れたこの平和な時間が、少しでも長く続けばいい――
 
 ――彼はきっとそんなことを望みはしないであろうけれど。

end