―――数え切れないエピソード いつの時代にもあふれてる


「ジュノンで?」
「はい。行方不明になった人数はおよそ1200人と」
「行方不明ですむ数ではないな」
「やはりなんらかの組織的犯行かと」
「そんな離れ業のできる組織が存在したか?」
忙しくキーを叩きながら、ルーファウスはツォンに矢継ぎ早の質問を放つ。
「現在把握されている中にはありません」
「ならば」
「それに」
「なんだ」
「現場を目撃した者の証言には、犯人は神羅の兵士だというものが」
馬鹿な、と返されるかと思ったが、ルーファウスは難しい顔で考え込んだ。キーを打つ手が止まる。
「神羅兵…か」
「神羅軍の解体とWROへの移譲は終了しています。今更」
「これを見ろ、ツォン」
ルーファウスはモニタの画面を示す。
「これは?」
「機密ファイルへのアクセス記録だ」
「神羅の?」
「私以外はアクセス権のないファイルだ。10日ほど前から頻繁にアクセスが繰り返されている。密かに潜り込んでいるようだが、探知に引っかかっている。だが、それがどこからアクセスしているのかがわからなかった。ただ使われているシステムの特性はカンパニーのオリジナルだ。なんらかの形で神羅と関わる者であることだけは確かだ」
「ではその何者かと誘拐犯は同一組織の者だと?」
「そうだ。そして神羅に関係のあるた者たちだ。早急に割り出せ」
それだけ命じるとルーファウスはもうツォンの方を見ようともしなかった。モニタの画面に照らされた頬は、透き通るように白い。キーを打つ指も、明らかに細くなった。ツォンはその横顔を見て、僅かに目を細める。
この1年の間、ルーファウスの体調は悪くなる一方だった。最近はベッドから起き上がれない日も少なくない。
今、彼の傍を離れたくはなかったが、今回の事件がタークスの総力を挙げて取り組まねばならないものだというのは確かだった。できる限り速やかに集められる限りの情報を集め、ルーファウスの指示を仰がねばならない。事態は思念体事件の時以上に危うい状況だと思えた。
ツォンは一礼して彼の部屋を辞した。


「ディープグラウンド…」
ツォンの報告をベッドの上で聞き、ルーファウスは目を眇めた。
「何かご存じでしたか」
「いや…しかし本当だったのか、地下都市の話は…」
ほとんど独り言のような言葉は、ツォンに向けられたものではない。
「地下都市、ですか」
「くそっ、おやじめ!」
吐き捨てるように言って、ルーファウスは目を閉じる。深く息を吐き怒りを静めようとしているが、固く握られた手はまだ小さく震えている。この人が感情を高ぶらせるのを見たのは久しぶりだ。父親が死に社長職を継いでからは、声を荒げることもほとんど無かった。
「ルーファウス様…」
「いや、気づかなかった私のミスだな…。とっくに知っているべきだった。ミッドガルの地下に古い街があるというのは、神羅に伝わる伝承の一つだったのだから」
「そんな話が?」
「零番魔晄炉の存在も、ほのめかされていた。最初に造られた魔晄炉の原型だと。祖先にまつわる神聖な場所として言い伝えられていた。だから単なる遺跡の類と思って確かめてみようとしたことは無かったのだが…失態としかいいようがない。そこでそんな実験が行われていたとはな。シンラを良く思っていなかったおやじらしい企みだ」
そもそもルーファウスはそんな知識をどこから得たのだろう。神羅の直系であった母は早くに亡くなり、父親は彼を厳しく隔離して育てた。そんな伝承など語る者は彼の周囲にいたとは思えぬから、彼が探し集めた知識なのだろう。父親によって封印されたデータは知ることが難しかったに違いない。彼の父は用心深く、息子の卓越した能力についてもよく承知していた。
「こちらからディープグラウンドのシステム内部にアクセスすることはできない。完全に別系統のシステムになっているようだ。まずやるべきことは、どこかからディープグラウンド内に侵入しシステムにアクセスポイントを作ることだ。内部の者に気づかれぬよう、慎重にやれ」
「はい。しかし、ディープグラウンドソルジャーによる襲撃も続いていますが」
「それはWROに任せろ。またクラウド達に協力を要請するようリーブに言っておく。おまえたちはあくまで隠密に行動しろ」
「わかりました」
「それから」
「なんでしょうか」
「……いや、やはりいい」
ルーファウスは息をついて顔を背ける。激高したことでまだ頬に赤みが残っていた。
「なにか気になることでも?」
ツォンは食い下がる。いつもならしないことだが、ルーファウスが言いかけてやめたのは彼自身に関することだと思えたからだ。
「今はいい、まだ。とにかく襲撃の原因を探り、止めることが先決だ」
「…わかりました」
不満が声に出たのはわざとだ。
ルーファウスは目をしばたたいてベッドサイドに立つツォンを見上げる。
「どうした。何か言いたいことがあるのか」
「…いえ」
返事は相変わらずだが、不満げな顔も相変わらずだ。
「ふっ」
ルーファウスは小さく笑うと素早く手を伸ばしツォンのネクタイを掴んだ。そして引き寄せる。ツォンが易々とは引き寄せられなかったために、逆にルーファウスの身体が少しばかりベッドから浮いた。不自然な体勢のまま唇を重ねると、ツォンの腕がルーファウスの腰をとらえる。そのままきつく抱き寄せられ、口づけが深くなる。
ルーファウスを抱えるようにしたままツォンはベッドに膝を乗り上げた。片手でPCの乗ったテーブルを押しやる。
時刻は、実はまだ真夜中だ。
事件についての報告は何よりも優先しろとの命令通り、寝んでいたルーファウスを起こしての報告だったのだ。
護衛に残していたルードはツォンが戻るのと入れ違いに休憩に出た。今、このロッジの中は二人きりだ。
ルーファウスの手がツォンの上衣のファスナーを引き下ろす。
二人は慌ただしく互いの服を脱がしあい、愛撫もそこそこに繋がりあった。


「そんなに不景気な声を出すな。隊員の士気が落ちる。本部での人的損害は最小限に抑えられた。建物などまた建てればいいだけの話だ」
「…最小限ですか。簡単に言いますね。さすが神羅社長だ」
シドの飛空挺の一室に、リーブの暗い口調とルーファウスの明快すぎる声が交錯する。
「君もいい加減割り切ったらどうだ。上に立つ者がいちいち動揺していては、部下が不安になる」
「なら貴方が指揮を執ればいい」
「リーブ、君はいくつだ。甘ったれたことを言っている余裕は無いだろう。我々もできる限りのことは…」
「…社長?」
画像はなく、音声だけの通話だった。急に声が途切れたあと、慌ただしく立ち動く人の気配だけが伝わってくるが、何事があったのかわからない。リーブは携帯を握り直して、もう一度問いかけた。
「社長? どうしました」
「―――部長」
雑音の後聞こえてきたのは、ツォンの声だ。
「後は貴方のご判断にお任せします」
「ツォン、いったい」
リーブの返事を待たず、通話は切れた。
携帯を見つめ、リーブは今一度深くため息をつく。
感情のままルーファウスに無責任な言葉をぶつけたことを後悔していた。そんなことくらいで傷つくような柔な相手でないことは百も承知だったが、それにしても大人げなかったことに変わりはない。
彼くらいしか、ぶつけられる相手がいないのだ。
クラウド達に対しては、元神羅社員であったという負い目がある。神羅軍からWROへ移行してきた兵士の多くは、都市開発部部長からの横滑り人事だと認識している。ことに上級の将官になるほどそうだった。彼らはいまだに社長に対する忠誠を捨ててはいない。
ウェポンのジュノン攻防戦を共に戦った兵達は、ルーファウスに絶対の信頼を置いていた。迫り来るリヴァイアサンを前に、外海に面した執務室から一歩も退くことの無かった彼の采配は、多くの犠牲を出しながらも結果的にジュノンを護った。そのため、後のメテオ災禍でもさほどの被害を受けなかったジュノン駐留軍とその物資は復興に当たって主力となった。
故にもと神羅軍の兵達は結束が固く、誇り高かった。ボランティアや収入のために集まった若者達とは、意志にも実力にも歴然と差があった。
そんな寄せ集めの隊員達を率いるのは、技術者である自分には荷が重すぎる。元々宇宙開発部のスターであり、空軍にシンパの多かったシドとは事情が異なるのだ。
ぐちぐちといくら言い訳しても、この状況は自分が選択してきたことの結果であることは変わらない。
気が重いのはそのせいばかりではない。
ルーファウスとタークスの全面的な支援でどうにか持っているWROをこの先どうやって纏めていけばいいというのだろう。その支援が無くなってしまったら。
それが遠い先の話でないことは、ルーファウスから聞かされていた。
そんなこと―――自分の寿命の話―――すら平然とただの予定のように語る彼に憤ったのはリーブの方だった。
今もそうだ。
彼と対峙すると、非難することを止められない。
今一度ため息をつき、リーブは立ち上がった。
ミッドガルでの決戦は、もう間近である。

「社長!」
胸を押さえてかがみ込んだルーファウスの身体をとっさにツォンが支える。ルーファウスの手から落ちた携帯が床を転がった。
彼をソファに横たえると、その手が伸びて携帯を指す。
『切れ』と無言の指示。
ツォンは携帯を拾い上げ、
「後は貴方のご判断にお任せします」
とだけ言って切った。
「社長」
「…大丈夫だ」
浅い息を繰り返しながらルーファウスは軽く手を振った。
「たいしたことはない。通話を切る口実だ。リーブの愚痴にいつまでもつきあうほど暇ではない」
それが半分は嘘であることはわかっていたが、ツォンは黙って指示に従う。
もう、ルーファウスの体調について口論している場合ではないのだ。
「ヴィンセントにディープグラウンドの地図を渡す手はずを整えろ。戦闘が始まったら、ミッドガルからディープグラウンドソルジャーを外へ逃がすな。できるならば―――生かして捉まえろ」
「了解しました。タークス総員に伝えます」
「ツォン」
「はい」
「指揮はヴェルドに執らせろ」
「は?」
「おまえは、レノとルードを連れてヴィンセントの後を追え」
「ディープグラウンドへ潜入せよと?」
「そうだ」
「目的は? 彼のサポートですか」
「そんなものは必要ない…おそらくな。戦闘もできるだけ避けろ。そうではなく、探して欲しいものがある」
「なんでしょうか」
ルーファウスは一度目を伏せ小さく息をつくと、顔を上げてツォンを見つめた。そしてようやく意を決したように口を開く。
「―――飛空挺だ」
 
 
「飛空挺なんてほんとにあるのかな、と」
「この広さならば、あっても不思議はない」
本社ビルの地下からディープグラウンドに突入したヴィンセントの後をつけるように3人は潜入した。
派手に戦闘を繰り返しながら進んでいくヴィンセントのおかげで、ディープグラウンドソルジャーの襲撃に遭うこともなく地下深くへと到達する。

『あるとしたらおそらく最深部だ。零番魔晄炉のある地点―――』
ルーファウスの指示はそれだけで、アクセスしたデータには飛空挺の情報は無かったようだった。
『飛空挺の話も伝説だ。神羅の祖は飛空挺でこの地にやってきたと。だが地下都市と零番魔晄炉が実在したなら、先祖の飛空挺も存在するかもしれない』

「だけど、その飛空挺を見つけて社長はどうする気なのかな、と」
「何かお考えがあるのだろう」
おそらくそれはルーファウス自身に関することだ。ツォンはそう考えていた。だからこのタイミングで命令が下った。
ディープグラウンドソルジャーが引き起こした事態に対処する方策は全て整った。最終決戦は崩壊したミッドガルに持ち込まれて他に被害が及ぶ可能性は低くなり、相変わらずやる気も使命感も今ひとつな『ジェノバ戦役の英雄たち』を引っ張り出すことにも成功した。
だいたいにおいて前回のクラウドといい今回のヴィンセントといい、自分が当事者だという意識が低すぎる。
ことにヴィンセントは、タークスの規律に反して護衛対象に恋愛感情を持ったあげく三角関係だか四角関係だかの縺れで脱落したという経歴にふさわしく煮え切らない男だ。
だが、護衛対象に恋愛感情を持ったという点では自分も同じくタークス失格だ。
だからヴェルド前主任は常に反対の姿勢をとり続けた。
幸いなことにルーファウスは確固たる意志を持ってツォンを選び、揺らぐことがなかった。それ故ヴェルドもツォンに対しては反対を唱えても、ルーファウスに対してそれを言うことは無かったのだ。
ヴェルドはツォンと違って神羅家の内情にも詳しく、ルーファウスの母とも面識があった。だから哀れに思ったのかもしれない―――長くは生きられないと定められた子供を。
だがルーファウスは、諾々と運命に従う気はないと言った。
ツォンは彼の言葉を信じる。
この任務は、おそらく彼が最後の希望を賭けたものだ。
今この時期にディープグラウンドが再発見されたことにはきっと意味がある。星がルーファウスに対して要求しているものがこの事態の収拾だけだとしても。
ディープグラウンドは神羅家の伝説の地だとルーファウスは言った。
そこに始まりがあるのなら、終わりもあるのだろう。
ルーファウスの考えていることを、ツォンだけがわかっている。
飛空挺が存在しそれが異界より飛来したものならば、星の求める使命を果たした後、飛空挺と共にシンラのLifeも異界へ還ることがあるかもしれない。
その可能性こそが、最後の希望だ。

ツォンたち3人は、飛空挺の探索と共にヴィンセントとディープグラウンドソルジャーの戦いの経過を見届けろという指令も受けていた。

「宝条センセイの再登場とは恐れ入ったぞ、と」
「まったくだ」
ヴィンセントとヴァイスの戦いを陰から見守りつつ、3人はことの成り行きに驚いていた。
「彼がこの事件の黒幕だったと言うことか…呆れた執念としか言いようがないな」
「きもいおっさんだぞ、と」
だがヴァイスの身体を乗っ取って復活を計った宝条が消えてから、さらにとんでもない事態が出来した。

『オメガだと?』
「はい。ディープグラウンドから本社ビルの上まで伸びています」
『わかった。魔晄エネルギーの供給を絶つようリーブに伝える』
ツォンの報告を聞くのもそこそこに、ルーファウスは通話を切った。ツォンは携帯を握りしめ、オメガの出現で破壊されたディープグラウンドを眺める。
レノとルードはヴィンセントを追って上階へ行かせた。
ツォンだけは残って、飛空挺の探索を続けていた。崩壊が進めば、隠れていた飛空挺が現れる可能性がある。また逆に、埋もれてしまう可能性もあるのだ。どちらにしても今見つけ出さなければならない。
必死に瓦礫の中を探し歩く。
その間にも辺りは次々に崩れていく。
遙か上空へと伸びたオメガは、その異様な姿をミッドガルの中央に聳えさせていた。
オメガは星の命を全て刈り取り、宇宙へ向けて旅立つ存在だとヴィンセント達は言っていた。
おそらくそんなことにはなるまいとツォンは思う。
あの元タークスが、それを阻止するだろう。
そのためにルーファウスとツォンたちタークスはこの舞台を用意した。ルーファウスが星に要請された使命があるとすれば、これもそのひとつなのだろう。だとしたら、オメガが発現することはない。
それよりもツォンにとって重要なのは飛空挺だ。
崩落が進むディープグラウンドの零番魔晄炉地点を重点的に探す。
轟音を立てて天井が崩れ落ちる。
その時、天井の一角にそれは姿を現した。



「現在の飛空挺とはだいぶ趣きが違うな」
ようやく見つけた通路をたどって飛空挺にたどり着くと、ルーファウスはそれを眺めやって呟いた。
彼をこんな所へ連れてくることに本当は賛成ではなかった。ディープグラウンドソルジャーの残党はまだ地下に跋扈していたし、地盤の崩落も続いている。しかも天井部分から落ちかけてきた飛空挺は、半分宙づりになった状態で不安定この上ない。おそらくあの人はこの中に入りたいと言い出すに違いない―――そう思うとツォンはなんとかしてそれを止めたい衝動に駆られた。だが、彼がそれを許すはずがないこともまた、わかっていたのだ。
すでに一人では歩くことも容易でないルーファウスは、ツォンに抱えられるようにしてここまでたどり着いた。途中まではヘリで降下したが、着陸できる地点は限られていた。

ヘリにイリーナを残し、ツォンとレノ、ルードの3人でルーファウスを護りつつ飛空挺までの道筋を確保した。
「入り口は…」
「あちらです。しかし、開きません」
微かにルーファウスが笑う気配がする。
「おまえたちには、だろう。行こう」

ルーファウスの言ったとおり、彼がスイッチらしきものに手をかざすと飛空挺の扉はあっけなく開いた。どういう仕組みになっているのかは謎だが、おそらくこの船はずっと主の帰還を待っていたのだ。
「レノ、ルード、おまえたちはここで見張っていろ」
「えー」
不満な声をもらしつつも、レノはその場に立ち止まった。
「侵入者に警戒しろ。この船が落下しても困る」
「リョーカイだぞっと」
レノはロッドで肩を叩きながら、ツォンの言葉に頷き辺りに眼を走らせる。ルードはただ黙って頷いた。
ツォンと二人で入り口をくぐると、内部の照明が付く。軽い機械音がしてあちこちのパネルが発光した。
「動力は生きているようだな」
内部を見回してルーファウスは言う。
「数百年以上もこのままの状態で保存されていたのでしょうか」
「それほどの年数でもない…おそらく百数十年というところだ」
「現在の飛空挺よりもむしろ現代的な印象ですね」
「今ある飛空挺にはこの世界で建造された当時の意匠が引き継がれているのだろう。これは完全なオリジナルで、当時のこの世界の人にとっては見慣れないデザインだったのだろうな」

ツォンの肩にすがって、ルーファウスは飛空挺の中を迷わず進んでいく。
「内部の構造もご存じですか?」
「いや。だが、基本的な構造は現代のものと変わらない。ブリッジはおそらくあちらだ」
その言葉通り、まもなくブリッジにたどり着いた。
 
「どうなさるおつもりです」
「さて…」
ルーファウスはゆっくりとコンソールに近づく。
「見慣れない入力装置ですね」
「そうだな…だが、仕組みは同じだ。現在のものと…」
いくつかスイッチらしきものに触れ、中央のパネルに指を走らせると、ブリッジ全体が振動した。外部から崩壊音が響き、床が傾く。
「社長!」
ツォンはよろめいたルーファウスを抱え、機器の一部につかまった。
「ここは危険です! 出ましょう」
「馬鹿を言え。なんのためにここまで来たと思っている」
「しかし」
「まだ何も…なにも起きていない」
そう言う間にも飛空挺は激しく揺れ、ますます傾いてゆく。
「落下します! 脱出しましょう」
「落ちはしない」
その確信はどこから来るのか。それともいつものはったりか。ツォンはこんな時にも主を信じ切れない自分に気づきつつも、目の前にある危険を避けようとするタークスとしての判断に逆らえない。
ルーファウスの身体を抱え治し有無を言わせず出口へ向かおうとしたとき、飛空挺はいっそう激しく揺れ、二人はコンソールに叩きつけられた。

落下する―――
ルーファウスを抱きしめたままそう思った時、ふわりと身体が浮いた。

「うわおっと!」
「落ちるぞ!?」
天井から半分吊り下がった状態だった飛空挺は、大きな機械音を響かせて振動しながら落下し始めた。
「社長!」
レノとルードは飛空挺のハッチへ向かったが、揺れ動く機体から振り落とされた。
危うく地面へ落下しそうになった二人だが、なんとか天井部分の構造物にしがみつく。
「社長ーっ!」
落下物が立てる音で叫んでも聞こえないことはわかっているが、叫ばずにはいられない。
ついに飛空挺は完全に天井部分から剥離し、地面へ向けて落下する―――と二人が思った瞬間、それはまるで意志のあるもののように震えて、宙に浮いた。

「社長!」
飛空挺の内部では、ルーファウスを腕に抱いたツォンが同じように叫んでいた。一度宙に浮いた二人の身体は、すぐまた床に叩きつけられた。だが床までの距離がさほど無かったため、ダメージはほとんど無い。少なくともツォンはそうだった。
しかし腕に抱いたルーファウスはツォンの呼びかけにも反応しない。身体からは力が抜け、抱え起こすとかくりと顔が仰のいた。
意識がないのは明白で、ツォンは慌てて彼の首筋に指を当てる。微かな脈にほっとしつつもとにかく脱出をと辺りを見回した。
次第に高まる機械音。
長い間封印されていたエネルギーが解放されつつあることが、ひしひしと肌で感じられる。
ツォンはルーファウスの身体を抱き直し、来た道を戻る。飛空挺の揺れは治まっていたので、走ることは可能だった。だが果たしてドアはまだ開いているのか。もし閉じていたら、開けることができるのか。
それよりもまず、そこまで辿り着くことだ。それだけを考えて走る。
走っている間にもますます高まる機械音。そして、次々にともるライトやパネルに踊る文字らしきもの。
―――この船は飛ぶつもりだ。おそらくは神羅の祖先がやって来たと言われる異境へ還るために。
それはルーファウスに言われるまでもなくツォンにも確信できた。
その前に外へ出なくては―――
ようやく先ほど入ってきたハッチの前まで辿り着いた。だが当然のようにドアは閉まっていて、開ける方法もわからない。外からと違って中からなら開けられるかもしれないというツォンの淡い希望は打ち砕かれた。
ルーファウスを抱いた腕に力がこもる。
「なんとかして出口を…」
「ツォン」
こぼれた声に応えがあって、ツォンは驚く。
「おまえは外に出ろ」
「なにを」
「私はこの船を元の世界に還さねばならん。おそらくそれが最後のシンラの務めだ…。そのためにタークスが、おまえの存在が必要だったのだとしたら、私が…私たちが惹かれあったことにも意味があったのだろう」
「そんな…」
馬鹿なことを、と言いたかったが声にできなかった。それは自分と彼との間にある感情をも否定する言葉のように感じたからだ。
「意味など…意味など必要ありません」
「ツォン」
ルーファウスは微笑い、ツォンの背に腕を回す。
その望みを察してツォンは唇を重ねた。
そんなことをしている場合ではない、と思う一方、これが最後になるかもしれないのだとも思うのだ。
15才の彼に告白を受けてから何度口づけし、何度身体を繋げたか。だがそのたびに深まる絆もあるのだと強く思う。
 
「貴方を愛しています…どこまでもご一緒に」
「ふふ」
ルーファウスは声を立てて笑う。
「それはおまえの望みだろう。私のとは違う」
「ルー」
「社長と呼べ。おまえはここに残って任務を続行しろ」
「しかし!」
「シンラの裔としての私の義務と、神羅カンパニーの中枢に関わった者としての義務は違う。おまえにはまだこの世界の再建に尽力する義務がある」
「義務など…」
「義務を放棄したら、おまえも私も今までの生き方を否定することになる」
「それでもかまいません。これが最後というなら、私はただの人として貴方と共にいたい」
「…ツォン、苦しい」
知らぬうちに込められた腕の力に、ルーファウスが身じろぎした。わずかに力を緩めると、ルーファウスは真っ直ぐにツォンを見つめた。
「それなら私も言おう」
何を―――?
「ただの人としての私は、おまえに生きていて欲しい」
ツォンは息をのむ。
そんな言葉を彼の口から聞くことがあろうとは、思ってもいなかった。
「それが私の望みだ」
「ルーファウスさま…」
「ドアを開ける。おまえは下りろ」
ルーファウスが腕を伸ばすと、来たときと同じように扉が開いた。
「ツォン、下りるんだ」

「嫌です」
「ツォン」
「下りるなら貴方も」
「ツォン!」
「貴方と離れることなどでき…!」
ツォンの言葉が小さなうめきと共に途切れる。
床に倒れ込んだツォンを突き飛ばしたルーファウスの手にははごく小型のスタンガンがある。
「おまえはそう言うと思った」
ツォンに笑いかけ、ルーファウスは開いたドアから外部を見回す。やや下方にレノとルードの姿があった。

「社長ーー!」
レノの叫びが届く。小さな崩落は続いていたが、ディープグラウンド全体が崩れ落ちるほどではないようだ。
「レノ!」
中空に浮かんだ飛空挺は一応安定しているらしい。揺れることもなく一定の機動音だけが響いている。
「受け取れ!」
精一杯の声で怒鳴り、ルーファウスは倒れているツォンの身体を開いたドアへ押しやった。
乱暴なやり方だが、彼らならばなんとか上手く対処するだろう。
体力の落ちた身体にはそれだけのことも重労働で、思うように進まない。息が上がり、目眩がした。
ようやくドアギリギリまでツォンの身体を運ぶと、ルーファウスは彼の頬に手を添えた。
「我々は、星の意志の下に巡り会い惹かれあった。それがおまえで良かった…心からそう思う。だが私がいなくなれば、おまえはその運命から解放されるはずだ。…おまえの幸せを願っている」

「飛び降りるのか…?」
ルードはつぶやき、
「わー! 社長! ちょ、待てって!」
レノは騒ぎまくっている。