―――接戦逆転合いまって 筋書きなんかは無いドラマ

  
結局簡単な道具を使って塀に流されている電流を一部分遮断する方法を選んだ。屋敷に出入りするゴミ収集車や、資材搬入車に忍び込むことも検討したが、その担当者に責任が及ぶことを考えると不適当だと却下した。
神羅邸には、高さ3メートル、深さ2メートルの塀が巡らされている。だがタークスでもちょっとした道具があれば進入は可能。ソルジャー1.stクラスならば、飛び越えることも可能だろう。
改めて見れば、この程度の警備では完全にテロ犯を防ぐには不十分だ。
そんなことを考えながら庭園に続く森を抜ける。
ここには警備用のモンスターが放たれているが、さすがにタークスのIDを認知して襲っては来ない。戦闘になれば本邸の警備本部に気づかれる。だがこれも、偽造IDがあれば通り抜け可能だ。
「ここの警備はもう少し考え直した方がいいな」
「は? 何言ってんだよ、ツォンさん」
思わず呟いた声に、レノが呆れる。
「俺たちが侵入者なんだぞ、と」
「そうだった」
苦笑いと共に返す。
本邸の見取り図と副社長の私室、警備状況、監視カメラの位置、レーザーの位置、すべて頭に入っている。使える経路は少ない。だがゼロではない。
渡り廊下を歩くメイドを呼び止める。もちろんカメラの死角でだ。タークスのIDを見せて協力を要請した。神羅邸で働く者ならタークスの制服も見慣れている。常に社長の傍近く仕え、表に出せない問題の処理や暗殺も請け負うという黒い制服は、畏怖の対象だ。そういう効果も織り込み済みだ。
「極秘で警備体制のチェックをしている。警備本部内に内通者がいる可能性も想定しているので、南東の廊下の角の窓を開けてみて欲しい。もちろん、他言無用だ」
すらすらと述べ立てたツォンに、メイドはこくこくと頷く。
開けさせた窓から廷内に侵入した。
監視カメラの配線に細工をして、しばらくの間映像をループで流すようにする。その隙に副社長の私室に近づいた。
さすがに私室前にいる 護衛SSはごまかせない。仕方なく昏倒させ、タークスの持つカードキーで扉を開けた。中にいた護衛SSも同じく昏倒させる。
カードキーを使用した段階で侵入したことはばれている。
警備が駆けつけるのも、タークス本部に報告が行くのも、後は時間の問題だった。
書斎を通り抜け、寝室へ向かう。さすがにここには鍵はかかっていない。
寝室へ入り込んだ二人は、ぎょっと立ち竦んだ。
銃口がまっすぐに二人を狙っていたからだ。
それを持っているのは、ほかならぬ副社長だった。
額には左目を覆う包帯が巻かれていたが、ベッドに半身を起こし銃を構えた腕はぶれもしない。
「副社長…」
「ツォン? …レノ」
3人の声が重なった。
「なんでおまえたちが」
「申し訳ありません。どうしてもお話ししたいことがあって参りました」
ツォンは腕を広げ、一歩ベッドへ近づいた。
「話…?」
「はい」
「それだけのために屋敷に侵入したと?」
「大切な話です。どうしても今、お伝えしたい」
「わかった。聞こう」
副社長は銃を下ろし、少し身を引いた。怪訝そうにしていた表情が、引き締まる。
仕事モードの顔だなあ、とレノは思う。俺ここにいてもいいのかな、いや、でもこれを見逃す手はないぞ、と―――

「先日の、お返事をしに参りました」
「返事? おまえに何か要請した記憶はないが」
「お忘れですか。私を好きだとおっしゃってくださった件です」
「…」
ぽかんと副社長の口が開いた。
「あれは…断られたと思ったが」
「いえ、そうおっしゃったのは副社長です。私は考えさせていただきたいと申しました」
「…今まで考えていたと?」
「はい」
「気の長い男だな!」
まったくだぞ、と。レノは心で副社長に同調する。
「私は」
「手を上げて膝をつけ!!」
ツォンが言いかけたところで屋敷の警備班がなだれ込んできた。
とりあえず二人は手を上げる。抵抗する意志はもちろんない。
「伏せないと撃つぞ!」
自動小銃を構える金属音が響く。
「ハンク」
副社長の凛とした声が緊張を破った。
「銃を下ろせ」
「しかし、副社長」
「いい。これは極秘訓練だ。この二人が私室に侵入してからおまえたちが来るまでにかかった時間は」
「47秒です。副社長」
ツォンが、即答した。
「ということだ。悪くはないが、速くもないな。それについては後ほど検討する。今はもう下がれ。この後は内密の話だ。ああ、ジェレミーとルースはちゃんと手当てしてやってくれ」
「…はい」
不承不承ながら、警備班は引き下がる。

いいとこだったのに邪魔が入った、とレノは不満だ。早く、続き続き!
 
「副社長」
居住まいを正してツォンは改めて話しかけた。
「いえ、ルーファウスさま」
名を呼ばれて、副社長の頬にわずかに赤みがさした。その瞳はまっすぐツォンに向けられている。

やれやれやれやれーーーーー!とっとと行けーーー!
心の中で手に汗握るレノである。

「私は、貴方のお申し出をお受けしたいと思います」

言ったーーーーーー!
もう、大拍手である。

「いま、いまさら…」
「時間がかかったことは、お詫び申し上げます。けれどこれは私にとっても大切なことでした。軽々にお返事することはできません」
「そう…なのか…?」
胡乱な目が、ツォンとレノの上を彷徨う。

いや、違うから! 普通もっと早く結論出すから! ツォンさんが特別なだけだから!
と、心の中で首を振るレノだが、もちろん副社長には伝わらない。

「ルーファウスさま」
ツォンは一歩ベッドに近づく。
ルーファウスはわずかに身体を引いた。
ツォンはそのままベッドサイドに寄り、銃を持ったまま投げ出されているルーファウスの手を取った。銃は取り上げてサイドボードに置く。
ルーファウスは呆然とツォンを見上げている。あまりに想定外な展開に、思考も感情もついていかない―――というより、感情の振幅が大きすぎて思考を妨げているのだろう。
「ただし」
ツォンはそんなルーファウスに笑いかけた。
「私も少しばかり条件をつけさせていただきたいのです」
「条件?」
ルーファウスの眉がひそめられる。

この期に及んで何言い出す気だよ!? ツォンさん! 副社長に向かって条件とか、ありえねえ!
レノの握りしめた拳が、心の内でぶんぶん振られた。
 
「はい」
ツォンはベッドサイドに跪き、ルーファウスと目線を合わせた。
「私は、貴方と行きずりの相手のような行為をしたくはありません。少しずつ進めながら、お互いを知る時間を楽しみたい」
ルーファウスはゆっくりと目をしばたたく。
「だから、一緒に食事をしたり、話をしたり、そういうことから始めませんか」

がくーーーーーっっっ!
心の中では床にでんぐり返っているレノである。
なんだよ、それ! 
こんな美味しそうな美人さんを前にして今更何言ってるかなあ!?

「私が…子供だからか」
「違います。より親しくなりたい相手とは、そうするのが私のルールだからです」
「そうか…」
ルーファウスは顔を伏せる。
「それでもよろしければ…、お許しくださるなら、私も貴方を好きですと申し上げます。これから、もっと好きになりたいと」
ルーファウスの首が、俯いたまま小さく縦に振られた。
ツォンはルーファウスの指先にキスを落とす。ぴくりと震えた細い指先も愛しい。そんな感情がわいて、ツォンは改めて自分の気持ちを確認する。
「お元気そうで、安心いたしました。脳内出血と聞いたときは驚きましたが」
ルーファウスの顔が上げられ、怪訝な表情で首をかしげた。
「脳内出血? なんの話だ」
「そう、聞き及んでおりますが…」
「眼窩に入り込んだガラス片を取り除いただけだ。そんな大げさなことではない」
「「え…」」
二人の声が重なった。
「じゃ、あの時倒れたのは」
「鎮痛剤の飲み過ぎだ」
「えーー」
レノはあからさまに呆れ返り、ツォンはただほっとした。
「何事もなくて、なによりでした」
「けどなんだってそんなガセネタ」
「ただの嫌がらせだ」
後ろからかかった声に、レノは飛び上がる。
「だがどうも逆効果だったようだな―――それはともあれ、二人とも、この違反行動については覚悟の上のことなのだろうな」
寝室の入り口に立つのは、タークス主任ヴェルド。連絡を受けてすぐ駆けつけたのだろう。
「もちろんです」
と直立不動で答えたのはツォン。
「えーと」
と頬をポリポリ掻いたのはレノである。
「神羅邸に侵入するなど、場合によっては極刑もあり得る暴挙だぞ」
「わかっております」
「あーーー」
きっぱりした返答と、曖昧な声が交錯する。
「しかしヴェルド」
割って入ったのはルーファウスだ。
「これが違反行為ということになれば、当然おまえにも責任が及ぶ。ここは私の発案と一存だということで収めておけ。それと、邸内の警備については警備班と検討しろ」
「―――と副社長が言われることも想定内か」
「副社長のお許しがいただけないようなら、この後おめおめとタークスに在籍することは考えられませんから、どちらでも同じです」
「ふん」
面白くなさそうに鼻を鳴らしたのはヴェルド、レノは目を丸くし、ルーファウスははっとしたようにツォンを見上げた。
ヴェルドは二人に背を向けながら、
「始末書の代わりに、廷内の警備についての詳細な報告を上げろ」
と言い置いて出て行く。
そして思い出したように振り返り、ツォンを見据えて
「だがなツォン、俺は反対だ。覚えておけ」
バタンとドアが閉まった。

「こえー」
レノが嘆息した。
「おやじより小うるさいな」
ルーファウスが笑い混じりに言う。
「そりゃ副社長はへーきでしょーけど、俺たちには主任の報復ほど怖いものはないんだぞ、と」
「レノ」
ツォンの静かな声が軽口を遮った。
「おまえには礼を言う。世話になった。だがそろそろ出て行ってくれないか」
「え、は? あ…あー、うん…」
まさかそう来るとは思っていなかったのか、レノは名残惜しそうにちらちらと振り返りつつ、ドアを出て行く。
「がんばれよ、副社長、と」
投げキッスを一つ。

「ようやく五月蠅い外野がいなくなりました」
ツォンはルーファウスのベッドに片膝を乗り上げ、再び手を取った。
「ひどいな、ヴェルドはともかく、レノはおまえのためを思って来てくれたのだろう?」
「それでも。いまは貴方のことだけ考えていたい」
「そのために命も賭けるか」
「当然です。その覚悟無くして、貴方のお気持ちに応えることなどできません。仕事として命をかけるのとは全く別のものですから。貴方にお許しいただけないなら、反乱分子として処分されても本望でした」
「ツォン…」
ルーファウスの腕がツォンの首に回される。暖かく柔らかい息がツォンの耳元をくすぐった。
「おまえの返事―――確かに受け取った」

End

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