数日後である。 ルーファウスがタークス本部へ顔を出した。 社長子息はまだ入社もしておらず幹部でもないが、なにしろ社長子息であるということで、タークス本部への立ち入りは、なし崩しに許されていた。 「この二人の身上調査を頼みたい」 ルーファウスがシスネのデスクに投げ出したファイルは、カームの大手商社社長とコスタのリゾート開発会社社長のものだ。 「これ自体かなり詳細なデータが載っていますけど?」 ファイルをめくりながらシスネが言う。 ツォンは聞くともなく二人のやりとりを聞いていた。 「もっと個人的な情報が欲しいんだ。まあ、簡単にいえば下半身の情報だな」 「脅迫…こほん、取引にでもお使いになるのですか?」 「いや、おやじから接待しろと言われていてな。とりあえずリストを二人に絞ったんだが、どちらがより望ましいか、判断したい」 「接待…ですか。この二人の女性の好みを調べろということでしょうか?」 「相手の好みはわかってる。金髪碧眼の少年だ」 「「え!?」」 さすがのシスネも眼を丸くし、ツォンは思わず椅子から立ち上がっていた。 「だからそういうことではなくてだな、なんだツォン」 ルーファウスは胡乱げにツォンを見やって声をかけた。立ち上がったきり、何を言うでもなく口をぱくぱくさせているのだから不審である。 「いえ…」 ツォンは眼を泳がせたままドサリと椅子に座り込む。 「単純に言うなら、どちらの人物の方が与しやすそうか、という話だ」 その時ルーファウスの携帯が鳴る。少年は携帯を取りだして見やると軽く舌打ちしてそのままドアへと歩き出しながらシスネに言った。 「君の意見を聞きたい。後でまた寄るから調べておいてくれ」 「はい」 慌ただしく部屋を出て行くルーファウスを見送りながら、シスネはとりあえず頷いた。 ―――が、 「ちょっとちょっとちょっと! ツォン!!!!」 ルーファウスの姿がドアの外に消えると、シスネは椅子を蹴ってツォンに詰め寄った。 「これでいいわけ!?」 良いとか悪いとかいう問題なのだろうか。 何かショックが大きすぎてなにも考えられない。 「わかってんの!? あの子の言う接待って」 ツォンは片手を上げてシスネを遮る。 何もかもが繋がった気がした。 ルーファウスが、あんなに気軽にプレゼントだと言って自分を差し出した理由。 彼にとっては自分自身も商品の一つなのか。それもとびきり高価な商品だ。 いったいどういう教育を受けて育ったら、あんな子供が出来上がるのだろう。それよりなにより、そんな事に息子を使おうという親の気持ちが謎だ。 なにかもう、『さすが神羅親子』ということのような気がしてきた。 まだ女性の相手をしているときは納得出来た。 ルーファウスも思春期の男だ。 女性に興味を持つのも当然なら、セックスしたい気持ちもあるだろう。 下手に同年代の少女と恋愛したり、すれっからしの女に引っかかったりするよりは、暇と金をもてあました上流の御夫人方のお相手をさせておいた方が無難だ。 ツォンが父親だったとしても、そう考えるかもしれない。 だが相手が男では話が別だ。 それとも、それはただの偏見なのだろうか? 「ツォン!」 シスネの叱責が飛ぶ。 「逃避してるんじゃないわよ」 まったくその通りだ。 「あの子のスケジュールによると…その接待は3日後に入ってるわ。もう余裕無いわよ」 そう言われても、どうしたら良いというのか。 止めさせる方法も無くはないだろうが、リスクはあるだろう。しかもルーファウスは別に嫌がっていたわけではない。 「んー、今夜はダメね」 ツォンが頭を悩ませている間も、シスネはモニタを見つめている。 「明日…よし、この予定はキャンセル、と。で送迎の担当はツォンに変更」 何をやっている!? 「お膳立てはしたわよ。後はあなたの甲斐性次第ってこと」 「…何をしろと」 「夜這いよ! 決まってるでしょ!」 ツォンは定石通りルーファウスをホテルのドアの前まで送り、だがそこでドアの前に留まらずルーファウスに続いて部屋に身体を滑り込ませた。 そしてそのまま少年の身体を後ろから抱きしめる。 ルーファウスは怪訝そうに振り返り、 「なんだ?」 と訊いた。 「お約束は勝手ながらキャンセルさせて頂きました」 ますます怪訝そうな表情のルーファウスの頬に手を添え、口づける。 「今夜のお相手が私ではご不満でしょうか」 ルーファウスの瞳が大きく見開かれた。 「どうした、ツォン。頭に虫でも湧いたか」 それはあんまりな言いようだ。ルーファウスの中では、ツォンがいきなり積極的になったことと例の接待の話はまったく結びついていないらしい。 ならばここでそれを明かすのもなにやら無粋な気がした。 「私も…ただの男だということです」 「は…?」 疑問を浮かべるルーファウスを抱きかかえるようにして、ベッドルームへ連れ込む。 「ツォン、ちょっとま」 「お嫌ですか」 「いや…そう言うわけではないが、なんでこうなる。だいたい」 まだ続きそうな言葉を口づけで塞ぎ、そのままベッドへ押し倒す。 情熱的な口づけに、ようやくルーファウスの腕が上がってツォンの背を抱いた。 唇を放すと、はあ、と吐息がこぼれ、潤んだ瞳がツォンを見上げた。 もう一度口づけながら衣服に手をかけても、ルーファウスはもう何も言わなかった。 微かな寝息を立てている小さな身体を腕の中に抱いて、ツォンは穏やかな幸せに浸っていた。 始めるまでは、不安がなかったとは言い切れない。 男とセックスした経験はさほど多いわけではなかったし、ましてこんな小さな子としたことなど無い。 衣服を脱がせたルーファウスの身体は細く華奢で、本当にツォンを受け入れることなどできるのかという心配と、その思いがけぬほどの色っぽさにくらりと目眩がした。 たっぷり時間をかけて丁寧に愛撫を施したが、ようやく身体を繋げたときルーファウスはかなり辛そうだった。 それでも彼は、拒むことも逃げることも一切なくその行為を受け入れ、最後にはそのまま絶頂に達することもできた。 その後は気を失うように寝入ってしまったのだが。 見た目通りの体力の無さだ。 か弱く、愛らしい。 あくまで見た目の話である。 その性格や行動力があらゆる意味で『弱さ』とは無縁のものだとわかってはいるのだ。 それでも見た目に騙されてしまうのが、人の常というものだ。 眼を閉じているルーファウスは、文句なく愛らしかった。 ふ、とルーファウスが眼を開ける。 ツォンはまだ少し汗ばんでいる髪を撫でた。 「お辛くありませんか」 ルーファウスは眼をしばたたき、ツォンを見上げて軽く息を吐く。 「いや、悪くなかった」 口を開いた途端に、偉そうな物言いだ。それもまた可愛らしく、ツォンは微笑む。 「今日の予定をキャンセルしたのはおまえか」 「いえ…ええ、まあそうです」 「まあ? 要を得ん返事だな」 咎められてしまった。 ルーファウスはすでにピロートークとはほど遠いモードのようだ。 「なんで今日だったんだ?」 明日には貴方は他の男のものになってしまうから、その前に貴方の『初めて』を自分のものにしたかったのだ―――とはさすがに言えない。 「今日の客が誰だったかは知っているんだろう?」 「はい…確か、マダムブレナンでいらしたかと」 「彼女とはいつも」 いきなり情事について語るのか!?と思ったツォンだったが。 「スィーツの食べ比べをするんだが…」 は? スィーツ? 「だからおまえも食べたかったのかと思ったぞ」 「はぁ…」 そんな事まではチェックしていなかった。というか、予定を見ていたのはシスネでツォンではなかったのだから当然だ。 「今日はウータイ地方の名物を食べる予定だったんだ」 楽しみにしていたのに、という口調で言われて、どう返したらいいか困り果てる。 「まあ良い。おまえ、今度ウータイにいったら本場の土産を持ってこい」 「…了解いたしました」 そんな色気のないやりとりの後に、ルーファウスは頬をツォンの胸に押しつけ、腕を背に回して抱きついた。 「どうしていきなりおまえがその気になったのかはわからんが…」 珍しく言い淀む。 ツォンは黙って続きを待った。 「…嬉しかった」 小さな声でぽつりと零された言葉は、ルーファウスらしくないようでいてこの上なくルーファウスらしかった。 おそらくはそれがツォンにどんな影響を与えるかまで計算されて―――意識的にせよ、無意識にせよ―――発せられた言葉なのだ。 この方は―――ツォンはルーファウスを抱く腕に力を込めた。 真に神羅の後継者として相応しく、我々の主人として相応しい。 神羅の犬、と揶揄されるタークスであるが故に、心から敬愛できる者が主人だということはなりよりの幸いだ。 「ルーファウス様」 ツォンは柔らかな髪に口づけを落とす。 「どうぞ、一生お側にお仕えさせてください」 ルーファウスは腕の中でふふ、と笑う。 「当然だ。おまえの給料では一生かかっても今夜の代金を払いきれないぞ」 代金取る気ですか!? 「特別に、一生分にまけてやる」 くすくす笑うルーファウスは、この上なく楽しそうだ。 「だからもう一回…」 伸び上がってキスをせがむ。 「仰せのままに」 薄い背を抱いて深く口づけながら、今一度その細い脚の間に手を伸ばすと、ルーファウスの身体が魚のように跳ねた。 翌日である。 「先日頼んでおいた件はどうなった?」 ばたばたとタークス本部に駆け込んできたルーファウスは、シスネのデスクに手を突いて忙しなく問いかけた。 「ああ」 シスネの返事は至ってのんびりしている。 「あの接待の予定は無くなりました」 「は?」 ルーファウスは眼をぱちくりして、モニタを見ているシスネの顔をのぞき込んだ。 「なぜ?」 「先方のご都合のようですよ」 「なんで私に連絡してこないんだ」 ルーファウスはご立腹のようである。 「まったく…秘書課は何をしている」 ぶつぶつ言いながら、挨拶もなく足早にドアを出ていく。 「2人とも揃って事故に遭うなんて、出来過ぎじゃない?」 ルーファウスを見送ったシスネは、ツォンのデスクを振り返る。 「まあ世の中そんな事もあるだろう」 「よく言うわ」 シスネは笑い、 「でも今回のことは褒めてあげる」 と付け加えた。 ツォンはといえば、二人に手を下したのが己だとルーファウスにばれたなら、彼は怒るだろうか、それとも笑ってくれるだろうか、と考えていたのだった。 おしまい |