ROCK'N' ROLL SWINDLE




 今年もまた嫌な季節がやってくる。

 だいたい春先とかにやるところが多いみたいだが、ここ、神羅カンパニーでは、なんでだか真夏に設定されている。
 それでなくとも年々ヒートアップしてると言われるこの街のど真ん中で、仕事なんかするよりかはプールサイドでお昼寝の方がぜってーいい気怠い午後に、なんの因果で『株主総会』なんてやらなきゃならないんだ。

 総務は、この時期とんでもなく忙しい。
 ただでさえ図体のばかでかい神羅カンパニーの株主総会と来れば、呆れるほどの規模になる。当然1回や2回ではすまなくて、一週間ぶっ続けの開催だ。
 カンパニー本社の5000人収容の大ホールを使って、連日の大騒ぎ。
 もともとそのホールは、現社長がまだ学生の頃バンドのLiveをやるために親バカ前社長にねだって造らせたもので、音響効果と防音は抜群だ。結局彼はバンドもLiveもやることはなくて、どうもそれはホールを造るための言い訳だったらしい。
 かといって株主総会をやるために造ったわけじゃないだろうけど。
 まあ、とにかくそういう誂えたような場所で、神羅グループ各社の株主総会は開かれる。
 それを仕切るのが、総務の最大の仕事だ。
 ほとんどそのためにあると言ってもいい部署なんだ。
 けど、その総務部の中で、オレの属する調査課はちょっと特別な存在だ。
 形式上は総務に属してるけど、実体は『社長直属の何でも屋』というのが相応しい。
 社長ほかVIPの警護もやるし、調査課の名の通り社長命令で調査をしたり、社長が他に洩らしたくないと思ういろんな案件の処理をしたり。マル暴対策とかの荒っぽい仕事から、ちょっと公にはできない後ろ暗い任務までこなす。
 そうか。もとはといや総会屋対策も調査課の仕事だった。今時神羅カンパニーの総会に入り込もうなんて勇気のある(というか、バカ?)総会屋はいないけどな。
 それはともかく。
 株主総会だ。
 この時ばかりは、オレ達も総務の一員だって思い知らされる。
 株主さまにお茶を配ったりおみやげを渡したり。つまらねぇ仕事に駆り出される。ネクタイなんて慣れねぇもンも締めて、へこへこ『笑顔』で応対だ。
 あんまり暑くてネクタイを外そうとしたら、そこを社長に見つかって後ろ頭をバインダーで思いっきりはたかれた。
 文句を言ってやろうと思ったけど、オレ達以上にきっちりスーツを着込んで汗一つかいてない社長を見たら、バカバカしくなってやめた。
 総会にやってくる株主の半分はこの新社長を見に来るんだって噂は、本当だろうと思う。
 前社長によく似た金髪と青い目。だけど印象の差は絶大だ。
 ほっそりした身体を白いスーツに包んだ姿は、黙っていたらまるで人形みたいだ。だけど話し出したら、この新社長がお人形でもお飾りでもないことはすぐに分かる。
 たった二十歳でこの神羅カンパニーってゆう化けもんみたいにでかい会社を継ぐことになった新社長は、はっきり言ってまだ重役連中や取引先なんかにバカにされてる。
 だけどオレ達は、あいつがただの七光りで社長になったぼんくらじゃないことを知ってる。あいつを舐めてる奴らは、きっとそのうち手痛いしっぺ返しを喰うだろうってことも。
 オレ達は社長の子飼いと言っていい部下だから、絶対的に社長サイドだ。
 もちろんオレ達を雇ったのは前社長で、新社長はそれを丸ごと引き継いだわけだ。けど、新社長はまだ学生の頃から前社長の意向で会社に出入りしてたし、年が近い分オレ達とは気があった。もちろん護衛役もいつもオレ達だったし。
 だがそんな風に子供が会社に関わること自体を嫌っていた勢力があることも事実だ。だから前社長の死後あいつが社長就任することになったときはそりゃあ大騒ぎだった。
 前社長の死に方が尋常じゃなく、その解決も全くなされていないこともそれに拍車をかけた。
 一番たちの悪い噂は、前社長を殺したのは新社長じゃないかっていうヤツだ。それはなんの根拠もない噂だったが、だからこそ否定することが難しかった。
 もちろんオレ達はそんなはずがないと知っている。
 あの親子は表面上仲が悪そうだったけど、実は結構似た者同士で不器用だっただけだ。まあ、そんなことを言ったらあいつはすげー怒るだろうけどな。

 そんなわけで、この、あいつにとって初めての株主総会は、絶対失敗できない大行事だったんだ。

 それはともかく―――

 ―――暑い。
 世を挙げてのエコとやらで、場内の温度は去年までより2度高めに設定されてる。5000人の株主を茹らせてそうそうに追い出そうという計算なのかもしれない。エコと経費削減に表立って反対できる株主はいないだろう。
 だけどオレ達は大迷惑だ。
 だいたいオレは夏が苦手だ。
 夏にはろくな思い出がない。
 初めて惚れた女に手酷く振られたのも夏だったし、アイスの食べ過ぎで腹をこわしてひでーめに遭ったのも夏だった。
 けど―――
 一番嫌な思い出は、そう、もう20年も前になるか―――


















ROCK'N' ROLL SWINDLE


 オレは小さな地方都市の生まれだ。
 軍の基地があって、それだけが唯一の産業で他には何もない。そんな街だった。
 オレの母親はどこかから流れてきてその街に住み着いたらしい。安酒場のホステスをやっていて、オレの記憶の中じゃ結構美人だったと思うが、わりと年がいってたようだ。もう少し若けりゃもっと稼ぎのいい仕事もあったろうけど、あの街で子連れの中年女にできる仕事なんて、しれている。
 正直、母親のことはよく覚えてない。
 それは母親があんまりオレのことをかまってくれなかったせいもあるが、ほんとの理由はそうじゃない。

 記録的に暑い夏だった―――
 ジリジリ焦げたアスファルトの上に光ってる逃げ水に手が届きそうな日射しが容赦なく街を蔽っていて、夜になっても温い風すら吹かない。そんな日が続いてた。
 街も人も、暑さでおかしくなりそうな。
 だからあれが本当のことだったのか、オレにはよくわからない。
 覚えてるのは、切りとったような記憶だけだ。その前後のことは全く思い出せない。
 なぜそこへ行ったのか。
 何をしに行ったのか。
 たぶん、たいした意味はなかったんだろう。オレ達ガキは街中のいたる処を遊び場にしてた。人の来ない廃工場は格好のたまり場だった。

 最初に気づいたのは臭いだ。
 生臭さと鉄錆の混じったような臭気。
 ゴミでも捨てられてるのかと、そう思った。
 次に覚えてるのは、女の姿だ。
 長い髪で、赤と黒が混じったような色のワンピを着て、手招きしてた。
 手招きなんかしたわけがないと後から言われたけど、確かにオレは見たんだ。
 でも、誰も信じてくれなかった。オレだって信じない。見たもの全部が信じられるわけじゃない。その時からオレはそう思ってる。

 だって、その女には顔がなかった。

 首がなかったわけじゃない。
 ちゃんと頭はあった。
 けど、顔のあるはずのところにあったのは、血みどろでぐちゃぐちゃの肉だった。
 その肉の中に、口だけがぽっかり空いてた。
 口の中に白い歯が見えて、それが近づいてきてそこから声が―――

 覚えてるのはそこまでだ。
 気づいたらオレは警察で寝てた。病院に運ぶほどじゃないと思われたんだろう。
 確かにオレはただ気絶しただけだったらしい。怪我は何処にもなかった。
 オレはその死体の第一発見者だったわけで、当然疑われた。でもまだガキだったし、年のわりに細っこくてちびだったから刑事たちもまともに疑ったわけじゃなかったようだ。それにオレと一緒にその廃工場へ行った仲間連中の証言で、『犯行時間』にオレがそこにいなかったことは証明された。その女は半日以上前に死体になってたんだそうだ。
 だからオレの話はショックで夢でも見たんだろうということで片付けられた。
 オレもそう思う。
 
 一時街は猟奇殺人事件で大騒ぎになったが、その手の話によくあるように連続殺人になることも犯行声明が出ることもなく、住民の興味はすぐに失われた。
 女の身元とかも分からずじまいで、犯人も捕まらないまま事件はうやむやになったからだ。
 
 母親は警察にオレを迎えに来なかった。
 説教を嫌という程喰らって警察を追い出されたオレがアパートに戻ると、荷物はスッカラカンになってた。
 捨てられたんだ。
 そう思った。
 隣のババアは、『夜中にがたがた引っ越してったんだよ。おおかた新しい男でもできたんだろ』と憎々しげに言ってオレの鼻先でドアを閉めた。
 だから、捨てられたんだとそう思った。
 ドジを踏んで警察に捕まるようなガキだから、捨てられたんだ。
 そう思おうと思った。
 だって―――
 あの女のワンピは、母親がいつも着てたワンピによく似てたんだ。髪の長さも、背格好も―――

 バカみたいに暑い夏だった。
 オレは酒をがぶ飲みし、コンビニでかっぱらいをやって今度こそ本当に警察の厄介になった。
 やけくそだった。捕まってもいいと思ってた。
 あんまり暑かったからだ。

 それから、母親のことは思い出さない。
 思い出さないでいるうちに、ほんとに思い出せなくなった。
 だから夏は苦手だ。




 暑さと人いきれで息苦しい。
 会場の中で『株主さまの案内をする』と言いつつ不審者の警備をしていたオレは、ちょっとだけロビーの見回りをしよう、なんて言い訳を胸にホール出口へ向かって階段を上り始めた。
 その時、馴染みのある臭いに気づいた。
 生臭さと、鉄錆の臭い。
 この仕事に就いてから幾度も嗅ぐことになった。すっかり馴染んでしまった臭い。今ではその臭いだけで『臭いのもと』の状態が分かるようになっちまった。
 生きてるか、死んでるかも。
 顔を上げたオレの目に入ったのは、ふらふらと歩いてくる人影だった。
 ステージ上では社長がスピーチの最中だ。モニタには資料映像が映し出されて、客電は落とされてる。
 だから、その人影の詳細は分からなかった。
 だけど、オレはゾッと背筋が泡立つのを感じた。
 だって、オレの経験は、そいつは死んでいるはずだと言っていたからだ。

 階段上に立ち止まったオレの前で、そいつは前のめりに頭から倒れた。
 周りの客席から、複数の悲鳴が上がった。


 オレが固まってたのはほんの0.何秒かだ。
 オレは倒れた男(男だった)に駆け寄り、息がないことを確かめるとインカムで主任に連絡を取った。事故や自殺ではあり得ない。どう見ても殺人だった。
 ただちにホールの全出入り口が閉鎖される。
 死体の状況から見て殺されたのは直前だ。どんなヤツが犯人だったとしても、まだホールから出てはいないだろう。
 近くの客に動かないよう注意し、警備に現場を保存するよう指示する。
 ステージ上を見ると、社長に秘書が耳打ちをしていた。
 異変をかぎつけて客席がざわつき出す。
 すると社長はステージの一番前まで出てきて、スポットライトの真ん中で客席に指を突きつけて言い放った。

「今、この客席で殺人があったと報告が入った。全員、席から動かないように。ここにいる5000人が、容疑者だ!


end

あとがき