続きの1 ルーファウスの発言は事実だと思う 「で、しけ込む場所がここか?」 呆れたようなルーファウスの声がタークス本部に響く。 「もう少しマシな場所はなかったのか」 どうせこの男のことだ。しけ込むなどと言っても色っぽい話では無かろうとは思っていたが、これはあんまりではないだろうか。 「申し訳ありません。どうしても本社を離れるわけにはまいりませんでしたので…」 「しかも暑い!」 空調は相変わらず復旧しておらず、窓に面した会議室ほどではないにしろ、暑いことに変わりはない。 「それについては」 「いろいろご用意させていただきました。どうぞこちらへ、副社長」 奥の司令室から顔をのぞかせて声を掛けたのはシスネだ。 招かれるままに入った部屋では、壁一面の大型モニタに海辺の景色が映し出されていた。 「なんだこれは…」 しかしルーファウスの目にとまったのは、部屋の真ん中に置かれたビニールプールだ。その中央には大きな氷柱が数本ででんと置かれている。どこから調達してきたのか、3台の扇風機がその向こうから風を送っていた。 「少しは涼しいかと」 「まあ、たしかに…」 氷の湿気を含んだ風は、空調より快適かもしれない。 「でもそのスーツではまだ暑すぎますわ。お着替えなさってください」 「着替え!?」 「こちらでご用意させていただきました。私が選んだんですよ」 嬉しそうなシスネの顔を見ると、無下に断るのも気が引ける。だが、いったいどんな服だ。 「断る」 シスネの差し出した服を一瞥するや、ルーファウスは素っ気なく言い放った。 「副社長…」 服を持ったまま、シスネが悲しげな表情を作る。 いくらそんな顔をして見せても、着替える気にはなれないぞ、とルーファウスは思う。 シスネが持ってきたのはタンクトップにハーフパンツ、足元はビーサンというセットだったのだ。 「仕方ありませんね。副社長…」 シスネはルーファウスに近づき、なにやら耳打ちする。 「う…」 思わず漏れた声に、シスネはほくそ笑む。タークスを甘く見てはだめよ、副社長。副社長の弱みくらいちゃんと把握しているんですからね。とこれは心の声。 「いかがしますか?」 「…わかった」 しばし逡巡し、それでもルーファウスは結局折れた。 控え室で着替えて出ると、拍手が上がった。ルーファウスは目を見張る。 手を叩いているシスネはキャミソールドレス、ロッドに至ってはハーフパンツ一丁だ。 どこのリゾートの出来損ないだか… 脱力しそうになるのをぐっとこらえ、 「そういう服もなかなか似合うな。女らしいのも悪くない」とシスネを褒め、「おまえは余計に暑苦しい」とロッドの方は見もせずに言った。 「えーーっ、そりゃないッスよ、副社長〜」 「ありがとうございます、副社長」 お世辞と分かっていても、シスネは嬉しそうだ。ルーファウスのそういう言葉の使い方は絶妙なのだ。 「早く副社長に椅子をご用意して」 ぼやくロッドに命令が飛ぶ。 出された椅子はこれまた、どこの海辺から持ってきたのかというような白いリクライニングチェアで、ビーチパラソルこそないものの同じく白いテーブルもセットされていた。 シスネがテーブルに華やかな色味のグラスを置く。 一見カクテルだが、おそらくノンアルコールだ。未成年でもあるが、ルーファウスはアルコールを好まない。 グラスを取り上げながら 「ツォンは?」 と訊くと 「今まいります。機材を持ってまいりますので」 との返事だ。 ふうん、と生返事をしながら、グラスを口に運び、機材ってなんだ?と考える。 そこへようやく待ち人の登場だ。 「お待たせしました、副社長」 ドアが開き、入ってきたのは――― なにやら大きなハコに半分隠れてはいるが、派手な柄のアロハシャツにこれまた柄付きのハーフパンツ、素足にスニーカー、は一瞬にして見て取れた。 思わずルーファウスは口にしていたカクテルを吹き出しそうになる。 制服以外のこの男を見たのは初めてだ。 想像してみたことはあったが、どうにも上手く思い描けなかった。 ルーファウスが着替えればタークス全員も着替えます、というシスネの言葉に抗しきれなかったのは、制服以外のツォンを見てみたかったからに他ならない。 が―――― これはどう見ても場末のチンピラだ。 背後でシスネの忍び笑いが聞こえる。 もしかして、我々二人とも彼女の罠にはめられたのではないのか。 「ツォンさん、ちょー格好いいッスねー!」 ロッドの声に我に返る。 は? 本気で言っているのか、この男は!? いや、そんな嫌味が言えるような頭はない。紛れもなく本気だ。 どういう感覚だ! と頭を抱えたくなる一方、制服とは便利なものだと再認識する。 ロッド辺りのセンスで勝手に服を着ていたら、神羅カンパニーの威信に傷が付く。 それにしてもまさかツォンのあれは、自分で選んだものではないだろうな?! 疑惑がむくむくとわき起こる。 「ツォンの服はロッドが選びました」 ルーファウスの疑念を感じ取ってか、こっそりとシスネが耳打ちする。 なるほど。ひとまず安心するルーファウスだ。 こちらの動向には関わりなくツォンはハコを下ろすと中からなにやら取りだした。 出てきたものを見ても、いったい何に使うものかルーファウスには想像も付かない。 ほとんどプラでできたおもちゃのようなものだ。結構な大きさがある。 ルーファウスが首を捻っていると、それを司令室の隅に置かれていた会議用の長机に乗せてツォンがやって来た。 改めて近くで見るとまた、すごいインパクトだ。 ルーファウスはどういう顔をしていいか分からず、ただ目をしばたたいてツォンを見つめる。 「そんなに見つめられますといささか…」 ツォンはルーファウスの横にやってくると、肩をすくめた。 「ああ…すごい格好だな」 正直な感想が口から出た。だが他にどう言えばいいというのか。 「貴方はよく似合っておいでですよ」 「これがか」 鏡で見た自分は、貧相な体つきの子供だった。子供に見えるのが嫌で、いつもきっちりスーツを着込んでいるのに。 「今日ここでだけのことです。一切記録にも残しません」 ルーファウスを安心させるように微笑んで、ツォンは言う。 「そうでなければ、とてもじゃないがこんな格好はできません」 くっ、とルーファウスの喉から笑いが漏れた。 「確かにその通りだ」 くっくっと笑いながら言ったルーファウスだが、ツボにはまったのか笑いはなかなか治まらない。終いには肩を揺すり声を立てて笑い始めた。 シスネとロッドが、遠巻きのまま目を丸くして笑う副社長を見ている。副社長がこんなふうに笑うところなど、おそらく誰も見たことがないに違いない。 「すごく貴重なものを見ちゃった気がするわ…」 シスネが小声で呟いた。 ようやく笑いの発作が治まったルーファウスは、目元に滲んだ涙をぬぐいながらはあ、と息をついた。 「それだけ副社長にお喜びいただければ、私としましても本望です」 という割には憮然とした面持ちでツォンが言う。 「悪い…いや、そんなに笑うつもりは…」 と言いながらもまだ笑っているルーファウスだ。 「落ち着かれましたら、どうぞこちらへ」 やっと息の整ったルーファウスを、ツォンはテーブルへ誘う。 そこには先刻のプラのおもちゃのような物が据え付けられていて、その中には氷水が入れられていた。 「これはなんだ?」 「そうめん流しッスよ、副社長」 大きな鍋を抱えて来たロッドが、楽しそうに言う。 「ソウメン…?」 「ウータイの方の食べ物です。夏の風物詩ですね。このつゆにつけて召し上がってください」 シスネが小さな容器に入ったソースをテーブルに置く。続けていくつかの薬味を並べた。 「つける…何を?」 目の前にあるのは、氷水の入ったおもちゃだけだ。 「こうして」 ロッドがトングで鍋から麺を採り出しておもちゃの上に入れる。と、水の流れに乗ってルーファウスの目の前にそれが流れてきた。 「流れ落ちる前に取って食べるんです」 ツォンは器用に箸を使って麺をすくい取り、ルーファウスの容器に入れた。 「どうぞ」 「これは…啜って食べるものか? ウータイのマナーで?」 「そうですよー、美味いから食ってみてください」 鍋から麺を投げ入れつつ、ロッドが答える。 ルーファウスは慎重に箸で麺をすくい上げ、口へ運ぶ。つるつる、と吸い込む様もなぜか優雅だ。 シスネが小さくホウ、とため息をつく。優雅っていうのは、この方のためにある言葉よねと心で呟いて。 「いかがですか?」 横に立つツォンが尋ねた。 「冷たくて美味いな」 「でしょー! やっぱ夏はそうめんッスよ」 「私たちも頂いてよろしいでしょうか」 「かまわないが」 シスネとツォンが各々流れ落ちるそうめんをすくい始める。 「副社長も取らないと食べられませんよ」 笑いながら言うシスネに、 「なるほど。そういう趣向のものか」 と応え、ルーファウスも箸を出す。 「オレの分も残しといてくださいよー」 哀れっぽく懇願するロッドを尻目に、鍋のそうめんはほとんど三人の口に消えた。 ロッドとシスネは後片付けをすると言って出て行き、部屋にはルーファウスとツォンが残された。 ビニールプールの氷柱は半分ほどになっていたが、その分部屋は涼しく保たれ快適だ。 リクライニングチェアに座ったルーファウスの横に膝を突き、ツォンは目の高さを合わせた。 「楽しんでいただけましたか」 「ああ、ずいぶんと準備が大変だったろう」 素っ気ない返事だったが、嘘もお世辞も言っていないことは確かだ。だったらもっとそれらしい言葉を並べるだろう。 「我々はタークスですから」 「はは、能力の無駄遣いだな」 「ルーファウス様」 名を呼ばれ、ルーファウスはツォンを見つめる。 「無駄とは思っておりません。貴方が思うよりずっと、我々は皆貴方のことを大切に思っております。シスネもロッドも、喜んで協力してくれました」 「……そうか」 俯き、呟くように落とされた声。 司令室に沈黙が落ちる。 モニタに流される海辺の景色のささやかな波音だけが響いた。 「ツォン」 ルーファウスの声は微かに震えている。 「はい」 「おまえたちの心遣いは嬉しかった。だが」 不自然に声が途切れる。 「なんでしょうか、ルーファウス様」 ルーファウスは顔を背け、肩をふるわせる。 「まじめな話は…制服でしてくれ」 言いながら笑い出すともう止まらない。 息を切らせ、苦しそうにしゃくり上げながらも笑い続けるルーファウスを前にツォンは唖然とそれを眺め続けていた。 End おまけ 「はい、100ギルね」 こっそり取り付けたカメラで控え室から司令室の様子をうかがっていたシスネは、ロッドに手を差し出す。 「くーーっ」 差し出された手のひらに100ギルを乗せながら、ロッドは 「くっそー、絶対キスくらい行くと思ったのに! ツォンの甲斐性無し!」 と地団駄踏む。 そのロッドの頭をシスネは手にした団扇ではたく。 「呼び捨てにしない!」 心の中では、 『ミッション終了。作戦成功。やっぱりロッドに服を選ばせたのは大正解だったわ』 と呟きながら。 End |