「ツォン」 PCに向かっていた ベッドから起きだすことにも渋い顔をしていたツォンだが、ルーファウスは言いだしたら聞かない。あちこちに出来た擦り傷を手当てし、ぼろぼろになった服を着替えるとすぐ端末に向かって作業を始めた。 ツォンも部屋を追い出されたところを見ると、余程重要な事項なのだろう。タークス主任といえど、社長の機密にはタッチできない。 「このデータを、医療ラボの主任に渡してくれ。スリーピングパピーの件だと言えば分かる」 「は? 仔犬、ですか」 「おまえはわからなくていい」 「了解しました」 渡されたケースを懐にしまい、一礼してツォンは部屋を出ていった。 「ヴェルド」 ルーファウスはもう一人のタークス主任を呼びつける。 「ディープグラウンドから退避したソルジャー達を集めてジュノンへ輸送しろ」 「DGソルジャーですか」 「そうだ。外部に残っていた者たちはすでに回収し終わっている。これが最後だろう。宝条とヴァイスの行ったマインドコントロールも解除されているから抵抗はないはずだが、民間の者と衝突すると厄介だ。なるべく手早くしろ」 「ミッドガル周辺のタークスを召集してあたります」 「よろしく頼む。生き残った者たちだけでも、ソルジャーの誇りを取り戻してやりたい」 「ソルジャーの誇り…ですか?」 「そうだ」 その口から出た意外なセリフに訝しげな顔を向けるヴェルドに、ルーファウスは満足げな笑いを洩らした。 そして一月後――― 「ザックス」 ルーファウスの呼ぶ声に、ザックスが隣室から姿を現した。 「何? ルー」 近づいてきたザックスに、ルーファウスは手を差し出す。ザックスは首をかしげた。 「お手」 反射的にザックスはその手に手のひらを載せる。載せてしまってから、 「な、何やらすんだよ! オレは犬か!?」 と、慌てて手を引っ込めた。 だがルーファウスはしれっとした顔で傍らのツォンを振り返った。 「どうだ。私の勝ちだな」 「そのようです」 「なんだよ、なんだよっ。なんの賭けだよ!?」 息巻くザックスを尻目に、ツォンとルーファウスの会話は続く。 「これはザックスが『私の犬』だからではないぞ。全てのソルジャーに、このくらいの命令は通る」 「さすが神羅の技術、と申し上げておきましょうか」 「ちょっと待て。どういう意味だよ」 だが割って入ろうとするザックスの言葉は、すべて完璧にスルーされた。 「ザックス。おまえを呼んだのは他でもない。これからジュノンへ飛んで欲しい」 「は? ジュノン? なんだ、いきなり」 「いきなりではない。もともとおまえをサルベージしたのはそのためだ」 「そのためってなんのためだよ。おまえの言う事ってちっともわかんないぞ」 「おまえではない。社長とお呼びしろ、ザックス」 無表情のままツォンがチェックを入れる。 「DGソルジャーの指揮と訓練を任せる。以前もやっていた任務だろう?」 「ソルジャーの訓練…はいいけど、でーぷぐらんどってなんだよ?」 「まあ、ちょっとばかり毛色の変わったソルジャーだ。気の荒い者が多くてな。軍も扱いかねている」 「そんな生やさしい状態ではありませんが」 ツォンの言葉も、華麗にスルーされる。 「やはりここは1stに取り纏めてもらわねば上手く運ばないというわけだ。君以上の適任者はいない」 「ふーん…。そりゃ、ソルジャーのことはソルジャーでなきゃな」 まんざらでもないという表情で、ザックスは頷いた。 「彼らにソルジャーの誇りを教えてやってくれ」 「…それ…アンジールの…」 「ああ。口癖だったな。私でさえ覚えている」 ザックスを見上げるルーファウスの瞳が細められる。 「そうだ…オレ、アンジールに逢った気がした…あの時。それから、エアリスにも」 「臨死体験というヤツかな。なにしろおまえは5年間ほとんど死んでいたんだ」 「なんでオレだけだったんだ…エアリスやアンジールは助けられなかったのか!?」 ザックスはルーファウスにくってかかる。理不尽な事を言っていると、自分でも分かっていて止められなかった。 「残念ながらエアリスは間に合わなかった。アンジールは身体そのものがなかった。ラザードも」 ルーファウスの瞳が一瞬伏せられたのを、ツォンは見逃さなかった。ラザードの名はルーファウスにとって特別な意味を持つ。 「ザックス。社長はその当時会社で大きな権限は持っておられなかった。エアリスのことは…私も残念に思う」 「そっか…そうだよな。ルーはあの頃会社にいなかったよな」 がっくりと肩を落とし、ザックスは項垂れた。筋違いの怒りでルーファウスを責めたことが悔まれる。 「おまえ一人を助けるのが、精一杯だった」 ルーファウスはザックスの頬に手を伸ばす。 「それでもこんなに時間がかかってしまった。DGの技術を手に入れて、ようやくおまえをここに立たせることができた」 ザックスはその手を握りしめた。 「うん。おまえには感謝してる。クラウドやシスネもスッゲー喜んでくれたし、生きてて良かったって思ってるよ」 「おまえは、たった一人の『私のソルジャー1st』だ。最初で最後の―――」 「光栄だな」 なんの翳りもない笑顔で返されて、ルーファウスは眩しいものでも見るように眼を細める。時が10年巻き戻され、少年の日に戻ったような気がした。 「存分に働いてくれ。―――そうだ。あれを、ツォン」 「はい。社長」 ザックスがツォンから手渡されたのは新しいケータイだ。 「まだ以前のようにどこでも通じるというわけにはいかないが、それなりに使えるようになってきた」 ザックスは早速そのケータイを開く。当然ルーファウスの話は耳を素通りだ。 「おっ、クラウドのアドが入ってる。シスネも。あっ、これ…」 「気づいたか」 「カンセル、あいつも生きてたんだな」 「生き残ったソルジャーのほとんどはジュノンにいる。おまえに会えれば皆喜ぶだろう」 「うん!」 ケータイを握りしめ、ザックスは大きく頷いた。 「ありがとな、ルー! 大好きだ」 飛びついて首を抱く。勢い余って車椅子ごと倒れ込みそうになった。 「よさんか!」 ルーファウスに代わってザックスを引きはがしたのはツォンだ。 いつかどこかであったような光景。 あの頃の、無限に開けていた未来の図とはずいぶん違ってしまったけれど、ここからもう一度始めるそれも、きっとかけがえのないものになるだろう。 ―――エアリス、アンジール、見ててくれよ――― 「うおぉぉぉぉーーーっ! やるぜーーーっ」 ガッツポーズを決めると、ザックスはロッジの外へ駆け出していった。 「ずいぶんと力が余っているようだな」 その姿を見送って、呆れたようにルーファウスは呟いた。 「無駄に元気なところが彼の取り柄です」 以前もそれでだいぶ苦労させられましたから、とツォンはぽつりと付け加える。 「おまえがそんなふうに言うのは珍しいな。ともあれ、あいつは役に立ちそうだ」 「彼が間に立てばクラウドたちの態度も軟化するでしょう」 「そうだな。―――それで、だ。ツォン」 「なんでしょうか」 「私はもう一人ソルジャー1stが欲しいのだが」 思いがけない主人の言葉に、咄嗟に答えが返せなかった。 「…新しくソルジャーを造り出すことはもう」 「そんな事は言っていない」 さっきまでザックスに向けられていた暢達な笑みとは別の、いかにもルーファウスらしい含みのある笑いがその顔を彩った。 「私が欲しいのは―――これだ」 ルーファウスの示したモニタには、『Gプロジェクト』の文字が躍る。 「…ジェネシス」 「次の任務だ。―――彼を捜し出して、私の前に連れてこい」 有無を言わせぬ命令。 ここにいるのが、まぎれもなく神羅社長であると再認識させる声音。 死んだと思われていたジェネシス―――だが、ルーファウスがそう言うのなら彼は生きているのだろう。 命令に背くことは許されない。 そしてどんな任務も完遂するのがタークスだ。 ツォンの返事はあらかじめ決められていた一言でしかない。 姿勢を正し、一礼してツォンは返答する。 「了解しました―――社長」 end |