Lovers change fighters, cool
―――強気な君と恋に落ちたら これも覚悟の上 「いつまで焦らせる気だ!ツォン!!」 ルーファウスは手にした書類の束を思い切り投げつけた。 半分はツォンの顔面にヒットしたが、半分はばらけて部屋中に散乱した。 「おまえの言うように食事もした、散歩もした、コンサートにも行ったし映画も見た! それでまだ足りないか!」 「どれも一度ずつしか行っておりませんが」 ばらまかれた書類を拾い集めながらツォンが答える。 「それで2年かかってるじゃないか!!」 「仕方ありません。貴方がこちらにいらしてからは滅多にお会いできませんし」 「だからだ! 馬鹿者! 気が長いにもほどがある! これじゃあおまえとベッドインするにはあと10年かかるわ!」 「さすがにそんなには」 「エロDVDも見飽きた!」 「え…」 「おまえのお好みだと言って、レノが持ってきたやつだ」 言いながらデスクの引き出しから取り出したDVDを、絶句して固まったツォンに投げつける。十数枚のDVDがこれまた床に散乱した。 『濡れる人妻・シャワーはお顔に』『奥さんと一緒』『人妻3P・夫が帰るまで待って』『生搾り・巨乳妻』などなどのタイトルがでかでかと手書きされたDVDはもちろんコピーだろう。わざわざこんなものをコピーして持ってきたとは… 「おまえの好みは人妻と顔射ばっかりだ」 いや、それはレノのセレクトでは、とはさすがに言い出せない。確かにどのタイトルにも、見覚えがあった。 「もういい! おまえはどうか知らないが、私は17の健康な男だ、わかるだろう!? つまり、やりたい盛りってやつだ」 「申し訳ありません、心遣いが足りませんでしたようで」 拾い集めた書類とDVDを抱え込みながら、頭を下げる。 「だから、私は次におまえが来るまでにしっかり練習しておくことにする」 「練習…」 「そう、練習だ。別におまえを嫌いになったとか、そういうわけではないから心配するな。テクニックは大事だしな。人妻がいいって言うのは、そういうことだろう? せいぜい腕を磨いておくから、楽しみにしていろ。もういい、下がれ」 唖然と立ち竦むツォンを無視してルーファウスはデスクに戻る。 ―――この既視感!? ツォンの脳裏に2年前の光景がフラッシュバックした。 『下がれ』とツォンに言ってデスクへ戻ったルーファウス。 あの時からはずいぶんと遠くに来てしまった気がするが、ルーファウスは変わっていないと言えばいないのかもしれない。有言実行。言ったことは必ず行動に移す。 ここで同じ失敗を繰り返すわけにはいかない。もう戸惑ったり迷ったりしている場合ではないのだ。 「ルーファウスさま」 デスクに寄り、キーボードの上の手を握る。 「下がれと言ったろう」 「そうは参りません。部下としてなら上司のご命令には従いますが、貴方の恋人としては、今のご発言は聞き流せません」 何でだ?というようにルーファウスの顔が上げられる。 恋人として、という言葉に律儀に応えてくれるルーファウスに、思わず笑みがこぼれる。副社長としての彼なら、何を言ってももう答えてはくれないだろう。 「たしかに」 握った手を持ち上げ、キスを落とす。 「私は少しばかり貴方をお待たせしすぎてしまったようです」 「どこが少しばかりだ」 「ではその分を埋め合わせましょう」 「それはつまり誘っているのか?」 きょとんとした顔で問いかけられて、ツォンは複雑な気分になる。17になってもまだルーファウスは幼さの残る華奢な体つきと中性的な顔立ちの『少年』だった。 そんな表情をすると、ますます可愛らしい。その稚い可愛らしさと発言の露骨さとのギャップに、どうリアクションしたらいいのか瞬時迷う。 「もちろん、お誘いしているのです」 直截な言葉でなければ伝わらない、との判断だ。 「今、ここでか? 『美人妻OLオフィス不倫デスクで濡れ濡れ』のシチュエーションが好みか?」 ルーファウスの手を取ったまま、ツォンは床に突っ伏しそうになった。 「ここでとは申しておりません。私としてはできますならベッドでゆっくりとが望みです」 「ふうん、そんなシチュのDVDは無かったように思うが…まあいい。だがおまえ、ゆっくりする時間があるのか」 「始末書の一枚や二枚、貴方と過ごす時間と引き替えと思えば、安いものです」 「私と始末書を引き比べるな」 そう言ってルーファウスは笑った。滅多に見せない年相応の屈託無い笑顔だった。 「…あっ、ああっ」 組み敷いた身体の細さと上がる声の高さに罪悪感を覚えそうになるのを、なんとか押さえる。これは彼が望んだことだ。それに17歳の男はもう子供ではない。そう心に言い訳して、行為を進める。 たっぷり時間をかけた前戯のあと、やっと彼の中に全てを収めて少しずつ動き始めると、ひときわ高く声が上がった。 「お辛かったですか?」 汗で額に張り付いた金髪をすきながら声をかける。 「…ん、いや…、大丈夫、だ」 まだ息が整わないのか、喘ぐように上下する薄い胸も痛々しい。 「あまりお声がお辛そうでしたので」 「声…? DVDの女は、みんな大きな声を出してたぞ。…そうするものじゃないのか?」 「いや…それは…」 そんなことまで律儀に参考にしていたのかと思うと、可笑しいのか、感心すべきなのか、素直に止めてくださいと請い願うべきなのか、判断に迷う。 「まあ、多少痛みもあったが…悪くはなかった」 言葉に詰まったツォンにお構いなく、ルーファウスは腕を伸ばしてその首を抱いた。そして口づける。 「もう一度やるか?」 「いえ」 ツォンはルーファウスの身体を抱き込み、口づけを深くする。 「お身体を洗いましょう」 「場所を変えるってことか?『新妻浴場の欲情』か? そういえば顔射はまだ」「ルーファウスさま、それは」 まずい方へ転がりそうな話を慌てて遮る。 「なんだ」 「いちいちタイトルを上げるのはさすがに…」 「興ざめか? わかった。思うだけにしておく」 いや、思うのも止めて欲しいと言いたいが、それは思いとどまる。 結局『場所を変えた』ことになってしまった。 ツォンとしてはただ汚れた身体を洗い、清潔なベッドで彼を休ませたいと思っただけだったのだが、彼が自分で言うように17歳の男はそんなことで満足してはくれなかったのだ。 せっかく洗った身体をまた押し開き、バスタブの縁に手を着かせた格好で崩れ落ちかける膝を支えながら激しく突き上げる。 「余計なことは、なにも考えられなくして差し上げます」 「っ、ツォン!」 彼の耳元に囁きながらより深く奥をえぐると、悲鳴に近い声が放たれた。 こんな乱暴な行為を望んだわけじゃない。けれど、シャワーを使うのもそこそこに 『してやる』 と言いながらまだ力を失わないツォンのそれを口に含もうとした彼を押しとどめるためには仕方なかったのだ。彼の言う『してやる』が口淫と顔射だということは想像が付いたので。そんなことをしたら、末代まで祟る―――ではなく、一生後悔しそうだった。しかも、始めてしまったらもう自分にも押さえきる自信がなかったのだ。 いっそ気を失うまで―――とは言わないまでも、疲れ切って抵抗できないくらいには責め立てて、寝かせてしまおう。そう判断した。 それが、自分に都合のいい言い訳であることも十分承知していたが。 いくら若いと言ってもデスクワークが主体の副社長と、特殊工作員であり戦闘もこなすタークスでは、体力に天と地ほども差がある。バスルームで3度目の絶頂を迎えたあと、さすがにぐったりとしてしまったルーファウスの身体を抱えてベッドへ運ぶ。 肌触りの良い上質のバスタオルにくるんだ身体を下ろし、濡れた髪を拭く。寝着を着せようとすると、ほとんど眠りかかっていた彼の腕がそれを遮ってツォンに伸ばされた。 「このまま…」 「…はい」 ツォンもバスローブを脱ぎ、素肌で彼を抱き込む。 「ツォン」 「はい」 「ずっと、おまえとこうしたかった」 「…はい」 こつん、とルーファウスの額がツォンの胸に押し当てられた。暖かな息が肌をくすぐる。 「朝までこのまま…」 「はい」 ルーファウスを抱く腕に力を込めると、密やかな吐息がこぼれた。 「起こしましたか」 仕事柄気配を消すことには長けているつもりだったが、副社長は思ったより目覚めが良いようだった。片腕を付いて半身を起こし、ツォンを見据えている。白い肩がブランケットから覗いて、その下に続く滑らかな裸身を想像させた。 「黙って出て行くつもりだったのか?」 服を着込んでいるツォンに、平坦な声がかかる。 「いえ」 必要以上に冷静な声は、この人の落胆を意味しているのだとやっとわかってきた。 「コーヒーでもお持ちしようと思いまして」 言いながら隣のリビングに備え付けのサーバで淹れたコーヒーを取りに行く。 ルーファウスの私室は副社長の奥に作られていた。そもそもこの支社ビル自体が、副社長を迎えるために建築されたものなのだ。広さは十分にあるが、部屋としてはリビングとベッドルーム、バスルームとレストルームしかない。かろうじてリビングにドリンク類の入った冷蔵庫とコーヒーサーバがあるだけだ。食事は外から運ばれるのだろう。 「まだ着替えなくとも良かったのに…。そうか、次までにはエプロンを用意しておこうか。裸エプロンというのも」「結構です。ルーファウスさま」 とんでもない提案は即座に却下だ。 「そうか。つまらんな。なんなら私が着てやっても良いんだぞ」 「それも結構です」 断言しつつもちょっと惜しい、と思ったことは内緒だ。 「おかしいな。せっかくレノの言うようにおまえの好みを学習したのに、ちっとも役に立たないじゃないか」 「そもそもそれが間違っております」 「そうなのか? おまえの好みと、レノの好み、と分けて持ってきてくれたんだが」 「レノの好み? そんなものもあったのですか」 「ああ。だがレノが自分の趣味だと言って置いていったのは『女子高生盗撮』ばっかりだ。女性のパンツを見ても、参考にならん」 またもカップを持ったまま床に突っ伏しそうになるツォンだ。ルーファウスが女子高生のスカートの中に関心がなかったことはとりあえず喜ばしいが。 「ルーファウスさま。もう一つ言っておきますが、練習はだめです」 カップを渡しながら釘を刺す。 「ああ…あれはまあ、ちょっとした方便だ」 にこやかに笑って答えるが、嘘だ絶対本気だった、と思う。けれどそれは黙っておく。 「貴方に触れて良いのは私だけです」 「ああ」 カップを置き、ルーファウスの頬に手のひらを当ててキスを落とす。 「今夜からはDVDじゃなくおまえの写真だけオカズにしよう」 いやそれも止めて…とは言えないツォンだ。確かに17歳の健康な男子に禁欲しろと言うのは無謀だし、やたらなDVDを見られるよりはまし…なのかもしれない。それにしても『オカズ』なんていう単語をこの人に吹き込んだのはレノか。許し難い。 「でも」 今度はルーファウスが腕を伸ばしてツォンの首を抱いた。 情熱的なキス。 「次はあんまり私を待たせるな」 「はい」 もう一度、たっぷりと時間をかけてキス。唇を放すと、ルーファウスははあ、と息をついて潤んだ瞳でツォンを見上げた。 このままもう一度ベッドに押し倒して―――という衝動を抑えるには、ありったけの理性をかき集めても足りないかと思ったが、ルーファウスは髪をかき上げるとツォンの腕を抜け出てベッドを下り、バスルームへ向かった。その後ろ姿を見送りながら深呼吸して心を落ち着ける。忙しいのはツォンだけではない。そういう切り替えはむしろルーファウスの方がきっぱりしている。 次が待ちきれないのは自分の方だ―――とツォンは思う。 こんなに人を愛おしく思ったことはない。 今まで自分に課してきた『軽い付き合い』の枠をとうに超えていることは自覚していた。 これが生涯に一度の恋になるのかもしれない。それも本望だと思った。 副社長のために命を賭けることを躊躇いはしない。タークスなら誰でも。だが、ルーファウスのために命を賭けられるならば自分は文句なく誰より幸せだ。 バスルームからルーファウスが戻るのを見計らっていとまを告げた。ルーファウスもまた、素っ気なく「ああ」と言ったきりだ。物足りない気もしたが、ここでまた抱き合ったりすれば未練が残る。そのまま私室を辞し、副社長室を抜けて帰路についた。 自分が相当に舞い上がっていたのだとツォンが気づいたのはミッドガルへ戻ってからのことだった。 End 次 |