Maybe Yes Lover
馬鹿なことをする――本当に。
ルーファウスは苦々しい思いでモニタを睨みつける。
こんなことを命じた父親にも、それを止められなかった自分にも腹が立つ。
そしてその工作を命じられたのがタークスであったことにも。
それは、父親のおそろしく迂遠な嫌がらせであると思えた。ルーファウスがタークスに与したことへの。
だからあいつはタークスにこの非道な任務を押しつけたのだ。いや、むしろ、ルーファウスとタークスに対する恫喝としてこんな作戦を採用したのだと言った方がいいかもしれない。
プレートを落とすなど、リスクばかり大きくてほとんど利はない。それが分からぬ父ではない。
それでも、敢えてそんな選択をさせるほど、ルーファウスとタークスの行動は彼にとって我慢ならないものだったらしい。
歯痒く、苛だたしいのはそれを止めるすべを持たぬ自分だ。
ルーファウスはぎり、と奥歯を噛み締める。
事態がここまで来てしまっては、もう打つ手はない。
レノはプレート支柱で落下工作中だ。スラムから支柱を伝ってアバランチの残党が上ってくる。間に合うのだろうか?
タークスがアバランチ残党ごときに敗れるとは思えない。レノはそのタークスの中でも荒っぽいことにかけてはぴか一の腕だ。
だが――
この、胸を噛む焦躁はなんだろうか。
なぜ今になってまた、アバランチが活動を始めたのか。その理由が分からない。
アバランチはあの日、ジルコニアエイドと共に葬られたはずだった。なのに、今頃なぜ?
ミッドガルの魔晄炉を直接爆破するなど、乱暴極まりないやり方だ。以前のアバランチは、その目的こそめちゃくちゃだったが手段はもう少し洗練されていた。最もアバランチの近くにいたルーファウスだからこそ、その違いは明瞭に分かる。

壁一面のモニタに映し出される映像。
レノの手元も、迫るアバランチも同時に追える。
その中の一人の顔に、ルーファウスははっと目を見開いた。
彼は――?
いや、そんな馬鹿な。
他人の空似というヤツだ。
それ以外考えられない。
頭を振って、馬鹿な考えを振り払う。
とうに死んだはずの男が、ここにいるなんて。

レノが工作を終えた直後、アバランチがその場に到達した。当然戦闘になる。
が――
レノが苦戦している。
その理由は、ただアバランチが思ったより戦闘力が高い、というだけではないのではないだろうか?
レノの振るうロッドのスピードが鈍い。
何をためらっているのか。
その理由が、自分が感じた疑惑と同じものだとしたら――

レノの身体から、血がしぶく。
迷うな、レノ!
よろめいたレノに、更に攻撃が繰り返される。

そこへ、ツォンの乗るヘリが姿を現した。
ルーファウスはほっと力を抜く。
だが、そのヘリから一人の女が身体を乗りだして何事か叫ぶのを見て、眉を寄せた。
あれは確か、ツォンが捕獲を命じられていた古代種の女だ。
以前よりツォンが見張り続けていた少女だったはずだ。
古代種のことなど、ルーファウスはさして興味がなかった。だからツォンが彼女を乗せたまま現れたこと、しかも自由にヘリの中を動き回れる状態で乗せていたことに驚いた。
女は身体を乗りだし、まるで飛び降りようとでもするようにして叫んでいる。
ヘリの爆音で声は聞き取れない。
その女の身体を押さえ、ツォンも何か言っているが、これもまた聞き取れなかった。

さっさとレノを回収してその場を立ち去れ。
とルーファウスは心の中で命じるが、現実は思うように展開しない。ルーファウスは今現在、タークスに命令を下せる立場にはないのだ。
と、
ツォンがいきなり女の頬を叩いた。
女はヘリの床に倒れ伏し、ヘリは下降してレノを回収、一気にその場を離脱した。

唖然とその光景を見守っていたルーファウスは、我に返ると思わず舌打ちしていた。

なんたるざまだ。

プレートが落下して行く壮絶な光景も、もうルーファウスの目には映っていなかった。
予定通りの映像はまるで作り物を見るようだ。
それよりも、ルーファウスの頭の中で繰り返し再生されていたのは、ツォンが女を殴ったシーンだ。
何がそれほどショックだったのか、自分でも分からない。

女が殴られたことか?
それがツォンだったことか?

確かにツォンは、女性に手を上げるような男ではない。
慇懃無礼という言葉がこれほどに似合う男もないだろうと思わせる態度。かつては相応に感情豊かだったはずだったが、いつの間にか前主任に似て沈着冷静の仮面を被ることが上手くなった。
自らの力を熟知しているからこそ、弱い者に対してそれを振るうことなどしない男だ。
ルーファウスとて、ツォンに手を上げられたことは一度もない。
副社長という立場、まだ子供であったということを差し引いても、殴られても無理ないと思われる局面は幾度もあった。
だが、ツォンがルーファウスに対してそんな行動に出たことは無かったのだ。
そして、あの古代種もまたツォンと浅からぬ付き合いのある女だ。
幼い頃からずっと見守ってきた彼女に対して、ツォンがどのような感情を持っているのか、訊ねたことはなかったし考えたこともなかった。

初めてそれを思った。

ツォンをあんな行動に走らせたのは、彼女の無謀な態度だったに違いない。
あの状況でヘリから身体を乗りだすなど、危険極まりない。彼女はヘリに乗ったことすら無かったのかもしれないが、小型のヘリは人ひとりの重量の移動で容易に傾く。まして、ツォンと女の二人が乗降口で揉み合えば、コントロールを失って墜落の危険性さえある。
しかも、女が語りかけていた相手はアバランチの残党だ。
ほんの2ヶ月ほど前、タークスはその総力を挙げてアバランチと対峙し、世界を破滅に導くという野望を阻止したばかりだった。
なぜそのような者たちと彼女が手を結んだのか、ツォンには理解しがたかったろう。
ルーファウスにも分からない。
この地に生きるものをすべて抹殺したいとか、街中の魔晄炉を爆破したいとかいう理念には、どうあっても共感できない。
そんな焦りが、ツォンにあんな行動を取らせたのだ、、ということは分かる。

だが――

分かることと、納得することは別物なのだ――とは、ルーファウス本人は気づかない。
ただ、気に入らない。
なんで女を殴ったりするんだ。
あれではまるでタークスがならずものの集団のようじゃないか。
そもそも最初から女をシートベルトでしっかり座席にくくりつけておけば、あんな無様なマネをせずにすんだだろうに。
勝手に動き回れるようにしておく程、あの女を信用していたということか。

それもまた、気に入らない。
アバランチに肩入れするような女に、それほど気を許すなどツォンらしくない。
いらいらとモニタを切り、席を立つ。



Maybe Yes Lover


「たいした失態だな」
「…」
本部に戻ったツォンを主任の椅子で出迎えたルーファウスは、吐き捨てるように言い放った。
ツォンが謝罪を口にしないのは、これがルーファウスの命じた作戦ではないからだ。
「レノはどうした」
「医局におります。しばらくは入院が必要でしょう。レノの代わりとなる戦力を補充することを考えています」
「アバランチの残党ごときに…」
『だがあれは本当にアバランチなのか?』という質問を、ルーファウスは呑み込んだ。それを口にするのは、なぜかひどく不吉なことのような気がした。

「ルーファウスさま…」
ツォンが手を伸ばし、ルーファウスの頬に触れようとした。
今、この本部にいるのは二人きり。
ここを監視する者はなく、二人の行為を見とがめる者もない。
だが、ルーファウスはその手を振り払う。

「私に触れるな!」

思い掛けぬ拒絶にあって、ツォンは目をしばたたく。
ルーファウスの方もまた、自分のとった行動に驚いた。そんな事をするつもりはなかったのに。
二人の間に、気まずい沈黙が下りた。

「それほどお怒りですか…。あのような命令に従った我々を。それとも、手際の悪さにでしょうか」
先に口を開いたのは、ツォンの方だ。
「いや…」
ルーファウスは目を伏せ、緩く頭を振る。
「あれを防げなかったことについて、おまえたちに責任はない。あるのは私の方だ。私とおやじの確執が招いた事態なのだから」
「アバランチは、リーダーを失って壊滅したはず――でしたから」
「おやじにそう言ったのは私だ。そう言って、タークスの存続を主張した。だからこれは、私に対する当てつけだ」
「ルーファウス様」
もう一度、ツォンの手がそっとルーファウスの頬に触れた。
ぴくりとルーファウスの身体がわずかに退かれる。ツォンはそれを見逃さなかった。



ここで選択です。
ルー様とツォンのどちらがよりカッコいいか…
というより、どちらがよりカッコいいお話が良いですか?
というところでしょうか。

絶対ルー様ならこちら

やっぱりツォンならこちら