それをタークスとして陰から支えることが出来たなら、それだけで満足だったとツォンは思う。
こうしてこの人を腕に抱く幸運を手に入れたことは、感謝しなくてはならないのだろう。しかし、世界に君臨する彼を見ることが出来るなら、なにも惜しくはなかった。たとえ彼が他の男のものだったとしても―――

「ルーファウス様…」
腰を抱く腕に力を込め、口づけを深くする。
服の内に差し入れた手で滑らかな肌を愛撫すれば、ルーファウスの身体がぴくりと震え、脚が上がってツォンの腰に絡みつく。
甘やかな吐息がこぼれ、掠れた声がツォンの名を囁いた。
たった一枚の寝着を剥ぐのももどかしく、彼の肌に口づけを繰り返す。胸に、脚に。その間に、彼の器用な指がツォンの服を脱がせていく。
合わせる肌の熱さに互いの欲望の高まりを感じる。
手早く濡らした己をあてがい、力を込めて入り込むと、ルーファウスの喉がのけぞり快感とも苦痛ともつかない声がこぼれた。
「愛しています―――ルーファウス様。いつでも、貴方のことばかり考えている…」
すがりつくように抱きしめて囁けば、くく、と喉の奥で笑い、ルーファウスはうっすらと目を開く。
「当然だ」
睦言にはほど遠い、偉そうな物言い。
だが彼の言う通り事実だから仕方ない。
以前はともかく、今のツォンにとって彼を護り彼の命に従うことが仕事だ。仕事はツォンの半分を構成しており、後の半分は―――
「今だけは…貴方にも私のことだけ考えていただきたい」
「それは反対だろう」
すかさず反論された。
「おまえのことしか、考えられなくすると言ってみろ」
「―――たしかに。まずは余計なことは言えなくして差し上げます」
言いつつ激しく動き始め、同時に口唇を塞いだ。
ルーファウスの悲鳴は放たれることなく喉の奥でくぐもった呻きとなり、反射的にツォンを押しのけようとした腕は強い力で動きを封じられる。
乱暴といえるほど激しい行為は彼の身体に負担をかけると分かっていたが、それが彼を満足させることもまた分かっている。
そのまま動き続け、彼の感じるところをえぐるように責めた。
息苦しいのか、ルーファウスは首を振って口づけから逃れようとするが、執拗に口内を犯し続ける。
ようやく唇を離したときには、切れ切れの甘い悲鳴が上がった。
ツォンの肩に爪を立て、のけぞる彼の腰を強く引き寄せる。
快楽に染まった肌は生き生きとして常よりずっと美しい。打ち振られる金の髪はまるで光の糸で出来ているようだと思う。
深い青色をしているであろう瞳が閉じられているのは残念だが、眦を伝い落ちてゆく涙は、どんな宝石よりも輝いて見える。
彼の涙を見た者など、ほとんどいないだろう。
幼い頃でさえ、ツォンの知る限り彼は涙を見せるような子供ではなかった。
むしろ今よりずっと感情の起伏に乏しく、冷ややかで表情のない子供だったのだ。
あの頃の幼かった彼の面影が重なると、なにかとても背徳的な行為をしている気分になった。
今の彼はとっくに成年に達した男であるし、ツォンが彼と関係を持ったときも、もう大人と言っていい年齢だった。
巧みなセックス。
男を誘うことにも手慣れ、情欲を露わにすることを少しも厭わない。
それでも―――
彼にはどこかひどく危うい一面があり、それは子供の頃から少しも変わっていないようにツォンには思われたのだ。

「ルーファウス様…言ってください」
「なに、を…」
「私を愛していると」
「…おまえ」
喘ぎの間にこぼれてくる掠れた声も、愛おしい。
この人のなにもかもを自分のものにしたいと、この時ばかりは切に願う。
「言ってください。貴方の言葉が聞きたい」
もっと奥深くまで入り込もうと彼の腰を掴んで激しく突き上げると、ルーファウスは身体をのけぞらして高い悲鳴を放った。
「そんな余裕もありませんか?」
余裕がないのはツォンの方だ。
どうしても―――どうしても聞きたい。
今この時限りの睦言でもいい。
「では…抜きましょうか」
「だめ、だっ」
心にもない脅しには、すぐに反応が返った。
「このまま…あぁ」
「言ってください…どうか」
「…ツォン」
名を呼ばれるだけで、息苦しいほどに胸が高鳴る。
「ルーファウス様」
薄い背をかき抱き、彼の体内に打ち込んだものをえぐるように動かすと、切れ切れの喘ぎと共に掠れた声が返った。

「おまえが好きだ、ツォン…愛してる。誰より…」

目の眩むような快感―――むしろ衝撃に近いものが駆け抜けて、ツォンは呻いた。
息もできない。
今までも、愛の言葉を聞いたことがないわけではない。抱き合うときには、戯れのように言葉をくれる人だ。
だが、自分からねだったことなどなかった。
彼になにかを要求したことなど―――

しばし呆け、我に返ってみると腕の中の彼もぐったりとツォンに身体をもたせかけていた。
柔らかな金髪が頬をくすぐる。そこから立ち上る、甘い官能の香り。
ツォン、と小さな声がこぼれ落ちた。

途端に―――
激しい胸の痛みが襲ってツォンは愕然とした。
後悔、悲嘆、不安―――
様々な苦い感情がどっと押し寄せて、どうしたらいいか分からない。

なぜ彼にそんなことを言わせたいと思ったのだろう。

彼の気持ちを疑ったことなどない。
否、彼の心がどこにあろうが、ツォンにとってそれは問題ではない。
彼は、独占することなどもとより叶わぬ人だ。
それでこその、ルーファウス神羅だ。
ツォンが愛したのは、そういう人だ。
だから、ツォンが求めたのは確認の言葉ではない。
そんなことが分からぬ人でもない。
 
だとしたら―――?

彼がくれたものはいったい何か。

まるで―――
まるで別れの言葉のような―――

そう思い当たってしまうと、たまらなかった。
ツォンに身体を預け、まだ荒い息をついている人の背をきつく抱きしめる。
「ルーファウス様…」
何か言わずにはおれなかった。言葉に言葉を継いで、不吉な予感を無しにしてしまいたい。
「いつか…そう、あの少年がデニスの名にふさわしいタークスになったなら、二人だけで…暮らしませんか。どこか、静かなところで」
胸に抱き込んだ人の耳元に囁く。
ルーファウスは身じろぎ、低く唸ると
「苦しい。力を緩めろ」
と官能のかけらもない声で言い放った。

「何を寝ぼけたことを言っている」
見上げてくる強い視線は、ツォンの迷いも不安も見通すかのようだ。
「なんだそれは。引退宣言か? おまえ一人で行け、馬鹿者。私は生涯現役だ」
不機嫌そうな声は、演技か本心か分からない。
まじまじとルーファウスの顔を見つめ、ツォンはふ、と力を抜く。深い海の底を思わせる青い瞳は、揺らぎもしない。

「そう、ですね。申し訳ありません。世迷い事を申しました」
ルーファウスは顎をそらし、目を細めてツォンをねめつけた。
「ふん、引退したいなら、引き留めはしないぞ。退職金もくれてやる」
一度離れた薄い肩を引き寄せ抱きしめる。
「とんでもありません。私は、一命を投げ打って神羅のために働く所存。その決意に変わりはありません」
敢えて『神羅』と口に出した。
カンパニーが事実上瓦解した『あの日』から、ほとんど口にすることがなくなった言葉だ。
ツォン自身、今は神羅カンパニーのタークスであるというよりは、ルーファウスの部下であるという認識の方が強い。
それでも―――
ルーファウスはただのルーファウスではなく、どこまでもルーファウス神羅だ。彼に不運しかもたらさなかったその名を、恥じたこともなければ厭うたこともない。
「ならばいい」
ルーファウスはツォンの腕の中で笑う。
ツォンの肩に頭をもたせかけ、甘えるように頬を擦りつけながら。
「一生こき使ってやる。ありがたく思え」
「はい」
ツォンもまた、笑みを返す。多少ぎこちなかったかもしれないが、目を伏せているルーファウスには見えなかったろうからかまわない。
柔らかな金髪に顔を埋め、
「御意のままに」
と囁いた。

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