ぐったりとベッドに伏してしまった副社長の身体を拭いて、毛布を掛ける。 いくらなんでも飛ばし過ぎだったかと、ちょっと反省だ。 でも、じゃああの場で自制できたかと言われると、たぶんオレには無理だった。 副社長は「もっと」と言って縋り付いてきたし、オレの方はそりゃもう幾らでも、って気分だったし。 それでもホントはオレがもっとちゃんと気遣ってあげなきゃいけなかったんだと思う。 思うんだけど―― これじゃ堂々巡りだ。 すんじまったことはもう仕方ない。 まあ、悪くない効果もあった。 ともかくこれで今夜この人が眠れそうなのだけは、確かだったから。 オレは副社長の横に辷り込み、そっと身体を抱き寄せた。 副社長は微かに身じろぎして、オレの胸に頭をもたせかけてきた。 小さい子みたいに。 副社長のお袋さんはずっと昔に亡くなったって話だ。 もしかしたら、こんなふうに抱いてもらって眠ったことなんか無いのかもしれない。 神羅家のプライベートは、隠されていることも多いけどニュースや週刊誌で取り上げられることも少なくない。 だからそのくらいのことは、タークスに入る前からオレだって知ってた。 プレジデントは再婚もしないでずっと亡くなった副社長のお袋さんのことを愛してるんだとか何とか、くだらねえ、そんなのただの表向きだろうが、どうせ陰で妾や隠し子が何人もいるに決まってるじゃねぇか、と思ってた。 神羅カンパニーのことなんかこれっぱかしのきょーみも無かったオレでさえ、そのくらいは知ってるレベルで、ジョーシキだったんだ。 プレジデントに関して言えば、その公式発表はあながち嘘じゃないみたいだった。 少なくともプレジデントが副社長を溺愛してるっていうのはほんとだって、主任もツォンさんも言う。 そんならなんで僻地の支社に飛ばしたりするのかオレには謎だけどな。 ただ、妾が何人もいるってことはないし、隠し子もいないのは本当だ。 副社長は掛け値無しにプレジデントの一人息子で、神羅家のただ一人の跡取りだ。 間違いなく、世界で一番命の価値が重い人だ。 人の命に重いも軽いも無い、なんてきれいごとは現実にはない。 副社長を守るためだったら、オレ達は迷い無く誰だって殺す。 自分たちが盾になることだって、もちろんあるだろう。 それが仕事だから、それで金をもらっているから。 それだけが理由じゃない。 副社長を護ることは、神羅カンパニーを護ることだ。カンパニーを護ることは、世界を護ることだ。 それに反対する奴らがいることも、わかってる。 でも、オレ達にとってそれは真実だ。 真実なんて、人の数だけ存在する。 だけど、タークスにとって副社長が誰よりも大切な人間だってことは確かな事実だ。 オレは仲間を信じるように、それを信じてる。 今オレの腕の中でやっと寝息を立てている副社長の柔らかな髪が頬を擽るのを感じながら、オレはこの人を護ってあげたいと、この人の力になりたいと――タークスとしてだけじゃなく、オレ個人としてもそうしたいと切実に願った。 翌朝―― 副社長はオレの運んだ朝飯を、今度はきれいに平らげてくれた。 支社で出たメシに比べたらあまりにもお粗末な食事だったけど、副社長は文句も言わずぱさついたパンを優雅に口へ運びながら、横に張り付いてるオレをちらりと見た。 「何をにやにやしているんだ?」 「少し顔色が良くなったみたいだから」 「変なヤツだな」 そう言われても、嬉しいものは嬉しい。 出がらしそのものなコーヒーにはさすがに顔を顰めていたけど、それも全部飲み干して副社長ははあっと息をついた。 「迷惑をかけた」 ぽつりと独り言みたいに言われて、オレは咄嗟に返事ができなかった。 「情けない…」 額に手をやって目を閉じる。 「個人的な事由でこれほど動揺するなんて…。トップにあるまじきことだな」 「そんな、そんなことはないですよ!」 気づいたらオレは、副社長の手を掴んで思いきり力説してた。 ちょっと恥ずかしいかも、なんて思ったのは後になってからで。 「悲しかったら、泣いたっていいんです。落ち込むのも当然ですよ。そんなのちっともおかしくない。オレ達で力になれることがあるなら何でもやりますから。副社長の役に立てるなら」 副社長は、眼をぱちくりしてそんなオレを見ていた。 結局オレは、それから2日後にミッドガルへ戻った。 いきなり主任に呼び出され、怒られるかと思ったら真剣な顔で『副社長はどんな様子だった』と訊かれた。 オレはさすがに夜の話だけは省いて(いくらなんでもそれは副社長のプライベートだ。オレが任務でやったことなら報告の義務があるだろうけど)詳細な報告をした。 でも省いたその部分も、きっと主任は気づいているだろう。 副社長のことは、たぶん実の父親より主任の方がはるかに良くわかっているに違いないと思う。 そして副社長も、主任のことは信用しているみたいだ。 タークスは事実上社長直属の組織だから、副社長が信用を置くのも当然と言えば当然なんだろう。 きっと、自分がカンパニーのトップに立ったときのことをあの人は考えている。 その時一番力になるのはオレ達だということ。 そうなれればいいと、オレは思う。 セフィロスの代わりにはなれなくても、オレ達はみんな副社長の味方だということ。 みんな副社長が好きだってことを忘れないでいてくれればいいと、心の底からそう思った。 |