翼無き者達の行方−終わりの始まり−断章
雨の夜更けだ。 広大な神羅邸の一室で、モニタの淡い光を前にルーファウスはひとり音もなく窓にかかる雨の雫を見ていた。 以前は父の与えた豪華な家具に囲まれた部屋を使用していたが、今は最小限のものしか置かれていない。 数十人もいた従業員も多くが解雇され、館の中は火が消えたようにひっそりしている。 すべてルーファウスが独断で行ったことだ。 さして難しいことではなかった。 最近父はほとんどこの館には寄りつかなかったし、お館の坊ちゃんは近頃ますます我が侭だと言わせておけばなんでも通ったからだ。 考えてみる。 今、もしも神羅が潰れたら。 それも、他の企業が業務を引き継ぐことのできない状態で。 つまり魔晄エネルギーの供給が全面ストップするような事態になったとしたら。 最悪の状況を想定する―― エネルギーの供給とメンテナンスがストップすれば、電力、上下水道、交通、通信などのインフラは全滅だ。 当分、復旧の見込みは立たない。 すぐにでも代替できるのはせいぜい灯りくらいか。 火事が起きても消火すらできない。水の供給も止まるのだ。 輸送手段がないから、ミッドガルのような都市部では食料の供給も長期にわたって不可能になる。 しかも通信手段が断たれれば、物資の移動すら覚束ない。 大規模農業地帯は収穫も播種もできず、ただ作物を地に返すしかないだろう。 飼料に頼っている牧畜、養鶏なども全滅だ。 漁業も大型漁船が出せないとなれば、ほとんど漁獲は無いも同然。 都市住民の需要を賄うほどの食料はどこにも存在しない上、たとえあったとしても運ぶ手段がない。 機器に頼っている医療も、なんの働きもできないだろう。薬一つ、清潔な水一つ無いのでは。 そのどれもが、数十年という単位で復旧の見込み無く続くのだ。 しかも、事実上治安の維持を担当している神羅の指揮系統が崩れたならば、都市は無法地帯だ。 最悪なのは、うんざりするほど残るのが現在神羅の所有している武器だけだという事実だ。 唯一の救いは、他国の軍も大型の兵器は一切動かせなくなるということか。 魔晄炉の制御システムは本社からの命令無くしては稼動しないようになっている。 そして本社のメインシステムにアクセスするためには、プレジデントのIDが不可欠だ。 もしくはおそらくその引き継ぎを任されるであろう自分の。 万一それが途切れたときは、停止するか爆発するか。 とにかく神羅が潰れれば、世界中の魔晄炉がいっせいに停止するのだ。 だから大規模な戦争が起きることだけは、なんとか回避できるだろう。 だが結局のところ、都市住民の9割以上は1年以内に死亡する。 他地域においても、略奪などで多くの犠牲が出るであろう事は否めない。 世界は人口の7割を失い、人の文明は百年前に退行するだろう。 幾度もシミュレートを繰り返しデータを替えて試算した結果は、いつも同じような数値しかはじき出さなかった。 小さくため息をついて、ルーファウスは痛む右手を無意識にさする。 神羅を潰すわけにはいかない。 どうやって、この会社をあるべき形へ持って行ったらいいのか。 父は数十年かけてここまで来た。 自分は、その何分の一かの時間でそれをやらなければならないのではないか。 おそらく、猶予はあまりないのだと思う。 もちろん債権のこともあるが、問題はもっと深刻な気がした。 テロリストの言うように、魔晄エネルギーが星の命だとかいう世迷いごとを信じるわけではない。 だが、それを信じる人の力は無視できない。 目に見える公害が無く、多岐にわたって使用でき、しかも他のエネルギーに比べて格段に変換効率がよい魔晄エネルギー。 たかだか数十年のうちに、あらゆる産業はそれに依存するようになっている。 全ての駆動機関は魔晄エネルギーを使用した単純なものになった。 魔晄エネルギー駆動は、他のエネルギーのように複雑な制御装置が必要なかったのだ。 エネルギーの供給を調整しさえすれば、結果的に出力の調整ができる。 つまり同じエンジンで、バイクから戦艦まで動かせるようなものだ。 まさに夢のエネルギーだった。 それを失うことは文明の全てを放棄することに等しい。 それでもあえてそう説く人々がいるという事実が、重い。 それに賛同し、命を賭ける人間が少なくない数存在するという事実が。 あまりにも万能なものは、それに頼り切っているが故の危険をはらむ。 危険因子を分散させるのは、危機管理の初歩だ。 父を説得できない以上、選択肢はいくらもない。 自分が神羅の実権を握るまで待ってはいられないのだ。 ルーファウスは秘やかなため息をもう一つおとし、端末の電源を切って立ち上がった。 end |