「ツォン、…もう…」 掠れた声が耳元で囁く。 「もう、なんですか」 微かに笑いを含んだ声で聞き返せば、 「もう、イかせろ」 こんな時も命令口調なのは変わらない。けれど声は甘く掠れ、切羽詰まった響きがある。 「だめです」 ツォンは小さく笑い、上体を起こした。同時に繋がったままルーファウスの身体も引き上げる。 「…なっ、あ、はぁ」 言いかけた言葉は衝撃に途切れ、ルーファウスは喘ぐ。 「興奮しますか。覗かれるのは? いつもより感度がいい」 「ふん、おまえこそ…いつもより積極的じゃないか」 耳元で囁き合う声はドアの外までは届かない。 「そうですね。誰かに、貴方は私のものだと主張できる機会は滅多にありませんから」 ツォンはルーファウスの身体を抱えたまま椅子へに移動した。 動くたびに、身体の奥を角度を変えながらえぐられてルーファウスは高い声を上げ、ツォンの肩に爪を立てた。 「このっ、なにを」 「もっと見せつけてやりましょう」 ルーファウスの腰を抱えて上下させる。 「貴方のここが…」 右手を滑らせて、ツォンを受け入れているその部分に触れる。 「どんなふうに私を飲み込んでいるか」 「あああっ」 いっぱいに拡げられた敏感な粘膜を指で擦られて、ルーファウスは身体をのけぞらした。 「いいですか?」 「…い、悦い、ツォン、そこを…ああ…」 「…いやらしい方だ。こんなになっているのに、まだ足りませんか。どうして欲しいか、言ってください」 「おまえ…!」 「言ってください、ルーファウス様」 「指を…ああ、指も中に…!」 途中から、ほとんど無意識に自分のものを握っていた。 部屋の中の荒い息づかいに合わせて、自分の息も上がっていく。 シュニンが社長の身体を抱え上げ、顔が見えた。 汗に濡れた金髪が額に落ちかかり、半分伏せられた金色の睫毛から濃い青の瞳が覗く。頬はうっすらと赤く染まり、濡れた口唇も赤い。白い肌に汗が光り、ほっそりした身体は確かに男のものだったけれど、街角の娼婦なんか比べものにならないほど綺麗だった。 二人は何か囁き合い、社長が笑った。 子供は思わず息をのむ。自分を握りこんでいた手も止まった。 そのくらい社長の笑顔は―――衝撃的だった。 しばし呆然として、はっと気づくと社長はこちらに背を向ける形で男に跨がっていた。 その背中に、いくつもの傷を見つけて子供は目を瞠る。 どれも新しい傷ではなかったが、引き攣れた火傷のような跡や、真っ直ぐな筋状の跡。それが何で付けられたものか、子供はすぐわかった。 鞭の跡だ。 そういう傷を、何度も見たことがあった。孤児を集めてこき使うような悪辣な奴らがよく折檻に使う。やっと雨露をしのげる寝場所と、僅かな食事と引き替えに一日中働かされる。言うことを聞かなければ、鞭でぶたれる。 そこから逃げ出して来たやつらの背中には、そういう傷がいくつもあった。 子供はそんな生活よりは、明日飢えて死ぬかもしれない生活の方を選んできた。 けれど――― なぜ社長が? しかしそんなことを考えたのは、ほんの一瞬だった。 次の瞬間にはもっと別の場所に、子供の視線は釘付けになった。 男を受け入れている社長のその部分が、子供の位置から丸見えだったからだ。 社長の身体が上下するたびに声が上がり、大きく開かれたそこが引き攣れる。 だいたいそんな大きさのものが入っていることが、驚きだ。 それなのに、シュニンの手がそこを触って、それから指が――― 押し込まれて、中の薄赤い粘膜まで子供の目に晒された。 一瞬、目の前が真っ白になった。 ぶっ倒れなかったのが不思議なくらいだ。 気がついたらしゃがみ込んでいた。 部屋の中からひときわ高い声が響いたけれど、子供は我に返ると慌てて床に飛び散ってしまったものを袖でぬぐい、足音を忍ばせて出口へ向かった。 覗いていたことがばれたら、どんな目に遭うかわからない。 ようやくそれに思い当たったのだ。 こそこそとロッジを出て、駆け足で自分の家へ向かう。脚の間のものがまだ治まってくれず、ひどく走りづらかった。 「可哀想に」 ツォンはドアの方を見て笑う。 「あの子、今夜は眠れませんよ」 「おまえがドアを開けておくからだろう」 ぐったりとツォンにしなだれかかったルーファウスは、気怠げに言う。 「締め切ると外の気配がわからなくなりますから。エントランスのドアを施錠しなかったのは、レノたちが戻る可能性があったからです」 「ていのいい言い訳だな」 「貴方だって、いつかこうなることを期待していたのでは?」 「期待? ふん、ばからしい。何を期待する。まあ、確信はしていたがな」 ツォンの胸の中でルーファウスは笑う。 彼が何を考えているのかはツォンにはわからなかったが、少なくともこの状況を楽しんでいるのは確かだ。のぞき見されて興奮していたことも。 「あんな子供には刺激が強すぎますよ」 「子供? 私があの年頃には、取引先のオヤジどもと片っ端から寝ていたぞ」 それは威張って言うことですか――― と、ツォンの嘆きは心の内に留められる。 だがそれも含めて、すべての経験が今のルーファウスを作り上げたことは確かだ。 おそらくあの子供が思うよりはずっと、神羅社長の半生は過酷だった。 神羅ビル最上階にあった社長の椅子を得るまでも、失った後も。 それを知っているのは、ツォンたちだけだ。正確には、ツォンだけと言っていい。 ルーファウスの身体にこの傷痕を付けた男の、残虐な行為の記録を見たのはツォンだけだったからだ。 それでも、彼はただの一度も自分の境遇を嘆いたこともなければ、それを誰かのせいにしたこともない。誰かを恨んだことも羨んだこともないに違いない。愚痴を言うのさえ、ほとんど聞いたことがなかった。 目的のためなら何を犠牲にすることも厭わず、その結果はすべて自分一人で引き受ける覚悟を持つ。その潔さと強さこそが、ルーファウスだ。 だからこそ彼は、いまだ神羅社長なのだ。 「ルーファウスさま、寝室へ移動してもよろしいでしょうか?」 ツォンの言葉に、ルーファウスは目を丸くした。 「ふっ、珍しいな。おまえがそんなことを言うとは。…よっぽど良かったか?」 「もちろん貴方はいつでも魅力的ですから」 「おまえもな、ツォン」 ルーファウスは笑ってツォンに口づけた。 レノが『荷物運びは明日にする』と言って帰って行ったのは、あれを知ってたからだ。 それにしたって、なにもオフィスの机の上でやらなくたっていいと思う。すぐそばに寝室があるのに。 オトナの考えることはよくわからない。 ベッドに入って眠ろうとしても、アイツの裸が目にちらついてとても眠るどころじゃない。 あの後3回も出したのに、頭の方はずっとオーバーヒートしたままだ。 今まで見たどんな女より綺麗で、いやらしかった。いくつもの傷痕さえ、飾りみたいだった。 それにしても――― シュニンと社長がそういう関係だったなんて、驚きだ。 いや、後から考えてみれば、なるほどと思い当たることが無くはない。 シュニンが社長に小言ばかり言ってるのは、母親じゃなくて女房気取りだったのか。セックスの女役は社長だったけど。 もしかしたら、社長のあの傷はシュニンがつけたのか? という考えが一瞬よぎった。そういう趣味の男もいることは知っていた。 でもすぐに、それはない、と否定する。 傷はどれも古そうだった。何年も前のものだ。 二人がそういうプレイ(という言葉も知ってはいた)をするなら、もっと新しい傷もあるはずだ。 ぐるぐると、らちもない考えが頭を巡る。 結局子供はツォンの言葉通り一睡もせぬまま朝を迎えることになった。 NEXT |