「ああ、ちょっと待て。ヴェルド」 そのまま少年の身体をラグに引き下ろし、ベルトを緩めたところで遮られた。 「やはりよしておきますか?」 笑い混じりに問いかけると、 「何を言ってる。もしかして止めたいのはおまえなんじゃないのか?」 などと返された。 そして起きあがったルーファウスはデスクの上に放り出された上衣のポケットを探る。 「ほら」 ヴェルドに投げて寄こしたのは、その行為に使う潤滑剤だった。 「これもあるぞ」 しかも次に投げられたのは、ご丁寧に避妊具だ。 「…」 一瞬絶句してしまったのは失敗だった。 ルーファウスはいかにも嬉しそうににっこりと――まさに汚れ無き天使のごとくに――笑って、 「用意がいいだろう」 と胸を張った。 シャツの胸ははだけ、ベルトは緩められて下着が見えている。 そんな格好で胸を張られても、色っぽくもなければ颯爽としてもいない。 「こんなものを、どこでお求めになりました」 脱力しそうになるのを押さえ、ヴェルドは訊き返す。 「二階のコンビニでも売っている」 「ご自分でお買いになったのですか」 「まさか。いくらなんでも」 少年はますます嬉しそうだ。 「この間来たヤツ、こう、変わった髪型の、確か以前はスラムでボスのガードをしていたとかいうヤツにな、賭のカタに買いに行かせた」 「また賭ですか」 「タークスの男は皆、博奕好きだな」 「社内で賭け事はしないよう、よく言っておきます」 「いいじゃないか、そのくらい」 「特に副社長相手は無謀だと言い聞かせておきますので」 「つまらないな。むきになるところが面白いのに」 蠱惑的な雰囲気はどこへやら、一転して世間話になってしまった。 「お時間がなかったのでは?」 「ああ、そうだ。無駄話はいい加減にしておかないとな」 嬉しそうに微笑んだまま、少年はもう一度ヴェルドに口付けてきた。 気分が高揚したのか、いっそう積極的だ。 口唇を合わせたままその身体を抱き込み、もう一度ラグの上に横たえる。 ルーファウスがこの部屋を選んだのはそのためか。まったく用意周到な事だ、と今さら気づく。 シャツだけを羽織らせたまま、他の衣服を全て剥ぐ。 目の前に曝された身体は、思っていたよりいっそう細く幼かった。 ヴェルドは何か痛ましいような気持ちになるのを抑えきれない。 本来ならばまだ、親に庇護され友人と遊ぶ生活が必要な年齢だ。 もちろん、そんな暮らしに恵まれない子供は幾らもいる。 しかしこの世界で一番裕福な家に生まれた子供が、このような生活をしていると誰が知ろう。 一人の友人も無く、たった15で大人同様の仕事を強要され、唯一にして最大の敵はただ一人の肉親である父親だ。 莫大な財産、世界を支配する神羅の次代社長を約束された副社長という地位、それに応えられるだけの能力、端麗な容姿、彼を溺愛する父親。 表向きは誰もが羨むような彼の持つ全てのものが彼を縛る枷であり、この薄い肩には負いきれそうにない重荷でしかない。 スラムの最下層で暮らす親のない子とどちらがましか。 それでもこの子供はその全てを引き受けて行くつもりなのだ。 ――そんな貴方が、ただ一人護りたいと思っている者があることを私は知っている―― 生意気で可愛げの無い子供であること、否――むしろルーファウス自身が自らをそう見せたがっていること――を差し引いても、その心情は切なく哀れだ。 この子がその他になにひとつ持っていないことを知っているから。 そのために協力することを惜しみはしない。 それに彼が護ろうとしているのは、自分にとっても大切な部下だ。 柔らかな肌に指を滑らせ、口づけを降らせる。 「あっ」 勃ち上がりかけたそれに軽く触れると、ルーファウスは小さく声を上げて身体を反らせた。 若く感じやすい身体は反応がいい。 この子にとってこれは、自分の意志で初めて行う体験なのだ。 腰を抱き、内股に舌を滑らせる。 彼の触れて欲しがっている部分を敢えて避けながら。 「は、ぁ」 目を瞑り、頬を上気させて、小さく開いた唇からは吐息がこぼれ落ちる。 ただそれだけで、この少年は驚くほど艶めかしい。 久しく感じたことの無かった興奮をヴェルドは覚える。 男を抱いたことがないわけではない。 だが、男に対して欲情したことはない――なかった――のだ。今までは。 神羅の後継者としてしか見たことのなかった少年は、裸にしてみると彼自身の持つ魅力だけで十分に輝きを放つ存在だった。 先端を軽く舌で嬲りながら、彼の用意した物を指にとり、脚の間に差し入れる。 その奥に指が入り込むと、少年は小さく声を上げて身体を震わせた。 ほんのわずか、逃れようとするように身体がずり上がる。 それを押さえつけて一気に指を付け根まで押し込んだ。 「あっっ」 「もっと声を出して。その方が気持ちよくなれますよ。ほら」 耳元に囁きながら奥を抉るように指を動かす。 「あっ、や、」 跳ね上がる身体を押さえ込む。 「いやだ、ですか、やめろ、ですか?」 「う、るさいっ」 息を継ぎながらその刺激をやり過ごそうとしているルーファウスに、ヴェルドの欲望が煽られる。 「もっと楽しませて差し上げたいが、時間がありませんので」 指を引き抜き、細い両脚を抱え上げてその狭間に猛ったものを押し当てた。 ルーファウスはきつく眼を瞑り、これから起きることを考えないようにしようとしている。 それが分かって、ヴェルドは言う。 「声を出しなさい、ルーファウス様。その方が楽になります」 「五月蠅い、いちいち指図するな。さっさとやれ」 薄く目を開いて睨みながら悪態を付くその隙を見て、少年の身体を貫く。 「あ、ああぁっ」 さすがに悲鳴が上がる。 ラグに投げ出された手が、救いを求めるように長い毛足をかきむしった。 「く、う」 「痛いですか?」 「へいき、だっ」 「動きますよ」 「かって、に、しろ」 喘ぎながらでは悪態もただの嬌声だ。 普段より高くなった声が、余裕のなさを表わしている。 ヴェルドの動きに合わせて、ルーファウスの口から悲鳴とも喘ぎともつかない声が零れ出す。 苦痛を与えることは本意ではない。 ヴェルドはルーファウスが身体の中で快楽を感じられるよう、慎重にその内部を探る。 「あっ」 ひときわ高い声の上がったそこが、ポイントなのだろう。 その一点を狙って責めながら、堅く勃ち上がったものを握り込む。 「はっ、ああ、あ…」 もう声を出すことに抵抗はないようだ。 いやいやするように振られる首も、それに連れてラグの上に散る金の髪も、ひそめられた眉も、何もかもが愛らしく扇情的だ。 ほとんど初めてに等しいその部分は狭く、ヴェルドを締め付ける。 「いかがです? ルーファウス様。いい気持ちですか?」 「変な、こと、訊くな」 「おやおや。気持ちよくして欲しいといわれたのは貴方だと思いましたが」 「嫌な、ヤツ、だな、おまえはっ、あっあ」 たっぷり潤滑剤を付けた手で握り込まれたそれを扱かれて、ルーファウスはその刺戟に仰けぞる。 すると身体の中の男のものが思わぬ場所を抉って、身体の内側と外側から与えられる刺激が相乗効果を生み、ルーファウスは何がどうなっているのか解らないまま一気に頂点へ駆け上がった。 「さすがに早い。若いというのはまさにこういうことですな」 自分のそれで濡れた掌を見せつけられて、ルーファウスは横を向く。 「悪くはなかったでしょう? でも、もう少し付き合っていただきましょうか」 そう言ってヴェルドはルーファウスの脚を抱え直した。 身体の下に組み敷いた少年は、ぐったりとラグに手脚を投げ出している。 瞳は薄く見開いているが、ぼんやりと焦点が合っていない。 薄い胸はまだ荒い息に上下している。 その中から抜け出すと、小さく呻いて微かに顔を顰めた。 「きつかったでしょうか?」 見下ろしたまま訊ねると、横を向いていた顔がゆっくりと上げられた。 霞んでいた瞳の焦点が、ヴェルドの顔に合う。 「いや」 「ご満足いただけましたか」 「ああ…。思ったより良かったな」 身体を起こし、乱れた髪をかき上げる。 その仕草はもう普段通りの彼で、まだ裸のままにもかかわらず先ほどまでの妖艶な気配は欠片もない。 「やはりこの人選は正解だったようだ」 そう言い放って上目遣いにヴェルドを見上げる目は、自信たっぷりに細められる。 彼はすでに追われる獲物ではない。 その切り替えの速さは、まさに感嘆に値する。 「あの新人達では、こうはいかなかっただろうからな」 まるで業務の評価でもするかのような口調で言いながら、これも用意してあったらしいタオルで身体を拭うと、裸のまま部屋を横切ってそれをダストシュートに放り込んだ。 相変わらず一糸纏わぬ姿だが、先ほどまでのようなか弱い子供の印象はない。 立ち上がったルーファウスは、衣服を付けているときと同じだけの威厳を感じさせた。 互いに身繕いが終わると、ルーファウスは今一度ヴェルドを呼び寄せ唇を合わせた。 余韻たっぷりの、まるで恋人同士のようなキス。 「ここでのことは」 「他言無用、ですかな」 ヴェルドは笑って言う。 「ああ、そういうことだ」 同じ笑いを、ルーファウスも返す。 これで二人は共犯だという意味の。 「もちろんツォンにも言うなよ」 「どうでしょうか。あれはぬけているようで意外に聡い男ですからな」 「だろうな。おまえが一番目をかけている部下なのだから」 「貴方がこのことを秘密にしたがっていると、伝わればよいのでは?」 「おまえに隠し事をしなくてすむのは、ありがたい」 「木を隠すには森の中ということでしょう? 私は貴方の味方ですよ。ルーファウス様」 「そうであって欲しいな…」 見つめるヴェルドの前でルーファウスの瞳が揺らぎ、視線を外らして俯く。 今までの強気な姿勢とはうってかわったその態度は、疑念を招くに充分だった。 「何をお考えです」 しばしの沈黙の後、ルーファウスは逡巡いがちに口を開く。 「正直に言う。ヴェルド。おまえも気づいただろうが、私はおまえの過去について調べた」 「カーム事件…ですか」 「そうだ。この情報は、諸刃の剣だと思った。最初は単に、おまえをへこますネタが欲しいと思っただけだったのだが」 「掘り当てたものは意外に重かったというわけですか」 「ああ、そうだな。このことでおまえが責任を感じていることは分かるが…」 ヴェルドは沈黙を守る。 「だが、神羅に恨みがないと言ったら嘘になるだろう?」 ヴェルドは息を呑む。 表面上は冷静を装っていたが、内心は自分でも名付けようのない感情が渦巻く。 その恨みの対象は自分だと、少年の瞳が語っている。 この少年は、娘と変わらぬ年令だ。 事件の当時、まだ そしてこの子供の手も。 それなのに、この子は自分がその恨みを引き受けるべき対象だと言っているのだ。 ――貴方に責任はない―― 言うのは簡単だ。 だが、その言葉は少しの重さも持たず虚しく響くだろう。 それが気休めに過ぎないと誰よりもよく二人は知っているからだ。 例えあの頃ルーファウスが十にも満たない子供であったとしても。 いずれ彼が神羅を継いだとき、その責は必ず彼が負うことになるのだ。 だから、神羅に敵対する者たちだけでなく、神羅の中にいる者が――ヴェルドのようにその陰にいる者も―― この腕から失われてしまった娘の姿が、少年に重なる。 この子と同じように成長しているはずだ。 生きていれば。 それが。 こんな眼をして、人を見ることがあるのだろうか。 それは、あまりにも切ない。 ヴェルドは思わず少年を抱きしめていた。 先ほどまでとは違う、父としての抱擁だった。 ルーファウスは一瞬たじろぎ、だがすぐに黙ってその腕に身を任せた。 自分が掘り起こしたこの男の過去。 行方不明の娘は、自分と同じくらいの年令だ。 その抱擁の意味が分からぬルーファウスではない。 それに。 抱きしめられるのは悪くなかった。 本当は、さっきまでしていた行為よりずっと良かったのだ。 そんな感傷に身を任せたがっているのは、自分ではなくこの男の方なのだから、少しくらいはいいだろう。 冷酷非情なタークス主任、と言われる男が本当はこんなに弱くて脆い人間だということを知っているのは、悪くない。 いずれ自分もそう呼ばれるようになるのだ。 無慈悲なる神羅の帝王――と。 その血塗れの玉座を、自分は希求して止まない。 そのためにまた多くの血を流すことを、今さら厭うことがあるだろうか。 それでも、 それでも願わくは、 その中にこの男の血が含まれていないことを―― ルーファウスの小さな祈りは、どんな神にも届くことはない。 あとがき もう一つのあとがき |