―――愛しさの中のその裏の裏はかわいさあまって憎さが100倍


『あっあっ、ああぁっ』
「はぁ、はぁ」
薄暗い部屋に、甲高いあえぎ声と、押し殺した吐息が交錯する。
『ルーファウス、さま…』
「あっっ…んん… はぁ、は…」
欲望をティッシュにはき出してしまうと、ルーファウスはぱたりとシーツの上に寝転んだ。視線の先にはまだセックスシーンを映し出しているモニタがある。
画質は悪くはないが、固定されたカメラはいささか対象からずれているため、あまりできの良い映像とは言いかねる。ベッドの上で腰を使っているのはたくましい男で、組み敷かれている相手は細く白い腕と脚しか見えない。
「はあ…」
軽くため息をついて、ルーファウスはモニタの電源を切る。
「どうも自分の声はいまいちだな…。録画を撮っておいたのは良い考えだと思ったんだが。次はもうちょっと考えよう」
「次はありません」
「ツォン!」
暗がりからふいに現れた男を見て、ルーファウスは弾かれたように起き上がった。そのままベッドを飛び降りて男に飛びつく。
「来てたのか!」
シャツ一枚羽織っただけの身体に抱きつかれて、思わずその背に腕を回す。素肌のままの脚が押し当てられ唇が塞がれた。
「早かったな」
「来ないわけにはいきませんでしたから」
「ふふ、いつ気づくかと待ってたんだ。おまえなら絶対来ると思った」
「私を試したつもりですか。困った方だ」
「べつに試す気など無いぞ。これは単に私が見たかっただけだ。おまえが来るのはおまえの事情だろう」
口の減らない―――というか何もかもお見通しというか、どちらにせよ副社長の論法に勝てるはずもない。
「録画は消去願います」
「つまらんな…」
相変わらず副社長はツォンに抱きついたままで、さっきまで彼自身の手で慰められていたものはまだ力を帯びてツォンの太腿に擦りつけられている。
「監視用カメラが切られていなかったのに気づかなかったのは私のミスですが…」
「モニタルームにはもちろん別の映像を流している。ここのカメラは私のプライベートなサーバに直結するよう組み替えてあるんだ。おまえの写真でマスをかいているところなぞ他人に見られてたまるか」
「……」
本当にそんなことをしていたのか?と思うと、嘆きたいのか笑いたいのかわからなくなる。
しかしなにより、寝室にまで監視カメラを設置する彼の父親の神経を疑う。まさか―――
「残念ながら、バスルームには無い」
先手をとって言われてしまった。だがそこは残念という所ではないと思う。
「おまえが嫌だというなら録画を消すのはかまわないが、当然交換条件があるのだろうな?」
「交換条件にはしたくありませんが…今夜は十分満足させて差し上げます」
「当然だ。それだけで条件を満たすと思うか?」
「……」
「あと一つ、私の願いを聞いて欲しい」
「なんでしょうか」
「それは後で話す。ちょっとしたことだ…本当に。おまえに臍を曲げられてもつまらんしな」
ルーファウスがそう言うなら、そうなのだろう。くだらぬ画策などしない人だ。
録画の件は、本当に自分が迂闊だったのだとツォンは思う。彼の私室とはいえ、行為に及ぶ前に安全の確認をすべきなのは当然だった。それがツォンの役割であることも、確かだったのだ。副社長が用心深く有能な人であったが故に彼の秘蔵録画で済んでいるが、他に流出していたらどうなったか―――考えるのも恐ろしい。
ただ、ルーファウスは『試すつもりなど無かった』と言ったが、やはり自分は試されていたのだと思う。
結果は―――恋人としては合格、タークスとしては不合格、というところか。それがむしろルーファウスの望む結果だったのは幸いだったが。
「ツォン…?」
しばし思いに沈んでしまったツォンを、ルーファウスの瞳が見上げる。期待と不安に揺れる瞳。
ああ、そうだ。思い返せば、自分はいつもこのを見ていた。手をつなぎ、肩を抱き、頬にキスし、唇にキスする。そんなひとつひとつの手順を進めるたびに、彼が見せた表情。
期待はわかる。だが、その不安の意味について考えたことはなかった。そもそも今までそれが不安であると明確に分かっていたわけではない。
傲岸不遜な態度も偉そうな物言いも、彼の立場と生い立ち故であって彼の本質ではない。その証拠に彼は最初からツォンに対して驚くほど公正だった。
だからこその不安だと、今初めて気づく。
誰が疑わなくとも、ルーファウスだけはツォンの気持ちを疑っている。それこそが恋というものだ―――と言いきれるほど大人ではないのだ。
「ルーファウスさま…」
柔らかな頬を両手で包み、少しだけ開いた唇に口づけする。ついばむように優しく。そして次第に深く。
もつれ合ってベッドに倒れ込むと、後は一直線だ。服を脱ぐのももどかしく彼の中に入り込む。
反射的に逃げを打つ身体を抱きしめて囁いた。
「好きです…ルーファウスさま」
「…ツォン」
見開かれた瞳が、驚きをたたえて瞬く。
「貴方を、愛しています」
「ツォ…」
後は喘ぎと吐息にかき消された。


倒れ込むように眠ってしまったルーファウスを抱きしめて、しばし微睡んだ。時刻はもう明け方に近い。夜が明ければ、ツォンはミッドガルへ戻らねばならない。仕事を放り出してきたツケは大きいが、そんなことにかまっていられないほど慌てていたのだ。
だが、今こうしてルーファウスを腕に抱いていると、下らぬことで焦っていたのが嘘のようだ。むしろ、彼に会いたかったのだと素直に認めてしまった方が良いと、そんなふうに思う。
たった二度の逢瀬でこれでは先が思いやられる、と思うことすら嬉しい。
一線を越えてしまえば歯止めがきかなくなる―――それを恐れていた。だがその通りになってしまったと思っても、それすらもまた歓びだ。
そんな気持ちが自分の中にあったのかと思うと、不思議な気がした。
「ん…」
ルーファウスが身じろぎしてうっすらと瞳を開く。
「ツォン?」
「はい」
「もう戻らねばならないのだろう?」
「そうですね」
「逢えて嬉しかった」
腕が伸ばされて首を抱く。
「私もです」
「そうか」
ルーファウスはツォンの上に乗りかかって、口づける。
「戻る前に私の願いをきいてくれるか?」
「はい」
「おまえの写真が欲しい」
「は? 写真、ですか」
そういえばつきあい始めて2年にもなるが、一緒に写真を撮ったことはなかった。だがなんとなくルーファウスが言うのはそんな意味ではなさそうな気がした。
「そうだ。タークスのデータにあった写真だけではつまらん」
そんなデータ写真など持っていたのかと思うと哀れな気さえするが、もしかしてそれが『オカズ』だったのかと思い当たってどぎまぎした。しかもつまらん、というところに不穏なものを感じる。
「いいだろう、写真の一枚や二枚。私だけが見る写真だ。他の誰にも見せない」
ということはやはり―――
「このままで…」
言いながらルーファウスはさっきの口づけですっかり力を帯びているツォンのそれに指を絡めた。
「それは…」
「ミッドガルへ戻ったらおまえはまた当分来ない。せめて写真くらい置いてゆけ」
すり寄せられるしなやかな身体。
「そうだ、私の写真も撮って良いぞ。よし、そうしよう」
勝手に決めてベッドを抜け出し、カメラを持ち出した。副社長モードに入ったルーファウスを止めることなど不可能だ。
結局押し切られたツォンは渋々ながらカメラの前に立った。全裸でしかも臨戦態勢の写真は、ルーファウスの言うほど『ちょっとした願い』とも思えなかったが断って彼の機嫌を損ねるほどのことでもなかったからだ。まさにルーファウスの読みは的確で、ぎりぎりツォンが承諾するであろう線を突いてくる。
次に嬉々としてポーズをとろうとするルーファウスをなだめながら、ベッドに座った写真を一枚だけ撮った。
「それだけで良いのか。オカズには足りないだろう?」
よほど『オカズ』という言葉が気に入ったのか、連発してくるのには閉口する。その口から発せられるにはあまりにも似つかわしくない。
「私には必要ありません。目を閉じれば、いくらでも貴方の姿を思い浮かべられますので」
ルーファウスは目をしばたたき、それから花が咲くように笑った。


ルーファウスに無理矢理持たされた写真を、そっと開く。
乱れたベッドの端に腰掛けて片腕を突き、軽く脚をそろえている。背筋は伸ばされ、ほんの僅かかしげられた顔には綺麗な笑みが浮かんでいた。
裸でなければもっとありがたかったのだが…とツォンは思う。
副社長の写真など、マスコミに流通しているものならいくらでも手に入る。きちんとセットされた髪と皺一つまで計算されたようなスーツ。だがその表情は完璧に演出された笑顔だ。
ツォンに向けられたこの笑顔はまったく別物だった。
服を着ていてくれれば、ケータイに入れていつでも見られるのに。こんな写真は危なくてとうてい持ち歩けない。タークスの連中に覗かれる心配もないでもないが、それよりなによりツォンの仕事はいつ命を落とすか分からない類のものだ。
副社長の裸の写真など、どこにも流出することは許されない。だから自分が死んだときは即座に抹消処分されることになっている私物の中に、このデータは入れてある。タークスに唯一許されたプライバシーだ。墓まで持って行く秘密、というヤツである。
こうやってごくたまに開いてみる。それもまた、良いもののような気もする。
本社内で毎日のように姿を見ていたこともあった。けれど今は遙か遠く離れて、滅多に顔も見られない。メールや電話で連絡を取り合うこともない。忙しさに取り紛れて思い出さぬことも多い。おそらく副社長もそうだろう。ツォンよりよほど忙しい人だ。彼から連絡が来たことも皆無だった。
 
寂しい―――とあの人は思うだろうか。

思ってはいたのだろう。
否応なしにそう気づかされたのは、しかしとんでもない方法でだった。

職場ではなく家に届いたその荷物は、小さな包みだった。
差出人は知らない名だが、場所はミディールエリアにほど近い街。
この家を借りているのは神羅カンパニーに勤める安月給の平社員だ―――そういうことになっている。タークスの給与ならばもっとランクが上の住居に住むことも可能だったが、徹底して目立つことは避けるのが基本だ。偽名で借り上げられている住居、そのID。ツォンというのもタークス内での通り名だったが、ここに住む男はまた別の名だ。
ここに届けられるものは通販で注文した品とダイレクトメール以外まず無い。
サイズと重さから爆発物ではないと判断する。宅配業者のパッケージを開けると、綺麗な包装紙で包まれた箱が出てきた。貼られたシールにはLの文字。
ツォンは思わず微笑む。
彼からの贈り物か。

この住所を教えたことはなかったが、彼ならばそのくらい調べるのは容易いことだろう。副社長権限でアクセスできるデータはタークスのそれよりも上だ。
事実上の会社経営からは遠ざけられている副社長だが、情報へのアクセスは制限されていない。彼の父親は、彼が経営に口出ししてくることを恐れてはいるが、カンパニーにとって不利益になるようなことはしないと信じてもいる。だからミッドガルから遠く離れたミディールの辺境へ追いやり、面倒な決裁や調停の業務を押しつけているのだ。
何一つ不平を言うこともなくその状態に甘んじている副社長が何を考えているのかは、ツォンにも分からない。分かっているのは、彼がきわめて有能で積極的で誇り高い人だということだ。
このまま諾々と―――ということはあり得ない気がする。
ツォンのそのぼんやりした予感は後日これまたとんでもない事態となって現実となるのだが、それはまた別の話である。
 
ツォンは丁寧に包装紙を剥がした。シールを破るのも惜しい気がした。包んだのが彼とは限らないが、誰かにやらせたとしてもそれを命じた彼の気遣いが伝わってくるような気がしたからだ。
包まれていた箱の中には、データの入ったカードと手書きのメモが入っていた。
『どこにも接続されていない機器で再生しろ』
彼らしい几帳面で綺麗な文字だが、あまりにも素っ気ない伝言だ。それでも彼が手ずから書いたものだと思うと、紙切れ一枚も愛しい。
指示通りネットへの接続機能はないデジカメで再生した。わくわくとフォルダを開き、画像を読み込んで―――
ツォンは思わずカメラを壁に投げつけそうになった。

そこに映し出されていたのは、

ツォンの裸エプロン画像だった。

かろうじて踏みとどまり、次の画像を映し出す。
明らかに合成だろう。けれどよくできている。知らなければ合成には見えない。
数枚の合成画像の後には、動画が入っていた。
それを見た途端、今度こそ思わず電源を落としてしまった。
なんとなく予想はしていたのだ。それでもその映像はインパクトがありすぎた。
深呼吸して心を落ち着け、再び電源を入れる。

『ツォン』
映像には音声も付いていた。
ルーファウスはくるりと身体を回転させる。ひらひらしたエプロンが、それにつれて空を舞った。
ツォンの映像に合成されていたものと同じエプロンだ。
『どうだ。似合うか?』
クスクスと笑う声。
合成画像を作るために、エプロンの画像が必要だったのだろう。つまりこれはおまけなのだ。
それにしても、副社長にこんな才能があったとは知らなかった。それほどにさっきの画像はよくできていて、ツォンは二度と見る気にはならなかったもののその出来映えには感心せざるを得なかった。
 
困ったものだ―――
こんな下らぬことにその才能と時間を割くなど。
いずれその手に世界を掌握することを約束されている神羅の後継者は、いったいどれほどの才を天から与えられているのか。
彼にできぬことはなく、望めば手に入らぬものは無い―――自分もそのひとつだろうか。
それは楽しい考えではなかった。
彼が自ら言ったように『やりたい盛りの十代後半』。適当な相手として選ばれたのが自分なら…そういえば彼は最初から『セックスしよう』と持ちかけてきたのだった。
この呆れた贈り物の真意はどこにあるのか。
もやもやとした不快感がつのる。
ツォンが思うほどに彼は真剣ではないのかもしれない。なんと言ってもまだあの若さだ―――

デジカメの小さな画面の中で、ピンクのエプロン一枚というふざけた格好の彼は正面を見てふっと動きを止める。

『ツォン…会いたい』

ほとんど聞き取れないくらいの囁きと共に映像は途切れた。
ツォンはその真っ暗になった画面を見つめたまま立ち竦んだ。
「ルーファウスさま…」
呟いたきり、動けなかった。

どうして―――
彼の気持ちを疑ったりしたのだろう。たとえほんの一瞬でも。
 
彼が望んで手に入れたものがあるとすれば、それはただツォンだけではないのか。少なくとも、ツォンが知る限りではそうだ。
贅沢な暮らしも副社長の地位も、彼が望んだものではない。彼の意向とは無関係に与えられたものだ。
どれほど贅沢な『もの』に囲まれていようと、母も兄弟もなくいるのは滅多に帰ってこない強権的な父親だけという家庭が、子供にとって幸せであるはずがない。そんなことは誰にだって分かる。飢えて死なないだけまし、というレベルの話だ。
幼い頃から友人を作ることも遊ぶことも許されず、ただ会社のためだけに育てられた。彼が神羅カンパニーの後継者でなかったなら、むしろ非人道的と非難されてもいいような環境だろう。
あらゆる贅沢を手にしてわがままし放題の特権階級と思われている彼の現状は、早朝から深夜まで仕事に縛られ寝室の中も監視される囚人の生活だ。
その中で―――
唯一、彼が望んだものがツォンだった。
そんなことは、分かっていたはずだった。
分かっていなければいけなかったのだ。
ツォンは唇を噛み締め、目を閉じる。
ため息のような彼の声がよみがえる。
『ツォン…会いたい』
私も貴方に会いたい。
貴方の顔を見て、声を聞いて、その身体を抱きしめたい。
激情が身体を駆け巡る。
どうしても―――
行かなければ、と思う。
貴方の気持ちに応えるすべは、それしかない。


「これはお返しします」
ルーファウスの私室で二人きりになると、ツォンは懐から例のメモリカードを取り出した。
「なぜだ」
ルーファウスはちらりとカードに目をやって、不機嫌そうに言う。
「私が持っていてよいものではありませんから」
「なら捨てればいい」
「いえ。貴方から頂いたものを捨てることなどできません」
ルーファウスはツォンに視線を戻し、そして軽く笑った。
「ややこしい男だな、おまえは」
「申し訳ありません」
「まあいい。おまえが来てくれたから、もう目的は達したわけだしな」
『こんな小細工をせずとも』という部分は心に秘めておき「お呼びくだされば参りますのに」と言ってみる。
「嘘をつけ。おまえが素直に来るわけがない」
我ながら信用がない―――とと思いつつも身から出た錆かとも思う。意図してではなくとも、今までずいぶんとルーファウスを待たせたり焦らせたりしてきたという自覚はある。そもそも最初からしてそうだった。
告白を受けてから返事をするまでに何ヶ月もかかっているし、それもお節介なレノの後押しがなかったらもっとかかったろう。いや、返事できたかどうかさえ怪しい。
何もかもが不釣り合いな二人だ。
年齢も性別も身分も―――
釣り合うのはせいぜいヒトという同じ種に属していることくらいか。
今でも―――本当にこうなってよかったのかと、自問することがある。その迷いと躊躇いは、いつまで経っても捨てられないのだ。最初から迷いなどかけらもないルーファウスと違って。

「嘘でもいい…来てくれて、嬉しい」
ルーファウスの腕が首に回され、耳元を息がくすぐる。反射的に腰に手を回して抱きしめた。
副社長として接する彼と、今ツォンの腕の中にいるこの人とは別人のように違う。なによりこんなにも素直に感情を口に出せることが、信じられない。
必要とあれば平然と偽りも口にする人だ。他人を陥れることも厭わない。そんな局面も仕事上では幾度となく見てきた。
だからといって、彼の気持ちを疑う要素はない。ツォンとこんな関係を持つことは、彼に何一つ利益をもたらさないからだ。
だからこそ迷いはツォンの側に濃い。
彼にとって自分の存在が不利益になりはしないかと―――
彼を愛しく思えば思うほど、その懸念は色濃くなっていくのだった。
「ツォン」
じっと瞳をのぞき込んで、ルーファウスが問う。
「何を考えている」
「…いえ」
曖昧な返答に、ルーファウスはふ、と小さくため息をつき、ツォンの胸に頬を寄せた。
「私を疑うな」
囁くような声だったが、言葉は明瞭だった。戸惑い迷う心の内を言い当てられて、ツォンははっとする。
次の瞬間にはルーファウスの唇が押し当てられ、言葉を返す間を失った。情熱的に舌が絡められる。ルーファウスの手がツォンの上衣の中に潜り込み、肌を探った。そのまま縺れ合ってベッドに倒れ込む。

思うさま熱を分け合った時間の後、ルーファウスの温かな身体を腕に抱いて微睡む。
こうして抱き合えば、彼を手放すことなど考えられない。
誰よりも愛しく、誰よりも大切だ。その想いに偽りはない。
髪を撫で口づけを落とせば、身体ごとすり寄って脚が絡む。もう一回とねだられるかと一瞬思ったが、さすがにその体力は無かったらしくただ小さな吐息が漏れた。
ツォンを受け入れて快楽を追うルーファウスは美しく、この身体が自分だけのものであると思うことはひどく―――自尊心と征服欲を満足させた―――ツォンにとってさえも。
それを望む者はいくらでもいるだろう。レノなどはツォンに対し幾度も『もったいない』と言い、『俺だったらその場でオッケーなのに』と言っていた。
それなのに―――
どんな相手でも選ぶことができたであろうに―――
なぜ自分だったのか?

「ツォン」
半分眠りかけたような声がツォンを呼ぶ。
「私を疑うな」
今一度、先刻と同じ言葉をルーファウスは繰り返した。口にできなかったツォンの疑問に答えるかのように。
「私を裏切るな」
だが続いた言葉はツォンを驚かせた。もちろん、ルーファウスを裏切ることなど考えられない。そう思う。しかし、彼の言うのは言葉通りの意味ではない気がした。
寝ぼけたような声で告げられるには、あまりにも重い言葉だ。
「ルーファウスさま」
身体を起こし、彼を真上から見下ろして声をかける。
「私が貴方を裏切ることなどあり得ません」
ルーファウスはぱちりと目を開き、ツォンを見上げた。薄暗い明かりの下で、深く暗い海の底のような瞳。
「そうあって欲しいものだ」
「私を信じられませんか」
「いや―――」
ルーファウスは腕を伸ばし、ツォンの背に回す。
「信じている…もちろん…」
腕に力を入れて身体を引き上げ、ツォンの耳元に囁いた。
「おまえは―――私の希望だ」
「―――」
告げられた言葉のあまりの意外さに、返事ができなかった。
それはいったいどういう意味なのか。
「いつか、話してやる。その時が来たら―――」
うっすらと笑ってそれだけ告げると、ルーファウスは口を閉ざした。これ以上何も訊くなとの意思表示だ。
受けた衝撃をやり過ごす方法も思いつかず、ツォンはただルーファウスの身体を強く抱きしめる。
彼が問うなというなら、全ての疑問は封印するしかない。『疑うな、裏切るな』という言葉はそのためにあったのか。
今はただ、この腕の中にある温かな身体の感触に溺れて、陰鬱な疑惑にも不吉な予感にも蓋をしよう。
それしかないのだ。
「ルーファウスさま、もう一度…」
言いながら彼の下腹に手を滑らせると、ルーファウスは声を上げて笑い自ら脚を開いた。

End

続き