「これは?」
手渡された小さな包みを見て、ルーファウスは首をかしげる。
「私からのお誕生日プレゼントです。少しばかり遅れましたが」
「プレゼント… それは、先日バンケットルームの隅に積み上げられていた類のものか?」
「そのような豪華なものではありませんが」
「私は中を見ていないからどんなものが入っていたのかはわからん。庶務が適当に処理したはずだ」
またまた唖然とするような返答だ。
確かに儀礼的に贈られたものには違いないが、ルーファウス個人宛のものだ。本人が確認もせずに処分してしまって良いものなのだろうか。というより、この子はそれ以前にプレゼントというものを貰ったこともないのだろうか?
「これは私が個人的にご用意したものです」
そう言ってからツォンは、ルーファウスがプレゼントを一つも貰ったことがないことの意味に思い当たる。
「ご覧になった後は、処分してください」
「処分?」
「社長がお知りになると面倒かと」
「ああ…」
ルーファウスは包みをじっと見て頷いた。
この子の父親が単にこの子供に対して厳しいだけでなく、呆れる程の独占欲を見せることは、子供自身も気づいていた。
他人からプレゼントを貰うことなど、許さないだろう。
「わかった」
顔を上げたルーファウスはツォンを見て微笑んだ。
 
ルーファウスに贈ったのは、タークスメンバーからのバースディメッセージだった。ツォンが一人一人あたって録画したものだ。
『ハピバなんだぞっと』というふざけたものから、『おめでとうございます』と堅苦しく頭を下げているものまで、各々の個性と誠意がよく表れていたと思う。
きっとルーファウスは喜んでくれるだろうとツォンは思っていた。
それは確かに間違ってはいなかったのだが―――


「ツォン、おまえに渡すものがある。今夜ここへ来い」
と言われて手渡されたメモに書かれていたのは、八番街のアドレスだった。
本日ルーファウスのスケジュールは夕刻から会食が入っており、場所は確か八番街だった。今回タークスは警護に当たっていなかったから、会食後に来いということなのだろうと、ツォンは何も不審に思わず、「はい」と頷いた。

指定された場所はホテルの一室だった。
時折ルーファウスが仕事や休憩に使う部屋で、ここへ来てもまだツォンはなんの疑問も抱かなかった。
「これからまだお客様がおありですか」
テーブルに載せられたシャンパンと花を見てツォンは訊ねた。
暗に女性が来るのか、と問いかけたのだ。
最近ルーファウスがパーティーなどで知りあったご婦人方のお相手をしていることは知っていた。
それは社交の一環であって、もちろん社長も承知の上だ。
必ずしも性的関係を伴うものでもなかったが、そういった行為に及ぶこともあるようだ。
こんな場所にこんな時間、シャンパンに花となれば、他の用事は考えにくい。
だがルーファウスはソファから立ち上がりツォンに近づくと、
「客はおまえだ」
とツォンを見上げて囁いた。
「は?」
まぬけな声で聞き返していた。
「ツォン」
ルーファウスがツォンの手をとる。
「おまえ、明後日が誕生日だろう」
そういえばそうだったか、と思い出す。何処で調べたか誰かに聞いたか、どちらにせよたいした情報ではないので秘匿されていたわけでもない。
タークスは採用と同時にコードネームと偽の経歴を与えられるが、嘘は真実に混ぜるのが良いと言うように、価値のない情報はそのまま使っている。
「少し早いが、明後日は時間が取れないから今日プレゼントを用意した」
「それは…ありがとうございます」
少しばかり驚いた。
ルーファウスが案外律儀な性格であることはわかっていたが、わざわざ場を設けて祝ってくれるとは。
「では遠慮無く頂きます。私がお注ぎしますね」
そう言ってシャンパンの瓶を取り上げるべくテーブルに近づこうとすると、ルーファウスが握った手に力を入れて引き留める。
「何を言っている、プレゼントはそれじゃない」
「は…ああ、そうでしたか。申し訳ありません」
「いや別に、飲みたければ飲んでもかまわないが…」
頭を下げるツォンに、鼻白んだようにルーファウスは目を逸らした。
「では後で頂きましょう」
「そうか」
上げた瞳が、期待に輝いている。
「なら、あちらの部屋へ行こう」
手を引く方向は、ベッドルームだ。
何かよほど大げさなものが用意されているのか?
と、ここまで来てまだルーファウスの意図を見誤っているツォンも大概鈍感である。
ベッドルームはベッドがあるだけで、当然なんの仕掛けも用意されてはいなかった。
「ルーファウス様…?」
ようやく何かがおかしいと思い始めたツォンの足が止まる。
先に立って部屋へ入ったルーファウスは振り向き、ツォンの腰に腕を回した。
「ツォン」
見上げてくる瞳は、熱を持って深い青色だ。
「プレゼントは、私だ」
そのまま小さな頭がツォンの胸に寄せられる。
端から見れば、申し分のないラブシーンだ。主役は美しく可憐で、対する相手はたくましい体つきに精悍な顔立ちの青年。
しかし、ツォンの内心は混乱の嵐だった。
さすがにここまで来て何が起きているのかわからないほど阿呆ではない。ではないが―――
「ルーファウス様、いったいそれはどういう」
確かめずにはいられない。
「わからないのか?」
見上げる顔も、小首をかしげた様も愛らしい。
「私とセックスしよう、と言ってるんだ」
あまりにも直截な言葉が脳天を直撃した。ついでに下半身も直撃されたのだが、それについてはありったけの理性と自制心で無かったことにした。
「ちょ、ちょっとお待ちください!」
「あまり時間がないのだが」
そういう問題じゃなくて!
「やはりリボンを巻いておいた方がよかったか?」
思考停止したツォンを見上げてルーファウスが放った言葉は、これまたツォンの理解をはるか斜めに超えていた。
「リボン…?」
「そうすれば完璧だと言われたんだが」
「誰にですか! 貴方にこのような不埒なことを吹き込んだのは誰です!?」
ルーファウスの肩を掴んで怒鳴る。
ツォンの剣幕に押されて、ルーファウスは視線を逸らした。
「不埒とはまたずいぶん古風な言い回しだな…多少助言を貰っただけだ」
「馬鹿なことを! きつく叱っておきます。レノですか」
「違う…」
肩をがくがくと揺すられてルーファウスは情報源を隠匿することを諦めた。レノに濡れ衣を着せるのも気の毒である。
「シスネ…と女子たちだ」
たち!?
ツォンは部屋がぐらーりと傾いたような錯覚に襲われた。
いたいけな少年に娼婦紛いの行動を取らせるなど、タークスの規律はどうなっているのだ!?
しかも女子!?
「ツォン?」
ルーファウスの声は、さっきまでの居丈高な物言いとは異なって頼りなげに揺れている。
「気を悪くしたなら謝る。彼女たちを責めないでやってくれ」
いや、そう言われなくとも、レノならば叱り飛ばせるが相手がシスネでは無理である。ツォンごときでは口で彼女に勝とうなど百年早い。返り討ちに遭うのがせいぜいである。
ルーファウスに抱きつかれてうっかり下半身が反応しそうになったことまでピンポイントで指摘して、せせら笑うに違いない。
危ない危ない。聞いておいて良かったと心から思うツォンに対して、ルーファウスは不安そうだ。
そんな声を聞いたら、抱きしめてしまいたくなる。
だがツォンはどうにも融通のきく性格ではなかった。ただルーファウスの肩に置いていた手を離して、項垂れる彼を見下ろした。
「あまり大人をからかわれませんよう」
「からかったつもりなど無い。私は本気だ。おまえは私が嫌いか?」
「貴方はまだ子供です」
「それが問題点か? ちゃんと勃つから心配するな」
「そういうことでは…」
ルーファウスの返答が思惑と違う方向へ行きそうなことに焦る。
「女性ともちゃんとできる。それともおまえは大人の男が好みなのか?」
ますます間違った方向へ暴走して行くが、訂正するのとそれで誤魔化してしまうのとどちらが簡単だろうかと考える。
「そうですね。貴方が二十歳になられたら、もう一度お誘いください」
「そうか。おまえがガチホモだったとは意外だった」
何かずいぶんとありがたくない評価をもらってしまったような気がする。というか、そんな言葉を何故知っているか!?
しかしこの際背に腹は変えられぬというところだろう。
これでルーファウスの追及を逃れられるのなら、よしとせねばなるまい。
ツォンには、ここで少年の誘いに乗るという選択肢は存在しなかったのだ。
ルーファウスは今一つ納得しきらぬ表情ながらも、ツォンの腰に回していた腕をほどき、体を離した。
「残念だが仕方ないな。では酒だけでも飲んで行くか?」
「いえ、お志だけ、ありがたく頂いて参ります」
「そうか…」
つまらんな、と呟きを落としながらも、ルーファウスはツォンを引き留めることはしなかった。

NEXT