確かに芸能人でも通る見てくれと演技力だが、あいにくとクラウドはその名にも顔にも覚えがなかった。
しかし、上等な服も、札しか入っていないらしい財布も、何かから逃げるようにしていたさっきの行動も、売れっ子の芸能人だとすれば納得がいく。追っかけていたのはパパラッチか?
 
「じゃあ行こう」
少年はそう言ってクラウドの腕を取った。

引きずられるままに宿舎を出る。
「おまえ、ヘリの操縦はできるか?」
ぴったりとクラウドに寄り添うようにして歩きながら少年は突拍子もないことを訊いてきた。
「できるわけあるか。ヘリの操縦なんか任されるのは伍長以上だ」
「ふむ、やはり無理か」
そう思うなら訊くな! いちいち腹が立つ。
「じゃあ、車はどうだ」
「無理」
クラウドは車が苦手だ。運転どころか、乗るのも嫌だ。
「使えないヤツだな」
「なんだと!?」
さすがに腹に据えかねて怒鳴ったが、
「ならバイクは?」
と聞き返されて握った拳のやり場に困る。
「バイクなら…乗れる」
と言うかバイクは好きだ。いつか欲しいものの筆頭だ。村にいた頃から、憧れていた。
ミッドガルに来てレンタルというものがあることを知り、舞い上がった。
少ない収入をやりくりしてバイクをレンタルしてはできかけのハイウェイを走った。
クラウドの唯一の娯楽だ。
「よし、じゃあそれにしよう」
「なんの話だ」
訊ねてもそれについての返事はなく、少年に引きずられるようにして裏道を歩いた。
軍の支給品の上衣を着た少年とほぼ軍服のままの少年の二人連れは、ミッドガルではありふれた神羅軍の下っ端で、周囲の眼を引くことは全くなかった。、
ルーファウスと名のった少年は、いかにも世間知らずの金持ちぼんぼんな外見に似ず、ミッドガルの地理を熟知しているようだった。
クラウドも知らない細い道をたどり、一軒のバイクショップに入る。
クラウドの予想に反して、レンタル屋ではなく販売店だ。新車中古取り混ぜて、なかなか良い品揃えである。貼り付けてある値札も、妥当な価格だ。
よくこんな店を知っているものだと、ちょっと感心する。
「どれが良い?」
店頭に並んだバイクを眺めもせず、少年はクラウドを見て言った。
「は?」
意味わからん。
もしかして買う気なのか?
「少し遠出をしたい。どれが良いと思うか訊いているんだ。オフロードも走行できるものが良い」
「だったら、コイツかコイツ…これなんかも良いよなあ、ちょっと値は張るけど」
元々が無類のバイク好きだ。
並んだバイクを目の前にしたら、高飛車な物言いも気にならなくなった。
バイクについてなら、助言するのも楽しい。
「じゃあそれにしよう。これはすぐに乗れるのか?」
店の奥で、どうせ冷やかしだろうと二人をうさんくさげに見ていた店員は、ルーファウスの言葉に眼を丸くした。
そして、取り出された彼の財布を見てあんぐりと口を開けた。
並んだバイクに見とれていたクラウドは、幸いなことにそれを見てはいなかったのだが。

夏の陽もすっかり落ち、空には僅かな夕焼け雲が残るのみだ。
ミッドガルのハイウェイを抜け、グラスランド方面へ向かう未舗装の道を走っている。
ここに至るについては何度かの押し問答があったのだが、全てルーファウスに押し切られた。
このバイクで走ってみたい、という誘惑にクラウドが抗しきれなかったせいでもある。
ルーファウスはクラウドの三年分の給料に匹敵する額を即金で払い、釣りを小銭にして2ギルをクラウドに渡した。
そして改めて、運転手として雇いたいと言ってきたのだ。
 
背中にルーファウスの体温を感じながらバイクを飛ばすのは悪くない気分だった。
生意気なガキじゃなくて巨乳の美人だったらサイコーだったんだけどな、などと思いながら、それでも実はこのやたら綺麗な少年もいいかと思い始めているクラウドだ。
男で生意気だ、という点を除けば、ルーファウスは素晴らしい道連れだった。
なにより、気前よく―――恐ろしく気前よく、クラウドがずっと憧れていたマシンを購入し、乗せてくれた。
きっちり2ギルを返してくれた点も、好感度は高い。それはそれ、これここれ、という線引きが明解なのはいい事だ。

やがて行く手に、古い村の残骸が見えてきた。
昔の戦争で焼けた跡だろうか。この辺りではかつて激しい戦闘が繰り返されたのだと、軍の学科で習った記憶がある。
突然、ルーファウスがクラウドの腹に回していた腕に力を込め、
「停まれ」
と怒鳴った。
怒鳴ったのはバイクの爆音が激しいからである。
クラウドは言われたままにブレーキをかけた。
「ここでいい」
そう言ってルーファウスは身軽にバイクから飛び降りた。
「こんな所に何があるんだ?」
怪訝そうなクラウドの声には応えず、ルーファウスはふらふらと村の残骸の方へ歩き出す。
「おい、何処行くんだよ」
ふらふらしているのは、長時間バイクに乗り続けたせいだろう。
「おい、こら! 待てって」
ルーファウスは立ち止まり、振り返る。
「君はもう帰っていい」
「え?」
「バイクは乗って帰っていい。適当に処分してくれ。賃金代わりだ」
「ちょっと待て、はいそうですかって、受け取れるか、こんなもん!」
「足がなければミッドガルへ戻れないだろう」
それはそうだ。そうだが―――
「おまえはどうするんだよ」
すっかり日が落ち、星が輝き始めた空を見上げてルーファウスは呟く。
「そろそろ迎えが来る頃だ」

はあ!?
アンタかぐや姫か。

「君は早く戻れ。私といるところを見つかるとやっかいだぞ」
いつのまにか、『おまえ』が『きみ』になっている。
偉そうなのは変わらないが、さっきまでよりむしろ控えめでいながら威厳の感じられる物言いだ。
何をどう反論して良いか混乱しきったクラウドの前をすうっと光が横切った。
気づくと、あたりにか細い光がたくさん輝き始めている。
「なんだ…?」
「光虫、と言うらしい。この辺りに生息し、今頃の季節に光を発して飛ぶ」
「これを…見に来たのか?」
「そうだな」
そう言いつつもルーファウスは虫の光ではなく遠くの空を見つめている。
「クラウド。今日は助かった。それに、楽しかった。何も訊かないで帰ってくれないか」
ルーファウスの静かな声には、なにか逆らえないものがあった。
「わかった。バイクは後で返しに行く」
「それは無理だと思うがな」
ルーファウスは小さく笑って、
「いつか、そんな時が来たら返してくれればいい」
と言った。

 
荒れ地の道をバイクでとばしながら、クラウドはミッドガルの方角からヘリが飛んでくる音を聞いた。
ちかちかと瞬くヘリの光が頭上を通り過ぎていく。
あれがルーファウスの言っていた『迎え』だろうか。
いったいあいつは何者だったんだろう。
芸能人かと思ったけど、どうもそんなものじゃなさそうだ。
ヘリが迎えに来るなんて、よっぽどのセレブなのか。
上品な物腰も、偉そうな言葉遣いも、高級な身なりも、そうだと示していた。
生まれも育ちも、クラウドなどとは天と地ほども違うのだろう。
それでも、嫌なヤツじゃなかった。と思う。
腹に廻された細い腕と、背中にぴったりくっつけられた頬になぜだかときめいてしまったのは内緒だ。
それよりこのバイクはどうしよう。
しばらくは借りていても良いかな。
またいつか、あいつを後ろに乗せて走りたい。
そんなふうに考えている自分に気づいて、クラウドはちょっと笑った。

End

おまけ

クラウドがルーファウスが何者であるか知ったのは、カンパニーの副社長就任に伴って行われた観閲式の場であった。