最初の相手には、一番穏和で善良で手玉に取りやすそうな男を選んだ。
本当に上手くできるかどうか今ひとつ確信がなかったし、できなかった場合涙でも零して見せればそれですみそうな相手でなくては困る。
それでいてセックスには長けていて欲しい。
悲惨な記憶しかないあの行為が、上手くやれば快感を得られるものだということは、知っていた。そうできれば申し分ない。
慎重に相手を選び、パーティの会場でさりげなく誘いを掛けた。
以前はそういった場に出ることも厳しく制限されていたが、今は『もっと外に出たいんだ。色々なことを経験したい』とねだるだけで簡単に許される。もちろんタークスを護衛につけてだが。
その際には必ずツォンを指名した。
あの病室で会ってから退院するまでずっと、ツォンはルーファウスの側に付いていた。
そんなに長く一人の人物と一緒だったことは初めての経験で、ルーファウスは戸惑いながらも、次第にツォンと過ごす時間を楽しく思うようになっていたのだ。
だがこの計画はもちろんツォンにも秘密だった。
密かに作って流した映像は思った通りの効果を上げていて、ルーファウスを好色な目で見る男たちは少なくなかった。
選んだ相手は大手都市銀行の頭取で、もちろん妻子もあり周囲から人柄もいいと言われている男だった。父親よりはやや若い。
相手の地位は重要だった。将来ルーファウスの役に立ってくれる相手でなければ、意味がない。
二、三度短いデートを重ね、ようやく本番にこぎ着けた。
 
この男は自分がキズモノだと知っている。
ルーファウスは男とキスを交わしつつ自然と強ばる身体をもてあましながら思う。
二重の意味で―――
一度男を知った身体だということと、それがトラウマになっているということだ。

「本当は、怖いんです」
なるべく頼りなくあどけなく見えるように、男にしなだれかかる。
「わかるよ」
男はそっとルーファウスを抱く。
「あんなことがあって…」
「あれが初めてだったんだね」
「ええ…。すごく怖くて。でも、逆らうと殺されると思って」
「可哀想に」
「だから、忘れさせてください。優しくして…」

オンナノコみたいに見えるように。
可愛くて可哀想なオンナノコだ。
それを演出しろ。
自分にも、相手にも―――


「ルーファウス様」
ツォンが改まった声で呼びかけてきた。
八番街の外れから戻る車の中だ。
二人の座る後部座席は、運転席とは防弾防音のガラスで遮られた密室である。
ルーファウスは座席に沈み込んで、眼を閉じていた。眠っていたわけではないが、疲れていることは確かだ。
今日の相手は、思いの外しつこかった。
最近は苦痛を感じることは少なくなったが、その代わりうんざりすることが多くなってきた。
確かに快感も感じるが、精神的には相変わらず嫌悪感が消えない。

「もう、お止めになりませんか」
少し間を置いて、ずいぶんと言葉を探したらしいツォンの発言に、ルーファウスは薄く眼を開く。
「貴方の目的も、僭越ながらお気持ちも少しはわかっているつもりです」
 
それはそうなのだろう―――とルーファウスは思う。
最初の時こそ『ツォンにも秘密』のつもりだったが、彼が何もかも承知だったことはすぐに知れた。
わかっていてルーファウスの言うがままにしていたのなら、すでに共犯だ。
次からは『録画しろ』と命じた。どうせ監視していたのなら同じ事だ。
ツォンはただ『了解しました』と頷いた。

「ツォン」
ルーファウスは口を開く。
「近々、私はカンパニーの役職に就く。肩書きは副社長だ」
さすがに驚く。ツォンも知らされていなかったということは、どこにも出されていない情報だということだ。おそらくは、ルーファウスと父親の間だけで交わされた話だろう。
しかも今現在、神羅カンパニーに副社長はいない。過去にいたこともない。つまりそれは、ルーファウスの為に副社長職を新設するということだ。
16才の子供を役員にすることだけでも驚きなのに、部門統括をすべて飛び越えてナンバー2に指名するというのか。
一般兵辺りならば14、5才での採用も珍しくはないし、小さな商店や町工場ならば父親が社長息子が副社長でもなにもおかしくない。
しかし、神羅カンパニーはエネルギー事業から公共インフラ、宇宙開発、情報産業に至るまであらゆる分野を包括する世界企業だ。
その副社長が16才で、社員が納得するだろうか。
「納得出来ないか?」
ルーファウスは真っ直ぐツォンを見て、笑った。
「いえ…」
「おまえでも、納得しない。一般社員や、まして部門統括どもはどう思うか」
「社長は…どうお考えなのでしょう」
「さあ…」
ルーファウスはツォンから目を逸らし、一瞬茫漠とした表情になった。
「おやじにはおやじなりの理屈があるのだろう」
この親子の関係は、ツォンにも計りがたい。
ただわかるのは、二人の間に神羅カンパニーという巨大な障壁が存在しているということだ。
「…おやじのことはどうでもいい」
ルーファウスは切って捨てる。
「私は私で足場を固めねばならんということだ」
それが目的であることは、気づいていた。
『一度きり』と釘を刺して次々と男たちの相手をするのが、ルーファウスなりに将来を見据えての計画であることは、ツォンもヴェルド主任も了解していたのだ。
「少なくとも私と親交を結んだ者たちは、世辞や追従でなく喜んでくれるだろう」
ルーファウスは喉の奥でくっくっと笑い声をたてる。
「おやじよりはずっと、与しやすいと思うだろうからな」
そうあるように見せかけて。
いたいけな少年がそんな演技をしてみせるなど、相手の男たちはもちろん想像もしなかったろう。知っていたのはツォンたちだけだ。

「しかし…」
ツォンはそれでも異を唱えようと言葉を挟んだ。ルーファウスの動機がそれだけでないこともまた、気づいているのだ。
「ツォン、私だって、わかっている」
ルーファウスは再びシートに沈んで眼を閉じた。
「これが、自傷行為だということは」
ツォンは続ける言葉を失った。
「少なくともリストカットするよりはましだろう?」
とんでもない!と言うより早く、ルーファウスは急にシートから起き上がるとツォンに向き直った。
「それとも」
腕を伸ばしてツォンの首を抱く。
「おまえが相手してくれるか?」
熱い息がツォンの耳元をくすぐる。
「ルーファウス様」
しばしツォンの腕が宙をさまよった。
が、結局その手は絡みつく細い腕をそっと外す。
「そんな事をしたら主任かプレジデントに処分されます」
真っ直ぐツォンを見つめる瞳にある熱は本物なのだろうか。
「ふん、臆病者め」
ルーファウスは視線を逸らし、シートにもたれかかる。
そしてその眼がツォンに向けられることは、もう無かった。


「留学?」
「はい」
「どこへだ? そもそも私はもう大学卒業レベルの学業は終了した。今更何を学ぶ? 副社長職を兼任しながら? いったいなんの冗談だ」
「少々複雑な話になりますが、行き先はこの世界ではありません」
と前置きしてヴェルドが語ったプランは、ルーファウスにとっても驚きだった。
だが、あまりにも常識外れの提案だった故に、返って興味をそそられたのも事実だったのだ。

この件はヴェルドの大英断だったと後にルーファウスは思う。
どうやってそんな事例を探し出し、どうやって父親を説得したのかわからないが、それだけ必死だったということだろう。
それほどに当時の自分の状態はひどかったのか。あるいはそう見えたのか。

命の危険はともかく、男に抱かれることなどなんでもない。
自分はそんな事は怖くない。

どうしてもそれを確認したかった。
し続けないではいられなかった。
『営業のため』というのは、むしろおまけというか言い訳だ。
自分の容姿や子供であることを逆手にとって利益を得られるなら、それに越したことはない。そのくらいの計算は、ルーファウスとしては当然だった。
そしてその計算は正しくルーファウスの役に立った。副社長就任時にも、後の社長就任時にも。厳しく吟味した人選に間違いは無く、ルーファウスを抱いた男達は後々まで彼に対して好意的だった。
それについて後悔するようなことは一切無いし、失敗したとも思わない。
ただ、16かそこらの子供がそんな事をするのは、最初の経緯からしてもよほど哀れに見えたのだろうな、とは思う。それに相当責任も感じていたのだろう。
だからヴェルドは、自分をミッドガルからも神羅カンパニーからも遠く離れた場所へ行かせようとしたのだ。

そして、副社長就任と共にルーファウスの二重生活はスタートした。
警備上の理由で本社勤務を外れるという表向きの発表で副社長の居所は隠され、実際には週のうち大半をオリエンスの魔道院で過ごすことになったのだ。

初めての学園生活は、想像していたよりずっと快適だった。
ルーファウスは、今まで経験したことのない『年相応の扱い』を受け、同じ年頃の友人を持った。
誰も自分に傅かず、遠慮せず、媚びもへつらいもしない。だが逆に、神羅の御曹司に相応しく振る舞うことも要求されない。
ここにいる自分は、違う自分だ。
見た目通りちょっと幼くて頼りなくて、嘘も演技もなく自分の気持ちに正直に生きている少年だ。
世界が違うせいか、ミッドガルでは使えなかった魔法が使えることも、ルーファウスにとっては歓びだった。
いつも護られる側だった自分が、モンスターを倒して町の人々を護る。
見るもの聞くもの全てが新鮮で、明るく輝いていた。
 
そして―――マキナ

偶然同室になった彼が、自分に好意を持っていることは最初から気づいていた。
そういう眼は今までいくらでも向けられてきたし、マキナ以外の生徒から向けられることも少なくない。
立て続けに3人の少女から告白されて断ったときは、お高いと中傷もされた。
ルーファウスにしてみればただ面倒だっただけだ。
たとえ女子でも、よく知らない相手からいきなり付き合ってくれと言われても喜ぶ気になれない。
これが同じ0組の子で、たとえばデュースとかシンクとかだったら嬉しかったのに。
いい子たちだなあと思うし、可愛いし。深い付き合いはできないけど、一緒にリフレに行ったり外出したり。周りのみんなから公認カップルといわれて冷やかされたりする。そういうのは楽しそうだと思う。

でも現実はそうはならなかった。
ルーファウスの心に踏み込んできたのは、マキナだった。
想いを内に秘めてずっと悶々としているマキナを、いつの間にか好ましく思うようになっていた。
実際に一線を越えるまでには、ずいぶんと時間がかかってしまったけれど。

雪山での事件があって、ルーファウスはオリエンスに行くことを止められた。
危険だからという理由だ。
確かに怪我をしたのは自分の落ち度だったと思うが、オリエンスの方がミッドガルより危険だというわけではない。
そう父親やヴェルドを説得し、戻ると約束したのだと訴えてようやく帰れたのは3ヶ月半もあとのことだ。
マキナの間抜けな格好に、大笑いしてしまったのは悪かったと思う。けれど、あんなに笑ったのは生まれて初めてだった。
だからマキナの誘いを受け入れた。
そんなに笑ったあとでも、真っ直ぐ自分を見て好きだと言ってくれたから。

その後もマキナは驚く程対等にルーファウスと接してくれた。
女役を要求してこなかったのには、びっくりしたというか拍子抜けしたというか、ルーファウスにとっても初めての経験だった。
でも、マキナが男である自分をそのまま好きになってくれたということがよくわかって、嬉しかった。
神羅の跡継ぎでないありのままの自分にも価値があるのだと、初めて思えた。
マキナを好きだと思った。
マキナが好きだと言ってくれるのと同じだけ、好きだと思った。
自分がこんな気持ちになれることが、不思議だった。
ここが違う世界で、違う自分で、だからそんな夢を見ているだけなのだと思う。
想像したこともなかった程、幸せな夢を。
だがその一方、副社長としての業務は次第にルーファウスの生活を圧迫し、2年間という期限は迫りつつあった。

エースとして、ずっとここで暮らせたらどんなに良いだろう。
そんな想像もする。
それでも、ルーファウス神羅としての自分を捨てることはできなかった。
急速にどこか間違った方向へ傾いて行こうとしている、自分の世界を捨てられなかった。その世界の命運は、いずれ自分の手に委ねられるはずのものだったからだ。
どんなに別れが辛くても、マキナのくれた幸せがあれば乗り切れる。
そうも思えた。
こんな自分でも、人を好きになる事はできる。
それを教えて貰ったことが、なにより素晴らしいことだった。
どれだけ感謝しても足りない。

そうして、ルーファウスは魔道院をあとにした。

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