「ほんとキレイな金髪ね。これじゃあドンに目を付けられるのも仕方ないわ。あいつってまったく金髪に目がないんだから」
「男でもいいのか」
 ルーファウスは目の前のどう見ても男にしか見えないが、どう聞いても女としか思えない言葉遣いの人物を見上げて首をかしげる。
「あら〜、いやだっ、かわいいっ」
「うわっ」
 いきなりぎゅうぎゅう抱きしめられた。
「こんなに可愛かったら、あの根っから女好きのドンだってくらくらしちゃうわよ。それにこの金髪。なんて柔らかなの」
 やたら髪を褒められて、ルーファウスは何か奇妙な気がする。
 神羅では髪の色は父親譲りだと誰もが知っている。
 髪の色も目の色も、父親に似ていると言われることはルーファウスにとって疎ましいことでしかなかった。
 だが自分自身の個性としてそれを言われることは不思議と嫌ではなかった。
「さ、グズグズしてると彼に怒られちゃうわ。その服を脱いでこっちに着替えて。それからこれをかぶって」

 この人物はの昔なじみであるらしかった。
 本人は退路を確保すると言って出て行ってしまい、ルーファウスはこのへんてこな人物と二人で残されたのだ。
 だがその彼(だか彼女だか)は、
『上司の子どもだ』
 という説明だけで(それは嘘ではなかったが)詳細は問わず協力してくれると言ったのだった。
 そういう友人――友人なのだろう――を持つのは、どういう気分だろうかとルーファウスは思う。
 ルーファウス・神羅のためなら、命をかけることを厭わない人間は幾らでもいる。
 SPから護衛の兵士まで、神羅の精鋭である彼らはいざというときルーファウスの盾となることを躊躇しないだろう。
 だがそれはそれが彼らの仕事であるからで、彼らは自身の生活と誇りのために命をかけるのだ。
 それはタークスとて同じだ。
 自分がルーファウス・神羅でなければ、護るべき価値はない。

 …くだらない。

 ルーファウス・神羅でない自分などあり得ない。
 この髪の1本、爪の先に至るまでなにもかも神羅のものだ。最初から。
 そうでなかったらなどと仮定するのは、そうでなかったら良いのにと望むのと同じくらい意味がない。
 
 ルーファウスは彼女の勧めるとおり上衣を取り替え、あまり綺麗とは言い難いカツラに髪を押し込んだ。
「あらあら、ダメよ、そんなんじゃ」
 言いながら彼女は手早くカツラを直す。
「ん、オッケー。これで絶対ばれないわよ。ふふふ。見てごらんなさい」

 引き据えられた鏡の中に映っていたのは、見慣れない茶色の癖ッ毛に赤いジャケットの少女だった。
 ルーファウスはいささか憮然となる。
 可愛らしい、女の子のようだ、とはしばしば耳にする評価だったが、自分でそう思ったのは初めてだ。
 しかも女の子としては決してさほど可愛いわけではない。 
 顔立ちはきつすぎるし、目の色はひどく冷たい。
 自分はこんな顔だったか。
 
「さ、行きましょ」
 手を引かれて通りに出た。
 そこらにたむろしている男たちがちらりと視線を向けるが、それはすぐ興味を失ったように外される。
 それはルーファウスにとって新鮮な体験だった。
 いつでも、どこにいてもルーファウスは注目される存在だ。
 常に『神羅』という看板を背負って歩いているのだから、仕方がない。この目と髪の色もその一部だ。
 それを取り外した自分は、男の目も引かないぱっとしない少女でしかない。
 いっそ痛快だ。
 
 誰にも見とがめられることなく、駅にたどり着いた。
「じゃあ、あたしはこれで」
「ああ、助かった」
 背後からかけられた声に驚いて振り返る。
 気付かなかったが、部屋を出たときからずっと後を付けてきたのだろう、が姿を現してルーファウスの腕を取った。
 そのまま改札をくぐる。


 ラッシュ時間でない電車は空いていた。
 ドアに凭れてぼんやりと外を見る。
 ミッドガルの支柱に沿って螺旋状に走る1本きりの路線だ。
 さまざまな風景がその窓を流れていく。
 と、いきなり車内が騒がしくなった。
 先の車両から、いかにもな雰囲気の男たちが歩いてくる。
 こんな所まで追ってきたのか。
 が緊張するのが分かった。
 ルーファウスを身体で隠すように立つ。
 
 自分よりもむしろ彼の方が目立つのに、とルーファウスは思う。
 ならば。

 いきなり腕が伸びてきて首に廻され、驚いて見つめた目が海の蒼に出会ったと思うと、柔らかな唇が触れてきた。
 驚きの声も、唇に塞がれる。
 驚愕が去ると、副社長の意図が察せられた。
 はその身体を抱き込み、唇を貪る。
 やって来た男たちは無遠慮に二人を眺め回し侮蔑の言葉を吐き捨てたが、それが自分たちの追っている人物だとは気づかずに通り過ぎた。

 

 

「おもしろかったな」
 カツラを取り髪を振るうと、副社長は笑ってを見た。
 それだけで、地味な少女はまるで殻を脱ぎ捨てたように優美で怜悧な少年に一転した。
 その鮮やかさに、一瞬見とれる。
 同時に先ほどの唇の感触が頭をよぎり、不覚にも狼狽えた。
 神羅カンパニーの副社長――将来のプレジデントを約束されたただ一人の後継者。
 それはタークスにとって最も重要な人物だ。
 一社員としては、雲の上の存在と言っていい。
 そんな少年と白昼堂々電車内でキスをしたなど、今思えば呆れるばかりだ。
「誰にも言うなよ」
 の心を見透かしたように少年は笑って、その指を男の唇に押し当てた。

 神羅本社ビル。
 その63階から見下ろすミッドガルは、夕闇に沈み始めている。
 魔晄の輝きが煌めく機械都市。
 ルーファウスは窓際に寄り、その輝きを見つめる。

「今日は世話をかけたな」
「いや…」
「一度、ガラス越しでない本物のミッドガルを見てみたかったんだ」
 蒼い瞳に、街の灯りが映る。
「ここを出る前に」
「どこかへ行くのですか」
「ああ…。ミディールの近くだそうだ」
 だそうだ――ということは、本人の意志ではないのだろう。
「長期出張、という名目だが、おやじは私をここから追い出したいらしい」
 横顔からは、その感情は読み取りがたい。
「まあ、悪くはないがな。おやじのいないところで、少しは羽が伸ばせる」
 振り向いて笑った顔に、翳りはない。
「たまには顔を見せに来い。タークスならばいつでも歓迎だ」
 言いながら背を向けて手を振る。
 もう退出しろということだろう。
「…はい」

「ああ、そうだ」
 ドアへ歩き出そうとした背に声がかけられた。
 振り向くと、今しがた脱ぎ捨てたものがその手に乗せられていた。
「これを返しておいてくれ。私が礼を言っていたと伝えて。それから、私の着ていた物は処分してくれて良いと。ポケットの中味もな」
「はい」
 ポケットの中味がなんだったか、は思い当たらなかったので、ただ頷いた。 
 
 

 

「ちょっとー! あの子って何者なのよ、!?」
 礼の言葉と共にジャケットとカツラを入れた紙袋を差し出すと、いきなりすごい勢いで迫られた。
「何者…と言われても」
「ポケットの中からざくざく高額チップが出てきたのよ! 10万ギルはあったわよ!」
「ああ…そうか。それはお礼だと言っていた」
「冗談…っ、10万ギルよ、プレートの上に家が買えるわ」
「別に違法に入手した物じゃないし…」
「だったらどうやって手に入れたのよ」
「それは彼がカードで…」
「怪しい、ますます怪しいわね。言いなさいよ、あの子、何者?」
「…」
「ふーーん、どうしても言えないってわけ? それほどの重要人物なんだ。神羅の重役の子か何かなの? それにしたって、カジノで大儲けなんて、しかもそのチップを簡単に人にくれちゃうなんて、さすが神羅カンパニーってこと?」
「持って帰っても使い道がないから置いていったんだろう」
「へえええ。超お金持ちのお坊ちゃまは自分で買い物もしないってことね。よかったじゃない、。コルネオなんかのガードをしてるより、ずっと良いお金になるでしょう?」
 無条件で肯定するにはいささか逡巡うものがある。
 確かに給料は悪くはないが、あくまで悪くない程度だ。
 副社長から特別に金をもらったこともない。
 以前より金回りが良くなったかというと、必ずしもそうではない。
 以前より清廉潔白な仕事かというと、それも違う。
 神羅という巨大な企業の裏側は、ちっぽけなギャングのそれとは比べものにならないほど汚れていた。
 だったら自分はなぜこんな仕事を続けているのだろうか。

 仲間達の顔が浮かぶ。
 彼らは皆、今までの人生で出会ったことの無かったタイプの人間だった。
 居心地は悪くない。

 もう一人、浮かんだ顔は神羅の若き後継者だ。
 16かそこらの子供のくせに、彼が何を思い、何を望んでいるのかは想像もつかない。
 主任さえもが一目置く存在だ。
 神羅カンパニーという巨大組織を率いるためだけに育てられた子供。
 小憎たらしいのに、惹きつけられる。
 コルネオなどとは、外側も中味も違いすぎて比較にならない。

 彼を護ること。
 彼のために働くこと。
 彼の築くであろう未来を共に見ることは、悪くない仕事のような気がした。

「そうだな」
 簡潔にそれだけ言っては踵を返す。
 仕事に戻らねば。
 あのビルに今彼の姿はないけれど、その不在はきっと将来への布石だ。
 
 いつか彼の下で働くと思えば、神羅のタークスであることも悪くない。

 は初めてそう思った。

end