それは本当に突然だった。 「マキナ」 後ろからかかった声が誰なのか、一瞬わからなかった。 振り返って、オレは声も出せずに固まった。 エースだ、とすぐにわかった。 でも、あまりにも以前とは変わっていて、その違いと自分の確信とのギャップに混乱した。 見慣れた魔道院の制服じゃなく、あの雪山で一瞬だけ見た黒い髪の男が着ていた服に似たデザインの服装。 背が伸びて、体つきも顔つきも、少女めいた以前の面影はどこにもない。 さらさらの金髪は変わらないけど、髪型も違う。 瞳の色、口唇、一つ一つは変わらないのに、受ける印象は全然違う。 「エース…」 ようやく声が出た。 「久しぶり」 エースは笑って、微かに首をかしげた。昔よく見た仕草。 ああ、エースだ。 「エース!」 オレは呼ぶより速くエースを抱きしめてた。 あの頃と同じように、細い身体。変わらないエースの匂い。 一瞬で、時が巻き戻ったような気がした。 キスしよう、として、でもさすがにそれは思いとどまった。ここは家の前の往来だし、一応今のオレは妻帯者だ。 「よかった、エース、元気そうで」 「マキナも。ほんとはもっと早く来たかったんだけど、いろいろあって」 「うん。でも君は来てくれた。嬉しいよ」 「どうしても、君に逢いたかった。一目だけでも」 「オレだって…君のことを考えない日は無かったよ」 「マキナ…」 エースはオレにきゅっと抱きついて、肩に顔を埋めた。 「君が大好きだった。この世界へ来て、君に会えて、僕は本当に救われたんだ。ちゃんとお礼を言いたかった」 「エース、そんな」 「君だけが、僕を子供扱いも女扱いもしなかった。そりゃあの頃の僕らはどうしたって子供だったんだけどね。でも君だけが、本当に対等に僕に接してくれた。正面から真っ直ぐ僕を見て、僕が好きだと言ってくれた」 「エース、今は、恋人はいる?」 「…ああ」 突然の質問にエースは一瞬躊躇して、それから頷いた。どうしても訊いておきたかったんだ。 「なら良かった」 半分は本心だ。ちょっとだけ悔しいけど、エースが幸せなら良い。心からそう思う。オレも幸せだから。 「オレも、君が大好きだった。君を好きになって良かった。オレの人生で一番大切な思い出だ」 「ルーファウス様」 どこからともなく声がした。 「ごめん、マキナ、もう時間がない。たぶんもう来られないと思うけど、君のことは忘れない」 「オレも、エース、絶対忘れない。忘れることなんかできない」 「ありがとう、マキナ」 エースの口唇がオレの口唇の上をかすめる感触があって、それからその姿はかき消すように無くなった。 夢でも見ていたみたいに。 「父さん、あの人誰?」 腕を引かれて、やっと我に返った。 いつの間に来たのか、長男がオレを見上げていた。 「昔の友達だよ。父さんと母さんの」 「魔道院の?」 「そうだよ。0組で、一番優秀だった人だ」 「ふうん…だから消えたりできるんだ。綺麗な人だったね」 それはちょっと違うが、あのエースを見て『綺麗』と言うなんて、さすがオレの息子だ――― というか、クナギリ家の血の濃さに驚く。 兄貴もオレも、こんな感じだったのかも。 「僕も魔道院に行きたいなあ」 「ちゃんと勉強して、試験を受けるんだな」 「うん! あの人にもう一度会いたい」 目標があるのはいい事だ。 魔道院にもうエースはいないけどな。 オレは息子の頭を撫で、一緒に家へ入った。 夜、エースに逢った話をするとレムはとても残念がった。 すっかり大人っぽくなってたと言ったら、ぜひ会ってみたかったと悔しがった。 そして 「泣かないで、マキナ」 と言ってオレを抱きしめてくれた。 オレは話しながらいつの間にか泣いていたみたいだった。 エース。 君はいつも、秘密を抱えていて辛そうだった。 誰も気づかなかったのかもしれないし、気づいてたやつもいたのかもしれない。 今日会った君の、細すぎる身体にも、僅かに引きずった脚にも、オレは気づいてしまった。 それでも君は、変わらない鮮やかな笑顔を見せてくれた。 どんな辛いことがあっても、決して負けない。泣き言も愚痴も言わない。君はそういう人なんだろう。 それでも、エース。オレもレムも、君の幸せを祈ってるよ。 いつでも。どこにいても。 君が好きだった。 たぶん、これからもずっと。 君に恋した日々は、切なくて苦しくて幸せで、宝石みたいに燦めいてた。 君にとってもそれが、大切な思い出だと思うと嬉しい。 もう二度と逢うことはなくても。 大好きだ―――エース。 End |