「ずっとお捜ししていました」
 明るい病室で、清潔なベッドに横たわったルーファウスを見てツォンはようやく安心する。
「ICチップは壊れていたらしいな。まあ、十二分なら上出来だ」
「新しいチップを用意させます」
 ツォンの言葉に、ルーファウスは顔を顰める。
 誘拐を警戒して、ルーファウスの身体には子供の頃から識別信号を発するICチップが埋め込まれていた。
 だがそれは、いつでも監視されているということでもあったのだ。
「いい。あんなものを着けられると、自分が犬になったような気がするぞ。もう私は神羅社長ではないのだから、必要ないだろう」
 ルーファウスの記憶にない二ヶ月の間に、状況は一変していた。
 メテオの衝突は回避されたが、ライフストリームの奔流によってミッドガル中心部は壊滅し、神羅カンパニーは事実上瓦解したのだ。
「でも貴方がルーファウス神羅だということは変わらない。二度とこんな思いはごめんです。一つでは足りないくらいです」
「ツォン」
 尖った声で言ってルーファウスはツォンを睨みつける。
「その言葉、そっくりそのままおまえに返してやる。おまえこそチップを着けろ」
「必要ありません。私は必ず貴方のもとへ戻りますから」
「だったら、おまえが死んだときにだけ作動するようなものを着けてやる。死体も見つからないんじゃ、諦めようがない。私がどれだけ…」
 言いかけてルーファウスは黙り込む。
「いや、もう神羅カンパニーは無いのだから、私にはおまえに命令する権限はないな。おまえの好きにすればいい… そろそろ疲れた。下がれ」
 目線を外らしたまま、軽く手を振る。
 その手を取って、ツォンはベッドサイドに跪く。
 包帯が巻かれ、点滴の管が繋がれた手。冷たい指に口づける。
「ルーファウス様。私の好きにと言われるなら、どうぞ傍にいて下さい」
「は…?」
 ツォンから小言と説教以外で何事かを要求されたのは、ルーファウスにとって初めての経験だった。そのこと自体の意外さに、思わず目を見開く。
「お側に置いてくださいと言ったら、拒否なさるのでしょう。だから、私の希望を述べたのです」
「なんだ、それは。そういうのを屁理屈というのだ」
「なんでもかまいません。私は貴方を護りたい。二度とこんな事の無いよう。そうでなければ私が耐えられない」
 ルーファウスの手がツォンの頬を撫で、蒼い瞳が、光を湛えて真っ直ぐにツォンを見つめる。

「馬鹿だな… おまえも、私も」

 ゆっくりと近づいた唇が、重ねられた。
 

 
 
      

 
エピローグ

「どうだい、お兄さん、いい子がいるよ」
「金髪で青い目の子は?」
「もちろん…あ、あんた」

 びっくりした。
 そこにいたのは、確かにあいつで、だけどどう見たって別人だった。
 場違いな真っ白いスーツを着て、キレイに髪を撫でつけて。
 後に控えているのは、あの日ヘリでやって来た男だ。
 どうやってスラムを抜けてきたんだか。
 こんな格好で歩いたら、狙ってくださいと言ってるようなもんだろうに。
 いや、そんなこと問題にならないくらいの力があるんだろう。
 なにしろ地下へヘリを飛ばしてくるヤツらだ。
 それに俺、思い出したんだ。
 セフィロスってのは、英雄って呼ばれてたソルジャーだ。
 それから、あんたが親父だって言ってたプレジデントは、神羅の社長だろ。
 てことはつまり、あんたは世界一の大金持ちってことだ。
 うん。
 今のあんたはいかにもそういう感じだよ。

「礼を言いに来た」
 そう言って笑ったあんたは、ほんとにキレイだ。
「良かったな。馬鹿が治って」
 くっ、と後の男が詰まったような声を出した。
「ツォン」
 じろりと後の男を睨んで、それからもう一度俺を見て
「礼をしたい。何か望みがあったら言ってくれ」
 望み?
 金かな。やっぱり金だよな。五千ギルくらいはもらえるかな。
 そう考えていたのに、口は違うことを言ってた。
「キス、してくれるか?」
「おやすい御用だ」
 ちらり、と後の男を見て笑った。
 そして、綺麗な顔が近づいて、薄く開いた唇が。

「こんなもので良いのか? キスだけじゃ五百ギル分もないだろう」
「それはここにいたあんたの値段だろ。今のあんたは、五百万ギル出したって買えない」
「だそうだ。得したなあ、ツォン」
 振り返って、揶揄うように言う。
「馬鹿なことを。お気が済んだのなら帰りますよ」
「そういうわけだ。ではな」
 それだけ言って、あいつは帰っていった。

 それきりあいつに会うことはなかった。
 どこの噂でも、神羅カンパニーの若社長は死んだことになっていた。
 それでも、廃墟のあちこちで神羅のマークを見るたびに俺はあいつを思い出した。
 笑った顔が、眩しいくらいキレイだったこと。
 いい匂いのする唇が、思ったより柔らかだったこと。
 それから、あんな上手いキスは、後にも先にもあれきりだったこと。


END