Lovers change fighters, cool ―――情も愛も全部 込み込みで 「ルーファウスさま…」 ぐったりと力を失った身体を抱え上げ、頬を撫でながら呼びかる。 「大丈夫ですか?」 はあ、と喘ぐように大きく息をして、ルーファウスは薄く目を開いた。 「ツォン…」 つい先ほどまでは、汗ばみ上気した頬と欲情に潤んだ瞳、熱い吐息と喘ぎがこぼれ落ちる唇が彼を彩っていたのに、僅かの間に全ての色彩が抜け落ちてしまったかのようだ。 頬は血の気が引き紙のように白く、心なしか握った指先も冷たい。 「どうなさいました?」 再度の問いかけにも、応えはない。ただ再び目を閉じてツォンの胸に身体を預けた。 どう見ても尋常ではない。 もともとあまり体力のある人ではない。しかもメテオ後はいろいろな悪条件が重なり、怪我や監禁生活、星痕症候群のせいでずっと体調は最低ラインだった。 星痕が消えてからだいぶ復調してきてはいたのだが、問題ないと言い切れるところまではなかなかいかなかった。 星痕を抱えていた間に服用していたのは弱めであったとはいえ麻薬の類だ。長期にわたる服用には、当然中毒症状が付いてきた。好んで陥った状態ではないにしろ直ちに薬を断つのは難しく、長い罹患期間の間に内臓に受けたダメージもあって回復するまでには時間がかかった。 こうして身体を重ねることも、ルーファウスの体調を思えば自然と回数も減った。それでも彼はツォンを求めることを止めようとはしなかったので、求められれば応じるしかなかった。なるべく身体に負担をかけぬよう心がけ、快楽を追うというよりは慈しみ合う行為を意識した。 それでも絶頂の後意識を失うように寝込んでしまうこともたまにはあったが、これがそんな状態でないことは 見ただけでわかる。 「すぐに医者を」 「今はいい…」 「しかし」 「いいんだ、ツォン。少し、眠りたい…このまま……」 浅い呼吸はどこか痛みがあるのかそれとも息が苦しいのか。どちらにしてもこのまま、というのは素直に了承しかねた。 だがルーファウスはツォンにすがりつく腕に力を込める。 行くな、という意思表示だ。 「ルーファウスさま…」 浅く繰り返されていた呼吸が落ち着き彼が眠りに落ちてしまっても、ツォンはまんじりともせず夜を越した。 あれはいつだったろうか。 彼が反神羅組織アバランチと結託して父親の失脚を狙ったことが発覚し、タークス本部奥に幽閉されていた当時のことだ。 幽閉期間は4年半にも及び、彼は十代の後半をほとんどそこで過ごすことになったのだ。いくら環境は整えられているといえ、狭く陽も当たらない室内に閉じ込められた彼に対し、タークスたちは同情的だった。 反神羅組織との抗争ではタークスもかなり厳しい状況に陥ったこともあったのだが、ぎりぎり大きな損害は出ないように計算していたあたりは彼の手腕だったのか。どこまで本気だったのかツォンにさえ計りかねたが、当時のプレジデントの専横とそれに付け入るように好き勝手している一部統括の目に余る行動を鑑みれば、何を置いてもまず権力を自分の手に握りたいとルーファウスが考えたとしても不思議はなかった。 やり方こそ乱暴ではあったが、ルーファウスの目的が間違っていたとは言い切れない。今となってみれば、あの時彼の企みが成功していたならその後の世界は大きく変わっていたのかもしれないとも思うのだ。 ルーファウスの幽閉と時を同じくして逃亡した前主任ヴェルドに代わってツォンは主任代行を勤めることとなり、勢い本部内での指揮と連絡の任務が主体になっていた。 ルーファウスとツォンが肉体関係も伴う仲であることはタークス全員の知るところでもあり、ツォンはいささか気まずい思いをしたのであるが、ルーファウスはそんなことはかけらも気にかけなかった。 少しでも手が空いたと見ると部屋へ呼びつけられる。どうやって見張っているのか、その判断は驚くほど正確だった。昼も夜もない閉ざされた部屋の中で、彼は奔放にツォンを求めた。 こうしてみると、彼が恋人としてツォンを選んだのはこの時を見越してのことだったのではないかと邪推したくなる位だった。 そんな時代の話だ。 一戦交えた後、ベッドの中での会話だったはずだ。なんとなればそこで以外彼と会話した記憶がないからだ。内情はどうあれ、彼は囚われの身の罪人であり、ツォンはその見張り役だった。二人仲良くタークス本部でお茶をする、というわけにもいかなかったのだ。 どんな流れで出た話だったのかは、覚えていない。だが、その内容は忘れることなどできないものだった。 「私の代で神羅は終わりだ」 「え……」 「魔晄炉が完成した。ジェノバが発掘された。私には研究者としての資質がなかった。そして私はおまえをを好きになった。だから神羅は終わりだ」 「そんなことはありません! 副社長はいずれしかるべき女性と」 「おまえ、私の話を聞いていなかったのか。前半が全部飛ばされているぞ」 「……は」 「逆だ。私がおまえを好きになったのは、神羅の血がこの星にとってもう不必要になるからだ」 不必要? いやそれ以前に『星にとって必要』とはどういう意味なのか。 ルーファウスの言う『神羅の血』とは単に神羅家の血統のことではないような気がした。そういえばいつだったか彼は、『呪われた血』と言ってはいなかったか。 「おやじは、私が神羅の直系だから疎ましく思っているんだ」 彼らの親子仲の悪さは誰もが知るところだったが、子が親を厭うのはだいたいにおいて親に問題があるものだ。 確かに一見ルーファウスを溺愛しているように見えてプレジデントは時折ぞっとするほど冷たい。 明らかに息子に非があったとはいえ、こんな部屋に何年も放置したままで顔を見せたこともない。ルーファウスが幼かった頃は、手を上げることも珍しくなかったようだ。得てして親はそれを『しつけ』というが、実体はただの暴力でしかない。 ルーファウスの言う『疎ましく思っている』という言葉もあながち間違いではないような気がした。 「プレジデントも神羅家の方ではないのですか」 「直系だったのは母の方だ。おやじは傍系の遠縁だ。神羅製作所の営業をしていて、母と知り合った」 初めて聞く話だった。 もっともツォンは前任者のヴェルドからなんの引き継ぎもなくタークス主任を任され、神羅家の内情について知る機会がなかった。 「母は有能な研究者だったらしい。魔晄炉の実用化を実質成し遂げたのは、母の功績だ。あまり知られていないがな。神羅の直系は、代々天才的な研究者を輩出してきた。異界よりこの地に降り立った祖先から連綿と受け継がれた才能だ」 ツォンの頭に疑問符が浮かぶ。話が現実から滑らかにファンタジーへ移行したようだ。 ―――神羅の祖先が異界からこの地へ来た? ルーファウスの中ではなんの落差もなく認識されている事項なのか? だがここで口を挟むのは躊躇われツォンは沈黙をもって話の続きを待った。 「直系、と言われるが必ずしも遺伝的な親子とは限らない。もちろん遺伝的にも繋がりはあるのだが…むしろシンラとしての才能を継いだ者がそう呼ばれてきたんだ」 「確かに歴代の神羅当主は、卓越した才をお持ちだったと伺っておりますが…」 「そう、代々の『シンラ』は取り憑かれたように魔晄の実用化を進めてきた。それがなぜかわかるか」 「魔晄エネルギーによる人々の生活向上を目標とされていたのでは?」 当たり障りのない答えに、ルーファウスは嗤った。背筋が寒くなるような暗い嗤いだった。 「母は私を産んですぐ死んだ。28だった」 その若さに驚く。ツォンが入社した頃すでに神羅夫人は亡くなっていた。神羅夫人についてはタブーとまでは言わないものの、社内では触れてはならない事項になっていた。それは夫人を失った社長の悲しみが深いからだと言われていたが、そんな単純な話ではなかったのだと初めて知る。 「神羅の直系は寿命が短い。だいたい30年前後だ。早くから特異な才能を発揮して、早死にする」 「え…」 「そう、私もおそらくそう長くは生きない」 あまりの衝撃に、声もない。 寝物語にさらりと語られるような内容ではなかった。ツォンはただ呆然と、ルーファウスの声を聞き続けていた。 「だから、おやじが私を15で副社長にしたのは、神羅家の伝統に則ってのことだった。むしろ遅すぎたくらいだ。ただ、研究職と違って経営は人相手だ。幼すぎる上司は、受け入れられない。私には研究者としての才能が無かった。この代に私以外に直系と思われる者はいなかったにもかかわらず、だ。つまり研究者としての資質はもう必要なくなったということだ」 そこまで語って、ルーファウスは口を閉じた。 いろいろなことが頭を駆け巡る。 神羅家の伝統――― 確かに、本社高層フロアに飾られた代々の当主の胸像は、多くが若々しかった。単に見栄を張っているだけと思っていたが、彼らは皆その年で死んでいったのだ。 ルーファウスが『いつまでも社長職を譲らない』と言って父親の追い落としを計ったのも、それなら肯ける。 そして逆に、プレジデントが息子に対して抱く感情にも思い至った。 若くして死んだ妻。そして、自分より先に死ぬかもしれない息子。 彼らを愛していればなお、顔を見るのも辛い―――のかもしれない。 だがそれをルーファウスに理解しろと言うのは無理だ。 何を言うこともできず、ツォンはただルーファウスを固く抱きしめた。 その話をルーファウスが再び口にすることは無かった。もちろん、ツォンが問うこともなかった。 そのまま時が過ぎ、世界の状況も大きく変わった。 神羅カンパニーはかつてのような隆盛を誇ってはいなかったが、今でも事実上世界のインフラを供給維持していることは変わらない。 父親の横死によるルーファウスの社長就任は遅きに失した感はあったものの、その後の采配を見れば確かに彼はこの時代に選ばれた者なのだという気がした。 研究者としての才能がもう不要になったのなら、彼に求められたものは指導者としての才だったのだろう。 ルーファウスの母は28で死んだと、彼は言っていた。 そして彼はいくつになった? 15の年に出逢い、変わることなく互いを想い続けて何年経ったろうか。 忘れていたわけではない。 だが考えないようにしてきたのは確かだった。 自分もルーファウスも、この激動の期間に何度か死に損なった。特にルーファウスはつい先日まで死に至る不治の病を抱えていつ死んでもおかしくない状態だった。そんなことが日常になり、目を塞いでくれたのだ。 だが、星痕症候群が思念体騒ぎと共に終熄し、世界の状況が落ち着きを取り戻した今となっては、目を背けてはいられない問題だった。 かといって――― 何ができるわけでもない。 何もできないのだ。 ルーファウスのいうことを信じるなら――― 眠れぬ夜を過ごしたツォンは、ルーファウスが身じろぎしてゆっくりと瞳を開くのをじっと見ていた。 朝の光の下で、幾分顔色は良く呼吸も落ち着いている。 それでもルーファウスが昨夜医師の診察も治療も拒んだのが、自分の思う理由でなら安心できない。 いつまた具合が悪くなるかわからないのだ。 「そんな不景気な顔をするな」 ルーファウスは笑ってツォンの頬に手を伸ばした。そっと触れ、ゆっくりなぞる。 「朝食にしますか? それともシャワーを」 「もう少しこのままで…」 そう言ってルーファウスはツォンにすり寄る。素肌が触れあうと、微妙な熱が生まれた。 目を伏せてまた寝込んでしまうのかと思われた彼が、小さな息を落として口を開いた。 「一目惚れだった」 「は…?」 いきなりなんの告白だろうか。 「嘘ではない。おまえを見た時、この男だと思った。自分でも信じられなかった。なぜ男など好きだと思うのか、わからなかった。私は15になったばかりで、それまで特に好きになった女もいなかったが、男に欲情したこともなかった。いつか自然に好きな女ができるのだろうと、漠然と思っていた」 ほほえましいといえる恋愛観だ。ルーファウスもその点はごく普通の少年だったということだろう。 「なのに、私が初めて寝たいと思った相手は厳つい男だったんだ」 一目惚れ、とか言う割にはずいぶんな言われようだと思う。 「それで、考えた。これには何か意味があるのかと」 惚れたはれたに意味が必要なのか?という疑問がわくが、黙って聞いておく。 「あるのだとしたら、私は女とは関係する必要がないということなのだろうと思った。つまりそれは、神羅の血が途絶えるということだ」 ここまで来てようやく、これはいつかの話の続きなのだと気づく。 だが、ツォンとの恋愛に関して言うなら、そこまで深刻に考えることだったのだろうか。 確かに恋愛に命を賭ける人間がいないでもないが、普通は人生の一部を占めるだけの出来事だ。人には日々の暮らしがあり、ルーファウスに限っていえば神羅カンパニーは命と同じくらい重要なものだったはずだ。それと恋愛を秤にかけるとは考えにくい。ツォンと付き合いながら女性と結婚し子供をもうけることもべつに不可能ではないだろう。倫理的にはどうあれ、難しいことではない。 「だが、私の誘いをおまえは承諾しなかった。正直、断られるなど考えていなかったから、驚きもしたし落胆もした」 あの時のことを言われると、いまだにばつが悪い。必要以上にルーファウスを苦しめたという負い目がある。ただそれもカンパニーが実体を失った今でこそ言えることで、あの全盛期にあった神羅カンパニーの後継者である副社長と気軽につきあえるほどツォンはお気楽な性格ではなかった。 「おまえが受け入れないなら、きっとこれは気の迷いだったのだろうと思った。それなのに、諦めよう、忘れようと思ってもできなかった。ならば私は片恋のままこの気持ちを持ち続けていくのか。それはそれでも結果は変わらないのかもしれないが、私にとってはずいぶん辛いことだと思った―――あの頃の体調不良は、半分はガラス片のせいだったが半分はそのせいだったのだと思う。だから、おまえが受け入れてくれたときは、嬉しかった。やはりこれは運命だったのだと思った」 運命? この人の口から出たとは信じがたい言葉だ。 およそ『運命』ほどルーファウスが信じないものも無いと思っていたが――― 「そんな鳩が豆鉄砲を食らったような顔をするな」 そう言ってルーファウスは笑った。 「私が口にするには似つかわしくない言葉か? 運命でなければ、巡り合わせでもいい。私がシンラに生まれついたことが運命なら、この恋も運命だったということだ」 運命と言い、結果と言う。 ルーファウスのその言葉が指しているものはなんなのだろう。 「それはずいぶんと都合のいい解釈だと、自分でも思う。それでも私はその考えを捨てきれない」 都合のいい解釈?―――運命の恋が? 「もしかしたら―――もしかしたら私は、神羅の血の呪縛から逃れることができるのかもしれないと―――」 ようやく――― ようやく話の核心だ。 運命と言い、結果と言い、いつかツォンを『私の希望だ』と言ったことの意味――― 「神羅の血とは、異界よりこの星にもたらされたLifeだ。この星のライフストリームとは相容れない、Life。それが代々の神羅の直系に受け継がれて来た。でもヒトの身体は、この星の物質とライフストリームとで出来ている。普通の身体では、二つのLifeを支えきれないんだ。だから、神羅の血を真の意味で継いだ者の寿命は普通のヒトの半分だ」 それで『呪われた血』と、かつてルーファウスは言ったのだ。ツォンは思い返す。 それを聞いたのはいつだったか? 初めて『好きだ』と言われたときではなかったか。 とすれば、ルーファウスは少なくとも15の年にはそのことを知っていたのだ。自分が、他の人間よりずっと短い寿命しかないのだと――― 「代々の『シンラ』が求めてきたものは、二つのLifeを支えられる身体―――それだけの強靱さを持つ入れ物だ。魔晄エネルギーの研究とソルジャーの開発が同時進行で行われてきたのは、そのためだった。人の身体を強化して、二つのLifeを持ったままでも通常の寿命まで生きられるようにすることを、彼らは夢見てきた。だがそれは結局、実現することはなかったわけだ。私はただの人間で、おそらくは最後の『シンラ』だ」 なるほどそうですかと素直に頷くには、荒唐無稽に過ぎる話だ。 だがそれが紛れもない事実だということは否定しきれない。ルーファウスの話にはそれだけの説得力があった。その事実を付け加えるだけで全てのパズルのピースが収まっていくような――― 「だが結局それも全部『星』の意図だったのだろう。私が死んだら神羅の血は途絶える。異界から来たLifeは、おそらく異界へ帰るのだろうな」 後半は聞こえなかったことにしたかった。 「星の意図とは…」 「星はジェノバと共存することを求めていた。ジェノバに対して耐性の無かった古代種が滅び、現在のヒトが取って代わったのもおそらくそのためだ。星は古代種を滅びるままにし、人を介してジェノバを取り込もうとした。だがそれもなかなか進まないので、今度は神羅の祖を異界から呼び寄せた…彼の持つ そこまで一気に話して、ルーファウスははあ、と息をついた。 「ご気分が?」 ツォンは慌ててルーファウスを抱え上げる。 「いや…」 「少しお休みください。それに何か召し上がりませんと」 有無を言わせずルーファウスを着替えさせ、ベッドを整えて横たえると、ツォンは朝食を用意すべく寝室を出た。その間ルーファウスはもう何も言わず、ツォンも沈黙を守った。 聞かされた話の内容は重く、心の中で整理するのに時間が必要だった。 星を巡るライフストリーム。 それは全ての生命の源であり、時にはウェポンなどという形で地上に姿を現す。メテオ落下の際には、力の奔流そのものとなって地上を荒れ狂った。 星には意志があり、古代種はその声を聞いたと言われるが、本当にそうだったのだろうか。彼らの聞いていたものもまた、星が聞かせたいと思ったごく一部の情報でしかなかったのではないのか。 ルーファウスの推論は、古代種の伝説が語る牧歌的な星との交流の域を超えて現実味があった。 思念体騒ぎの折、教会跡に湧いた奇跡の水に関して『エアリスの声を聞いた』もしくは『電話がかかってきた』という証言が多くあった。それは、星が人に直接語りかける代わりにそういう形を取って意志を伝えて来たのだと考えるのが妥当だろうと、あの後ルーファウスは言っていた。 そもそも星痕はジェノバに対するライフストリームの過剰反応が原因だった。水はジェノバをどうこうすると言うより、むしろライフストリームの反応の方を押さえる働きを持っていたのだ。 人の体内で、星のライフストリームとジェノバの遺伝思念―――ジェノバのLifeと言ってもいい―――が、より上手く共存できる状態を作り出すのが、あの水の働きだったのだろうと。 ツォンの用意した朝食を半分ほど食べると、ルーファウスはトレイを押しやって再び口を開いた。 「私はずっと考えていた」 ツォンはベッドサイドに立って姿勢を正し、それを聞く。 ルーファウスの口調はプライベートな話をするときのものというより、社長としての時のものに近かった。 「この星とジェノバとの邂逅は、ある意味予定されたものだったのではないかと思うのだ。思念体がリユニオンして現れたセフィロスは『星を船として宇宙を旅することが目的だ』と言っていた。『ジェノバがそうしたように』と。だとしたらそうやって宇宙を旅してきたものが他の星と出逢うことはそう珍しいことではないのかもしれない」 驚くような仮説だ。 ジェノバは天から来た厄災―――文字通り降って湧いた災難なのだと誰もが疑いもしなかった。 それをこの人はまったく違う視点で捉えていたのか。 「セフィロスは、たどり着いた先の星を支配する、と言ったようだが、それはセフィロスの持つ概念の中ではそれが一番近かったからだろう。支配というのはあまり的確な言葉ではない。もしその星に命あるものがいなかったなら、そこには新しいLifeがもたらされることになる」 「そうですね…。必ずしも命ある星に出逢うとは限らない」 「それがどれほどの確率のものかはわからんがな。そうして出逢ったジェノバとこの星のライフストリームは、本当はなんとかして折り合おうとしているのだと思う。星痕症候群も、その過程の一つだったのだろう」 素直にそうかとは肯けない。過程と言い切るには、人にとってずいぶんと残酷な事態だった。自分たちも―――ルーファウス自身も辛かったろうが、ただ見守るしかなかったツォンにとっても苦しい日々だった。 だがその身に星痕を抱えていた頃、ルーファウスは『これで私が死ぬことはない』とツォンに言い続けた。単なる強がりと思いはしなかったが、彼の言を信用し切れていたかと言えば否である。上司としての彼の言葉は絶対だとしても、恋人としてはいくら案ずるなと言われても無理だった。ましてルーファウスはツォンよりずっと年若いのだ。 神羅崩壊後、公私の境は果てしなく曖昧になりつつあったが、恋人としてのツォンはルーファウスを護りつつリードするという姿勢をとり続けてきた。それはルーファウスが15才だった頃から変わらぬ二人の関係だった。だからツォンは星痕の治療法を探し求め続け、それが徒労に終わるたびにルーファウスから『これで私が死ぬことはない』と言われ続けたのだ。 全てが終わってみれば、ルーファウスには確信があったのだとわかる。星痕症候群を終熄に導いた思念体事件は、ルーファウスの指示の下に起き、そのシナリオに沿って展開し終幕した。 星が『最後のシンラ』としての役割を彼に求めていたのなら、確かにあの出来事はその一部だったのだろう。 そして――― それが終わった後はどうなるのか。 「ジェノバのLifeは、星痕という形で人間の中に顕在化し、癒しの水というきっかけで共存可能になった。ジェノバの意志はこの星のライフストリームよりもずっと明確で単純だ。むしろヒトに近い。だからこそ、ヒトがライフストリームとジェノバの介在役となったのだろう。いやむしろ、ジェノバとの仲介役としてヒトが生み出されたと言う方がより正確かもしれない。そしてその星の試みは、成功しつつあるのだろう」 「だとしたら?」 ツォンは先を促す。ようやく、ずっとルーファウスが心に秘めてきた真相が明らかになるのか。 「その触媒の役を果たすため、『シンラ』は呼び寄せられた。だから―――異界からもたらされたシンラのLifeがこの星にとって不必要になったのなら…」 ルーファウスは言い淀む。いつもの歯切れ良い彼の口調ではなかった。 「その時が来たら、もしかしたらそれが私の身体から抜け出ていくことがあるかもしれないと……言葉にすると希望的観測過ぎて笑えるな」 ルーファウスは苦笑した。 ツォンはとても笑えなかった。 どれだけ真剣に、ルーファウスはそのことを考えてきたのだろう。希望と絶望の間を揺れ動く心を、誰に見せることもなく。 「命を惜しいと思ったことはない。だが諾々と定めとやらに従うのも癪だ。そのくらいの気持ちだったが…」 ルーファウスは瞳を上げてツォンを見つめた。からかうような色と、その奥に真摯さが見え隠れする表情だ。ツォンを試そうとするとき、ルーファウスはよくこういった顔をする。それに気づいてツォンは、心の内で身構える。この人は期待はずれな反応を嫌う。 それを知っていたから、彼の言葉に神経を研ぎ澄ます。 「おまえが惜しんでくれると思えば、少しでも長く生きたい…今は」 声を返すことができなかった。 いつもルーファウスはこうしてツォンを驚かす。最初の愛の告白からずっと。 真っ直ぐツォンを見つめる瞳は、揺らぎなく透き通った青だ。余分な感情を一切そぎ落とした、ひたむきな声音。 ツォンは何も言わず、力一杯ルーファウスを抱きしめた。 突然のことに彼が息をのむ気配が伝わる。 何か言わなければ、と思う。 大丈夫です。ルーファウス様。きっとまだ星はあなたを必要としているだけです。いえ、そうでなくとも、きっと何か方法はある――― そう言いたかったが、声にならなかった。 ただ抱きしめるしか、できなかった。 「苦しい、ツォン」 笑いを含んだ声が、胸元で響く。 「もう放せ」 「嫌です」 何を言っている?と彼が口に出す前に頬に手を添えて仰向かせ、唇を塞いだ。迷いも躊躇いもない深いキス。片腕は彼の背をきつく抱いたままだ。 息苦しくなったのか、ルーファウスがツォンの腕を叩く。それでもツォンはまだルーファウスを解放しなかった。 諦めたように力が抜け、ルーファウスは長いキスを受け入れる。 どのくらいの時間が経ったのか、すでに二人ともわからなくなった頃ようやくツォンは腕の力を緩めた。ルーファウスははあ、と息をついて枕に背を預ける。 「…いつもこのくらい情熱的なら嬉しいのだが」 「そのように努力いたします」 「鋭意検討しておけ」 ルーファウスは笑ってツォンを見上げる。ツォンはその唇にもう一度軽くキスを落として姿勢を正した。 「では仕事に戻ります」 「ああ。WROの本部建設現場に行くならリーブに連絡を寄越すよう伝えておけ」 「了解しました」 次 |