子供の生活は一変した。
あてがわれたロッジは小さかったがベッドは快適でシャワーの湯もふんだんに出た。、新しい服や靴、食事も与えられた。
ルーファウスはあれきり興味を無くしたように子供に関わることはなかったが、タークスの誰かしらがちょっとした手伝いなどを要求した。
「ただ飯喰らってるんじゃないぞ、と」と言われてゴミ出しを手伝ったのが最初だった。
ゴミと言っても書類の山で、ロッジから運び出すだけでも結構な労働だった。
「極秘資料だから落っことすんじゃねーぞっと」
と言いながら、自分は空手でふらふら歩いてくる赤毛と、大量の書類を苦もなく運ぶ大男のハゲと、三人だった。
それを裏手の空き地に運んでどうするのかと思えば、ハゲと赤毛の二人がいきなり魔法を放って燃やした。
一瞬の光と高熱の後、書類の山は跡形もなく消えていた。
『魔法』というものの力を、子供は初めて間近で見て仰天した。
そして、あんな力がなければとても『あの男』を殺すことなど出来ないのだろう―――と心の底で思った。

「ふうん、ミッドガルの廃墟で暮らしてたんだ」
「他に行くとこなかったしな」
「食べ物とかはどうしてたの?」
「廃材とか、金目のものとか拾って売ったり」
「そっかあ。小さいのにがんばったんだね」
イリーナと二人、荷物をロッジへ運び込む手伝いをする。中身はエッジから届けられた冷凍とレトルトの食物だ。
あの社長に出される食事は、子供が見たこともないような豪華な料理だった。他の4人の食べ物とも違う。それを見たときはすごく嫌な気分になった。神羅の社長はずっとこんな暮らしをしていたんだ、と見せつけられた気がしたからだ。
その料理が半分以上も口を付けられないまま下げられるのを見ると、飢えて死んでいった仲間の顔が浮かんだ。
 
「小さくねえ、メテオが来たとき俺もう9才だったし」
「小さいよ、まだ小学生じゃない」
「だってあの頃、そんなヤツいっぱいいた。親が死んじゃって、一人になったヤツ」
「そうだね…」
イリーナの声が暗くなる。その事態を招いたのが神羅カンパニーだというのは、否定できない事実だ。

だから社長はこの子を連れてきたのかしら?

「星痕で死んじゃったヤツもいっぱいいたけどな」
「君は?」
「俺は罹らなかった」
「そう。それはよかったね」
笑いかけられて、少年は俯く。少しばかりほっぺたが熱いのは気づかなかったことにしよう。
神羅への恨みが消えたわけじゃ無い。でも、この人は悪い人じゃない。悪いことをしてたとしても、それはアイツに命令されてやっただけだし、今は人を助けるために色々やってる。そう心に言い訳する。
大人に優しくされたのは、ずいぶんと久しぶりのことだったのだ。

ミッドガルの廃墟でも、エッジの路上でも、オトナはみんな冷たかった。
みんな自分の生活のことだけで手一杯で、路上で暮らすガキのことなんかかまってる暇はなかったんだ。
だからガキは集まってゴミを拾ったり、かっぱらいをやったりして暮らした。それで余計に白い目で見られたけど、仕方ない。生きていくためには、そうするしかなかったんだ。
だから大人たちには、乱暴に追い払われるか怒鳴られるか殴られるか、そんな扱いしか受けてこなかった。孤児たちはそうやって街の隅でやっと生き延びていた。
それも星痕となんとかソルジャーの襲撃でずいぶん数が減った。
生き残った俺たちはますます隅っこに追いやられて、逃げ隠れて生きてきた。
そんな暮らしをしなきゃならないのは、全部アイツのせいだったんだ。
 
ロッジに段ボール箱を運び込みながら、デスクに座ってモニタを前にケータイで何か話してる男を睨みつける。
陽に焼けたこともなさそうな白い顔も、細くて華奢な指も、力仕事も汚れ仕事もしたことがないのだろうと思わせる。いつもシミひとつない白い服を着て、デスクから命令している。
でも間近で見る神羅社長は、イメージしていたのとずいぶん違った。もっとごつい男だと思っていたけれど、どっちかっていうとちょっと見女みたいだ。
綺麗な金髪。すごく青い目。人形みたいな顔。
見るたびに腹が立つのに、どうしても目が引きつけられる。
社長の後ろに立っていた黒い髪の男はちらりと子供に目をやって、仕事の邪魔をしたら許さないというように軽く視線をとがらせた。
『主任』と呼ばれているこの男は、いつもべったり社長にくっついてる。
この4人がタークスと呼ばれていて、メテオの後ミッドガルで噂に聞いた『神羅の殺し屋』だというのもわかった。
でも噂とはだいぶ違っていて、イリーナは明るくて優しいし、ハゲは見た目怖いけど結構いいヤツだ。赤毛はいい加減で変なヤツだし、シュニンは社長に小言ばかり言ってる。それも『少し休め』だとか『もっと食べろ』だとか、まるで母親みたいだ。いい大人がそんなことを言われているのは、なんだか笑えた。
 
神羅カンパニーというものも、子供が想像していたのとはずいぶんと違っていた。といっても子供は社会に出た経験もなく、『会社』というものに漠然としたイメージを持っていただけだったが。
子供がイメージする神羅カンパニーは、大きなビルに大勢のオトナが働いている場所だった。そして社長はビルの一番上の部屋で大きな椅子に座っている。
けれどそんな場所はどこにもない。社長はこのロッジから出ることも少ないし、4人のタークス以外の人間がいることも稀だった。
社長のロッジは子供にあてがわれたものよりずっと大きくて設備も整っていたけれど、贅沢な家具も立派な飾り物も何もなかった。
ただ壁に掛けられた神羅のマークだけが、それらしい唯一のものだった。
 
「これは最初ここに来たときからあったのよ」
とイリーナは子供に書類の仕分けを手伝わせながら言った。
「もともとここはクリフリゾートと言って、神羅カンパニーの古い保養施設だったんだって。メテオの後もなんとか使える状態だったから、星痕に罹った人たちを集めて、お薬をあげたりしていたのね。ヒーリンっていう名前に変えたのは社長よ」
「どういう意味?」
「社長は、世界を癒してやるんだって言ってたって」
「癒す…?」
「そのすぐ後に、奇跡の水が湧いたのよね」
「嘘だ。だってあの水は古代種の女の人が湧かせたんだって、みんな言ってた」
「うん。それでいいんじゃない」
イリーナはにっこり笑う。自分たちがそれにどう関わっていたかは、説明する必要のないことだ。
要領を得ない顔で、子供は黙り込む。
神羅の社長が『世界を癒す』?
そんなの、あるはず無い。
けれどそう思う一方で、イリーナが語ろうとしないことになにがしかの真実があるのだろう、ということにも気づいてしまった。
世の中は、自分の知らないルールで動いているのだと言われた気がした。
親が生きていてミッドガルがあった頃、自分は本当に何も知らないガキだった。
メテオが来て、親が死んで、ひとりになって、それから世界がどんなに不条理で冷酷なものか思い知らされた。ずっと社会の底辺を這いずって生きてきたのだ。
世間のルールは、嫌と言うほど叩き込まれた。
それでも、そんなこととは全く別のルールがこの世界にはあって、本当はそれが多くのものを動かしているのだと―――イリーナの沈黙はそう言っているように思えたのだ。

「まあそれで、星痕の人たちはみんな良くなってここを出て行ったの。ここはいい所だけど不便だから。というわけで、今ここにいるのは私たちだけ」

車でならエッジまでは1時間くらいだ。ヘリだったらもっと速い。たまに麓に着陸する飛空挺なら、もっと速いんだろう。
社長やタークスは、そういうものを持っているからここにいられる。
でも普通の人たちはたいてい車も持ってない。持っていても今はエネルギーがない。
 
「なんでアイツはこんな所にいるんだ?」
子供がそう訊くと、イリーナはちょっと悲しそうな顔をした。
社長を『アイツ』と呼ぶといつもそうだ。そのたびに、子供はなんだか悪いことをしたような気になるのだった。
「さあ…なんでかしらね。最初は社長も星痕に罹ってたからだと思ったけど、今はどうなのかなあ」
「星痕? アイツも病気だったのか?」
「あら、余計なこと言っちゃった」
イリーナは口元を押さえる。

「なんでアイツが死ななかったんだ! 俺の友達も死んだのに、なんで神羅の社長が生きてるんだよ!」
子供は書類の束を床に投げつけて叫んだ。
「アイツが最初に死んで当然だろ!? どうしてだよ!」
叫ぶ子供を見て、イリーナはもっと悲しそうになった。
子供はこみ上げてきた悔しさと憤りで息もできず、そんな彼女を睨みつける。

「君に私たちを―――神羅を恨むなとは言えないけど、社長のお命を救ったのは星の意志だったと、私は信じてる」
じっと子供の目を見つめて、悲しそうな表情のままイリーナはそう言った。

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